恋は戦争?
菫菜
「お前が帰ってこんのがいけないのだぁ!」
室内にシャルルの声が響き渡る。
「このエリアの副総督を命じたのは陛下だったと記憶しておりましたが?」
ルルーシュが冷静に反論を返していた。
そんな二人の周囲でクロヴィスは呆然と凍り付き、ジェレミア達は走り回っている。
「……いつこちらに?」
それを横目に、スザクはビスマルクにこう問いかけた。
「三日ほど前だ」
この言葉を耳にした瞬間、ルルーシュの表情がこわばったように見えたのは錯覚ではないだろう。
「……陛下……」
ルルーシュの声がさらに低くなる。
「本当に何をやっておいでですか? 母さんも絡んでいるわけではなさそうですし」
マリアンヌであればこんなこそこそした行動を取るはずがない。むしろ、最初から聞きとして敵を叩きつぶすために動くはずだ。
だから、これはシャルルの独断なのだろう。
「儂だって、お前にいいところを見せたい!」
そして、尊敬して欲しい。臆面もなくシャルルはそう言った。
「お前は戻ってきても、儂の所に顔をみせんではないか!」
さらに付け加えられた言葉に、ルルーシュが本気であきれたような表情を作る。そのまま彼は視線をこちらに向けてきた。
「ビスマルク……」
「申し訳ありません、ルルーシュさま。陛下の臣下である以上、苦言を呈させていただくことはあっても、お止めすることは出来ませんでした」
こうして護衛をするのが精一杯だ。彼はさらにそう言葉を重ねる。スザクにはその気持ちがよくわかる。
「そうだよ、ルルーシュ。陛下をお止めできるのは、それこそマリアンヌ様だけだよ」
実力行使も辞さずに、と付け加えた。
「そうだな。母さんが知っていれば、絶対止めたな」
ルルーシュもそう言って頷いて見せる。
「第一、陛下が勝手に行方をくらませたせいで、母さんや兄上方がどれだけ苦労しているか、わかっておいでですか?」
副音声で『わかっているわけないよな、このロールケーキは』と聞こえて、スザクは思わず視線を彷徨わせた。
「とりあえず、ルルーシュ……シュナイゼル殿下に連絡を入れないと……陛下のお相手はコーネリア殿下にお願いすれば?」
彼女であればシャルルが勝手に逃げ出さないようにしっかりと見張っていてくれるだろう。
「そうだな。姉上にお願いするか」
ルルーシュがにやりと笑いながら頷く。
「母さんも陛下の居場所を知りたいだろうし」
この言葉を耳にした瞬間、シャルルの額に冷や汗が浮かぶ。
「シュナイゼル兄上もこちらにいらっしゃるかもしれないね」
ようやく解凍されたらしいクロヴィスが口を挟んでくる。
「その時は陛下に決済していただかなければいけない書類も持ってこられるでしょうね」
どれだけの領がたまっているだろうか。ルルーシュはそう付け加えるときれいな笑みを浮かべた。
「それらの決済が終わるまで、部屋から出られると思わないでくださいね」
その笑みを見た瞬間、凍り付いたのはその笑みの恐ろしさを知っているからだ。特にクロヴィスは自分のことでもないにもかかわらず冷や汗をかいている。
「がんばればご褒美がありますよ」
そう付け加えるとルルーシュはきびすを返す。
「スザク」
「うん」
言葉を返すとそのままスザクはルルーシュへと駆け寄った。
「行くぞ」
「はい」
ルルーシュの言葉に頷く。それを確認してからルルーシュは歩き出す。
「がんばれば、ルルーシュの手料理があるかもしれませんね」
一瞬だけ視線をシャルル達に向けるとスザクはこう言う。そして、ルルーシュの後を追いかける。
背後でシャルル達がどのような表情をしていたかなど、確認する気力はなかった。
アリエスを呼び出せば、すぐにマリアンヌが顔を見せた。
そんな彼女に向かってルルーシュが状況を説明する。
『そう……そういうことをしていたの、シャルルは』
何を考えていたのかしら、と口にしながらマリアンヌが浮かべた笑みはルルーシュのそれよりも怖い。実際の距離は数千キロ離れているとわかっているのに、室内の温度が下がったような気がするほどだ。
「どうしますか? この後、シュナイゼル兄上には連絡を入れる予定ですが」
マリアンヌに先に声をかけたのは彼女の意見が今後を大きく左右するからだろう。
『もちろん引き取りに行くわよ、シャルルを』
マリアンヌがそう言って笑みを深める。
『ただし、内緒にしておいてね』
逃げられると困る。そう付け加える彼女にルルーシュは首を縦に振って見せた。
「コゥ姉上がおいでですから、大丈夫ですよ」
『そうね。あの子なら大丈夫だわ』
マリアンヌもそう言って微笑む。
「でも、ビスマルクがいますよ?」
コーネリアでも彼にはかなわない。勝てるのはそれこそマリアンヌだけだろう。
『これ以上何かしでかしたら、二度とラウンズの手伝いはしない、とでも言っておいて』
「最高の脅迫ですね」
わかりました、とルルーシュは頷く。
「では、この後はシュナイゼル兄上との相談がありますので」
『その後ぐらいにつくように出かけるわ』
こちらとの話がまとまった後で、あちらでだめ押しの相談をするのだろう。
シャルルの未来は暗いな。スザクは心の中でそう呟いていた。
毎日シャルルは軟禁場所から抜け出そうとしているらしい。だが、さすがはコーネリアの部下達、と言うべきだろうか。事前にその計画を全て叩きつぶしているらしい。
「……陛下……」
それをルルーシュの隣で見つめていたビスマルクが不憫そうな表情を浮かべる。スザクからすれば児戯過ぎる罠も、シャルルにはとても高い壁らしいから、仕方がないのか。
「ここで手を出すと、マリアンヌさんが荒れ狂います」
それをなだめるのは不可能だ。最悪、政庁が全て破壊されるだろう。その間、一番危険なのはシャルルではないか。そう付け加えれば、ビスマルクも文句を言えないらしい。
「元はと言えば、陛下のわがままが原因だろうが」
ルルーシュがさらにこう告げれば、ビスマルクは口をつぐんだ。
「午後には母さんとシュナイゼル兄上が来られる。後はあの二人にお任せだな」
これで一息つける、とルルーシュは呟く。
「また、温泉にでも行く?」
スザクはそう問いかけてみる。
「ナナリーも来るそうだ。神楽耶様も誘っていくか」
「なら、連絡する?」
「あぁ、頼む」
シャルルを無視して二人でこんな会話を交わす。
「いいな。それは。私も行きたいぞ」
さらにコーネリアがそう口を挟んでくる。
「では、どこか良さそうな旅館を貸し切りましょう。そうすれば、護衛がついて行っても問題ないかと」
スザクはそう告げた。
「そうするか。もちろん、あれは置いていくが……」
ルルーシュがそう言って笑う。
「クロヴィスはどうする?」
「これからの態度次第でしょうね」
本人が聞いたら落ち込むこと間違いない。だが、二人がそう言いたくなる気持ちもわかる。
それにしても、彼らの行動は十年近く変わっていない。ひょっとしたら、親しい誰かが皇帝になったとしてもそのままなのではないだろうか。
それならばそれで嬉しい。
目の前の喧噪を見つめながら、スザクはそんなことを考えていた。
14.02.28 up