恋は戦争?
蝉の羽
その知らせが届いたのは突然だった。
「あのロールケーキが譲位?」
嘘だろう、とルルーシュは呟いている。もっとも、それはスザクも同じ気持ちだ。
「どうやら本気でいらっしゃるようです」
ため息とともにジェレミアがこう言い返してきた。
「すでに譲位の準備をされていると、カノンから」
シュナイゼルの腹心からの情報ならば間違いなく真実なのだろう。
「ってことは、次の皇帝はシュナイゼル殿下?」
スザクはこう問いかける。
「どうだろうな。オデュッセウス兄上を皇帝にして実務はシュナイゼル兄上という可能性もある」
むしろ、シュナイゼルの性格であれば後者を選びそうだ。ルルーシュはそう言い返してきた。
「どちらにしろ、皇位は俺には関係がないな」
そんな面倒くさいものはいらん。彼はそう言いきる。
「ルルーシュらしいね」
スザクは苦笑とともにそう言い返す。
「皇帝になってしまえば、大切なものだけを守っていられなくなるからな」
彼はさらにそう付け加える。確かにそうだろう、とスザクも思う。
「実力はおありなのに……」
ジェレミアが残念そうにそう呟く。
「でも、そう言うところも好きだよな」
自分は、とスザクは言い返した。
「本当に大切なものを守るためにだけ力を得るのもいいと思うし」
自分がそうだから、と心の中だけで付け加える。
「皇族としては失格かもしれないがな」
苦笑とともにルルーシュがそう言い返してきた。
「ともかく、母さんに連絡を取るか。詳しいことを知っているはずだしな」
「……と言うより、首謀者だったりして……」
ふっと思いついてスザクはこう呟いてしまう。
「あり得ないと言い切れないところが悲しいな」
ルルーシュもそう言って頷く。
「と言うことは、退位の理由は母さんと出歩けないから、か?」
「あるいは、ルルーシュに会いに来られないから、かもしれないよ?」
ふっと思いついてこう告げた。
「ナナリーが『お父様がごねている』と言っていたんだよね。てっきり、別のことかと思っていたんだけど……」
ルルーシュのことだったかもしれない、そう続ける。
「あのロールケーキなら言うかもしれないな、そのくらい」
深いため息とともにルルーシュはそう告げた。
「なんだかんだと言って、俺に『帰ってこい』と連絡してきたからな」
いつの間に、とスザクは心の中で呟く。
「それも、書類でよこすんだぞ。危なくサインするところだった」
副総督解任の、と続ける。
「そこまでするか」
「あのロールケーキだからな」
「困ったお方です」
ジェレミアまでそう言うとはそれだけ今回のことが衝撃が大きかったと言うことか。
「クロヴィス兄さんに聞かれたら倒れそうだよな」
別の意味で、とルルーシュは苦笑を浮かべる。
「……様子を見てきた方がよくない?」
クロヴィスの、とスザクは告げた。
「陛下の話も耳に届いているだろうし」
「いや。まだだな」
それなのに、ルルーシュはしっかりと否定してくれた。
「何で?」
「昨日からアトリエにこもったっきり、まだ出てきていないそうだ」
つまり、また絵に没頭していると言うことか。
「呼び出さなくていいの?」
「久々だからな……それに、情報を集め終わるまではその方が静かでいい」
でないと余計な騒ぎになりかねない。ルルーシュはそう言った。
「では、私も知り合いに声をかけてみましょう」
ジェレミアがこう告げる。
「頼む。俺はカノンだな。兄上はお忙しいだろうから」
いや、彼も忙しいと思うよ。スザクはそう考える。だが、あえて口に出すことはなかった。
『そうなんですのよ。いきなり言い出されまして……おかげでこちらは大混乱ですわ』
カノンがそう言ってため息をつく。
『さすがの殿下もお疲れのようで……見かねたマリアンヌ様が陛下を締めておいででしたわ』
さらに彼は付け加えた。
「と言うことは、マリアンヌさんは無関係?」
スザクはこう言って首をかしげる。
「原因かもしれないがな」
即座にルルーシュが突っ込みを入れてきた。
『そうかもしれませんわね。最近、マリアンヌ様がお忙しかったですもの』
軍からの依頼で、とカノンが言って来る。
『困ったことに、バカのおかげでちょっと軍の人気が落ちておりますのよ』
「バカ?」
何のことだ、とルルーシュが言外に問いかけた。
『テロ事件のときにミスをしたお馬鹿さんですわ。おかげで、民間人――しかも、まだ幼い子供達が人質に取られたあげく殺害されたという事件がありましたの』
それはよくあることかもしれない。しかし、年齢が年齢だけに民間人の反発が高まったのだとか。
「そんな無能もの、さっさと放り出せばいいのにな」
ルルーシュが吐き捨てる。
『全くですわ。第四皇子殿下の縁戚でなければ、すぐにでも手を打っております』
あぁ、それは厄介だ。スザクですらそう思う。
「それで譲位か」
皇帝の息子の縁戚よりも皇帝の兄弟の縁戚の方が影響力は劣る。しかも、次代の皇帝からすれば――それがオデュッセウスだろうとシュナイゼルだろうと――今まで足を引っ張ってくれた相手だ。便宜を図ってやる必要はないと考えるだろう。
そのくらいのことはスザクでもわかる。
しかし、だ。
「……でも、あの陛下だろう? それだけが理由だとは思えない」
あの陛下のことだ。他にも理由がある気がする。スザクは口の中だけで付け加えた。
「否定できないな、俺もそれは」
と言うより、そちらが本当の理由ではないか。ルルーシュもきっぱりとした口調で言い切った。
「と言うわけで、適当にここしばらくあった出来事の資料を送ってくれないか? あれこれと大変だろうが……」
視線をカノンへと戻すとルルーシュはそう言う。
『お任せください。そのくらいどうと言うことはありませんわ』
カノンはそう言って微笑む。
『今はシュナイゼル殿下だけではなくオデュッセウス殿下とギネヴィア殿下もまじめに政務に励んでいてくださいますの。その分余裕がありますわ』
だから、大丈夫だ。本人がそう言うのであれば大丈夫なのだろう。
「わかった。あぁ、近いうちに兄上方とお前たちに何か甘いものでも贈らせよう。兄上方には手作りの方がいいか?」
焼き菓子程度であればさほど手間ではない。自分達の分を作るときに量を増やせばいいだけだ。
『それはよろしいですわね。殿下方にさらに仕事に励んでいただけますわ』
どうやらお菓子を餌にさらに仕事を押しつける気らしい。さすが、と言うべきなのだろう、とスザクは感心する。
「そうか。あまり無理をさせないでくれ。でないと、誰に足をすくわれるかわからないからな」
『わかっておりますわ。それでも、ルルーシュさまお手製のお菓子となれば、殿下方には最高のご褒美ですもの。それに見合う働きをしていただきたいと思うだけですわ』
「なるほど。これならば、譲位がすんでも大丈夫だな」
誰が皇帝になろうと、シュナイゼルが中枢にいることだけは事実だ。その彼の尻をたたける人間などカノン以外にいないだろう。
「では、兄上によろしく伝えてくれ。あまりご無理をされないように、とな。お前が厳しい分、俺が兄上を多少甘やかしても罪はあるまい」
ルルーシュはそう言って笑った。
『確かにお伝えしますわ』
カノンの返事を耳にすると同時にルルーシュは通話を終わらせた。そのまま視線を向けてくる。
「とりあえず、中華連邦の動きを見張るよう命じてくれ。スザクは神楽耶達に内密に連絡を」
何もなければいいのだが、と続ける彼にスザクとジェレミアは小さく頷いて見せた。
14.01.20 up