恋は戦争?
ホワイトトパーズ
神楽耶のそばには、ジェレミアの部下のヴィレッタがつくことになった。
「神楽耶様の存在が、今後、重要になるはずだ。お前だから任せられる」
頼んだぞ、とルルーシュは優しげな笑みをヴィレッタに向ける。そのせいで、彼女の思考が一瞬止まったらしい。
「ルルーシュ様。ヴィレッタはルルーシュ様のその笑みになれておりません」
ため息とともにジェレミアが告げる。
「……俺の笑みは危険物か?」
その問いかけに、ジェレミアだけではなくスザクも視線を彷徨わせた。
「危険物、と言うか……なれていない人には威力最大?」
しばらく考え込んだ後に、スザクはこういう。
「マリアンヌさんが周囲を凍り付かせていたようなもん……とは違うか」
あれはものすごかった、と付け加えればジェレミアも大きく首を縦に振って見せた。
「確かに……まさか、一千の軍勢を笑みひとつで凍り付かせられるとは……さすがはマリアンヌ様です」
どこかうっとりとした声音で、彼はさらに言葉を重ねる。
それがいつのことだったか。スザクはすぐに思い出せた。当然、ルルーシュもそうだろう。
「確かに、あれは見ていてすごかったが……俺はあそこまではできないぞ」
さすがに、と彼はため息とともに告げる。
「どうかな。少なくとも、ここの兵士は十分に凍り付かせると思うけど」
クロヴィスは無条件で、と続けた。
「……兄さんは特別だろう」
他の者はどうかは知らないが、とルルーシュは言い返す。
「他にもシュナイゼル殿下とかユーフェミア殿下とか……あぁ、後カリーヌ殿下も」
スザクは真顔でそう言った。
「何を言いたいんだよ、お前は」
「ルルーシュが美人だって話」
にっこりと微笑みと、スザクはそう言う。
その瞬間、ルルーシュが目を見開く。
「お前の笑みでも、十分、他人を凍り付かせることができるな」
やがて、彼はため息とともにこう言った。
「まぁ、クルルギもマリアンヌ様にしっかりと薫陶されていますか」
幼い頃からあれこれとたたき込まれている以上、それも当然なのか。ジェレミアがこう言ってうなずいてみせる。
「……それはほめられている気がしない」
スザクは思わずそう呟いてしまう。
「お前も似たようなことをさんざん言っていただろうが」
ルルーシュがため息とともに言葉を口にする。
「それを言うなら、ルルーシュがマリアンヌさんにそっくりなのが原因じゃん」
違うの? とスザクは言い返す。
なれていないのだろう。二人の会話にヴィレッタが目を白黒させている。さすがに彼女が気の毒になったのか。
「二人とも、そこまでにしておいてください」
ジェレミアがこう言って割って入ってきた。
「仲がよいのは結構ですが、今は他にすべきことがあるかと思います」
彼の指摘はもっともかもしれない。しかし、とスザクはため息をつく。
「桐原のじいさんが何をしでかしてくれるか」
神楽耶だけは本気で可愛がっていたのだ、彼は。そう考えれば家出中の彼女を探しているのではないか。
「それに関しては、俺の方で何とかする。お前は普段通りにしていろ」
ルルーシュはそう言う。
「わかった……でも、ロイドさんのところに行く時間を減らしてもいいよな?」
神楽耶のことを考えれば、とスザクはルルーシュに問いかける。
「まぁ。仕方がないだろうな」
ロイドに文句を言われるだろうが、今回は状況が状況だ。ため息とともにルルーシュはそう告げる。
「しかし、ヴィレッタさんがぶち切れないといいな」
と言うか、神楽耶がおとなしくしていてくれればいい。そう思わずにいられないスザクだった。
さすがの神楽耶も、数日はおとなしくしていた。
しかし、すぐに化けの皮がはがれたらしい。
「お従兄様、よろしいですか?」
朝の鍛錬を終えて部屋に戻ろうとしたスザクを神楽耶が呼び止めた。どうやら、ヴィレッタを振り切ってきたようだ。
「何だよ」
忙しいんだけど、と言外に告げながらスザクは視線を向ける。
「食事のことでお願いがありますの」
そう来たか。心の中でそう呟く。
「和食を食べたいっていうのは却下だぞ。シェフが作れない」
即座にこう告げる。
「どうしても食べたいなら、自力で何とかしろ」
神楽耶に作れるとは思わないが、と心の中だけで付け加えた。
「わたくしに料理ができると思っておられますの?」
予想通りの言葉を彼女は口にしてくれる。
「できないなら、あきらめるんだな」
そう言い捨てると、さっさと歩き出す。さすがに汗を流さないと朝食の席に着けないような気がするのだ。
「……お従兄様は、それでよろしいの?」
だが、神楽耶は納得していない。即座にこう言ってくる。
「お米のご飯以外、ご飯ではない。そうおっしゃっていたではありませんか」
しかし、その次に続けられた言葉にあきれたくなる。
「もう何年前のことだよ、それ」
自分がブリタニアに行ってから何年経っていると思っているのか。そう続ける。
「なれたよ、パン食も」
もっとも、アリエス離宮ならたまに日本食が出たと言う事実は内緒にしておく。もちろん、ルルーシュが作ったご飯が死ぬほどおいしいという事実もだ。
「どうしても食べたいときは、ご飯だけ炊いておにぎりを作ったけどな。誰かさんのせいで、今はそんな余裕ない」
そこまで行ったところで、あることを思い出す。
「炊飯器とお茶漬けの元ぐらいならあるぞ。どうしても米の飯を食いたいなら、それで何とかしておけ」
とは言っても彼女のことだ。絶対壊してくれるような気がするが。
「……もう、いいですわ!」
この言葉とともに神楽耶は体の向きを変える。
「お従兄様は、もう、日本人としての矜持を完全に捨ててしまわれたのですね」
そう言い捨てると、彼女は足音も荒く立ち去っていく。
「だから、喰いたいときは自分で作ってるって言っただろうが」
自力でご飯も炊けない自分は日本人失格じゃないのか。神楽耶の背中に向かって、スザクは思わずこう呟いてしまう。
「何かおっしゃいまして?」
不意に足を止めると、神楽耶はこう問いかけてくる。
「料理のひとつでも覚えればいいだろう、と言ったけど?」
日本の女性なら、と続けた。
「ご飯ぐらい炊けないのは、やっぱり恥だろう?」
先ほど投げつけられた言葉を、そのまま投げ返す。
「……できるようになって見せます!」
皇の女として、と言うのはなんか違うような気がする。だが、神楽耶はあくまでも本気のようだ。
「まぁ、ルルーシュに迷惑をかけないようにしてくれ」
後は気が済むまでやればいい。そう口にする。そして、スザクは彼女とは別の方向へと歩き出す。
だが、その歩みはすぐに止まった。
「神楽耶様は、何をするつもりなのだ?」
その視線の先にはまだ眠気をまとったままのルルーシュがいる。
「料理の練習だってさ。自分で日本食を作れるようになりたいらしい」
まぁ、暇つぶしにはちょうどいいのではないか。スザクはそう言う。
「そうか。ならば、教師になりそうな人でも探しておくか」
そうでなかったとしても、彼女の食事の面倒を見てもらえばいい。ルルーシュはそう告げる。
「……僕、ルルーシュは《妹》に甘いんだって、思ってた」
でも、違ったようだ。
「だけど、神楽耶に対する態度を見てわかった。ルルーシュは守るべき相手には優しいんだ」
その優しさは、自分にもまだ、向けられている。
「俺は、まだ弱いか?」
だから、あえて一人称を昔のものに戻してスザクは問いかけた。
「……弱いわけではない」
ルルーシュはため息とともに口を開く。
「だが、お前はまだ、自分の剣を持っていない。そう言うことだ」
それを手に入れるまでは、自分がスザクを守る。彼は言外にそう告げた。
「そのときは、ルルーシュは僕に守られてくれるの?」
スザクは即座にそう問いかける。
「どうだろうな」
意味ありげな笑みを、ルルーシュは浮かべてみせた。
12.06.20 up