少しは環境になれてきたからだろうか。それとも、スザクやナナリーに自由に会いに行けるからか――あるいは、十分な量の食事を与えられ、安心して眠れるからかもしれない――ルルーシュの表情が穏やかになってきたように見える。
 それでも、まだ、自分からロイドの傍には近づいてこない。
 ロイドから近づいていけば、警戒から体を強ばらせてしまう。
 それが、どれだけ自分にとってショックなことなのか。彼は気付いているだろうか。
「……ルルーシュ様ぁ……まだ、信頼してくださらないんですかぁ?」
 彼のためのデザートを作りながらロイドはこう嘆いてしまう。自分たちの間にあったはずの絆は、そんなにもろいものだったのだろうか。そうも言いたくなるのだ。
「……取りあえず、あの二人から話を聞かせて貰いましょうかぁ」
 自分たちが離れている間に何があったのかを、とため息混じりに付け加える。ルルーシュよりも彼等の方が素直に白状してくれるだろう。そうすれば、対策の取り方もわかるだろうから。そうも考える。
 いっそのこと、皇帝を暗殺してやろうか。
 そうすれば、ルルーシュの怒りも収まるのではないか。そんなことを考えながらも彼は作業を続ける。そして、型に入れたものをオーブンへと移動させ、スイッチを押す。
「さて……ルルーシュ様の様子を見てきましょうか」
 焼き上がるまで暇だし。何よりも、そうやって誠意を見せればいつかは彼も態度を軟化させてくれるかもしれない。そう付け加えながらもキッチンを出た。
 その時だ。
「……あれぇ?」
 ルルーシュがこっそりとランドリールームに入っていく姿が視界の中に飛び込んできた。
「ルルーシュ様?」
 ここでは、バスルームに備え付けられているボックスに適当に放り込んでおけばメイドが全てやってくれる。それは彼もわかっているはず。それなのにどうしたのだろうか。そう思いながら、ロイドはそっと彼の後を追いかける。だが、ランドリールームの中までは踏み込まずにそっと中をうかがうだけにした。
 こんな風にこそこそとしていると言うことは、他人に知られたくないと思っているのだろう。そんな彼の耳に、何かを洗っているとおぼしい水音が届いた。
「何を洗っていらっしゃるんでしょうねぇ」
 別段、恥ずかしがるようなものはないはずだ。
 そもそも、彼は自分で洗濯をするような立場ではなかったのだし。それとも、日本に送られてからはそうではなかったのだろうか。
 その可能性は十分にあるだろう。
 しかし、それとこれとは話が別だろうとも考える。
「……あんなにこそこそとされるなんて……」
 そんなに他人に知られたくない《何か》があるのだろうか、とロイドは思わず呟いてしまう。同時に、それを放っておいていいのだろうかとも考えるのだ。
「あの方に報告しないといけませんしねぇ」
 自分の立場上、とロイドは笑う。どんなに些細なことでも、彼はルルーシュのことであれば自分が知らないことがあるのは許せない、と間がているようなのだ。
 もっとも、それはあくまでも口実でしかないことをロイド自身がよく知っている。シュナイゼルほどではない――そういえば、間違いなく『五十歩百歩だろう』と当人に笑われることは容易に想像できる――が自分だって彼のことなら何でも知っていたいと思うのだ。
「と言うわけで……すみませんねぇ、ルルーシュ様」
 気配を殺すと、ロイドはゆっくりとランドリールームへと滑り込む。もっとも、あくまでも彼に見つからないように物陰に隠れて、だ。
 しかし、普段の彼であれば間違いなくそんなロイドの気配に気付いただろう。
 それなのにまったく気付かないと言うこと自体が、彼の驚愕ぶりを表しているのではないだろうか。
 あのルルーシュからナナリーのこと――最近は、スザクも含まれているかもしれない――以外で冷静さを奪うとはいったいどのような事態が彼の身に降りかかったのだろう。そう考えながら、眼鏡の下の目を細めた。
「……パンツ?」
 ルルーシュが必死の形相で洗っているものは間違いなく彼の下着だ。自分が先日、彼のために用意をしたのだから見間違えるはずはない。
 でも、どうして、と思う。
 しかし、その答えはすぐに見つかった。
「……ルルーシュ様は、今、十二……いや、もうじき十三歳になられるのか……」
 ならば、そろそろそんな時期にさしかかったとしてもおかしくはないだろう。いや、むしろ遅いくらいではないだろうか。もっとも、それが彼にとってよいことなのかどうかはわからないが。
「……一応、あの方に相談しておかないとねぇ」
 どこまでが許容範囲なのか……とロイドは口元だけで笑いを漏らす。そして、ルルーシュの矜持を傷つけないように、そうっとその場を後にした。


「もう、そんな年齢なのだね、あの子は」
 自分の記憶の中にある姿は、まだ別れた頃のままなのに……とシュナイゼルは小さなため息を漏らす。
「しかし……面白くないね」
 自分が傍にいられない以上、ロイドに任せるしかないことはわかっている。それでも、ルルーシュの『初めて』は死ねて自分の目に焼き付けたいと思っていたのだ。
「……方法がないわけではないか」
 ルルーシュが今いるのは、ロイドの屋敷だ。さらに、ロイドの自室には自分の部屋への直通回線がある。
 後は時間を合わせればいいだけだ。
 もちろん、録画させておいてもいいだろう。いや、当然そうさせるつもりだが、それでも、やはりライブでみたいと考える。
「そのくらいの無理は通させて貰わないと、ね」
 こう呟くと、シュナイゼルはロイドへ向けてメールを書き始めた。


 ロイドの言葉通り、ナナリーだけではなくスザクもブリタニア人と同等の治療を受けさせて持っていた。
「……信頼しても、いいのか?」
 昔のように……とルルーシュは呟く。
 あの時だって、考えてみれば彼は本国を離れていたはずだ。たとえそうでなかったとしても、父に逆らえるはずはない。だから、しかたがなかったのではないか。何よりも彼は自分たちを捜してくれていたではないか。
 それとも……と悩んでいるうちに、気が付けば目的の病室の前へとたどり着いてしまった。
「二人に心配をかけるわけにはいかないよな」
 そんなことになれば、二人とも落ち着いて治療を受けていられなくなるだろう。スザクにいたっては、今すぐにでもベッドを抜け出そうとするかもしれない。
「あいつから、腕の自由を奪うわけにはいかない」
 あの美しい一連の動きが見られなくなるのはいやだ。いや、それ以前に彼の体が自由を失うなんて耐えられない。ナナリーだけではなく彼も守れない自分なんて……とルルーシュは一度うつむくと唇を噛んだ。ナナリーだって、それを知ったら悲しむだろうと。だが、それは今は忘れなければいけない。そうも自分に言い聞かせる。そして、顔を上げたときにはその口元には柔らかな微笑みを浮かべていた。
「ナナリー。スザク。今日の体調はどうだ?」
 この言葉とともにルルーシュはドアを開ける。
「お兄様」
「来てくれたの? ルル」
 すぐに二人分の嬉しそうな声が耳に届いた。
「あぁ。ロイドがストロベリータルトを持たせてくれたんだ。食べるだろう?」
 二人に食事制限がなくなったと告げたならば、彼が喜んで用意をしてくれたのだ。
「アスプルンド伯の手作りなのでしょうか」
 アリエス宮でよく食べていたからだろうか。ナナリーはすぐにこう問いかけてきた。
「そうだと思うぞ」
 昨日、いい匂いがしていたから……とルルーシュは頷く。
「悪いな、スザク。和菓子じゃなくて」
 サイドテーブルに持ってきた箱を置きながら、ルルーシュは言葉を続ける。
「ゲットーの方に行けば手に入るんだろうが……でも、ロイドのタルトは本当においしいから、今日はそれで我慢してくれ」
 そのまま笑顔を向ければ、スザクも頷いてみせた。
「わかっているよ、ルル。腕を失わずにすんだだけでも感謝しないといけないし」
 これでまた二人を守れる、と彼は笑う。
「……スザク……」
 そんな彼の言葉に、自分は何と返せばいいのか。自分にはわからない。彼に守ってもらえる価値がはたして自分にあるのかわからないのだ。だからといって、彼の言葉が迷惑なわけでもない。むしろ嬉しいと言っていいだろう。
「……バカだ、お前は……」
 半ば照れ隠しのようにルルーシュは呟くような声でこう口にする。
「うん、そうだね」
 しかし、スザクはあっさりとルルーシュの言葉を肯定するだけだ。
「ルルとナナリーだけだよ。こんなことをいうのは」
 自分が守りたいと思ったのも二人だけだ、と彼は続けた。
 だから、もう、自分の力は二人のためにしか使わない。
 まるで自分に生き貸せるような口調でスザクは言葉を重ねた。
「スザク……」
 どうして彼がそんなことを言っているのか。はっきりと知っているわけではない。だが、何かあったのか想像はしていた。一緒に暮らしていれば、そのくらいはわかってしまう。しかし、それを彼に言うわけにはいかないこともわかっている。
「大好きだよ、二人とも。だから、守らせて?」
 それだけが自分の願いだから……とスザクは笑みを深めた。
「……紅茶、でいいな? 砂糖は?」
 これ以上スザクに内心を口にさせてはいけない。そう考えて、ルルーシュは話題をそらそうとする。
「一つ入れてくださいな、お兄様。後、あればミルクも」
 ナナリーもまた、何かを感じ取っていたのだろうか。静かな声でこう告げてくる。
「わかった。スザクお前は?」
「僕は何も入れなくていいよ。甘いんだろう、それ」
 甘いのは嫌いじゃないけど、二つとも甘いとちょっと辛いかも、と彼はいつもの表情でこう言った。それが余計に彼の心の不安定さを伝えているように思える。
「わかった」
 それでも、自分には彼を受け入れる以外、どうすることもできない。だから、静かに頷くとルルーシュはお湯を沸かすために備え付けの簡易キッチンへと足を向けた。


 そんな自分たちの会話がロイドに筒抜けだったなど、ルルーシュも知らなかった。


 メールをチェックしていたロイドは、差出人の名前を見て苦笑を浮かべる。
「流石にあの方のこととなるとレスポンスが早い」
 感心するのはそこか、とセシルに知られれば絶対言われるに決まっている、それでもこう言わずにはいられないのだ。
「いっそ、あの方を口実に予算の増額を申請してみようかなぁ」
 彼が側に来てから、自分もこちらにいるときはランスロットに集中できるようになってきた。だからというわけではないが、開発の方も進んでいる。だから、と呟きながらも、ロイドはメールを開封する。
「あっはぁ……殿下も本当に」
 ルルーシュのこととなれば理性がどこかに行っちゃうねぇ……と小さな声で付け加えた。
 もっとも、自分も似たり寄ったりか……とすぐに思い直す。
 それに、彼もその中の一員としてそのうち加わってくるかもしれない……と先ほど耳にした会話を思い出しながら呟く。
「ルルーシュ様には不幸かもしれないけどぉ」
 これだけシュナイゼルや自分たちに執着されていると言うことは、とも思う。だが、このような血筋に生まれてしまった以上、諦めてもらうしかない。
「そんなことを認識させないくらいに、愛して差し上げますからぁ」
 諦めてくださいね……と呟くと、ロイドは口元に笑みを刻んだ。


 明日は何を持っていこうか。そう考えながら、ルルーシュは現在の住居であるロイドの屋敷へと戻ってきた。
「……桜餅が食べたいな」
 ふっとそんな呟きが唇からこぼれ落ちる。それと上質の煎茶があればさらに満足できるのだが、とも付け加えた。しかし、それは難しいかもしれない。少なくとも、自分の力だけでは無理だろう。
「ロイドに頼んでみるか」
 相手が自分の希望を叶えてくれるかどうかはわからない。だが、逆に言えば彼の言葉が本当かどうか、それでわかるような気がする。
 嘘であったならば、スザクの体がよくなり次第、ここから逃げ出せばいい。自分一人では無理かもしれないが、スザクがいてくれるならきっと大丈夫だ。そうも思う。そんなことを考えながら、ルルーシュは玄関のドアを開けた。
 次の瞬間、誰かに抱きすくめられる。
「誰だ!」
 こうは言うものの、落ち着いて見ればこの屋敷で自分にそんなことをするものは一人しかいない。しかし、この時はそこまで頭が働かなかった。
「さくらもち、って何ですかぁ?」
 ルルーシュが怒鳴るのと、ロイドののほほんとした声が彼の耳に届くのとほぼ同時だった。
「……ロイド……」
 頼むから行動をする前に声をかけて欲しい。そうでなければ安心できないだろう……とルルーシュは心の中でこう呟きながら、彼を振り仰いだ。
「桜餅というのは日本のお菓子だ。俺もナナリーも好きだ」
 あんこの甘さと塩漬けの桜の葉が見事に調和していて、それを煎茶とともに食べるとほっとできた、と取りあえず説明をしてやる。
「スザクが好きで、よく持ってきてくれたんだ」
 だから、自分たちの口にも入ったんだが……と無意識のうちに付け加えてしまう。
「……桜餅ですねぇ」
 わかりましたぁ、と彼は頷いてくれる。どうやら、最後の呟きはあえて聞かなかったふりをしてくれるつもりらしい。
「それで……どうしたんだ?」
 こんなことをするにはそれなりの理由があるのだろう、とルルーシュは逆に問いかける。
「そぉでしたぁ」
 言葉とともにロイドはルルーシュの体を抱き上げた。そして、そのまま歩き出す。
「ロイド!」
「僕の部屋で、ルルーシュ様にお話ししなければいけないことがあります」
 この言葉に、ロイドの腕の中でルルーシュは反射的に身を強ばらせた。
 温まぬのようなこの時間がいつまでも続くはずはない。そう思っていたことも事実。しかし、それが現実として突きつけられれば、どう反応をしていいのかわからなくなるのだ。
「あぁ、心配しないでくださいねぇ。別に、ルルーシュ様達の身柄がどうのこうの……と言う話じゃありませんからぁ」
 ただ、ルルーシュの年齢であれば当然知っているべき知識を教えたいだけだ、とロイドは笑う。
「……本当に、それだけか?」
 どうも何かが引っかかる。それは自分の錯覚だろうか、とルルーシュは悩む。
「もちろんですよぉ」
 しかし、ロイドは邪気を感じさせない笑みをルルーシュに向けてきた。
「僕がルルーシュ様を傷つけるはずがないじゃありませんかぁ」
 この言葉に、ルルーシュは『そうかもしれない』と思ってしまう。今までだって、彼は自分が望まないことは何もしなかったではないか、と。だから、ひょっとしたら昔のように信頼を向けてもいいのだろうか。
 それが失敗だったかもしれない。そう認識できたのは、事が始まってからのことだった。
 気が付けば、大人へステップを一つ、超えさせられていた。しかも、モニター越しとはいえシュナイゼルの前で、だ。その事実が受け止めきれずに、ルルーシュは意識を手放しいてしまった。。


 ロイドは一人、スザクの元を訪れていた。
 いや、正確にはルルーシュも途中までは一緒だった。しかし、ナナリーが診察室に入っていくのが見えたので、彼はそちらに向かったのだ。そうするようにロイドがさりげなく促した、と言うべきか。
 理由は簡単。
 自分一人でスザクと話がしたかっただけだ。
「さて、とぉ」
 厄介ごとはさっさと片づけてしまいますかぁ……とロイドは呟く。ここから自分がしようとしていることはルルーシュはもちろん、ナナリーにも知られない方がいいだろう。あの二人を守るためと言いながら、結果的に裏切ることになるかもしれないのだ。もっとも、彼等がそれに気付くようなことはないだろうが。それでも、やっぱりねぇ……とそうも付け加えながら、ドアノブに手をかけた。
「失礼するよぉ」
 言葉とともにロイドは病室内に足を踏み入れる。
 一番重傷だった彼も、ようやく一人でベッドの上に体を起こすことができるようになったのだ、とルルーシュが喜んでいた。その言葉の通り、今、スザクはベッドの上で上半身を起こしながら視線を向けてきた。その中に、棘が含まれていることにロイドは気付いている。きっと、自分に対する警戒と、ルルーシュの信頼を勝ち得たことに対する嫉妬心からのものだろう。
 まずはそれを叩きつぶさないとねぇ、とロイドが心の中で笑ったときだ。
「えっと……アスプルンド伯爵?」
 たどたどしい言葉遣いで呼びかけてきたのは、きっとまだ、彼がブリタニア語になれていないからだろう。逆にルルーシュとナナリーは日本語を完璧にマスターしているらしい。だから、今まで会話には不自由をしていなかったのだ、とわかっている。しかし、これからのことを考えれば、正しいブリタニア語をたたき込んだ方がいいのだろうなぁ、とそうも思う。
「ロイドでいいよぉ」
 名前の方が呼びやすいでしょお、と笑みを向ける。もっとも、それは口元だけだ。眼鏡の下の瞳は笑っていない。その事実に彼は気付くだろうか。
「そう呼ぶ権利を、あんたは俺に認めていないのに?」
 スザクは固い声でこう言い返してくる。
「どぉやら、第一段階は合格のようだねぇ」
 取りあえず、相手がどのような感情を自分に向けているのか理解しているね、と口にすると同時に、ロイドは少しだけ表情を和らげた。
「君、ルルーシュ様が好きでしょぉ? 友情とは違う意味で」
 ストレートな問いかけにスザクの表情が強ばる。どうやら、彼はまともな常識の持ち主らしい。もっとも、それが彼にとっての幸せなのかどうかはわからないが。
 同じ事をルルーシュにも言っているような気がするな、と思いながらロイドは口を開く。
「大丈夫。ルルーシュ様はまだ気付いていないからねぇ」
 というよりも、彼はその手の感情に疎いから……と心の中で呟いた。そんなところは誰かさんとまったく似ていない。
「なら……どうして、あんたは気が付いたんだよ」
 ほとんど顔を合わせたことがないのに……とスザクはロイドをにらみつけてきた。
「同類だから、かなぁ」
 スザクよりもずっと以前から彼が好きだった……とロイドは笑う。
「同類のよしみで、忠告をして上げよおと思ってねぇ」
 この言葉にスザクの瞳がすっと細められる。
「ルルーシュはあんたのものだから、あきらめろって?」
 諦めきれるはずがないだろう、とその瞳が告げていた。そういうところはお互い様だねぇ、とそう思う。
「違うよぉ。あの方は僕のものでもない」
 だが、これだけははっきりしておかなければいけない。そうすることが彼のためであるし、同時にルルーシュのためにもなるはずだ。
「ご本人も知らないことだから、これ以上は内緒だけどねぇ」
 でも、いずれわかるよ、とロイドは笑う。
「……ルル、が?」
 嘘だ、とスザクが呟いている。
「そ。生まれ時からだからねぇ……誰も、太刀打ちできないってぇ」
 しかも、ルルーシュに対する執着と比例するくらいの権力を持っているから厄介なのだ、シュナイゼルは。いや、一度はその手の中から奪い取られたから、権力を求めたのかもしれない。
「でもねぇ。その人だって、君がルルーシュ様のものなら妥協してくれると思うよぉ」
 さて、この違いに彼は気付くだろうか。
「……ルルーシュのもの? 俺が?」
 しかし、彼はバカではなかったらしい。きちんと違いに気付いたようだ。
「そぉだよぉ。僕はとっくそのつもりだし。あの方を自分だけのものにはできない――そんな小さな器でもないしねぇ――でも、あの方のために僕はいる。必要とされているし、触れさせてもらえる。それだけで満足できないなら、傷が小さいうちに諦めた方がいいよぉ」
 きっぱりと忘れて離れていくか……でなければ、友達で我慢した方がいい。最初は辛いかもしれないけどね、と自分にしては、珍しいくらいにわかりやすい説明をしてやった。
「……ルルーシュを、あんたと共有しろって?」
 しかし、お子様にはまだはっきりと認識できていないらしい。それとも、理解したくないのか。
「違うよぉ。僕たちの方がルルーシュ様に所有されるんだよ」
 それぞれの立場で、とロイドはできの悪い生徒に告げるように言葉を口にする。
「ナナリー様のようにねぇ」
 彼女に関しては、誰もルルーシュの傍にいることを非難しない。それはあのシュナイゼルですら同様だ。ルルーシュにとって彼女がどのような意味を持っているかを、よく知っているからだ。
 それと同じように、自分の存在がルルーシュにとって必要不可欠の存在になってしまえばいい。
「……ルルーシュを俺だけの存在にできるはずがないって、知っていたけど……それでも、俺はルルーシュにとって唯一になりたかったんだ……」
 そして、それは成功していたんだ、とスザクは付け加える。
 三人だけでくらしていた日々で……と。今みたいに穏やかで暖かな場所ではなかったけれども、それでもあそこが自分にとって天国だったのだ、とも。そして、それがいつまでも続くのだ、とそう信じていたんだ……と彼ははき出す。
「これからだって、なれるよぉ。ただし、独り占めがだめだけどね」
 それでも、ルルーシュの中で《唯一》のポジションは与えられるだろう。そう、ナナリーのように、だ。
 同時に、これならば大丈夫だろうか……とロイドは判断をする。
「……わかってる……ルルーシュから、離れるなんてできないから……」
 でも、とスザクは小さなため息とともに言葉をはき出す。それが彼の結論なのだ、と十分に伝わってくる。
「いいこにはご褒美かなぁ」
 言葉とともにロイドは手にしていた包みを差し出す。
「ルルーシュ様達と一緒に食べるといいよぉ。僕は時間切れ」
 三人の方がいろいろと安心して話ができるでしょぉ、とそう付け加える。
 そろそろ職場に顔を出さないと、副官に怒鳴られるんだよねぇ……とも口にするとロイドは笑う。
「ルルーシュ様にはそう伝えておいてねぇ。あぁ、後、退院してから欲しいものがあったら一緒にね」
 用意をするのに時間がかかるものがあるかもしれないでしょぉ、とも付け加える。
 これにスザクは言葉を返しては来ない。そのまだ小さな体の中では、様々な葛藤が渦巻いているのだろう。それを乗り越えられるかどうかが、当面の課題かもしれない。それによって、彼の今後は大きく左右されるはずだ。
 ルルーシュのためには彼を完全に排除することはできない。それは今まで一緒に過ごしてきて十分に伝わってきていた。だから、彼がこの状況に納得できないというのであれば、かわいそうだがちょっと頭の中をいじらせて貰おうか。そんなことを考えていたことは、あえて伝えなくてもいいだろう。もっとも、これから次第でそうする可能性は残されているが。
「取りあえず、最悪のパターンは回避できたようですよぉ」
 後は、彼に現実を見せつけてやればいい。
「となると、殿下においでいただかないとねぇ」
 それもスザクが退院するまでの間に、だ。
「スケジュール調整を頑張って頂きましょうかぁ」
 それに関して、自分は手出しできないから……と付け加える。
「……あぁ、彼の部屋はともかく、ナナリー様のお部屋は用意しないとねぇ」
 それと、彼女の面倒を見る専属の人間も、だ。それに関してはルルーシュに相談をしないと。こう呟く彼の表情はいつものそれに戻っていた。


 おかしい……
 どうして……
 この二つの言葉ばかりがルルーシュの脳裏をグルグルと駆けめぐっている。
「……どうして、気持ちよくならないんだ……」
 ロイドに触れられたときはあんなに気持ちよくなれたのに。どうして、自分でするとそうではないのか。それだけならばまだしも、痛みすら感じるくらい刺激をしても快感をはき出せないことがある。
「……どうすれば……」
 一度覚えてしまった快感は忘れることができない。
 しかし、自分では同じ快感を得ることができないのだ。
「ロイド……」
 すがるような声が、無意識のうちに唇からこぼれ落ちる。
「ロイドに聞けば……何とかなるのか?」
 自分にこれを教えたのは彼だ。だから、今も問いかければ何かいい方法を教えてくれるかもしれない。ルルーシュはそう考える。
 そして、今の彼には、それが一番いい方法のように思えるのだ。
「……帰ってきているよな……」
 ゆらり、と起きあがりながら、ルルーシュはこう呟く。そのままどこか熱に浮かされたような足取りで歩き出した。


 小さなノックの音に、ロイドは書類から顔を上げた。
「誰ですかぁ?」
 執事か、それとも……と思いながら口を開く。
「……ロイド……」
 しかし、戻ってきた声は、ある意味予想もしていなかったものだった。
「ルルーシュ様?」
 あまりに驚いたせいだろうか。声がひっくり返ってしまう。もっとも、そんなことを気にする余裕もなくロイドは転がるようにドアへと駆け寄った。その途中でイスを蹴飛ばしたような気がするが、あえて気にしない。
「どうなさったんですかぁ?」
 ドアを開けると同時に、彼の瞳をのぞき込む。そうすれば、高貴な紫の瞳が何やら潤んでいるがわかった。
「ロイド、助けて……」
 彼の唇から、こんなセリフがこぼれ落ちる。
「ルルーシュ様……」
 本当にどうしたというのか。彼は自分に助けを求めてくるなんて……とロイドは眼鏡の下で目を細める。
 今の自分の気持ちを何と言い表せばいいのだろうか。
 まだ彼が幼かったころのように自分の手を求めている。その根底にある気持ちも、あのころと同じものなのだろうか。だとするならば、今までの努力も無駄ではなかった。
「僕に、何をして欲しいのですか」
 うれしさを必死に押し殺しながら、こう問いかけた。
「……できないんだ……」
 だから、とルルーシュは付け加える。しかし、それ以上は言葉にできないのか。口をつぐんでしまう。
「何がおできにならないんですか?」
 ルルーシュができない事なんてないと思うのだが。そう考えながらも、さらに言葉を重ねる。
「気持ち、よく……ならない……」
 今にも泣き出しそうな声で、彼はこういった。
「ひょっとして……この前お教えしたことですか?」
 まさかと思いながらも聞き返す。
 恥ずかしいのか。ルルーシュはうつむいているそれでも、彼はしっかりと頷いてみせた。
 それを目にした瞬間、ロイドの心の中に、今までとは違った意味で強い歓喜がわき上がる。
 初心者である彼に苦痛と紙一重の快感を与えればどうなるか。それはわからなかったとは言わない。しかし、ここまで明確に反応が現れるとは思わなかった。
 あるいは、ルルーシュがまだ子供だからなのかもしれない。
 子供は善悪よりも快楽の方を優先させるものだ。そして、ルルーシュの中で自分が教えることが『いけないことであるはずがない』という認識があるのかもしれない。だから、こうも素直に手を伸ばしてきたのではないか。ロイドはそう思う。
「……ロイド……」
 不安そうな表情でルルーシュが彼の服の裾を握りしめる。ひょっとして、自分が見捨てられるのではないか。そう考えていることが彼の表情から推測できる。そんなこと、自分がするはずがないのに、だ。
「わっかりましたぁ」
 それとも、言葉にしないと伝わらないのか。
「ちゃんと責任を取らせて頂きますよぉ」
 だから、安心して欲しい……と微笑みを向ける。
「ルルーシュ様」
 そして、ルルーシュに向かって手を差し伸べた。その手に、おずおずと彼は自分のそれを重ねてくる。
「中へ」
 そっとその手を握りしめながら促せば、彼はためらうことなくロイドの方へと歩み寄ってきた。
 その背後で小さな音を立ててドアが閉まる。
「……ロ、イド」
 ルルーシュがためらいながら名前を呼んできた。間違いなく彼は興奮しているのだろう。今からそれでは後が辛いに決まっている。
 だから、彼を落ち着かせようとロイドはそっとその頬にキスを贈った。
「もっともっと、気持ちいいことを教えて差し上げますよぉ」
 言葉とともに彼の体を抱き上げる。そして、ゆっくりとベッドへと歩み寄っていった。


「兄上が?」
「本当ですの?」
 朝食の席でロイドが彼のことを告げれば、予想通りルルーシュはそのことを覚えていなかった。もっとも、あの状況で覚えていられたら、そちらの方がショックだったかもしれないが。
「本当ですよぉ。急なことで僕も驚きましたけどねぇ」
 もちろん、これは嘘だ。むしろ、遅いんじゃないかとすら言いたい。ルルーシュもナナリーも自分の言葉を信じてくれているからまだしも、そうでなかったら、絶対に信用されないぞ、と心の中でロイドは付け加えた。もっとも、そんなミスを自分はするはずがないだろう、とも思う。
「クロヴィス殿下主催のイベントが今度あるんですよぉ。それに本国からおいでになられるそうで。丁度いいから、ナナリー様のご様子もご自分の目で確認されたいとおっしゃっておられましたよぉ」
 もちろん、それが口実であると言うことは言うまでもない。確かにナナリーの様子も確認したいだろう。だが、彼の本当の目的は《ルルーシュ》だ。
 彼に《自分》という印を刻みつけることが最大の目的であるはず。ロイドとしては――ルルーシュにしてみれば違うかもしれないが――それは大歓迎だ。これで、今までのような蛇のなが殺し状態から抜け出せるだろう。スザクが退院してきた後のことも考えればなおさらではないか。二人とも初心者であれば、最悪の結果にしかならないしねぇ、とも思う。それでは、ルルーシュがかわいそうだ、と考えてしまうのは僭越なのだろうか。
「シュナイゼルお兄様にお会いするのは、本当に久しぶりです。楽しみですわね」
 お兄様……とナナリーがルルーシュに笑みを向けていた。
「そうだな、ナナリー」
 彼女の目に映らないとは彼も知っているだろう。それでも、ルルーシュはナナリーに、満面の笑みを返している。
 本当にルルーシュはナナリーに甘い。
 だからこそ、ここにいてくれるわけだが……と目の前の愛らしい兄妹の表情を見つめながらロイドは心の中で呟く。同時にナナリーが少しだけうらやましくなってくる。シュナイゼルは別格にしても、ナナリーの次ぐらいの立場にはなりたいものだ。そうなったら、もっと彼は甘えてくれるだろうか。
 あるいはスザクも同じ事を考えているのかもしれない。
 先日間近で見た少年の顔を思い出しながら、そんなことを考える。ひょっとしたら、彼の方がそういった意味では一歩先を行っているのかもしれない。
 それでも、負けるつもりはないが。
「夕食の頃においでになられるそうですよぉ」
 だから、そのことまでには帰っていてくださいね、と主にルルーシュに向けて告げる。
「わかった」
 彼自身も、それは察したのだろう、素直に頷いてみせる。その表情は、本当にあどけないと言っていいものだ。再会した当初に見せていた警戒心も、既に消え去っている。代わりに柔らかな笑みをロイドにも向けてくれるようになっていた。
 昼間の顔と夜の顔。
 そのギャップもルルーシュの魅力の一部になりつつあるな。ロイドはそうも感じていた。
 これを失わせないためには細心の注意を払わないといけないだろう。それこそ、ランスロットの開発以上に、だ。
 そんなことを考えながらロイドはサラダを口に運ぶ。レタスがしゃりっと心地よい音を立てた。


 久々にシュナイゼルにあって興奮してしまったのか。ナナリーは夕食後、早々にダウンをしてしまった。
「悪いことをしてしまったかな?」
 ナナリーに対してではなく、そんな彼女の様子に不安そうなルルーシュを見てこう呟く。
「大丈夫ですよぉ。ねぇ、ルルーシュ様?」
 お疲れになられただけですよね、とロイドがルルーシュに問いかけている。
「はい。一晩寝ればまた元気になると……」
 自分が気を付けていればよかった……とルルーシュは視線を落とした。その表情にシュナイゼルは小さなため息をつく。だが、すぐに柔らかな笑みを口元に刻んだ。
「おいで、ルルーシュ」
 言葉とともに彼は両腕を広げる。
「……兄上……」
 そんなシュナイゼルの仕草に、ルルーシュは少しだけだが困ったような表情を作った。本当にいいのか、と思っているのか。それとも、相変わらず甘えるのが下手なだけなのだろうか。彼の様子からはわからない。
「おいで」
 それでも、再度促せばおずおずと彼は近づいてくる。その体をシュナイゼルは己の腕の中に閉じ込めた。当然、彼の腰は自分の膝の上にある。
「兄上!」
 慌てたようにルルーシュが叫ぶ。
「少し重くなったかな? でも、もっと重くなってもいいかもしれないね」
 彼の抗議をシュナイゼルは小さな笑いで封じ込める。
「私は兄なのだから、甘えてくれていいのだよ?」
 それにいろいろと確認しないとね……と笑みを深めた。そのまま、そっとルルーシュの背中をなで下ろす。
「んっ!」
 そんな些細な刺激にもルルーシュは素直な反応を返してきた。しかも、それに対する嫌悪はまったく見せない。
「ロイドにいろいろと教えて貰ったようだね」
 こうして触れられることを嫌がらないと言うことも含めて……と心の中で付け加える。
「ルルーシュ様は、よい生徒でしたよぉ。そういうことを許しているのは、殿下と僕、かなぁ……今のところは」
 もっとも、シュナイゼルが他に認める人間がいれば、増えるかもしれないけどぉ……とロイドが口を挟んできた。
「あぁ……枢木スザク、とか言う子かな? ロイドが認めたならば、構わないよ」
 でも、他の人間はダメだからね……と口にしながら、そっとルルーシュの唇に自分のそれを重ねる。もっとも、今は触れるだけだ。
「こちらも大人になったのだろう?」
 微かに唇を離しながらこう囁く。確認してもいいかな、と付け加えながら彼の中心を手のひらで包み込んだ。
「……兄上……」
 流石に、これには少しだけだがルルーシュは羞恥を見せる。
「いいこだね、ルルーシュ」
 だが、シュナイゼルは優しい言葉でそんな彼を追いつめていく。逃げ道を塞がれた彼は最終的に頷いてみせた。いや、そうするしかできなかったと言うべきかもしれない。
「愛しているよ、ルルーシュ」
 そんな彼の唇に、今度は大人のキスを贈った。


「少し、やりすぎてしまったかな?」
 清め終えたルルーシュの体をシーツの上に横たえてやりながら、シュナイゼルはこう呟く。
「まぁ、構わないか」
 最終的にこの子は自分の行動を許し受け入れてくれる。そうなるように育てたのだから。確かにブランクはあったが、基本的なところまでは変わっていないことをシュナイゼルは知っている。
 何よりも、この子は生まれたときから自分のための存在だったのだ。
「起きたら、謝ってあげるよ」
 その後は十分に甘やかして上げよう、とシュナイゼルは笑う。明日はきっと、彼は動けないはずだし、とも。
「愛しているよ、私のルルーシュ」
 言葉とともに、そうっと彼の髪を撫でた。そのまま、指先はその肌へと滑り落ちていく。
 この体を自分が認めたものたちと共有することは構わない。そうすることで、この子の魅力はさらに増すだろう。それも、自分の手の中で、だ。
 その日が楽しみだ。
 そう考えながら、シュナイゼルはルルーシュの隣に体を横たえる。そのまま彼の体をそっと抱き寄せた。
「おやすみ、ルルーシュ。よい夢を」





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08.10.22up