恋は戦争?
ローズクウォーツ
「スゥザクく〜ん」
言葉とともに背後から肩に手が置かれる。その瞬間、悪寒が背筋を駆け上がった理由は言わなくてもいいだろう。
「今日はこれから、ルルーシュと一緒に出かけるから!」
だから、無理! と言外に叫ぶ。
「こっちも遅れているんだよぉ」
テストが、と言いながらロイドはさらにすがりついてくる。そんな彼の動きに、何故か、軟体動物を連想してしまった。
「無理です! 公式行事ですから」
そちらの方が優先だろう、とスザクは告げる。同時にロイドの手から逃げだそうとした。
「今日はジェレミア卿がいらっしゃらないんです! だから、ルルーシュの護衛が最優先事項です!」
自分にとっては、だ。いや、自分以外のものにとってもそうであるはずだ。
しかし、ロイドは違ったらしい。
「そんなことより、ランスロットの方が大切だよぉ!」
成果を出さないと開発費がぁ、とロイドが負けじと叫んでくる。
「そんなこと、ね」
しかし、彼の動きを一言で封じるものがいた。
「なるほど。君にしてみればそうかもしれないが、それを他人に押しつけてはいけないね」
そう言いながら姿を現したのはシュナイゼルだ。
「万が一を考えて迎えに来たが……正解だったようだな」
彼の後ろからルルーシュも姿を見せる。
「ともかく、うちのスザクは連れて行くぞ」
言葉とともに彼は手をさしのべてきた。
「そうだね。ルルーシュのそばに騎士がいないというのはいろいろと困るだろう」
シュナイゼルはそう言うと笑みを浮かべる。
「五秒以内にスザク君を解放しないときには、開発費をカット、かな?」
しかし、これほど効果があるとは思わなかった。そう言いたくなるほど、ロイドは簡単にスザクを解放してくれる。
「ルルーシュ」
それを確認してシュナイゼルはさらに笑みを深めた。
「彼が困ったことをしたり、約束を無視するようなら、遠慮なく連絡をしてきなさい」
その時点で、開発費をストップさせよう。楽しそうにシュナイゼルはそう言った。その瞬間、ロイドが凍り付く。
「ありがとうございます、兄上」
そのときはよろしくお願いします、とルルーシュも笑みを浮かべる。
「それにしても、今日はどうしたんだ?」
いつもはこうじゃないだろう? とルルーシュはスザクに視線を向けてきた。
「セシルさんがいないんだよ」
特派で唯一、ロイドを止められる人物が出張している。そのせいで、彼はどんどん暴走していたのだ。スザクはそう説明をする。
「本当なら、そろそろ帰ってきているはずなんだけど……」
「なるほど。そういうことなら彼女の権限を強めた方がいいかもしれないね」
シュナイゼルはそう言ってうなずく。
「それに関しては明日以降になるが」
残念だ、と彼は付け加えた。
「仕方がないですね。クロヴィス兄さんを待たせるわけにはいきません」
今日を楽しみにしていたのだ、彼は。だから、とルルーシュは苦笑とともに口にした。
「仕方がないね。クロヴィスは寂しがりやだから」
笑いながらそう言えるシュナイゼルはさすがだと言えるのではないだろうか。
「他のきょうだい達も集まれればよかったのだがね」
「それは無理でしょう。シュナイゼル兄上がおいでくださっただけでも十分すぎるほどです」
成人している者達は皆、執務に就いているのだから。ルルーシュは言外にそう告げる。
「そう考えて、ナナリーやカリーヌだけでも一緒に連れてこようとしたのだがね。陛下からお許しいただけなくて」
マリアンヌはもちろん、カリーヌの母からも許可は得られていたのだが、とシュナイゼルは続けた。
「あぁ……陛下なら、そうおっしゃるでしょうね」
ルルーシュの声に、少しだけとげがにじんでいる。それはきっと、久々にナナリーに会えるはずだったのに邪魔をされたからだろう。
「さすがは陛下。見事な溺愛ぶりですねぇ」
先ほどの鬱憤晴らしなのだろうか。ロイドがこんなセリフを口にしてくれた。
「ロイド……本気で開発費がいらないようだね、君は」
ため息とともにシュナイゼルがそう言う。
「いくら事実でも、言っていいことと悪いことがあるな」
さらにルルーシュが言葉を口にした。
「……事実ですかぁ?」
「否定できないだろう?」
する必要もないだろうが、とルルーシュはロイドに言い返している。
「しかし、息子である俺たちが言うのと、臣下でしかないお前が口にするのとでは意味が違いすぎる」
「ですよねぇ」
あはははぁ、と笑うロイドの背後に音もなく人影が近寄った。次の瞬間、鈍い音が周囲に響き渡る。
「申し訳ありません!」
そう言って頭を下げたのは見覚えのある人物だ。
「セシルさん」
そういえば、彼女はさらに深く頭を下げる。
「私が目を離した隙に……」
とんでもないことを、とセシルは続けた。
「気にしなくていい。ロイドがそう言う人間だと言うことはよく知っているつもりだからね」
さわやかな笑みとともにシュナイゼルが言葉を返す。
「だから、そうだね。ルルーシュが希望していたランスロットの脱出装置の開発が終わるまでは、開発費を半分にしよう」
脱出装置の開発にはそれで十分だろう? とさらに笑みを深めると彼は言う。
「だってぇ、脱出装置はつまらないんだよぉ!」
それに、とロイドが上半身だけを起こしながら言葉を続ける。
「デバイザーがさっさと逃げ出したら、ランスロットがかわいそうじゃないか」
そんなのは認められない。ロイドはそう主張した。
「スザク君がいなくなると、ルルーシュとナナリーがかわいそうだろう?」
それに、とシュナイゼルは言い返す。
「マリアンヌ様が本気で怒られるよ? 君の命もなくなるか」
「それ以前に、ランスロットを破壊すると思いますよ。母さんなら」
ルルーシュがぼそっと口にする。その瞬間、ロイドがまた凍り付いた。
「さて、いつまでもここで時間をつぶしているわけにはいかないね。ロイドをからかうのは楽しいけれど」
それ以上に、クロヴィスをいじる方が楽しい。シュナイゼルは唇の動きだけでそう付け加えた。それには気づかないふりをした方がいいのだろうか。
「……スザク。着替えてこい」
ルルーシュが流したから、自分も聞かなかったことにしておこう。スザクはそう判断をする。
「わかった」
うなずくと、ロイドに止められる前にさっさと控え室に逃げ込んだ。
それにしても、クロヴィスはいつ、執務をしているのだろうか。ふっとそんなことを考えてしまう。
もっとも、最近はルルーシュが目を光らせているから、さほどサボってはいないはず。ならば、自分達がここに来る以前の作品なのだろうか。
一部屋を埋め尽くすようなクロヴィスの作品を見つめながらスザクは首をかしげる。
まぁ、どうでもいいのか。すぐにそれ以上、考えることを放棄した。
「アリエスの庭だよな、これ」
それよりも、気に入った絵を見つめている方がいい。もちろん、ルルーシュの周囲の気配を探りつつ、だ。
「本当に、女性陣の中にいても違和感ないよな、ルルーシュ」
庭に据えられたベンチにマリアンヌとナナリー、それにユーフェミアが座っている。その後ろにルルーシュとコーネリアが立っているという絵を見つめながらスザクはそう呟く。
「個人的に、これが一番好きかな」
自分がブリタニアに来る前の絵なのだろうか。そう思いながら小さな声で付け加えた。
「気に入ってもらえたようだね」
背後からクロヴィスが声をかけてくる。
「はい。クロヴィス殿下がどれだけ皆様をお好きなのか、しっかりと伝わってきます」
ルルーシュ個人を描いたものもいいけれど、やっぱり、みんながそろっている方がいい。スザクはそう感想を告げる。
「君はルルーシュだけではなくみんなが好きなのだね」
いい子だ、とクロヴィスはうなずく。
「それに、素直な感想を聞かせてもらえると、やはり張り合いがあるよ」
彼はそう付け加えた。
「シュナイゼル殿下とご一緒ではなくていいのですか?」
「兄上は、今、女性陣に囲まれておいでだ」
悪いが、自分は逃げてきたのだ。彼は苦笑を浮かべる。
それっていいのだろうか。心の中で呟く。
「そうそう。できたらでかまわないから、今度、ルルーシュの寝顔を写真に撮っておいてくれないかな? 報酬は額装したデッサンで」
スザクだけのものになる、と付け加えられて、一瞬心が動いた。しかし、素直にうなずけなかったのは、クロヴィスの背後にルルーシュを見つけたからだ。
「……兄さん?」
どうやら、姿を消した彼を探しに来ていたらしい。
「兄上がお呼びです。それと、うちのスザクに余計な事を吹き込まないでください」
言葉とともにルルーシュはクロヴィスの襟首をつかむ。
「スザクもいいな?」
ルルーシュの言葉に、スザクは首を縦に振ることしかできない。だが、彼にはそれだけで十分だったようだ。
「では、行きましょうか」
クロヴィスを引きずるように広間の中央へと歩いて行く。
「……やっぱり、ルルーシュは怒らせちゃいけないよな」
スザクは改めてそう実感した。
12.09.18 up