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恋は戦争?

柳桜



「スザク君、お願いがあるんだけど」
 朝食の席で、いきなりマリアンヌが口を開く。
「なんですか?」
 彼女が『お願い』だなんて珍しい。そう思うと同時に、不安がわき上がってくる。ルルーシュとナナリーの顔を確認してしまったのは無意識の行動だ。
「難しいことじゃないわ。今日一日、私につきあってくれればいいだけよ」
 にこやかな表情でそう言われても、とスザクはため息をつく。
「それが一番難しいことです」
 一日マリアンヌにつきあうと言うことは、どれだけ体力を消耗させられるのか。
 言葉通り、ただついて回るだけならば問題はない。厄介なのは、ついでとばかりに自分に勝負を挑んでくる人間がいることだ。
 万が一、誰かの騎士だとかそれなりの立場がある相手であればけがをさせるわけにはいかない。だからと言って手を抜いて負けることはマリアンヌとルルーシュの顔に泥を塗ることになるだろう。
 そのさじ加減が、未だに難しいのだ。
「心配しないで」
 さらに笑みを深めるとマリアンヌはこう言った。
「けんかを売りに行くのは私の方だから」
 そのまま、何でもないことのようにこう続けてくれる。
「はぁ?」
 マリアンヌがけんかを売りに行く相手とは、ひょっとしなくても皇帝だろうか。
「母さん?」
 同じ不安を抱いたらしいルルーシュが彼女に言外に問いかけた。
「シャルルの許可はもらってあるわよ」
 と言うことはけんかを売りに行く相手はシャルルではないと言うことか。
「どこに行かれますの? 私もついていっていいのでしょうか」
 ナナリーはナナリーでこう問いかけた。
「残念だけど、あなたは連れて行けないわ、ナナリー。でも、ユーフェミアがあなたに用事があると言っていたわよ。十時頃に迎えをよこすように連絡をしておいたから、行ってらっしゃい」
 マリアンヌはさらりとこう言い返す。これは間違いなくナナリーを同席させないために事前に手を打っていたと考えていいだろう。
「……母さん、後でしっかりと話をしましょう」
 ルルーシュが静かな声でそう言った。
「いいわよ」
 当然の権利ね、とマリアンヌは平然と言い返す。これも最初から予想していたのだろう。
 ルルーシュが優秀だとは言え、どうしても、経験はマリアンヌに劣る。しかも、それが大きな差になっているのだ。
 ルルーシュが何を言おうと彼女に勝てるはずがない。
「わかりました」
 仕方がない、と彼は小さなため息をついた。
「とりあえず、料理が冷める前にいただきましょう」
 マリアンヌはそう言うと、再び手を動かし始める。他の三人も、渋々ながら食事を再開した。

「それで? 何をされようとしているのですか?」
 ナナリーが席を外したところで、ルルーシュが即座にこう問いかけている。
「単に、ナイトメアフレームでの模擬戦よ」
 ただ、と彼女は続けた。
「相手の条件がラウンズ以外、と言うのだもの。だから、スザク君にお願いしたいの」
 いくら自分でもビスマルクを連れて行くつもりは最初からなかったのに、とマリアンヌは頬を膨らませる。
「ラウンズなしで出かけるのはシャルルが許してくれないしね」
 だから、アーニャとジノは連れて行く。だが、彼らを模擬戦に出すことはできない。その理屈はわかる。しかし、それならば他にも候補者はいるのではないか。
「ついでに言えば、あちらの希望が最新鋭機での勝負、だからよ」
 現在、ブリタニアの皇族の騎士で専用機を持っているものはスザクぐらいだ。だから、と言われれば納得するしかない。
「ブリタニアの技術力を馬鹿にされて黙っていられるわけないでしょう?」
 さらに彼女は言葉を重ねる。
「と言うことは、相手はブリタニアの企業ではないのですね?」
 ルルーシュが確認するように問いかけた。
「えぇ……EUです」
 だからこそ、厄介だ。マリアンヌはそう言い返す。
「一息に叩きつぶさないと、こちらのデータを取られかねないわ」
 それでは、あちらの益になってしまう。
「と言うことだから、本気でやっていいわよ、スザク君」
 ブリタニア人出ない以上、殺しても気にしないから。そんなことを言われても、とスザクは思う。
「それでブリタニアとEUの仲が悪化したらまずいんじゃ……」
 人を殺すことに関しては別に気にならない。士官学校時代に、さんざん、その可能性をたたき込まれているのだ。
 しかし、自分の行動一つで戦争が始まると思えば素直にうなずけない。
「そうですよ、母さん」
 ルルーシュはため息とともに口を開いた。
「母さんは一応皇妃なんですから、少しは自分の言動に気を配ってください」
 彼はさらにそう付け加える。
「言っておくけど、今回の発端は私じゃないわよ?」
 リ家の姉妹の母だ。マリアンヌはそう言った。
「内容が内容だから、それはかまわないけど……後始末を押しつけないで欲しかったわ」
 だからと言って、現在戦場にいるコーネリアを連れ戻すわけにはいかない。ユーフェミアを矢面に出すこともできない以上、仕方がないのか。
「あの子達とは仲良くしているしね」
 母親はともかく、とコーネリアは言った。
「まぁ、そのあたりの調整はシャルルとシュナイゼルがきちんとやってくれているでしょう」
 だから、自分達は足を運べばいいだけのはず。
「ついでに、ロイドが喜んで踊っていたらしいわね」
 それはものすごく納得できる。彼の場合、ランスロットの性能をテストできれば、その前後のことは関係ないのだ。
「……ルルーシュ?」
 どうすればいい? とスザクは言外に問いかける。
「仕方がない。母さんにつきあってやってくれ」
 ただし、とまっすぐにルルーシュはスザクを見つめてきた。
「十分に気をつけるんだぞ。けがをしたら、本気で怒るからな」
 それは怖い。しかし、とスザクは口を開く。
「……擦り傷も?」
 操縦している最中に熱くなればそのくらいはしてしまう。それもだめなのか。だとするならば、ランスロットに乗れないような気がする。
「そのくらいは仕方がないな。母さんと一緒なら、どんなところを通るかわからないし」
 昔も、マリアンヌと一緒に出かけたときに限って擦り傷を山ほど作ってきたし、とルルーシュは言う。
「ちょっとした鍛錬よね?」
 マリアンヌはそう言って笑った。だが、スザクは首を縦に振ってもいいものかどうか悩む。
 確かに鍛錬と言えば鍛錬と言えるかもしれない。
 だが、普通、皇妃が藪こぎなんてしないだろう。第一、楽しんでいたのはマリアンヌだけで、つきあわされたほかものの達はみんな息も絶え絶えだった。その中には、現在のラウンズもいる。
 自分もあの頃は今ほど体力があったわけではない。だから、かなり辛かったような記憶がある。
「ともかく、さっさと終わらせて戻ってこい」
 いいな、とルルーシュが言う。
「わかってるって」
 さっさと相手を叩きつぶして帰ってくればいいんだろう? とスザクは言い返す。
「そういうことだ」
 ようやくルルーシュの顔に笑みが浮かんだ。
「……貴方たち、仲がいいのはいいけれど、母親の前でのろけるのは違わない?」
 あきれたようにマリアンヌが声をかけてくる。
「いいでしょう。母さんのわがままを聞くんです。このくらいはあきらめてください」
 ある意味、故意犯だったのか。そうでなければもっと嬉しかったのに、とスザクは思う。
「わかってるわよ。ちゃんと無事に返すから、安心しなさい」
 自分もスザクの育ての親なのに、とマリアンヌは頬を膨らませる。ルルーシュによく似たその要望は、今でも年齢不詳だ。だから、そうすると本当に若く見える。
「わかっているならいいんです」
 ルルーシュのこの言葉に、彼女は微苦笑を浮かべた。



13.01.14 up
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