恋は戦争?
花橘
事態が動いたのは三日後だった。
「神楽耶様方はご無事です。ご学友のお一人が主にあちらとの交渉をしているようですが……なにやら、仲間割れのようなところの見られました」
咲世子がこう報告をしてくる。
「と言うことは、カレンには予想外のことだったのか?」
ルルーシュは彼女に聞き返す。
「おそらくは……首謀者は別グループらしいですし」
カレンの個人情報は秘密にされていたのではないか。咲世子はそう告げる。
「その可能性はあるな」
反ブリタニア勢力に、ハーフとはいえ、ブリタニアの名家の血縁のものがいるとばれたらどうなるか。それを考えれば、最初から隠しておいた方がいい。自分でも同じ判断をする、とルルーシュはそう言った。
「逆に、スザクのような場合は最初から公にいておいた方がいいんだがな」
何があってもマリアンヌが黙らせるし、と彼は付け加える。
「そう言うものなのか?」
「そうだ」
ルルーシュはあっさりと断言してくれた。
「お前も俺たちのそばにいてくれると言っていたしな」
「当たり前じゃん。一目惚れだったんだぞ」
スザクは即座に言い返す。
「わかっているよ。何度も聞いたからな」
言葉とともにルルーシュは目を細める。
「もっとも、お前にそう言われるのはいやではない」
何か、さらりと告白されたような気がするのは錯覚ではないよな。スザクはそう心の中で付け加えた。
「しかし、そうなると……神楽耶様は当面ご無事だと考えていいか」
もっとも、他の者達の精神がいつまで保つかがわからない。
「……仕方がない。スザクとジェレミアを陽動にして、兄さんの部下を突入させるか……いや、それでは神楽耶様も巻き込まれるな」
彼女に万が一のことがあってはいけない。そう考えれば、もっと信用がおけるものにいて欲しい。ルルーシュはそう呟く。
「……アーニャが来てくれれば楽なのにな」
彼女ならば安心して任せられる。スザクはそう口にした。
「同意だ。父上があいつをラウンズにしなければ、ナナリーから借りることができたものを」
ラウンズでは難しい。
「……仕方がないから、桐原のじいさんから藤堂さん達でも借りてくる?」
彼らならばそれなりに信用できるのではないか。言外にそう付け加える。
「それが一番早いか」
ルルーシュもそう言って頷いた。
「じゃ、連絡した方がいい?」
「いや、俺がやろう」
スザクには頼みたいことがある。彼はそう続けた。
「何?」
そう問いかける彼に、ルルーシュはゆっくりと説明を始めた。
隙間から神楽耶達の姿が確認できる。
「さて、どうやって作戦を伝えるか、だな……」
一番いいのは一人きりになってくれることだろう。しかし、それは不可能ではないか。
「……メモを書いていただけますか?」
咲世子がこう言ってくる。
「そうすれば、私がお届けします」
彼女ならば可能かもしれない。
「わかった」
しかし、問題は後で神楽耶に罵倒されるかもしれないと言うことだ。ずっと日本語を書いていなかったからただでさえひどい文字がさらに悪化している自信はある。
だからと言って、ブリタニア語だと信じてもらえない可能性もある。
仕方がないな、と思いながらポケットからメモ帳を取り出した。
それにしても最初からルルーシュにはこうなるとわかっていたのだろうか。筆記用具を持っていくように言われたのだ。
だが、ルルーシュなら不思議でも何でもない。
彼は常にあらゆる可能性を考えている。そして、その対策を瞬時に考えつくのだ。
きっと、ここで自分がメモを書かなければいけない可能性は高かったのだろう。
本当にルルーシュはそばにいてあきない。ますます好きになるな、と思いながら紙にペンを走らせる。見事な金釘流文字がそこに並んでいくが、気にしないことにした。
「では、お願いします」
そのままそのページを破り取ると咲世子へと差し出す。
「承りました」
言葉とともに彼女は離れていく。あれだけのスピードでの移動なのに、全く足音どころか気配もさせないなんて、やはりすごい。
自分もあれを見習うべきなのか。
それとも、と悩んでいるうちに咲世子は自分の仕事を済ませたらしい。神楽耶がさりげなくこちらを見上げてくる。
これでいつ作戦が実行に移されてもだいじょうぶか。
心の中でそう呟いた時だ。下の方から慌てたような声が響いてくる。
さすがはルルーシュ。スザクは改めてそう呟く。
後は自分がタイミングをミスらないようにすればいいだけか。
心の中でそう呟くとスザクは目を細めた。
「あきれましたわね、お従兄様」
神楽耶が紅茶の入ったカップを優雅に持ち上げながらそう言ってくる。
「何ですの、くるくるキックとは」
もう少しマシな名称はなかったのか。彼女はさらにそう続ける。
「藤堂先生にそう教わったけど?」
スザクはそう言い返した。
「そうですか……藤堂ですか」
何を考えていたのでしょうか、と神楽耶は小さな声でそう呟く。その声音が怒りで震えているのは自分の錯覚ではないはずだ。
「……あんた、何なの?」
しかし、それよりも問題なのはこちらの方だろう。
身のこなしなどから判断して、実力はなかなかのもの。自分一人であれば問題はないだろうが、ルルーシュと神楽耶を守って戦わないとすれば厄介な相手だ。
「何って、ルルーシュの騎士だけど?」
今はそれが自分の立場だ、と言外に告げる。
「だって、あんた、日本人でしょ?」
気に入らない、とはっきりと顔に描きながらさらに言葉を投げつけられた。
「いいじゃん、好きなんだから。押しかけてって、やっと騎士にてもらったんだし」
悪いかよ、と開き直る。
「よろしいのではありませんか? おかげで皇はもちろん、桐原以下も無事に存続させていただけましたし」
神楽耶がそう口を挟んできた。
「何よりも、あのお従兄様がしっかりと礼儀作法を身につけられましたもの」
あれだけ自分達が努力しても無駄だったのに、と彼女は言ってくれる。
「お前は何もしてないだろ? 教えてくれたのは藤堂さんじゃないか」
「きちんと指摘はしましてよ?」
耳を左から右にすり抜けていったようだが、と神楽耶も負けてはいない。このまま昔のように口げんかに発展するのだろうか。
「そこまでにしておけ、スザク」
しかし、その前にルルーシュに制止された。
「神楽耶様も、です」
苦笑とともに彼は言葉を重ねる。
「お疲れでしょう。桐原公がおいでですよ。今日のところはお帰りください。後日、また、お話を聞かせていただくかもしれませんが」
だが、今日は休んだ方がいい。ルルーシュはそう続けた。
「そうですわね。お言葉に甘えさせていただきますわ」
神楽耶がそう言って微笑む。
「頭の中も、少し整理したいですし」
彼女にしては珍しい言葉を口にした。
「かまいませんよ。そちらの方も?」
ルルーシュは視線を向けながら問いかける。
「帰してもらえるならそれでいいわ」
彼女はそう言ってきた。
「……カレン。あなたは助けていただいたことにお礼を言わないのですか?」
失礼ですね、と神楽耶は言い返す。
「まぁ、いいですわ。あなたもわたくしと一緒に帰っていただきます。逃げ出したら一生『卑怯者』と言って差し上げますわね」
笑みを深めながら、さらに彼女はこう続ける。それが、昔の自分にぶつけられた言葉とよく似ているような気がするのは錯覚ではないだろう。
つまり、彼女はそう言う人物なのか、とスザクはため息をつく。
同時に、神楽耶もルルーシュも彼女が逃げると考えているのだと推測した。
今回の一件は解決したが、まだまだ気は抜けないな。スザクはそう考えていた。
13.05.01 up