INDEX

恋は戦争?

トルマリン


 妙に足音が響くような気がする。その事実がスザクの足取りを次第に重いものにしていった。
「そんな表情をするな」
 苦笑とともにルルーシュが声をかけてくる。
「ここにいるのは俺の管轄下にある者達だ。だから、理不尽な扱いはさせていない」
 本当は、全部そうしたいところだが、さすがに無理だ。彼はそう続ける。
「仕方がありません。本来であれば、ここもクロヴィス殿下の管轄下にあるべき施設ですから」
 ジェレミアが申し訳なさそうにそう告げた。
「わかっている。ここだけでも俺に任せてもらえただけでもマシだ、と言うこともな」
 もっとも、クロヴィスの場合、ルルーシュのお願いなら無条件で聞くような気がする。いつものことだが、そうとしか考えられない、とスザクは思う。
 だが、いつものように笑えない。その理由もわかっていた。
「緊張しているようだな」
 ルルーシュがそう問いかけてくる。
「……さすがに、ね」
 彼に再会するとなれば、だ。どうしても緊張する。
 今の自分を見て、彼が何と言うか。それが少し怖い。だからといって、今のポジションを捨てるつもりはないが。
「実の父より《父親》だったから、あの人は」
 それでも、彼は自分にとってある意味特別だから。そう思う。
「それならば、うちの母さんは《母親》か?」
 実際母親なんだが、とルルーシュが笑った。
「マリアンヌさんはそうかもしれない。かなり型破りだけど」
 実の母親の記憶はほとんどないし、と続ける。
「そう言うことは笑いながら言うものじゃないぞ」
 ルルーシュが言葉とともにスザクの頭に手を置いた。そのまま優しくなでてくれる。
「でも、母さんの記憶がないのは事実だし……マリアンヌさんが型破りなのも誰も否定できないでしょ」
 違うのか、と聞き返した。
「まぁ。確かにな。だから、こういうことになっているわけだが」
 苦笑とともに彼はうなずく。同時に、少しだけスザクの髪をなでる指に力がこもった。
「確かに。ここにいるのは皆、マリアンヌ様が興味を持った者達ですから」
 そう言った意味では、誰も手出しができないだろう。それこそ、シャルルでもだ。ジェレミアは苦笑とともにそう告げる。
「あのロールケーキはともかく、シュナイゼル兄上まで、と言うのが怖いところだがな」
 深いため息とともにルルーシュが言葉を吐き出した。
「だが、おかげで有能な人材を失わずにすむ」
 どこの国の人間であろうと、有能な人材は確保しておきたい。ルルーシュはそう付け加える。
「もっとも、相手の意思を無視するのは難しいがな」
 どんな有能な人材だとは言え、ブリタニアに協力をする気がないのであれば宝の持ち腐れだろう。もっとも、身柄を確保しておけばこちらの被害が少ないというのも事実だ。ルルーシュは苦笑を浮かべるとそう言った。
「だが、できれば藤堂鏡志郎とは敵対したくない」
 ルルーシュの言葉にスザクもうなずく。
 それでも、ルルーシュと藤堂、どちらかを選べと言われたら答えは決まっている。
「どうなるにしても、一度彼の顔を見なければ話は進まないか」
 そして、話をしなければ、だ。
「お前が彼と顔を合わせづらいというなら、外で待っていてもいいぞ」
 ルルーシュの言葉にスザクは首を横に振る。
「そばにいない方が不安だから」
 だから、一緒に行く。そういえば、ルルーシュは小さくうなずいて見せた。

 部屋の真ん中できちんと正座している。そう言うところは本当に藤堂らしいと思う。
「藤堂鏡志郎少佐、でかまわないな?」
 ルルーシュが日本語で彼に問いかける。
「すでにご存じだと思うが?」
 彼にしては珍しい口調でそう言い返してきた。
「貴殿の口から聞きたいのだがな」
 ルルーシュはため息とともにそう言う。
「それでなければ、お互いに腹を割って話すことは難しい」
 ルルーシュのこの言葉に、藤堂は少しだけ表情を変えた。
「この国にすむ者達のために、最良の道を見つけたいと思う。そのためには貴殿をはじめとする人々の話を聞かなければいけないと考えている」
 さらにルルーシュは言葉を重ねた。
「スザクに聞いてもいいが……あいつは俺たちが育てたようなものだからな。公平な判断ができそうにない」
 それがかわいいところでもあるが、と言われて、いったいどのような表情をすればいいのか。
「スザク君」
 視線を彷徨わせていれば、不意に藤堂が問いかけてくる。
「何でしょうか」
 ルルーシュが彼と話をしたいというのだ。それならば、自分が無視をするわけにはいかない。
「君は……ブリタニアでどのような生活を送ってきたのか、聞いてもかまわないか?」
 それを聞いてから判断をしよう。彼の表情がそう続ける。
「どうって……日本語がブリタニア語に変わったのが大きな違いかなって、ところ? あぁ、毎日、ルルーシュ達とご飯を食べたのも大きな違いかも」
 寮に入っているとき以外は、と口にした。
「ひょっとして、日本にいたときよりもまっとうな生活を送ってた?」
 子供の頃から一人で食事をするのが当然だった。母が生きていた頃は違ったかもしれない。だが、その頃の記憶はおぼろげにしかないからはっきりと断言できないのだ。
「そういや、学校行事にもちゃんと来てもらってたっけ」
 それもナナリーのおまけだから、と言うだけではないと思いたい。
「お前は家族だからな。当然のことだ」
 スザクの言葉を耳にしたルルーシュが小声でそう言ってくる。
「……まぁ、枢木首相はお忙しい方だった、と言うことだろうが……」
 それを言うなら、ルルーシュもマリアンヌも負けないくらい忙しかったのではないか。二人が来られないときには、しっかりとジェレミアが足を運んでくれたし。お義理でも顔を見せてくれなかった枢木の家の者とは雲泥の差だと思う。
「今だって、神楽耶が押しかけてきているしな」
 さらにそう付け加えた。
「神楽耶様が?」
 予想外だったのか。藤堂が驚いたように聞き返してくる。
「……料理の修業をしている」
 ため息混じりにスザクはさらに言葉を重ねた。
「もっとも、今は、ほとんど消し炭みたいなもんだけどな」
 食材がもったいない。そう続ける。
「最初の頃よりはマシになっていると聞いているが?」
 ルルーシュがこう問いかけてきた。
「とりあえず、炊飯器は使えるようになったって話だけど……だしが取れないなら意味ないじゃん」
 お湯に味噌をといただけのものを味噌汁とは認めない。スザクはそういう。
「人に向かって『日本人の誇り』がどうのこうのというくせに、料理の基本も知らないんだよな、あいつ」
 それ以上に怖いのは、と続けた。
「自分だけで食べきれないからって、人に押しつけようとするし」
 もっとも、口にするつもりは全くないが。スザクはそう告げる。
「あぁ、藤堂さんも覚悟しておいてくださいね」
 そう言って笑った。
「あいつの最終目的は、藤堂さんにて料理を食わせることだそうですから」
 この言葉を耳にした瞬間、藤堂の表情が初めて崩れた。
「あの方は……何を考えていらっしゃるのか」
 ため息とともに彼はそう呟く。
「俺もそれを知りたいと思っている。あの方が望まぬ道を歩かずにすむようにな」
 特に、中華連邦で妙な動きがある以上、とルルーシュは言う。
「別に、貴殿に貴殿の信念を裏切れと言っているわけではない。この国の子供達のために協力をして欲しいだけだ」
 ルルーシュのこの言葉に、藤堂は少し考え込むような表情を作った。
「もちろん、それは今すぐでなくてもかまわない。貴殿の身柄は総督から私が預かった。貴殿の部下達も、万が一のときにはそうなるだろう」
 四聖剣が捕まったときには、藤堂とともに自分が身柄を預かる予定だ。ルルーシュはそう続けた。
「だが、今すぐに結論を出せ、とは言わない」
 藤堂の性格であれば、出せと言っても無理だろう。
「それでも、できれば歩み寄って欲しい」
 ルルーシュの言葉が藤堂に届いてくれればいい。スザクはそう願う。
「……考えておこう」
 ため息とともに藤堂はそう口にした。
「今は、その言葉で十分だ」
 ルルーシュはそう言って笑う。
 それに藤堂がどんな反応を見せたか。あまりにあまりなそれにスザクはため息をつく。
「千葉さんが知ったら、後が怖いな」
 そのまま、こう呟いた。
「スザク君! 何を言っている」
「焦らなくても、あの頃から有名な話ですよ」
 朝比奈がおもしろおかしく教えてくれた。スザクはそう言う。
「朝比奈……後できっちりと言い聞かせないとな」
 藤堂がため息とともに呟く。
「それよりも、さっさと捕まえて、神楽耶の料理の味見係に任命する方がいいと思いますけどね」
 猫もまたいでいくあの料理の処理をさせればいい。スザクのこの言葉に、藤堂が初めて昔のような笑みを見せてくれた。



12.07.05 up
INDEX
Copyright (c) 2011 All rights reserved.

-Powered by HTML DWARF-