恋は戦争?
ブルートルマリン
藤堂の居場所は、ジェレミアでも未だにつかむことができない。そのことを一番気にしているのはジェレミア本人だろう。
「申し訳ありません、ルルーシュ様」
そう言って、彼は頭を下げる。
「気にするな。最初からそう簡単に見つかるとは思っていない」
相手が有能であればなおさら、とルルーシュは彼を慰めた。
「そうですね。僕の基礎は全部、藤堂さんに教えてもらいましたから」
もっとも、自分でもあれこれ努力した。その上、ブリタニアに来てからはマリアンヌに毎日しごかれたから、それなりに実力は付いたのではないか。それもやはり、藤堂が基礎を教えてくれたからだとわかっている。
「クルルギの場合、生来の身体能力もあるのだろうが……それを伸ばせるよう的確な助言をした、と言うところか」
指揮官としてだけではなく育成者としても有能なようだな、とジェレミアが言う。
「ますます、会ってみたくなってきたな」
ルルーシュが小さな笑みを浮かべた。
「とりあえず、日本解放戦線から誰かを抱き込むか……」
可能なら、と彼は続ける。
「できるのか?」
そんなことが、とスザクは問いかけた。
「いくつか策はある。お前にも協力してもらわないといけないが、な」
とりあえず、それもこれも、藤堂の居場所が判明してからだ。ルルーシュはそう言う。
「それよりも、また、
皇の姫がお前に『会いたい』と言ってきたぞ」
この言葉を耳にした瞬間、スザクは自分の頬が引きつったのがわかった。
「パス」
もう二度と会いたくない、とスザクは言い返す。
「また訳のわからない主張を聞かされるだけだろ」
婚約がどうとかという、とため息をつく。
「とっくに終わった話を、今更聞かされても嬉しくない」
第一、そんなことを考えたこともない。
「僕は、ルルーシュがいてくれさえすれば、それでいいのに」
そういう関係になりたいのもルルーシュだけだ。そう続けたいが、ジェレミアがいるので自制しておく。
「そう言うな。それに、また、何か情報を落としてくれるかもしれないからな」
前回のように、とルルーシュが笑う。
「あいつが同じミスを繰り返すとは思わないけど」
それでも、ルルーシュが『そうしろ』と言うなら仕方がない。妥協して顔を合わせるが、とため息とともにはき出す。
「後でほめてやる。だから、会ってこい。でないと、兄さんが胃を壊しそうでな」
あぁ、そう言うことか。
「クロヴィス殿下って、打たれ弱い?」
それにしても、と思わずぼやきたくなる。
「仕方がないな。兄さんは周りに甘やかされてきたし……」
昔は無条件で甘やかしてくれる母親にあこがれたものだ、とルルーシュは遠い目をしながら呟いた。
「マリアンヌさんだもんね」
スザクとしてはそういうしかできない。
「騎士としても超一流の方ですから」
ジェレミアは誇らしそうに告げる。
「もう少しおとなしくしてくれればみんな幸せなんだがな」
マリアンヌが、とルルーシュは言った。
「無理でしょ」
「無理でしょうね」
スザクとジェレミアが異口同音に告げる。
「お前たち、少しはためらえ!」
あまりに即答しすぎたせいか。ルルーシュが完全に機嫌を損ねる。
「……だって、相手がマリアンヌさんだもん。僕たちが言っても無駄だし」
だから、あきらめるのが一番ではないか。
「それが真理なんだろうな」
そういうルルーシュの背中に悲哀が見える。
「でも、いいじゃん。ルルーシュにはまだ、ナナリーがいるんだし。他にもしっかりとした殿下方がいるでしょう?」
自分に残されている親戚はあんなのだぞ、と言外に告げた。
「マリアンヌさんは確かに時々ものすごいけど、でも、ルルーシュとナナリーを大切にしているだろ。それだけでいいじゃん」
さらにこう付け加える。
「悪かった、スザク」
ルルーシュが困ったような表情とともに謝罪の言葉を口にした。
「気にしなくていいって。どのみち、あの頃も父親がいたって認識なかったし」
だから、藤堂の存在が嬉しかったのだ。例え、それが義務だったとしても、自分と向かい合ってくれたのは彼だけだったし、と心の中で呟く。
「しかし」
だが、ルルーシュは納得してくれない。
「じゃ、後でいいから、キスしてくれる?」
それで終わり、と笑う。
「まぁ、そのくらいなら、な」
それでスザクの気持ちが浮上するなら、と彼は言った。
「ルルーシュ様」
ジェレミアが困ったような表情で彼の名を呼んだ。
「……断られると思っていたのに」
スザクはスザクでこう告げる。
冗談半分のセリフだったのだ。それでも、してくれるなら嬉しいと言うのは本音である。
「気にするな。母さんからは『甘やかすことも必要よ』と言われているからな」
いろいろと規格外でもやはりマリアンヌは《母》なのだろう。
「これ以上はだめだが、キスぐらいならな……あの腹黒兄上に迫られるよりマシだ」
何か、とんでもないセリフを聞いたような気がする。
「シュナイゼル殿下って、そういう趣味なの?」
何と言っていいかわからないから、そのままジェレミアに問いかけてしまう。
「……それは……」
そうすれば、彼は額に冷や汗を浮かべ始めた。
「オデュッセウス殿下の隠し子の話は聞いたことがあるけど、シュナイゼル殿下のは聞いたことがなかったな、そういえば」
独身なのは、てっきり、釣り合う相手がいないからだと思っていた。しかし、それは違ったのだろうか。
コーネリア以下もそうだという話だった。ユーフェミアやカリーヌにはしょっちゅう見合いが組まれているようだし、と続ける。
「……まぁ、深く考えるな。殿下方の場合、相手も吟味しないといけないしな。クロヴィス殿下のように、心に決めた相手がおられても、母君の反対で婚姻まで行き着かない例もある」
そのあたりの事情は追求するな、とジェレミアが言った。
「ナナリーが政略結婚させられなければどうでもいいがな」
結局はそこに行き着くのか。さすがはルルーシュ、と思わずにいられない。
「そうさせないためにも、それなりの実績を積まないとな」
彼はそう続ける。
「だからといって、お前を人身御供に出すつもりはない。お前も大切な家族だからな」
視線をスザクに向けるとルルーシュはさらに言葉を重ねた。
家族、と言ってもらえるのは嬉しいけれど、早く別の関係になりたい。そうできないのは、自分の努力が足りないから、だろうか。
しかし、そのあたりのことを相談できる人間がいない、と言うことも事実。
本当にどうすればいいのか。そう考えても答えは見つからない。
まぁ、何とかなるだろうとは信じているが。
「大丈夫です、ルルーシュ様。クルルギも一人前になりつつありますから」
ジェレミアがこう言ってくれたのはお世辞なのだろうか。
「ともかく、引き続き、藤堂とその部下達の捜索を続けます。お任せください」
彼はそう言うと頭を下げる。
「では、自分は指示を出してきますので、後はクルルギに任せてよろしいでしょうか」
彼はさらにこう言葉を重ねた。
「あぁ。頼む」
ルルーシュの言葉を合図に、彼は部屋を出て行く。それはひょっとして、彼の気遣いだったのだろうか。スザクはそう考えながらジェレミアの背中を見送る。
「スザク」
ルルーシュが不意に彼の名を呼んだ。
「何?」
「……今なら、いいぞ」
スザクが聞き返せば、彼は頬を赤らめながらこう言い返してくる。
「じゃ、遠慮なく」
本当に年上なのかな、と思いながらもスザクはルルーシュのそばに歩み寄っていく。そしてその唇に自分のそれを重ねた。
身長が足りないことが、ほんの少しだけ悔しかった。
蛇足
「それで……」
首の上を真っ赤に染めたまま、ルルーシュがにらみつけてくる。
「どこで、こんなことを覚えたんだ、お前は」
妙に上手いぞ、と彼は小声で付け加えた。
「……ルルーシュ達が、酔っ払ったマリアンヌさんを僕に押しつけた結果……かな?」
スザクはそう言い返す。
「何か、後々困らないように、最低限の知識だって……」
本当かどうかは知らないけど、と視線を彷徨わせる。
「そうか……母さんか。犯人は」
どうしてくれようか、と呟くルルーシュが、少しだけ怖かった。
12.05.14 up