学校とは、あの学校だろうか。
それとも、大学の方か……とクロヴィスが呟いている。
「どうして学校なの?」
このままでは埒が明かない。そう思ってスザクが問いかけた。
「学校で習うようなことは、ルルーシュは全部知っているって聞いたけど?」
大学の卒業資格まで取っているんだろう? とさらに付け加える。
「そうだよ、ルルーシュ! 今更学校に行かなくても、君は十分に知識を持っているだろう?」
それよりも、とクロヴィスが言葉を重ねようとした。
「でも、学校に行けば、同じ年代の者達と知り合えますよね? 貴族や皇族ではない」
そう言う者達と同じ時間を過ごしてみたいのだ。ルルーシュはそう言い返す。
「僕はもう、皇族ではないのででしょう?」
だから、と彼は微笑んだ。
「そんなことはない!」
彼の言葉をクロヴィスが即座に否定する。
「ですが、既に《ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア》の死去は報じられています」
そうでなかったとしても、今の自分が人前に出られるはずがない。違うのか? とルルーシュはクロヴィスに問いかけた。
「それはそうだが……」
「何よりも、陛下がお決めになったことでしょう? あの方がご自分の言葉を翻すはずがないです」
だから、自分は既に皇族ではない。そうである以上、学校に通ったとしてもおかしくはないだろう。ルルーシュはそう主張する。
「それに、友達を作ってみたいです」
自分自身を見てくれる、と彼は言った。
「スザクや神楽耶といて、とても楽しかったから」
しかし、これからはそういうわけにはいかないだろう。だから、と続ける。
「……軍、やめようか?」
スザクは思わずこう言ってしまった。
「ダメだ。そんなことをしたら、ロイドがうるさい」
それに、とルルーシュは視線を向けてくる。
「お前、軍が楽しいんだろう? だから、そのままいればいい。僕のために自分の世界を狭めて欲しくない」
それよりも、色々なことを経験して自分に教えて欲しい……と彼は続けた。
「……ルルーシュがそう言うなら、そうするけど……でも、何かあったら、無条件でルルーシュを優先するよ、僕は」
ロイドだろうと誰だろうと無視するからね、とスザクは先に宣言をしておく。
「それは構わないだろう」
別に、とライが口を挟んできた。
「どこにいても、君にはルルーシュの声が聞こえるだろうしね」
何よりもV.V.やC.C.がそれを望み、シャルルが認めている。そうである以上、誰が反論できるというのか。彼はそう続けた。
「兄さん?」
まだ反対をするのか、と言うようにルルーシュは彼に呼びかける。
「仕方がないね……それに」
ふっと何かに気がついた、と言うようにクロヴィスが笑みを浮かべた。
「学校に通うなら、トウキョウ租界に引っ越してこなければいけないね」
それならば、もっと頻繁に顔を見られるか……と彼は続ける。
「そう言えば、アッシュフォードがこの地で学校を経営していたはずだよ。そこならば、セキュリティも大丈夫かな?」
確認してから連絡をする。とりあえず、自分が選んだ学校以外への入学は認めないからね、と彼は言い切った。
「……仕方がありませんね。妥協します」
それでも、学校に通えるなら十分だ。ルルーシュはそう言って微笑んだ。
アッシュフォード学園と政庁の中間点にあるマンションへとルルーシュ達が引っ越してきたのは、それからしばらくしてのことだった。
「とりあえず、特派はアッシュフォード学園の大学部に間借りしているから。授業が終わったら、そっちに来てね」
にっこりと微笑みながらスザクがこう言ってくる。
「別に、そこまでしなくても構わないだろう?」
小等部から大学部までどれだけの距離があると思っているのか、とルルーシュはため息をつく。もっとも、彼らにしてみれば苦ではないのだろう。
「一応、友達を作るために行くんだが……」
「わかっているけど、やっぱり、一緒に帰りたいし……クロヴィス殿下がね」
心配されているから、と付け加えられて、ルルーシュは盛大にため息をついた。
「どこまで過保護なんだ、あの人は」
それと共にこう口にする。
「まぁ、その位は妥協してあげなよ」
ルルーシュはまだ戻ってきたばかりなのだ。いつ、また、自分たちの目の前から消えるかわからない。そう考えれば、自分の目の届く場所にいて欲しいと考えたとしても仕方がないのではないか。
「僕だって、時々不安になるし」
もっとも、自分は直ぐにルルーシュを抱きしめて確認できるからいいけど、と彼は笑った。
「そう言う問題か?」
確かに、スザクにはよく抱きしめられる。いや、彼だけではなくライにもだ。流石にナナリーと神楽耶は抱きついては来ないが、ルルーシュに触れたがることがよくある。
それらは全て、その感情から来るものなのか、と言外に問いかけた。
「そう言う問題だよ」
それにスザクはあっさりと言い返してくる。
「何よりも、僕が一緒に帰りたいんだけど」
ダメかな? と彼は続けた。
「放課後、許される時間までは校庭で遊んでいても図書室にいてくれてもいいから」
もっとも、小等部の図書室にはルルーシュの興味をひく本があるかどうかはわからないが……と彼は付け加える。それがスザクなりの譲歩なのだろう。
「……わかった」
彼らも、自分がずっとここにいるとわかれば落ち着くのではないか。それまで我慢するしかないのだろう。そう考えてルルーシュは妥協することにした。
アッシュフォード学園に転入して、ルルーシュは直ぐにそこの生活にとけ込むことが出来た。
もっとも、それは彼だけの功績ではない。ある意味、世界から隔離されて育ってきた彼にしてみれば、学校生活の全てが初めての経験だった。そんな彼をフォローしてくれるものが傍にいた、と言うのが事実である。
「彼らは友達と言っていいのか?」
ルルーシュの問いかけにスザクは苦笑を浮かべながら頷いて見せた。
「そういって言いと思うよ。だって、君の本当の身分なんて知らないのに、手を差し出してくれるんだろう?」
なら、ルルーシュと友達になりたいと考えているはずだ。そう付け加える。
「そうか」
あれが友達か……と彼は呟く。
「何の見返りもなしに他人のために動いてくれるのであれば……友達とは言いものだな、やっぱり」
そう言って淡く微笑む彼の表情はとても幸せそうだ。それなのに、どうして胸の中にもやもやとしたものが生まれるのだろうか。スザクにはよくわからない。
「そうだね」
とりあえず、それを押さえ込むと微笑みを浮かべた。
今重要なのは、それよりもルルーシュが笑っていられるような世界を守っていくことではないか。
それに、いくら彼に友達が出来ても自分以上になれる存在がいるはずがない。そう考えたのだ。
「それが友達だよ」
何よりも、ルルーシュの前では大人としての余裕を見せたい。ライと違って自分の場合、背伸びをしているような気がするが、でも、と思ってしまう。
「いいものだな、友達は」
そんなスザクの気持ちに気付いているのかいないのか。ルルーシュはそう言って笑みを深める。
「でも、スザクと一緒にいる方が安心できるが」
だが、このセリフは反則だろう。
「そう言ってもらえて嬉しいよ」
そんなことを考えながら、目の前の体をしっかりと抱きしめていた。
今でも、自分が負った義務がなくなったとは考えていない。同じようなことがあれば、また自分があの場に赴かなければいけないことがわかっている。それでも――いや、それだからこそ、今の生活を楽しもう。
そう考えてルルーシュは毎日を過ごしていた。
そんな日々にもなれた、ある晩のことだった。何故か、真夜中に目が覚めてしまった。いったいどうしたのだろう、と思いつつルルーシュは体を起こす。
「……V.V.様?」
逆光で顔は見えないが、そのシルエットを見間違えるはずがない。
「ごめん、起こしちゃったね」
苦笑と共に彼は言葉を口にした。
「誰かさんがね。だだをこねてくれたから」
彼にだだをこねられる相手、というのは誰なのだろうか。そう考えながら、ルルーシュは首をかしげる。
「君の寝顔を見るだけでいいって言う話だったけど……目が覚めたなら、少し付き合ってね」
話が出来るよ、シャルル……と彼は続けた。
「父上?」
そう呼んでいいのだろうか。そんなことを考えながら、彼の姿を探す。そうすれば、直ぐに大きな体を見つけることが出来た。
反射的にベッドから降りて跪こうとする。
「よい。そのままでおれ」
そんな彼の耳に、シャルルの声が届く。
「風邪をひいては困るであろう?」
まさかこんな言葉をかけられるとは思わなかった。
「……父上?」
「すまなかったな。もっと早く顔を見に来ようと思っていたのだが……オデュッセウスとシュナイゼルが邪魔をしてくれての」
まったく、誰が皇帝なのだと考えているのか……と彼はぼやいてみせる。そんな態度をするとは思っていなかったルルーシュは思わず目を丸くしてしまった。
「よく戻ってきた。苦労をかけたな。そう告げたかったのだ」
言葉とともに大きな手がそっと髪の毛を撫でてくれる。その感触は、昔と変わらない。
「待っていてくれている人がいると、わかっていましたから」
その人達のためならば頑張れる。そう思ったのだとルルーシュは微笑む。
「そうか」
そうすれば、彼もまた微笑み返してくれる。
「それでも、頑張ったの」
ルルーシュは自分の誇りだ。そうも言ってくれる彼の心が嬉しい。しかし、それをどう表していいのかわからない。だから、ルルーシュはさらに笑みを深めた。
自分には見えない道を通って二人が帰っていった。
「おかえりになられた?」
その瞬間、背後からスザクの声が響いてくる。
「スザク?」
考えてみれば、自分はともかく、軍人である彼が二人の訪問に気付かないはずがないのだ。
「あぁ……また、顔を見せてくださるとおっしゃっておられた」
それに、とルルーシュは言葉を重ねた。
「僕が誇りだと……そうもおっしゃってくださった」
その言葉だけで嬉しい。素直にそう告げる。
「よかったね」
言葉とともに彼がそっと肩を抱きしめてくれた。その温もりも嬉しい。心の中でそう呟きながら、ルルーシュは甘えるようにそっと彼の胸に頬を押しつけた。
終
11.01.14 up
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