「……姉上、お願いですから……明日と明後日、時間をください!」
 この言葉を耳にした瞬間、コーネリアの顔に怒気が浮かぶ。それはあらかじめ予想していたことだ。それでも腰が引けてしまうのは、間違いなく格が違うからだろう。
 それでも、今回ばかりは引き下がるわけにはいかない。
「丸一日とは言いません。それぞれ一時間だけでもいいんです!」
 こう言って食い下がれば、
「……理由をいえ。それ次第だ」
 と、コーネリアも取りあえず譲歩を示してくれる。
「明後日は、ルルーシュの誕生日なんです! ナナリーの誕生日はあのごたごたで祝ってやれませんでしたし、何よりもあの子にはあれこれ迷惑をかけてしまいました。ですから、せめてプレゼントを用意して直接お祝いの言葉ぐらいはかけてやりたいんです!」
 だから、時間をください! とクロヴィスはさらに言葉を重ねた。
「……ルルーシュの、誕生日?」
 コーネリアにしては珍しく呆然とした表情で呟きを漏らす。そのまま彼女はすぐ側にあったカレンダーへと視線を移す。
「……十二月五日……確かに、あの子の誕生日だ」
 すっかり忘れていた、とまた呟く。
「そういうことならば、今からいってこい! そうだな……ユフィも連れて行け」
 自分は執務をしなければいけないが、代わりに二人でプレゼントを用意しろ、と口にする。その言葉をクロヴィスは一瞬信じられなかった。だが、彼女が弟妹を大切にしていると言うことをすぐに思い出す。
「はい、姉上」
 ありがとうございます、とクロヴィスは頭を下げる。
「かまわん。そのくらいしかしてやれぬ。あぁ、ついでにナナリーにも何か用意してやれ」
 彼女の誕生日には改めてお祝いするとはいえ、やはり気持ちが収まらない。そう付け加えるコーネリアに、
「そうですね……クリスマスには貴族達を呼んでパーティをするのが慣例になっておりましたから、ルルーシュ達とはイブにこっそりと食事に行っていたのですよ。今年は姉上達もご一緒されるでしょうから……その時に身につけてくるようにという名目で探しておきます」
 彼女の性格であれば、そのようなことはいやがるだろう。それは想像が付いたが、それ以外の名目であればナナリーが受け取らないような気がする。そう判断をしてクロヴィスはそういった。
「……今年は、それはクリスマスにしよう」
 貴族どもとの会はイブにすればよかろう。別の意味で後が恐いような気がする。だが、それは自業自得だろうな……と諦めることにしたクロヴィスだった。

 同じ頃、特派でも同じような会話が交わされていた。
「明後日、ルルーシュ様の誕生日なのぉ?」
 忘れてたよ、とロイドが口にする。
「でも、教えてくれてありがとぉ。明日一日あれば、プレゼントの用意ができるもんねぇ」
「もっとも、ルルーシュが受け取ってくれるかどうかは別問題ですけどね」
 そんな彼に向けて、スザクは微笑みと共にこう言ってみた。
「スザク君……君……」
「今更、ロイドさん相手に猫かぶっても意味がないでしょう?」
 本性をバラしてあるのに、とスザクは付け加える。
「まぁ、そうだけどねぇ」
 確かに、上司と部下という関係の他に共犯というそれもあるけど……とロイドは頷いてみせる。
「それで、君はどうするのかなぁ?」
 だが、すぐに反撃とばかりにこう問いかけてきた。
「もうルルーシュにはいってありますから。離れていた年月の分、プレゼントは期待していてね、と」
 実際、もう用意してありますし……とスザクは嗤い返す。
「……それと、あの方からも預かってありますしね」
 それがあるから、自分の分は一つに絞ったのだ……と少しだけ苦々しい口調で付け加える。無視できればいいのだが、今後のことを考えれば彼から不評を買うわけにはいかないのだ。
 もちろん、あちらにしても何とかしてルルーシュから自分に連絡を取って欲しいと考えているはず。
 お互いの利害が一致しているからこその協力関係だ。
「えぇ〜〜っ! いつの間にぃ!」
 ずるい、ずるい! と騒ぐ様子は、まるでルルーシュにあった頃の自分を見ているようで、少しだけ気恥ずかしくなる。それでも、今はそんなことはしないから大丈夫だろう、とすぐに思い直した。
「ロイドさんが『手が放せない』からと言って、僕に殿下の相手をさせたときですよ」
 それはそれで楽しかったから構わないが、とスザクは意味ありげに嗤う。
「……それで?」
「ですから、僕の分と混ぜて、あの方からのプレゼントをルルーシュに渡すと約束しただけです」
 流石にばれると困るので、中身に関してはきちんと教えて貰っているが……と付け加えた。
「……ほんとぉに仲がいいんだねぇ、君と殿下」
 負け惜しみのようなセリフを彼は口にする。
「違いますよ!」
 そんな気持ち悪いことをいわないで欲しい、と付け加えようとしてスザクはやめた。
「僕なんかよりも、ロイドさんの方がよっぽど仲がいいですよ」
 自分と彼はただの共犯関係だ。
 同じ相手に執着をしているから、取りあえず手を結んでいるだけ……と言っていい。それが恒久的なものになるかどうかは、ただ一人の存在にかかっている。それでも、きっと大丈夫だろう、とスザクは思っていた。
 彼は、ルルーシュが変な人間のものになるくらいであれば、自分が手に入れればいいと思っている。
 そして、自分はルルーシュの心の大半を手に入れることができるなら、残りの部分に誰が存在していようと構わない。彼を全て手に入れることなど不可能だ、と言うことはあのころから知っているのだ。
「……やっぱり、ルルーシュ様に僕を好きになってもらうしかないのかなぁ」
 そんなスザクの気持ちに気付かないのか。ロイドがこんなセリフを口にする。
「その時は、全力で邪魔をさせて頂きますから」
 間違いなく、彼も参戦するでしょうね……と満面の笑みと共に付け加えた。
「……そういわれたら、できるわけないじゃない!」
 せいぜい、お友達レベルで我慢するよぉ、とロイドは本気で震えている。
「大丈夫ですよ。そのレベルで妥協してくださるのでしたら、俺も今まで通り協力しますから」
 取りあえずフォローだけはしておこう。そう考えてこういった。
「それでいいよぉ! 取りあえず、最優先なのはルルーシュ様の誕生日のプレゼント! いっそ、新型でも差し上げようか」
 そうしたら、マリアンヌ様のガニメデを見せてもらえるかなぁ……とロイドの思考はいきなりとんでもない方向へと飛躍する。彼の部下になってから何度も目にしている光景でなければ面食らっていたことだろう。
「どうでしょうね。僕もまだ見せてもらえないんですよ、それは」
 まだ、ルルーシュの中に完全に受け入れられていないのか。ならば、意地でもその心の中に入り込んでやる、と決意を新たにしたスザクだった。

 そして、誕生日当日。
「……おいでいただくのは嬉しいのですが……これじゃ、ばれますよ?」
 いくら寮とは別棟とはいえ、これだけ大騒ぎをされては……とルルーシュはため息を吐く。ミレイが何とかしてくれるだろうとはわかってはいたが、それでも明日からの学校生活を考えれば気が重い。
「すまない。それでも、今までしてやれなかった分を少しでも取り戻したいのだよ」
 だが、コーネリアにこう言われてしまっては何も言えなくなる。
「大丈夫よ、ルルちゃん! 今日はこちらには誰も来ないようにしてあるし、殿下方の姿も見られないようにしたもの!」
 それに、ミレイが胸を張ってこう言うのであれば納得せざるを得ない。
「なら、いいか。ナナリーも喜んでいるしな」
 退院はしたものの、まだ登校するまでにはいたらない妹が、兄姉達の訪問を喜んでいることはわかっていた。それでも、適当なところで切り上げさせなければいけないだろう。そんなことも考えている。
「……ユフィが『泊まっていきたい』と言っていた。それで、ナナリーが納得してくれればよいが」
 自分たちはそう長居はしない……とコーネリアが囁いてきた。
「十分でしょう。兄さんが泊まってくださるときも喜んでおりますから。ユフィであれば、明日はゆっくりしていってくれるでしょうし」
 言外に、彼女は仕事がないから……と告げたのだが、クロヴィスはもちろん、コーネリアも気にした様子はない。
「そうだな。ナナリーが喜んでくれるというのであれば、昼過ぎぐらいに特派から迎えを寄越す。ユフィもその方がよかろう」
「そうだね。あの子もナナリーの相手をしているときは生き生きとしているようだしね」
 それよりも、とクロヴィスは小さなため息を吐く。
「ナナリーのことを心配するのは私たちでもできる。今日はお前の誕生日なのだから、素直に祝われなさい」
「そうだぞ、ルルーシュ。お前がナナリーを大切にしているように、私たちもお前が大切なのだ」
 だからという兄姉たちの好意に、ルルーシュは今だけは甘えることにする。
「わかりました。それにしても……スザクがまだだな」
 そんなに忙しいのか、とルルーシュは呟いてしまう。彼が来れば自分だけはなくナナリーも喜ぶのに、とさりげなく付け加えた。
「今、来るだろう」
「そうだな」
 しかし、それに対し微妙に二人の口調が変わったのはどうしてなのか。ルルーシュにはわからなかった。

 それから五分ほどして、スザクはようやくルルーシュ達の元へとたどり着いた。
「ごめん、ルルーシュ。ロイドさんを説得していたら遅くなった」
 両手に大きな荷物を抱えながらスザクは笑う。
「ロイドがどうかしたのか?」
 その言葉に嫌な予感を覚えたらしいルルーシュが問いかけてくる。
「ルルーシュへの誕生日のプレゼントに、今試作中の新型を持ってくるって言い張ってね。セシルさんと二人で諦めさせていたんだよ」
 正確には締め上げていたのだが、そこまで伝えなくてもいいだろう。
「ほぉ……」
「……さすがはアスプルンド伯、と言うべきでしょうか」
 しかし、彼の兄姉は十分に理解してくれたようだ。これならば、大丈夫だろうとスザクは判断をする。
「それよりも、誕生日おめでとう! どうしても一つに絞れなくて、二つになっちゃったけど、受け取ってね」
 言葉とともにプレゼントの箱を二つ――もちろん、一つはシュナイゼルからのものだ――を手渡す。
「スザク……」
「気にしないで。軍にいると、あまり給料を使うことがないんだよ」
 貯めておくよりも、ルルーシュのために使いたかったのだ……とスザクは優しい笑みを浮かべた。
「どうしても気になるって言うなら、またご飯、食べさせてくれるかな?」
 軍では和食は食べられないから……とさりげなくおねだりの言葉も付け加える。
「そのくらいなら、いつでも。でも、準備があるから事前に連絡を入れろよ」
「もちろん」
 ちゃんと予定を伝えるから……と微笑み返しながら、心の中ではロイドが立てた予定なんて知らないし……と付け加えていた。
「お前が来たなら、始めるか。あぁ、ナナリーに声をかけてやってくれ」
「もちろんだよ。ナナリーちゃんにもプレゼントがあるんだ。あの後、ばたばたしていて誕生日を忘れていたから」
「それなら、俺もお前の誕生日を忘れていたぞ」
 スザクの言葉に、ルルーシュがこう言い返してくる。
「だけど、あの後しばらくお弁当を作ってくれたでしょ。それで十分」
 本当は今でも作って欲しいが、それは口にしない。
「でも、来年、僕の誕生日を覚えていてくれたなら、その時にな僕の好きなものを食べさせてよね」
 代わりにこう告げる。
「俺に作れるものならな」
 こう言って微笑み返してくれた彼は、スザクの好きなもの=自分だと気付いてはいないだろう。取りあえず、それを食させて貰うためにいっそうの努力をしようと心の中で誓うスザクだった。





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07.12.03up