恋は戦争?
オブシディアン
神楽耶だけでも厄介なのに、どうして彼までもが自分の前に顔を出すのか。
「久しいの、スザク」
無視したいのに、名前を呼ばれては難しい。
「僕は会いたくありませんでしたけどね」
本音を隠すことなくそう言い返す。
「今更、何の用ですか?」
それでも目的を聞かないわけにはいかない。そう判断をしてこう問いかけた。
「お主の顔を見に、だが?」
しれっとして彼はそう言い返してくる。
「今更、ですか?」
利用価値が出てきたからか、と心の中で付け加えた。それとも、神楽耶のことが関係しているのだろうか。
「それが本当だとするなら、もう、僕の顔は見たでしょう? お帰りください」
昔なら、ここで『ぶぶ漬けでも食べるか?』と問いかけたのだが、とスザクは思う。
でも、ほうきをひっくり返して手ぬぐいをかけることは可能だろうか。
「スザク、お主……何かやましいことでもあるのか?」
桐原が不審そうに問いかけてくる。
「忙しいだけだよ!」
本当ならば、今頃はロイドのところに行っているはずだったのだ。そう考えた瞬間、頭が痛くなってくる。
「明日、ベッドで寝られないかもしれないな」
今日の分の実験もつきあわされるとなると、と呟いてしまう。
「今からでもいけば、少しはマシなのか?」
もっとも、桐原がいる間は無理だ。
「……本当に忙しかったのか。それは悪いこともしたの」
少しもそう思っていないであろう声音で桐原が言う。
「僕だって、遊んでいるわけじゃないですから」
正確には、まだルルーシュの騎士候補だ。それでも、やらなければいけないことはたくさんある。覚えなければいけないことは、さらに多い。
「ついでに言えば、あなたのお役には立てませんよ」
そこまで権限はない。あったとしても、ルルーシュの迷惑になりかねない以上、うかつな行動を取るわけにはいかないのだ。そう考えれば、こうして桐原と会っているのもまずい。もっとも、今回はクロヴィスの許可があるからいいのかもしれないが。
「六家の一員が何を言っている」
「それは昔の話じゃないですか。父さんが死んだときに枢木を六家から放逐したのはあんたでしょう?」
全く、とぼやく。
「なので、もう、僕は貴方たちに関わりはありません」
スザクはそう続けた。
「そう言うな。いくら何でも、血縁までは切れぬだろうが」
桐原はさらに食い下がってくる。
「それもないと思いますよ? 五年以上も連絡ひとつよこさなかったんだし」
そもそも、保護責任を放棄したではないか。
「……難しい言葉を使えるようになったの」
感心しているのかあきれているのかわからない口調で桐原は言い返して来る。
「全部、ルルーシュ達が丁寧に教えてくれたからに決まっています。誰かさん達と違って、がんばったときにはほめてくれたし、だめなときはしかってくれましたしね」
もちろん、これはただのイヤミだ。それでも、こう言いたくなったとしても仕方がないだろう。
「と言うわけですので、肉親の情をあおろうとしても、今更遅いですから」
だから、さっさと帰れ。そう言外に告げたつもりだった。
だが、桐原にすればここからが本番だったらしい。
「それは、年下のものにも同じように言うのかの?」
「……年下?」
それに思わずこう言い返してしまう。
「年下って、誰がいたっけ?」
それとも、自分がいないときに生まれたのか。そう呟いてしまう。
「本気で言っているのか?」
かすかに怒りをにじませながら桐原が問いかけてきた。しかし、それもスザクの耳を右から左へと素通りしていく。
「ナナリーやカリーヌ様のことを言うはずがない、と言うことは日本人か。あぁ、そういえば、一人いたな」
ようやく思い出した、と彼は続ける。
「神楽耶が僕に泣きつきにくるわけないじゃん」
絶対あり得ない。そう断言する。
「まぁ、それはそうじゃの」
あまりにきっぱりと言い切ったせいか。桐原もうなずいて見せた。いや、うなずくしかできないと言った方が正しいのか。
「で、神楽耶がどうしたわけ?」
政庁にいるとは口に出さずに聞き返す。
「……行方がわからぬのだが……」
桐原はこう言いながらスザクの顔をのぞき込んできた。
「ルルーシュに頼めばいいわけ? 探して欲しいって」
ごまかされるだけだろうが、と思いながら口にする。
「って言うか、何であいつの行方がわからないんですか? あいつが家出なんかするはずないでしょう?」
する必要もないではないか。言外にそう付け加えた。
「そういえば、人のことをまだ『婚約者』とか主張して文句を言いに来ましたけど……解消したことを言ってなかったんですか?」
自分はゲンブの葬式のときに言われたが、と続ける。
「……あったのか?」
「二ヶ月ぐらい前、ですけどね」
こちらに来てからすぐに押しかけてきた。そのときのことを思い出しただけで表情が引きつる。
「確かに、伝えたがな。神楽耶の方が納得しておらん」
一時期は納得していたはずなのだが、と桐原は言う。
「あいつが承服できないようなことを押しつけたんじゃないですか? そのとばっちりがこっちに来ているんでしょう」
迷惑だ、と言い切る。
「とばっちりと言うことは、神楽耶が?」
「こっちに戻ってきてすぐに、人に文句を言いに来ましたけど?」
その後のことは知らない。スザクはそう言った。
「あぁ、後、不幸の手紙が届いたな」
どれもこれもとばっちりではないのか。言外にそう続ける。
「全部、僕が彼女との婚約を破棄したから悪いのだそうですよ」
こう締めくくりながら、桐原の顔を見つめた。
「甘えておるのじゃろう、お主に」
いとこだからな、と彼は言う。
「……安心せよ。お主との婚約の話はもう蒸し返さぬ。別の相手を探しておるからな」
「あんたのお眼鏡にかなった相手、ね」
どこの誰だか、とため息をつく。
「ともかく、ルルーシュの気持ちを裏切るようなことをしたら、遠慮なく殺しに行くから」
特に、神楽耶の相手が中華連邦の人間だったりしたら、と続ける。
「安心せよ。一応は日本人よ」
EUにおるな、と桐原は言う。これに関してはジェレミアに頼めば調べてもらえるだろうか。
「ともかく、神楽耶がまた連絡をしてきたら知らせてくれればよい」
彼はそう言う。
「気が向いたならな」
それにスザクはこう言い返した。
「EUにいる日本人、か」
スザクの言葉にルルーシュは何かを考え込むような表情を作る。
「それはそれで厄介かもしれないが……どうやって調べるか、だな」
さて、とため息をつく。
「あちらの方々とは直接、パイプがありませんからな」
ジェレミアもそう言ってうなずく。
ユーロブリタニアはブリタニア本国とは直接つながりがないことになっている。もちろん、頼まれれば協力をするが、それでも、別の体勢ができているのだ。だから、ルルーシュにしてもうかつに動けないのだろう。スザクはそう判断をした。
「それでも何とかなるだろう。シュナイゼル兄上が手のものを送り込んでいるはずだし」
そう言いながら、彼はスザクを見つめる。
「ご苦労だったな」
そしてこう言って微笑んでくれた。
「もうやらないからな。次は追い返してもいいだろう?」
桐原の相手は二度とごめんだ。彼に比べれば、まだ、神楽耶の料理の方はマシのような気がする。
「そうだな」
いい加減、これに関しても片をつけなければいけないだろう。ルルーシュはそう言った。
12.08.27 up