いったい、これは何の嫌がらせなのか。
 普通であればそう考えるかもしれない。しかし、送り主が送り主であるだけに、そうも言い切れないのだ。
「ヴァルトシュタイン卿……」
 ともかく、これを持ち込んできた相手にルルーシュは呼びかける。
「何でございましょう、ルルーシュ殿下」
 自分の父と言ってもよい相手だが、それでも臣下としての礼を崩さない。その忠誠心は、いつ見ても素晴らしいと思える。だが、と小さなため息とともに言葉を唇に乗せる。
「もう一度確認するが……これは、誰がお作りになったと?」
 そして、誰へのプレゼントだというのか。できれば、先ほどのセリフは自分の聞き間違いだったと思いたい。そう願っていた。
 しかし、だ。
「皇帝陛下より、ルルーシュ殿下への贈り物です。陛下が、自らお作りになられました」
 その願いは叶わない。それどころか、余計な衝撃まで受けてしまう。
「……本当に、俺なんだな? ナナリーではなく……」
 見苦しいと言いたければ言えばいい。それでも、認めたくないのだ。
「お気持ちはわかりますが……」
 だが、間違いなく、これはシャルルが作ったものだ……とビスマルクは口にする。自分は側でその光景を見つめていたのだ、とも。
 この言葉を耳にした瞬間、ルルーシュの中で何かが切れた。
「いったい、どこの世の中にちまちまとレースでドレスを編んでいる皇帝がいる!」
 しかも、それを息子に贈るなんて!! と叫ぶ。
 皇女がいないわけではない。
 姉も妹もきちんといる。その中には、自分と母を同じくするものもいるのだ。
 それなのに、どうして《男》の自分にこれをおくって寄越すのか! と続けるうちに次第に声が大きくなっていく。
「……それは……ルルーシュ殿下が一番、あの方に似ておいでだからでしょう」
 その事実はルルーシュ自身もよくわかっている。
「なら、それこそ母さんに着せればいいだろうが!」
 一番着せたいのが彼女ならば、とルルーシュは思わず椅子の肘掛けを殴りつけてしまった。もちろん、その後ですぐに後悔をしたことは否定できない。痛みに顔をしかめなかった自分の意地っ張りぶりには、一瞬あきれたくなった。
「それこそ、十分と原形をとどめていないでしょうな」
 しかし、ビスマルクの口から出たセリフは、まったく予想もしていないものだった。
「……はぁ?」
 原形をとどめていないというのはどういう事なのか。
 いくらあの母でも、気に入らないからと言ってシャルルからのプレゼントを切り刻むようなことはしないだろう。第一、彼女は父から貰ったレース編みのクッションや何か――今考えればそれも全て彼の手作りだったのではないか――を大切にしている。その母が、とルルーシュは思わず呟いてしまった。
「ご本人がそうするつもりはなくても……あの方のことですから、どこかに引っかけておしまいになるかと……」
 ドレスを身に纏っていようが何をしようが、とる行動は変わらないから……と言われて、思わず納得してしまう。
「ですから、ルルーシュ殿下に、と思われたのでしょう」
「……それこそ、嬉しくない……」
 本当にどうしてくれようか。
 元の糸に戻すことも出来ない。だからといって、着たくはないというのが本音だ。
 そんな彼を、ビスマルクが複雑な表情で見つめていた。

 しかし、ルルーシュの災難はまだ始まったばかりだったと言っていい。
「……ユフィ?」
 何かな、それは……とルルーシュは頬を引きつらせながら目の前の異母妹に問いかけた。
「今度の舞踏会で、ルルーシュにつけて貰おうと思って」
 きっと似合うわ、と彼女は邪気のない笑顔と共に口にする。
「……しかし、それはどう見ても、女性がつけるべきものだろう?」
「あら。皇帝陛下から今度の舞踏会ではルルーシュがドレスを着るとお聞きしていたけど?」
 だから、自分たちだけではなくシュナイゼルやクロヴィス、それにオデュッセウスギネヴィア達までルルーシュに似合いそうなアクセサリーを用意しているのよ……とユーフェミアは言ってくれた。
「……何だと?」
 何故、とルルーシュは呆然としてしまう。
「でも、どうせならわたくしとおそろいのをつけて欲しいと思ったの。だから、お姉様と相談をして大至急用意をさせましたわ」
 だから、絶対にこれをつけてくださいね……とユーフェミアは言い切った。
「……ユフィ……」
 そんなことは出来るか、と言ってしまえば話は早いのはわかっている。しかし、そんなことをすればユーフェミアを泣かせてしまうことになるだろう。その結果、別の厄介ごとに巻き込まれるのはわかりきっていた。
 さて、どうするべきか。
 心の中でルルーシュがそう呟いたときだ。
「ユーフェミア!」
 言葉とともにいきなりドアが開かれる。そこには、クロヴィスが肩を上下させながら立っていた。
「……どうしたんですか、クロヴィス兄さん……」
 何の前触れもなくいきなり、とルルーシュはあきれたくなる。しかし、その言葉は彼の耳は届かなかったらしい。
「抜け駆けとは感心しないよ、ユーフェミア」
 それとも、これはコーネリア姉上の入れ知恵かい? といいながら紺桔梗の瞳で彼女をにらみつける。
「何のことか、わかりませんわ?」
 さらりと言い返しているが、それが嘘だと言うことはルルーシュにもわかった。
「ルルーシュが身につけるアクセサリーはみなのものの中から本人に選んで貰おうと言うことになっていただろう?」
 それなのに、どうして今、君達のものをルルーシュに見せているのかな? とクロヴィスはユーフェミアに詰め寄っていく。
「だって、ルルーシュに選んで欲しかったんですもの」
 おそろいで自分のものも作らせた。コーネリアも完全に同じではないが同じモチーフのものを準備している。だから、と彼女は微笑みながら言い返す。
「それは協定違反だろう、と言っているのだけどね」
 いらつきを隠さずにクロヴィスは言葉を口にする。
「私だけではなく、兄上方も今回の件は怒っておられるよ?」
 今ならば、まだ、間違ったと言うことですませられるだろう。そのためにシュナイゼル達ではなく自分が来たのだから……と彼はさらに言葉を重ねた。
「……ですが……」
 ルルーシュとおそろいのアクセサリーを自分は身につけたのだ、とユーフェミアも譲らない。
「それが協定違反だ、と言っているのだよ。陛下の元で、きちんと話し合っただろう?」
 つまり、これもシャルルが関わっているのか。
 いったい、彼は自分に何をさせたいというのだろう。それ以前に、自分の性別を忘れているのではないか。
「それは、お兄さま達が勝手に決められたことではありませんか!」
 自分は認めていない、とユーフェミアは言い返している。
 このままでは、さらに口論が激しくなるのではないか。
「……二人とも……」
 それ以前に、自分はあれを身につけることを認めていない。そう思いながら、ルルーシュは口を開く。
「そういうことは、本人がいない場所でしてくれませんか?」
 何よりも、とルルーシュはさらに言葉を重ねる。
「俺は、あれを着るつもりはさらさらないのですが?」
 無理強いするようなら、舞踏会そのものを欠席してやる! と言い切った。
「ルルーシュ!」
「……それは……」
 慌てたように二人が言葉を返してくる。
「その前に、ナナリーをつれて母さんの所に行きます!」
 この言葉に、二人はそのまま凍り付いてしまった。

『あらあら』
 やっぱり、想像通りになったわ……とモニターの向こうで母が楽しげに目を細める。その様子は、三十代後半になると言うのに、まだまだ若々しいとしか言いようがないものだ。
『だから、そうなるわよ……って言ったのに、シャルルったら』
 気持ちはわかるけど、と彼女はその表情のまま付け加える。
「……なら、そちらに行っても構わないでしょうか」
 ナナリーはともかく、自分だけは……とルルーシュは問いかけた。
『ダメよ』
 それなのに、何故かマリアンヌがこう言ってくる。
「母さん?」
『どう考えても、ここは舞踏会までに平定できないの』
 それは最初からわかりきっていたことではないのか。ルルーシュはそう考えながら母の次の言葉を待つ。
『でも、他の后妃方がシャルルの隣にいるのは、もっといやなのよ』
 妃将軍であるマリアンヌは、貴族はともかく軍部や平民から絶大な支持を受けている。それ以前にシャルルの方が彼女にベタ惚れだからか。マリアンヌが本国がいるときには必ず、公的な場でシャルルの隣にいるのは彼女だった。
「……母さん……」
 だが、今は側にいられないのだ。だから、今回ぐらいは妥協してもいいのではないか。ルルーシュはそう思う。
『今回だけは、絶対にダメ。だから、あなたが私の代わりをしなさい!』
 いいですね、と言われてもすぐには頷けない。しかし、マリアンヌに逆らうことも出来ない自分がいることにも、ルルーシュは気付いていた。だから、とため息をつきながら口を開く。
「……今回のことが終わったら、スザクの所に行ってきてもいいですか?」
 言外に、シャルルを説得してくれ……と妥協案を出す。
『そうね。その位は妥協してあげるわ』
 くすくすとマリアンヌは笑いながらこういった。
「それと……母さんのアクセサリーを貸してください……」
 それが色々な意味で無難だ、とそうも言う。
『わかっているわよ。後で、女官長に指示を出しておくわ』
 だから、せいぜい着飾ってその姿でシャルルと写真を撮るのよ! と命じるマリアンヌは、やはり最強なのではないか。その認識を、ルルーシュは新たにしてしまった。

 その後、あれこれあったが、流石に『マリアンヌの希望』の一言で無事に切り抜けることは出来た。それはきっと、マリアンヌが選んだアクセサリーがシャルルがプレゼントした、一種の国宝とも言えるものだったからかもしれない。
 しかし、当日、兄弟達だけではなく貴族達からもダンスを申し込まれたときには思い切り頬が引きつってしまった。
「母上から、ダンスは父上とヴァルトシュタイン卿以外とは付き合うな、と言われています」
 もちろん、口から出任せだ。しかし、その位は許されるだろう。
 そして、これが最強のセリフであったことは否定しない。その結果、シャルルと一曲踊るというとんでもない結果になったものの、それだけですんだだけでもましだろう。少なくとも、シュナイゼルにセクハラをされたり、他のバカどもの歯の浮くようなセリフを聞かずにすんだのだ。

 だが、これでシャルルが味を占めたのか。またドレスを編み始めたという噂に、ルルーシュは即座にブリタニア本国を逃げ出したのだった。

「……で?」
 何でお前がその写真を持っているんだ? と久々に再会した親友に向かって、ルルーシュは問いかける。
「なんでって……ナナリーが送ってくれたからに決まっているだろ」
 メールで、とスザクは満面の笑みと共に言い返してきた。
「やっぱ、ルルーシュは似合うよな、女装」
「……スザク……」
「だからさ。着てみない?」
 振り袖……といいながら、視線を奥へと向ける。それを合図にしたのか。いきなりふすまが開けられた。そこには色とりどりの布が存在していた。
「ナナリーとルルーシュのお母さんに、写真を送るって約束したんだよな」
 それもまた、愛されているからなのだろうか。
「……俺は……」
 だとしても、と思いながら口を開く。
「俺は、男だ!」
 ルルーシュのこの叫びが周囲にむなしく響き渡った。






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08.11.03 up