恋は戦争?
蘇芳匂
「明日から三日は時間がとれたぞ」
そう言ってルルーシュが笑う。
「だから、大丈夫だ」
もちろん、彼のセリフが何を指して言っているのかわからないスザクではない。
「なら、ちょっと付き合ってくれる?」
行きたいところがある、と告げる。
「遠くか?」
「富士の麓。うちの実家があったあたり」
神楽耶の話では、まだ、枢木の屋敷が残っているらしい。だから、一度は見に行くべきだろうと思うのだ。
「一日で帰ってこられるよ」
温泉に入りたいなら一泊だけど、と付け加える。近くにあるから、と付け加えた。
「温泉か……ナナリー達が来たときに連れて行ってもいいかもしれないな」
それにルルーシュがあっさりと引っかかる。
「なら、一泊する? 連絡すれば部屋を取っておいてもらえるけど」
「そうだな。そうするか」
スザクの提案に彼は頷いて見せた。
「じゃ、連絡をしておくね。ジェレミアさん達も行くの?」
そのまま視線を入り口のところで待機していたジェレミアへと向ける。
「その方がいいだろうな。あぁ、部屋は別でいいぞ」
それはきっと、自分が何を目的としているのか、彼には想像がついているからだろう。
「わっかりました」
いっそのこと、自分達には離れを予約して、彼らには本館の方に部屋を取ってしまおうか。そんなことまで考えてしまう。
「すぐに確認するね」
離れを確保できるかどうか。そして、その一帯を貸し切れるかどうかを、だ。
人数なんてどうでもいい。必要なのは、ルルーシュのそばにバカを近づけないことだろう。
「そうしてくれ」
ジェレミアの許可とともに、まずは皇へと連絡を入れる。自分が直接連絡を入れる前にあちらから一言声をかけてもらった方が話が早いと思ったのだ。
そして、その考えは間違っていなかったらしい。
『そういうことならば任しておくがよい。そうだの。お前は一時間後に宿へと連絡を入れるように』
もっとも、実際に動いてくれたのは神楽耶ではなく桐原だったが。
しかし、一時間後に連絡を入れれば、離れはもちろん、別館まで抑えることができた。
「さすがは桐原。侮りがたいな」
ジェレミアですらそう呟いている。
「いや、キョウトの影響力か」
「彼らは今、我々に協力的だ。排除するまでではない。むしろ、今以上に取り込むべきだろうな」
ルルーシュが口を挟んできた。
「しかし、それを考えるのは後でもかまわないだろう」
彼はそう言って微笑む。それがどういう理由からなのか、ジェレミアには問いかける気力がなかったらしい。
「……わかりました」
こう言って引き下がる。これ以上何かを口にしてやぶ蛇になってはいけないと考えたのかもしれない。
「スザク……」
「あきらめてください」
二人だけで行こうとしなかっただけほめて欲しい。言外にそう付け加えればジェレミアは深いため息をつく。
「同行者は口の堅いものを選んでおこう」
そしてこう言ってきたのは彼なりのイヤミなのだろうか。だが、そのくらいは甘んじて受け入れなければいけないだろう。
「お願いします」
だから、素直に頭を下げることにした。
長い階段を二人で登っていく。
「大丈夫?」
自分は気にならないが、ルルーシュには辛いのではないか。
「まだ大丈夫だが……お前の体力がどうしてついたのかはわかったような気がするな」
かすかに頬を上気させながら彼はこう言い返してきた。その表情がヤバイ、と思うのはスザクだけではないだろう。
「それでも、子供の頃はここにエスカレーターかエレベーターが欲しかったよ」
昔は車で上がれる道もあった。しかし、今は破壊されて通れないらしい。
「……気持ちはものすごくわかる」
本気で疲れているのだろう。彼は真顔でそう言った。
「事前に修理させておけばよかったんだろうけど……たぶん、却下されたな」
ここはあくまでも個人の所有地だ。しかも、現在において所有権が宙ぶらりんになっている。
「僕も、こんな時でなければ帰ろうとは思わなかったし……神楽耶達にしてみれば縁起が悪い場所だろうから」
日本人はそういうことを気にする民族だ。特に、六家はその傾向が強い。
だから、ここには手をつけなかったのだろう。
それでも、それなりに手を入れてくれてはいたようだ。
あるいは近所の人たちかもしれない。
「縁起が悪いか。俺にはよくわからないが、日本人にとっては重要な概念なんだろうな」
ルルーシュはそう呟く。
「一応、ここは神社だったし」
神様が本当にいるのかどうかはわからない。そう付け加える。
「なるほど」
だから、これほどまでに自然が残っているのか。彼はそう言って頷く。
「富士もそうだったのだろう?」
「霊峰と呼ばれていたからね。もっとも、今は面影がないけど」
まぁ、それも仕方がないだろう。あそこにはサクラダイトが埋まっているのだ。それをブリタニアが必要としている以上、採掘されるのは当然だろう。
自分にしてみれば、目の前の山よりもルルーシュの方が重要だし、とさらに付け加える。
「……そうだな」
「ルルーシュが気にすることはないよ。戦争は勝国と負ける国があるのは当然だから」
そして、日本は負けたのだ。
「勝った方の人間がそんな評定することないじゃん」
そうだろう、と付け加える。
「それよりも、後三分の一だけど……歩く?」
それとも負ぶっていくか、と言外に問いかけた。
「……すまないが……」
どうやら、まだまだ続く階段を見てルルーシュは挫折したらしい。
「Yes.Your Highness」
言葉とともにスザクはルルーシュに背中を向けてしゃがみ込んだ。
社殿の奥に人工的に作られた小さな小山がいくつかある。その周囲には墓石もだ。
ここが枢木の墓所だ。
「とりあえず、お参りぐらいはしておかないとまずいかなって思ったんだよ」
その中でも一番当たらし墓石の前に歩み寄りながらそう言う。その隣には少しだけ古ぼけた墓石がある。
「父さんと母さんの墓。ほっといてもいいんだけど、やっぱりな」
そう言いながら、途中で摘んできた榊をその前におく。
このあたりの作法も昔しつこいくらいにたたき込まれた。ゲンブの方は適当だったが、母のそれにはいくらか丁寧にしたのは、やはり気分的なものだろう。
「次、いつ来られるかわからないし」
でも、ルルーシュのそばにいられるならいいや。そう言って笑う。
「……そうか」
そんなスザクの肩に、ルルーシュはそっと腕を回してきた。
「と言うわけで、初夜だよな」
ふふふ、と笑った瞬間、彼の手のひらがしっかりとスザクの後頭部を叩いていた。もっとも、全く痛くなかったが。
13.10.21 up