「いったい、どこからお話をすればいいのか……」
ルルーシュは小さなため息とともにこう切り出す。
「……やはり、歴史から言うべきか。でなければ、話がわからなくなる」
退屈かもしれないが諦めて欲しい……と付け加える。それに、みなが頷いてくれたのを確認してルルーシュはゆっくりと口を開いた。
まだ、ブリタニアがブリテンと呼ばれているヨーロッパの小さな島国の王家でしかなかった時代だ。母の一族は王族でありながら、時の王に疎まれ、一足先に現在のブリタニア帝国がある大陸へと渡ってきた。
その時、王家が持っていた力が二つに分かれたのだという。
それが、ブリタニア公とマリアンヌ達の一族だ。
長い時間をかけて、それは次第に弱まり、薄められていった。それでも、時折それぞれの血脈の中に突然変異のように強い力を持つものが生まれる。特に、皇族にはその傾向が顕著だと言っていい。でなければ、ブリタニアをこれだけ大きくできたはずがないのではないか。
しかし、誰もが怖れていたことがある。
いや、怖れていたのはただ一人なのか。その他の者達は既にその事実を忘れかけていたのだから。
もっとも、力を受け継いだ者達は違う。大なり小なり、それを得ている者達は、ある程度真実を知らされるからだ。
ブリテンから移住してきたときに、付いてきた一人の存在。
その時より――いやもっと古い時代からブリタニアの血とともにいた存在。
少女の姿をしているその存在が、予言をしたのだという。
分かたれた二つの血脈が交わったとき、生まれてくるのが女であるのならばいい。どちらかの力しか受け継がないだろう。いや、正確には二つの力のうち、どちらかしか目覚めない。あるいは、まったく目覚めないかもしれない可能性もある。
だが、男であるのならそうはいかない。間違いなく、どちらの力も受け継ぐだろう。その子供を皇族の中に置いておくのは不幸になる。
二つの力を一つにかね合わせるその子が王になれば、その子は孤独のうちに一生を終えるのは、目に見えている。
強すぎる力は諸刃の剣。
王として最高の力を持つものが、必ずしも最高の王としてあるわけではないのだ。
王として、我が子を不幸にしてでも国を広げるか。それとも一人の親として我が子の幸せを選ぶか。それは自由にするがいい。
もっとも、そのような力を持たずとも、帝国を大きくするにふさわしい力を持ったものは既に存在していると思うが。
こう言い残すと、その存在は二人の前を立ち去った。
「彼女の言葉を信じた両親がどのような行動を取ったかは、姉上達もおわかりだと思いますが?」
苦笑とともにルルーシュはこう締めくくる。
何か思い当たることがあるのか、コーネリアは唇を引き締めていた。そして、ナナリーはナナリーで静かに座っている。
「……そんなことのために?」
ただ一人、ユーフェミアだけが納得できないと言うようにこう口にした。
「そんなこと……か。皇族にあるまじきセリフだぞ、ユーフェミア」
苦笑とともにルルーシュはこう言い返す。
「……それって、あの人?」
スザクがあることに気が付いたというように問いかけてきた。
「あぁ、お前もあったことがあったな。そうだ。あの無礼な態度の女だ」
もっとも、それでも彼女は信頼できる……とルルーシュは思っている。少なくとも、彼女は嘘だけは口にしない。それだけでもマシだろう。
「……それは緑色の髪に黄金の瞳の女性か?」
外見だけでいえば、ユーフェミアと同じくらいに見えるはずだが……とコーネリアがスザクに問いかける。
「はい」
記憶の中にしっかりと彼女の存在が刻みつけられているのだろう。スザクはためらうことなく頷いてみせた。
「そして、口調はともかく、とても優しい方でいらっしゃいますわよね? お兄様に頼まれたとおっしゃって、時々会いに来てくださいましたが……」
残念ながら、自分は彼女がどのような色彩を身に纏っているか。それは知らないのだが……とナナリーもルルーシュの方へと顔を向けながら口にする。
「そうか。きちんと、お前の様子を見に行ってくれていたのだな」
約束を破らないとはわかっていても、必ず果たせるとは限らないのだ。どうやら、彼女は最低限の人間以外に自分の姿を見られることを嫌がっているようだし、とルルーシュは心の中で付け加える。
「はい。お姉様方がいらっしゃらないときによく、お母様のお話をしてくださいました」
それがとても嬉しかったのだ、とナナリーは笑みを深めた。
「ならば、嘘ではあるまい……そして、その言葉もな」
ルルーシュとナナリーの様子を見つめていたコーネリアがこう口にする。
「お姉様?」
それはどういう事なのか、とユーフェミアは目を丸くしながら姉を見つめた。
「……あぁ、お前はあの方に会ったことはないのだな」
ならば、わからなくてもしかたがあるまい……とコーネリアは頷いてみせる。あの女性のすごさは、実際に顔を合わせなければわからないだろう、とも。
その意見に関しては、ルルーシュも同意だ。彼女が自分の前に現れ、そして何度も自分がどうしてそうしなければならないのか説明をしてくれなければ、間違いなくあのままブリタニアにいたはずだ。そうなっていたら、自分はスザクと出逢えなかっただろう。
そう考えれば、非常に恐い。
それとも、彼女はこの出会いまでも見通していたというのか。
「あの方が未来について口にされることはほとんどない。だから、そうされるときには聞き入れなければいけないのだよ、ユフィ」
でなければ、本人だけではなくブリタニアそのものが不幸になる。そういわれているのだ、とコーネリアは告げた。
「ですが、お姉様」
しかし、ユーフェミアは納得しない。
このような性格だからこそ、彼女はユーフェミアの前に姿を現さないのだろうな……とルルーシュは心の中で呟く。もっとも、それはそれでいいのではないか。そうも考える。
「……俺に与えられた力は《絶対尊主の力》。それは、相手を意のままに動かせると言うことだ」
父上や母上の言葉に、人々が従い安らぎを覚えるように……とルルーシュは付け加えた。
「それならば、なおさら……」
「だが、それは人形のように臣下に囲まれると言うことだ。ユーフェミアは、そんな世界で《王》と呼ばれたいのか?」
そんなのはごめんだ……とルルーシュは思う。
「ルルーシュ」
「今、こんな風に気楽に過ごしているからこそ、その力をほとんど使わずにすんでいる。だが、あのままブリタニアにいたらそうはできなかったろうな」
間違いなく、自分はおかしくなっていたのではないか。ルルーシュはそうも付け加える。
「もっとも、ユーフェミア殿下は、そうした方がよいと思われているようだが?」
敬称を付けたのは、半分以上嫌がらせだ。この異母妹は、どうしてか時として普通に考えればわかることを理解してくれなくなる。それだけならばまだしも、自分の考えだけが正しいと信じ込む傾向があるのだ。
「お兄様……そこまでにしておいてあげてくださいませ。ユーフェミアお姉様もわかっていらっしゃいますわ」
ただ、一緒に暮らせていれば……と思っただけなのだ、とナナリーが彼女をフォローするような言葉を口にする。
「わかっているよ、ナナリー。だが、これに関しては、ユーフェミアはもちろん、ナナリー、お前にも何も言って欲しくないんだ」
コーネリアは理解をしてくれているようだが……とルルーシュは心の中で呟く。いや彼女だけではなく、スザクも理解してくれているのだろう。さりげなくソファーの上に置いていた手に自分のそれを重ねてきてくれた。そんな些細な彼の仕草だけで、安堵を覚えてしまう自分がいることにもルルーシュは気付いている。
「一緒に暮らすことは無理だが、顔を合わせることはできる。それで我慢しておけ、ユフィ」
コーネリアはコーネリアで、こう言って妹をなだめていた。
「ルルーシュがあのまま本国にいれば……こうしてみなでお茶を楽しむこともできなかったのだぞ」
今、ここでだからこそ可能なこともある。違うのか? という言葉に、ユーフェミアは静かに首を縦に振ってみせた。
「ならば、もうそれに関しては何も言うな」
それよりも、再会できたことを喜べ……と付け加えるコーネリアに、ルルーシュは静かに微笑んでみせる。
「そうですわ。あぁ、今日のお菓子は苺のタルトです。お兄様、お好きだったでしょう?」
本当は、自分で作ることができればいいのですが……とナナリーは微笑みながら付け加えた。
「材料さえきちんと用意して貰っておけば、ナナリーでもちゃんと作れるぞ」
お菓子作りはそう難しくない……とルルーシュはナナリーへと視線を向ける。
「作ってみたいなら、今度教えてやろう」
そして、優しい微笑みを彼女に向けた。
「本当ですか?」
「あぁ」
嬉しそうなナナリーの手を、ルルーシュはそっと握りしめてやる。そうすれば、彼女はさらに嬉しそうに微笑んだ。
「お、兄様は……お菓子を作られるのですか?」
その光景に、ユーフェミアがおずおずとこう問いかけてくる。
「……ルルの作るお菓子は、絶品です!」
彼女に真っ先に反応を返したのはスザクだ。しかも、妙なくらいに力がこもっている。
「……スザク……」
「だって……ルルの方が料理がうまいのに、本当に気が向いたときにしか作ってくれないじゃない。お菓子なんて、今年に入ってまだ、一回だけだよ」
いつだって食べたいんだけど……とスザクは真顔で付け加えた。
「……バカか、お前は」
食べさせて欲しかったら、ちゃんと事前に予定を教えろ! とルルーシュは言い返す。でなければ、材料をそろえられないだろう、とも。
「ルル」
「クラブハウスでそんなことをしてみろ。ミレイをはじめとした女性陣に食い荒らされるだけだ。絶対にお前の口には入らん」
特派に配属されてからと言うもの、休暇がつぶれるのはいつものことだろうが! とさらにとどめを刺してやる。
「酷い……」
そんなことなら、今すぐ軍を退役する! とまでスザクは言い出す。その様子に、少しいじめすぎたか……とルルーシュは苦笑を浮かべた。
「本当に仲がよろしいのですわね、お兄様とスザクさん」
それならば、確かに寂しい思いをしなくてすんだのだろう、とナナリーが微笑む。
「確かにな。見ていてあきないが」
くすくすとコーネリアが笑いを漏らす。
「私にもお菓子作りを教えてくださいますか?」
スザクがそこまで言うのであれば、間違いなくおいしいのだろうから……とユーフェミアも瞳を輝かせながら問いかけてきた。
「ナナリーと一緒でかまわないのであれば、な」
教えるだけなら、一人でも二人でもそう変わらないだろう……とルルーシュは頷いてみせる。
「あぁ、その時はお前も引っ張り出せば一石二鳥だな、スザク」
このセリフだけで機嫌を直すスザクもスザクではないだろうか。だが、そういうところも彼らしいと思ってしまう。
「では、私は試食を楽しみにさせて貰おう」
きちんと持ってくるのだぞ、とコーネリアは笑った。
「もちろんですわ、お姉様」
「誰が作った物がおいしいのか、きちんと教えてくださいませ」
でも、ルルーシュの作った物は最後のお楽しみに取っておかないと……とナナリーは付け加える。そうすれば口直しになるだろうし、とも。
「確かに。ナナリーはともかく、ユフィの作った物は少し恐そうだからな」
「お姉様!」
この言葉に、ルルーシュだけではなくスザクも声を立てて笑う。やさしい時間が、その場には広がっていった。
バスルームから出てきたルルーシュはためらうことなくスザクのベッドに体を投げ出す。
「ダメだよ、ルル。ちゃんと髪の毛を拭かないと」
後を追いかけてきたスザクがこう言いながら、そっと彼の頭にタオルをかぶせる。そして、そのままやさしく拭き始めた。
「……そういえば、彼女が約束してくれたことがもう一つあったな」
スザクの指が気持ちよい。そう思いながら、ルルーシュはこう呟く。
「彼女?」
ルルを皇女として育てるように言った人? とスザクは問いかけてくる。
「あぁ……国を出るとき、ナナリーが幸せになるように気を付けてくれる、とそう約束をした。それだけじゃなかったな、と今思い出したんだ」
彼女にとって《約束》とは重い意味を持っているらしい。そう呟きながら、体を起こす。そうすれば、スザクがそっと抱きしめてくれた。
「冷たいぞ」
髪がまだ濡れている、とルルーシュは苦笑とともに付け加える。
「大丈夫だよ。それよりも、何を約束したの?」
教えて? とスザクはさらに言葉を重ねてきた。その言葉の裏に微かに見え隠れしているのは嫉妬なのだろうか。それとも、別の感情なのか……とルルーシュは小さな笑みを漏らす。
「ここに来れば、一生俺の側にいてくれる存在と出会わせてやる。そういったんだよ、彼女は」
それは間違いではなかっただろう? とルルーシュはスザクの顔を見つめる。
「もっとも、男だとは思っても見なかったがな」
普通、男相手に男を見つけてくるか……とため息とともに付け加えた。
「いやだったの、ルル?」
「……お前でなければ、な」
本当に嫌な相手であれば、絶対に触れさせない……とルルーシュは笑う。その気になれば、そうさせることも可能だから、とそうも付け加えた。
「お前だから、こうして触れさせている」
それだけでは不満か? とルルーシュは言外に問いかける。それに、否定の言葉が返ってくるなど、微塵も考えていなかった。
「……少しだけ、不満かも」
それなのに、何故かスザクはこんなセリフを口にしてくれる。
「スザク?」
いったいどうしてそんなことを言い出すのだろうか。そう考えて、ルルーシュは思わず彼の顔を見つめてしまった。
「だって……それじゃ、僕たちの出会いはともかく、今こうしていることも、その人が決めたことみたいじゃないか」
だとするなら自分の気持ちもその人に操られていると言うことなのか、とスザクは頬をふくらませる。
「いや……それはないな」
自分ならともかく、彼女にそのような力はない。いや、自分が知らないだけだが、少なくとも彼女がスザクに会っているとは思えないのだ。
「それならば、俺の気持ちもそうだと言うことだぞ?」
スザクは自分の気持ちも信用していないというのか……とルルーシュは彼をにらみつける。
「そういうことを言いたい訳じゃないんだけど……」
「だったら、何なんだ?」
言いたいことがあるなら、はっきりと言え! とルルーシュはつい怒鳴ってしまう。
「……約束……」
「スザク?」
「そんな昔の約束に縛られてないで……僕と、新しい約束をしてよ」
この言葉に、ルルーシュはいったい何を言っているのかと本気で考えてしまう。
「お前とは、両手の数では足りないほど、約束を交わしてきたと思っていたが……俺の気のせいだったか?」
その中の一つは、自分にとって一番大切な約束だったが……ともルルーシュは付け加える。
「……わかっているけど……」
でも、何か悔しいから……とスザクは言い返してきた。そのままふいっと顔をそらす仕草が、初めてあった頃の彼と変わらない。
「バカだな」
「バカでもいいよ」
ルルの側にいられるなら、と彼はいつものセリフを口にする。しかし、それはどこか開き直っているようにも感じられた。
「いつまでも一緒だ。あの日、そう約束しただろう?」
それとも、もう一度約束をしないと信じてもらえないのか……とルルーシュは聞き返す。
「約束、してくれる?」
おずおずとスザクがこう問いかけてきた。
「お前らしくないな。それは、俺が昔お前に問いかけた言葉だぞ」
小さな笑いとともにルルーシュは言い返す。
「……だって……ルルを欲しがっている人間は僕が知っているだけでもたくさんいるじゃないか」
「でも、俺はお前だけが欲しいんだ」
確かに、ナナリー達には再会できた。しかし、できなくてもよかったのだ……とルルーシュは思う。ただ一人、スザクさえ側にいてくれれば、と。その気持ちは今も変わらない。
「ルル」
僕も……とスザクは囁く。
そのまま、そっと顔を寄せてくる。
ルルーシュは瞳を閉じてそれを受け止めた。
終
07.03.24 up
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