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気が抜けてしまったのだろうか。 シュナイゼルの腕の中で、小さな体は力を失った。 「シュナイゼル殿下……ルルーシュ殿下は?」 「眠ってしまったようだよ」 おそらく、あの報告を耳にした後から今まで、ろくに眠っていなかったのだろう。 母の死の衝撃だけではなく、妹の生死すら定かではなかったのだ。眠れなかったというその気持ちはよくわかる。 いや、それだけではないのかもしれない。 急に丸みを失ったその頬を撫でながらシュナイゼルは心の中で呟く。 ただでさえマリアンヌは平民から后妃へと取り立てられた女性だ。血筋による後ろ盾はない。それは、彼女たちの子供であるルルーシュ達も同じ事だ。 それだからこそ、逆にこの子供達を手に入れようとしているものがいてもおかしくはない。使い捨ての道具としては丁度いい。そう考えているものもいるに決まっている。そして、不幸なことにこの子供はそんな大人達の思惑に気づけるほど賢いのだ。 だからこの子は今まで気を抜けなかったのだろう。 同時に、この子供が自分なら信頼できると思ってくれていることがわかって嬉しい。 もちろん、それが当然なのだが。 そんなことを考えながら、そっとその体を抱き上げる。 「シュナイゼル殿下?」 「この子の部屋は? さすがに休ませてならなければいけないだろう。私の宮に連れて帰ってもよいが、それではこの子が納得しないだろうしな」 ナナリーの側にいたいというに決まっている、と口にしながら、シュナイゼルは少しだけ胸にしこりを感じた。 おそらく、ルルーシュに自分とナナリーのどちらを取るかと問いかければ、ナナリーだと答えるだろう。 それは、彼女がルルーシュにとって唯一、同じ女性の腹から生まれた存在だからだ。 しかし、自分とルルーシュの関係はそれよりも濃い。 だが、それを口に出すことは許されない。それも良くわかっている。だから、別の方法で、自分があの娘よりも上に立たなければいけないのだ。 もっとも、その過程すら自分は楽しめるだろう。 「……今しばらく、お待ちを」 大至急用意をして参ります……と言う言葉に、シュナイゼルは眉間にしわを寄せた いくらルルーシュがこの場から離れたがらなかったとはいえ、休憩場所すら用意していなかったとは思わなかったのだ。皇子であるルルーシュに対して、それは許されることではない。 「気に入らんな」 ここまでルルーシュの存在を軽んじられるのは……とシュナイゼルは付け加える。おそらく、自分がここに来てこう命じなければそのままだったのではないだろうか。そんなことも考えてしまう。 「これはやはり、早く公表してしまわなければならぬか」 ルルーシュを自分が引き取ると……、と眉を寄せる。ナナリーに関しては、今しばらく病院へと預けておかなければならないと言うことは明らかなのだ。だから、取りあえずルルーシュだけでいいだろう。彼が自分の元へ来ると言うことはナナリーも一緒だ、と誰もが考えるに決まっている。そして、自分はそれを否定する気にはないのだ。 「お待たせ致しました。こちらでございます」 先ほどの職員が慌てて戻って来た……と思った次の瞬間、こう告げる。 「静かに。ルルーシュを起こしてしまうだろう」 ようやく眠ってくれたのに、と低いが厳しい口調で言い返せば、相手は硬直したように動きを止めた。その様子が、シュナイゼルの機嫌をさらに悪化させたことは言うまでもない。だが、そのせいでこの愛し子の眠りを妨げたくないのだ。 「案内しろ」 その言葉に、職員は我に返ったようだ。即座に動き始める。 ルルーシュの体をやさしく抱きしめたまま、シュナイゼルはその後を追いかけた。 彼が案内した部屋は、どうやら普段は貴族か何かが使う特別室らしい。自分たちが使っているものよりも劣る――とは言っても、一般の人間からすれば信じられないぐらい豪華だろうが――部屋に、シュナイゼルはこの男の独断なのか、それとも病院そのものの決断なのかを確認しなければいけないな、と心の中で呟く。 それでも、慎重に腕の中の体をベッドへと下ろした。 「……んっ……」 冷たいシーツが気に入らなかったのか。ルルーシュは嫌々をするように首を横に振った。そして、両手を周囲に彷徨わせ出す。 「このままでは服がしわになってしまうだろう、ルルーシュ」 少し待っていなさい、とその額にそっと唇を落とす。 「……シュナイゼル殿下……あの……」 まさか、と呟く職員の前で、シュナイゼルはかまわず上着を脱ぎ捨てる。そして、ルルーシュの服もそっと脱がせてやった。 「まだいたのか?」 彼の肩にそっと布団を掛けてやりながら、シュナイゼルはこう言い返す。 「あぁ、明日の朝食は二人分頼もう。さすがに、この子を一人で置いておくのは心配なのでな」 ルルーシュが起きたなら、これからのことを話し合うことになるだろう。そのためにまた病院に足を運ぶよりも、彼と一緒に泊まった方が時間的に無駄がない。シュナイゼルはそういいながら、ベッドに腰を下ろす。 「それとも、私が泊まると何か不都合でもあるのか?」 「いえ、そのようなわけでは……」 不都合があるなどとは言えないだろう。それは、彼等が皇子であるルルーシュを軽んじているという証拠になるのだ。そうなれば、どのような処分が与えられるかそれも想像が付くのだろう。 まるで壊れたおもちゃのように職員は何度も首を縦に振ってみせる。 「ならかまわぬだろう」 出て行け、と言外に告げながらシュナイゼルは視線をルルーシュへと戻した。そうすれば、彼は穏やかな表情で眠っている。 しかし、その目元が少しだけ赤く染まっているのは、きっと先ほど泣いたからだろう。 「冷やしてやらないと、後で腫れるな」 それでは、明日かわいそうだな……と呟く。 取りあえず、これでいいか……と思いながらそっと目元にキスを落とす。 彼の背後でドアは閉まる音がした。 ようやく職員が出て行ってくれたようだ。その事実に笑みを漏らしながら、そっとルルーシュの目元に舌を這わせる。 「ようやく、私の腕の中に戻ってきたね」 可愛いルルーシュとそう囁きながら、シュナイゼルはうっすらと開かれた彼の唇にキスを落とす。 そこから伝わってくるぬくもりが、記憶の中の女性を思い出させる。いや、同じだと言っていいのではないだろうか。 だが、錯覚かもしれない。 だから、確かめなければ……とそんな感情のままそっと舌先を移動していく。 首筋からあらわになっている胸元へと肌の感触を確認する。 きめ細やかな柔らかい感触は、まちがいなく記憶の中の同じものだ。いや、それ以上に甘く感じられる。 「ルルーシュ」 あるいは、彼女が姿を変えて自分の元に帰ってきてくれたのだろうか。 そんなことはあり得ないとわかっていても、ついついそんなことを考えてしまう。 だが、この腕の中の存在はまだ他の誰かのものではない。そして、そうなる前に自分の腕の中だけに閉じ込めておいたとしても誰にも非難されない。 「私は、お前を手放すつもりはないよ」 逆に、一生この腕の中に閉じ込めておく。 ナナリーの病室の前で彼を抱きしめたときに心の中で誓った言葉を、シュナイゼルは唇に乗せる。 そのまま、彼はそっとルルーシュの胸に顔を伏せた。そして、心臓の上を吸い上げる。 しばらくして彼が顔を上げれば、真紅の花びらが一つ、そこに散っていた。 「……いいこだね、ルルーシュ」 これはその証だよ、と彼は鮮やかに微笑んだ。もっとも、ルルーシュはその意味をまだ理解できないかもしれない。だが、それはそれでかまわないだろう。自分だけがわかっていればいいことだ。 その時である。シュナイゼルの体の下でルルーシュが小さなくしゃみを漏らす。 「おやおや。このままでは風邪をひかせてしまうね」 守ると決めた自分がそのようなことをさせてはいけない。苦笑を浮かべると、シュナイゼルはルルーシュの体の上にそっと布団を引き上げる。それだけではなく、自分自身も彼の隣に体を横たえると、そのまま小さな体を抱き込んだ。 「おやすみ、ルルーシュ」 胸に伝わってくるぬくもりと、腕にかかる重みが心地よい。 それに笑みを浮かべながら、シュナイゼルはそっと目を閉じた。 翌朝、先に目を覚ましたのはルルーシュの方だった。 「……兄上?」 誰かに抱きしめられて眠っている。だが、自分をそうしてくれる人間なぞ、もういない。母ですら、ナナリーが生まれてからはそうしてくれなくなったのだ。だからと思いながらゆっくりと視線を向ければ、そこには予想していなかった顔があった。 「そういえば……昨日、来てくださったな」 ナナリーには最新の治療が与えられている。しかし、その様子を見ている自分に気を止めてくれるものなど誰もいなかった。それは、後ろ盾を失った自分に対する周囲の評価そのものなのだろうと言うこともわかっていた。 だからこそ、醜態をさらすわけにはいかない。 せめて、人前でだけは皇子らしい態度を取らなければいけない。それが、他のものには何の意味も持たないとわかっていても、だ。 しかし、そんな決意もこの兄の腕の暖かさに霧散してしまった。そして、彼の優しい言葉に、思わずすがりついてしまったのだ。 だが、と思う。 それがどうしてこういうことになっているのか。わからない。 「何か、失敗したか?」 思わずこう呟く。それが兄の意識を刺激したのかもしれない。ゆっくりと彼は目を開いた。 「おはよう、ルルーシュ。よく眠れたかな?」 ふわりと微笑むとシュナイゼルはこう問いかけてくる。 「は、はい……兄上……」 「そうか。よかったね」 言葉とともに、彼はそっとルルーシュの頭を撫でてくれた。 「では、食事にしよう。それから、今後のことを話し合おうね」 君達には、取りあえず自分の離宮に引っ越してもらうことになるだろう……と彼は続ける。 「兄上?」 「その方が、他の者達に対する牽制にもなるからね」 それに、ルルーシュも落ち着いて生活ができるだろう? と彼は微笑んだ。 「でも……」 「気にしなくていい。君達二人を守ることぐらいであれば、私にもできるからね」 何よりも、自分が安心できる。そういわれては、反論のしようがないだろう。 「……わかりました」 どこまで、目の前の相手を信用していいものだろうか。そう思う気持ちもある。だが、同じくらい信用したいと思っている自分がいることにもルルーシュは気付いていた。 「いいこだね、ルルーシュ」 そんな彼に向けて、シュナイゼルが穏やかな笑みを向けてくる。その微笑みからルルーシュは目を離すことができなかった。 終 BACK 07.01.30up07.02.23修正 |