恋は戦争?
マラカイト
五年ぶりの日本は同じ場所に世界が二つあるように思えた。
「……あれはひどいな」
租界とその周囲にあるゲットー。その差の大きさにルルーシュは顔をしかめている。
「兄さんに、もう少しインフラを整えるように提言しなくては」
これでは、いつまで経ってもテロが減るはずがない。彼はそう言った。
「ナンバーズとブリタニア人は区別するべきなのかもしれないが……だからといって、あそこまで差をつける必要はない」
最低限でもライフラインと教育・医療環境は、とルルーシュは付け加える。
「他のエリアでも似たようなものなのではないのですか?」
ここにいるのは自分達だけではないから、と考えてなれない口調で話しかけた。
「その地の総督によるな」
スザクの疑問にルルーシュはそう言い返してくる。
「ただ……比較的、飴と鞭を使い分けられる総督が治めているエリアの方が生産性は高い。衛星エリアへの昇格も早いな」
もっとも、と彼は続けた。エリア自体、まだ二十を数えていない。その中での統計など意味はないのかもしれないが、と苦笑を浮かべる。
「どちらにしろ、生活に満足を覚えれば反逆をしようとはしない、と言うことだけは事実だな」
だから、現状のエリア11でテロ活動が治まらないのは当然のことかもしれない、とルルーシュは言う。
「兄さんには何度かそう進言してたんだが」
聞く耳を持ってくれなかった。シュナイゼルも自分の言葉を納得して後押しをしてくれたにもかかわらずだ。
「その結果、どうにもならなくなって殿下にSOSをだした、と言うところですか?」
端的に言ってしまえば、とスザクは確認するように問いかけた。
「……わかりやすく言えば、な」
問題は、彼が《キョウト》を甘く見ていた、と言うことだ。ルルーシュはそう言う。
「……桐原のじいさんがいるからな、まだ」
ゲンブですら歯が立たなかったキョウト六家の長老。スザクからすれば、ほとんど妖怪じじいという存在だ。
「クロヴィス殿下はとても人柄がよろしい方ですからね」
桐原から見れば、赤子の手をひねるより簡単だろう。
「神楽耶も、あれできつい性格だし……いらつかせたらしっかりとかみついた可能性があるな」
なまじ、頭の回転が速い上に、桐原がしっかりと帝王学その他をたたき込んだのだ。経験不足という点を除けば、足を引っ張ることもできないのではないか。
「……でも、何で僕なのか……」
今更、とまた呟く。
「それを聞き出すのが、今回のお前の役目だ」
できるな? とルルーシュはスザクの顔をのぞき込んでくる。
「神楽耶相手にどこまでできるかわからないけどね。努力だけはしてみる」
その唇にキスをしたい、と言う欲求を抑えつつスザクはそう言った。
「それで十分だ」
満足そうにルルーシュはうなずく。
やっぱり、キスしたいな。後でねだってみようか。そんなことを考えてしまう自分に、スザクは内心苦笑を浮かべるしかできなかった。
久々に会う神楽耶は、見た目はおしとやかになっていた。しかし、中身がそう変わっているとは思えない。
「……ネコが厚くなったな」
先手必勝とばかりにこう言ってみる。
「相変わらすですのね、お従兄様」
手に持っていた扇を口元に当てると、わざとらしくこう言い返してきた。
「本当のことだろう?」
他人に迷惑をかけても自分の望みを叶えようとするとか、と告げながらスザクは腰を下ろした。その瞬間、神楽耶の表情が少しだけ変化をする。
「所作がずいぶんと洗練されましたこと」
「努力したからな」
別に自慢をすることではない。ルルーシュのそばにいるためには当然のことだ。心の中でそう付け加える。
「別に、お前たちのためじゃない」
最終的には自分のためだ。そういえば、神楽耶は笑って見せた。
「別に、それに関してどうこう言いたいわけではありませんわ」
ただ、と彼女は続ける。
「ブリタニアに骨抜きをされているらしい、お従兄様の顔を見たかっただけのこと」
これが本音なのか。それとも、ただのイヤミか。どちらなのだろう、と悩む。
「それこそ、関係ないな」
だが、けんかを売っているなら受けて立つぞ。そう思いながら口を開く。
「父さんが死んで一人になった僕を引き取ってくれたのはマリアンヌ様だし、家族同様につきあってくれたのはルルーシュとナナリーだ。それを『骨抜きにされた』というなら、勝手に言ってくれていいよ」
恩人を馬鹿にされておとなしくしているつもりはない。そう続ける。
「話にならないね。僕は戻る」
これ以上神楽耶のイヤミを聞いているよりも、ルルーシュのそばにいる方が有意義だ。スザクは本気でそう考えていた。
「逃げるんですの?」
そうすれば、神楽耶がすぐにこう言ってくる。
「遠くの親類より近くの他人、って言うだろう? 今の僕にはアリエスのみんなの方が家族だから。お前たちも、縁を切った人間と話をしても何の利益もないだろう?」
日本の裏切り者、と言いたいなら余計に……とスザクは笑った。
「日本人だとかブリタニア人だとか、そんなの、どうでもいいことだよ。好きか嫌いかの方が重要だから」
それに、と彼は続ける。
「少なくとも、ルルーシュは父さんのことを『卑怯者』と言わなかったしな」
皇や桐原をはじめとする六家は『自分だけに楽な方法をとった卑怯者』とさんざん言ってくれたのに、と言う。
「それなのに、クロヴィス殿下を脅迫してまで、僕を呼び出すなんて……暇だよね」
あきれたようなこのセリフに、神楽耶は完全に怒ったらしい。
「用事がなければ、誰がお従兄様なんて呼び出しますか!」
不本意です、と彼女は続ける。
「こんな方がわたくしの婚約者だなんて」
「その話はとっくになくなったことだろう?」
少なくとも、ゲンブが死んだときにはそう言うことになっていたはずだ。
「わたくしもそう思っておりましたわ。でも、今はそうする必要がありますのよ」
不本意ですが、と彼女は言う。
つまり、そうしなければいけない何かがあると言うことか。
「僕の方にはないから」
むしろ、完全に縁を切れ……と言う。
「困りましたわね……」
「それはお前たちの方だろう?」
どうして、こう、話が通じないのか。そんなことを考えているせいか、ついつい、昔の――素の、とも言う――口調が出てしまう。
「俺には関係のないことだ」
キョウトが困ろうと何をしようと、と続ける。
「まぁ、普通の人が困るのはいやだから、ルルーシュに何とかしてくれないかとは頼んであるけどな」
自分から言わなくてもルルーシュは気にかけてくれたようだが、と心の中だけで呟く。
「ルルーシュでだめなら、マリアンヌさんに相談してみるし」
ブリタニアの影の皇帝、と言われている彼女の言葉であればクロヴィスだって無視できないだろう。
「俺の懸念はそれだけだしさ」
ゲンブのしたことで自分ができるのはその程度だ。
「……それで、皇族の専属騎士になりますの?」
「悪いのか?」
そうすれば、ずっとルルーシュのそばにいられる。それも、誰に後ろ指指されることなく、だ。
「俺がルルーシュの騎士になれば、名誉ブリタニア人の中にも希望が生まれる。それで十分だろう」
もちろん、そう考えない者達もいるだろう。しかし、自分がそう信じているからいいのだ。
「一番重要なのは、俺がルルーシュのそばにいられると言うことだし」
自分にとって、と続ける。
「それが愚かしい願いだと思いませんの?」
「どこが?」
スザクは即座に言い返す。
「自分を捨てた国に義理立てする理由はないと思うけど?」
まだ反論があるのか、と逆に聞き返した。
「……性根までブリタニアに懐柔されましたのね」
「先に俺を捨てたのは、あくまでもお前たちの方」
そこを認識できていないのか、とあきれたように言う。
「ついでに言えば、俺が大切に思っているのは、ブリタニアじゃない。アリエスの人だけ。彼らが大切だと言うから、ブリタニアも守ろうと思うだけだ」
だから、と続ける。
「お前たちがそれを壊そうとするなら、俺は邪魔するだけだ」
きっぱりと言い切った。
「あぁ、そうだ。テロ行為はやめておけよ? その結果、苦しむのは関係のない人たちだからな」
そう付け加えれば、彼女の表情がかすかに変化する。それは記憶の中の、彼女が図星を指されたときの表情によく似ていた。
と言うことは、そう言うことなのか。
だとするなら、彼女たちはそれができるだけの戦力を手にしていると言うことだ。それはあり得ることだと思える。
後で、ルルーシュに話さないと……と心の中で呟く。
「……ひどいですわね。従妹をそこまで疑いますの?」
彼女はそう口にする。だが、一度抱いた疑念を消せるものではない。
「じゃ、何で今更、俺を《婚約者》と呼ぶんだ? 裏切り者なんだろう、お前たちの認識だと」
とりあえず、と問いかけた。
「わたくしにも選択肢はあると思いません?」
それに彼女はこう言い返してくる。
「その中で、一番、お従兄様がマシだった、と言うだけですわ」
彼女はため息混じりに付け加えた。
「どのみち、一度で決めろと申し上げるつもりはありません。離れていた時間が長いことは事実ですから」
スザクも変わったように自分も変わったと言うことは否定しない。彼女はそう言って、少しだけ苦い笑みを浮かべる。
「そう言うことですから、またお邪魔しますわ」
言葉とともに彼女は立ち上がった。
「来ても会うとは限らないけどな」
スザクはそう言い返す。
「ごきげんよう、お従兄様」
だが、神楽耶はそれには直接答えを返さない。ただ、こう告げると滑るように歩き出す。
「……何を考えているんだ、お前は」
その背中に向かってスザクはつぶやきをぶつける。もちろん、それに対する答えは返ってこなかった。
12.04.18 up