エリア11が繁栄をしていけばいくほど、それを疎ましく思う者がいる。それはしかたがないことだろう。
「……本国が抑えられているだけましか」
この状況で本国のごたごたまで持ち込んでこられればやっていられない。ルルーシュは小さなため息とともにそうはき出す。
「ルルーシュ」
そんな彼女にクロヴィスが心配そうに声をかけてきた。
「大丈夫ですよ、兄さん。負ける気はありません。それに、姉上がすぐに駆けつけてきてくれるはずです」
それまでであれば、確実に支えられる。だから心配はいらない……とルルーシュは微笑み返す。その微笑みを見た者達が何故か一様に懐かしいという表情を作ったのはどうしてなのか。
「……マリアンヌ様に似てきたね、本当に」
そう悩んでいた彼女の耳に、クロヴィスの口からあっさりと答えが告げられた。
「母上に、ですか?」
確かに、自分は彼女にそっくりだと言われている。しかし、まだ彼女ほどの強さを身につけてはいない。そう思っていた。
「そうだよ。といっても、私もあの方が実際に戦っている姿はもう、おぼろげにしか覚えていないが……」
それでも、あの方の微笑みだけはしっかりと覚えている。彼はこう言って胸を張った。
「今の君の微笑みにそっくりだったよ」
他のみなも、そう感じたのではないか。その言葉とともに彼は周囲にいる高官達を見つめている。
「その通りです」
代表して言葉を返してきたのはバトレーだ。
「マリアンヌ様は、いついかなる時でも、負けたことはなかったはず。ですから、ルルーシュ殿下も必ずご無事でお戻りくださいますよう」
自分たちもともに行きたいところだが、足手まといにしかならないだろうから……と彼は続ける。
「気にするな。それよりも、兄さんが逃げ出さないように見張っていてくれ」
流石に、戦場にいては彼のフォローまでは手が回らない。そういえば、クロヴィスは困ったように視線を彷徨わせている。
「わかっております、ルルーシュ殿下」
ルルーシュが戦いに集中できなくなるようなことはしない。そう告げる彼の言葉をどこまで信用していいものか。だが、彼等に頑張ってもらわなければいけない、ということも事実だ。
「頼むぞ」
微笑みと共に頷いてみせる。
「失礼します」
まるでそのタイミングを待っていたかのようにスザクが姿を現した。
「出撃の準備が出来ております」
そして、ルルーシュに向かってこう言ってくる。ここにいる者達は自分たちの関係を知っているのだからいつもの口調で構わないのではないか。そうは思うが、彼なりのけじめの付け方なのだろう、とあえて文句は言わない。
「わかった」
彼に頷き返すと、ルルーシュはクロヴィスへと視線を戻す。
「では、兄さん。行ってきます」
この言葉に、クロヴィスは一瞬不安の光を瞳に浮かべる。だが、それを表情に出さないのは、流石皇族……と言うべきか。
「無事で帰っておいで。必要なものは、すぐに送り届けられるようにしておくからね。遠慮はしないように」
それよりも、物資が不足して兵に無理を強いるようなことになればいけないだろう? と彼は続けた。
「わかっていますよ、兄さん。ここで負けるわけにはいかないことも、です」
相手が中華連邦である以上、このエリアの兵士だけでは負けないだけで精一杯だ。それがわかっているからこそ、本国もコーネリアをこちらに派遣してくれると伝えてきたのではないか。
「俺とスザクの幸せのためにも、このエリアの者達のそれのためにも、必ず勝ちます」
こう言い残すと、ルルーシュは歩き出す。
その後ろには、当然のようにスザクの姿がある。
早く、人前でもとなりを歩けるようになれればいいのに。不意にそんなことを考えてしまった自分に、ルルーシュは微苦笑を浮かべてしまった。
ブリタニア――エリア11と中華連邦との戦いは、ブリタニア側の勝利で終わった。
その後、どのような交渉を重ねたのか、ルルーシュにはわからない。その役目はシャルルの命令でシュナイゼルに任されたからだ。
だが、中華連邦に勝ったという一点で、エリア11――ルルーシュの立場が強くなったことは否定できない。そして、彼女の側にいる騎士達も、だ。
「……これで、藤堂達のことを『イレヴン風情が』と言われずにすむな」
ルルーシュはそう言って笑う。
彼等は自分の騎士なのだから。そう付け加えられて、スザクにはようやく彼女が彼等をメインに布陣を考えたのかがわかった。
「まぁ、だからといって皇位に尽きたいわけではないが」
そんな厄介なものはシュナイゼルに任せる、と彼女はさらに笑みを深める。
「ルルーシュ、それは……」
「俺には、それよりもここを昔のように平和で穏やかな国にする方が重要だ」
この言葉に、スザクは一瞬目を丸くした。だが、すぐに嬉しそうな笑みを浮かべた。
「ルルーシュがそういってくれたことを後悔させないように頑張るから!」
絶対に、自分が幸せにする!
その表情のまま、スザクは言い切った。
「当たり前だろう」
それに、ルルーシュは小さな笑い声を立てる。
「俺のことはお前が全力で幸せにして見せろ」
代わりに自分はこの国の人々を幸せに出来るように頑張るから。彼女はそのままそう告げた。
「……それも、何か違うような気がするけど……」
でも、自分たちの立場を考えればそれが当然のことなのかもしれない。何よりも、自分にはルルーシュ以外の人間を幸せにする気はないのだ。
「そういうルルーシュだから好きになったんだし」
スザクは言葉とともに、そっとルルーシュの腕を掴む。そのまま、自分の方へと引き寄せた。
ルルーシュもまた、素直にスザクの腕の中へと体を預けてくる。
「俺も、お前がお前だから好きになったんだからな」
そういってルルーシュは綺麗な微笑みを浮かべながら彼の顔を見上げてきた。
「知ってる」
でも、最初に好きになったのは自分の方だから……とスザクは笑う。
「……それは、今関係あるのか?」
「ないかな?」
でも、主張しておかないと……と付け加えた。
「勝手にしろ」
そういいながらも、ルルーシュはさらにスザクの胸に頬をすり寄せてくる。
「うん。勝手にする」
その方を、スザクはしっかりと抱きしめた。
今回のことを認められたのか。エリア11は最短の期間で衛星エリアに昇格をしたのだった。
それから、十年後、ブリタニアは新たな皇帝が即位をした。
神聖ブリタニア帝国第九十九代皇帝シュナイゼル・エル・ブリタニアが一番最初に出した布告は、エリアの開放だった。
代わりに、彼は同盟という形でかつてのエリアとの関係をつないでいく。
その緩やかな支配――と言っていいのだろうか――はナンバーズと呼ばれていた者達に歓迎をされたのは言うまでもない。
しかも、だ。
その遠因となったのが、現在の日本国代表、枢木スザクと彼の妻でありシュナイゼルの妹姫であるルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。その二人なのだという。
二人の存在が、シュナイゼルをはじめとしたブリタニア皇族に意識改革をもたらしたらしい。
そんな話も次第に広まっていく。
だから、だろうか。
他国から日本国へ向けられる視線が変わってきているのは。
だが、それはようやく正式に《夫婦》と認められた二人には、それは些細なことだったかもしれない。
「ルルーシュ!」
政庁に向かおうと歩いていく細い背中に向かって、スザクは慌てたように声をかけた。
「一人で出歩くなって、そういっただろう?」
それだけではない。そのまま足早に駆け寄っていく。既に二十代後半になった――いや、後数年で三十路になると言うのに――も関わらず、相変わらず若く見られるのは、間違いなくそんな仕草のせいもあるのではないか。
「……大丈夫だ。ここに何の危険がある?」
もう少し落ちつきを身につけてもいい時期だろうに。そう思いながらも、ルルーシュはこう言い返す。
「俺が言いたいのはそういう事じゃないって……わかっているよね?」
だが、スザクは小さなため息とともに彼女の手をそっと取った。
「君は今一人だけの体じゃないってことも」
それとは反対側の手で、まだ目立たない彼女の腹部を撫でる。
「もちろんだ」
自分の胎内の中で芽吹いた命を奪うつもりはない。ルルーシュはそう言い切る。
「しかし、それとこれとは別問題だろう?」
自分が政庁に行くこととお腹の中の子を危険にさらすことは……と彼女は真顔で問いかけた。
「同じだよ! 転んだらどうするの!!」
この言葉に、ルルーシュは少しむっとする。
「私はそこまで運動神経がないわけではない!」
「わかっているけど……でも、今は普通の体じゃないんだし」
万が一のことがあると怖いから、とスザクは続けた。だから、せめてカレンか誰かと一緒に行動して欲しい、とも。
「……過保護……」
ぼそっとルルーシュはこう呟く。
「何とでも言ってよ」
開き直ったようにスザクは言葉を返してくる。
「でも、この子が生まれてくるのを楽しみにしているのは俺だけじゃないんだからね」
だから、少しでも危険を遠ざけるようにして欲しい。彼はそうも主張した。
「それじゃ、ストレスがたまるだろう?」
「……コーネリア様に俺が殺されるのと、どっちがいい?」
そういう問題なのだろうか。訳がわからない、とルルーシュは首をかしげる。
「多分、週末には時間が取れるから……一緒に神楽耶の所にでも行こう? だから、それまでは我慢して」
さらにスザクはこう口にした。
「……さらに執務室までこのままエスコートしてくれるなら、妥協してやろう」
どうする、とルルーシュは己の夫に問いかける。
「喜んで」
スザクは即座に言葉を返してきた。
穏やかな光が、二人の行く先を照らしていた。
終
08.06.03 up
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