「スザクさん」
 言葉とともにナナリーが車いすを器用に操りながら近づいてくる。
「おはよう、ナナリー」
 彼女が自分の表情を見ることはない。それがわかっていても、スザクは満面の笑みを彼女に向けた。
「おはようございます」
 気配が伝わったのだろう。彼女もまた微笑みを返してくれる。
「……あの、お兄さまは?」
 だが、すぐに不安そうな表情を作ってこう問いかけてきた。
「ルルーシュ?」
「はい。朝、一緒に温室で部屋に飾る花を選んでくださると、そう約束をしてくださったのですが……まだ、おいでにならないので」
 体調を崩したのだろうか、と不安になったのだ。彼女はそう続ける。
 だが、そうではないことをスザクはよく知っていた。
 昨夜、あれだけ啼かされては、この時間に起きることは無理だろう。あるいは、昼過ぎまでベッドから抜け出すことも出来ないかもしれない。
 久々に許可が与えられたから……と言うわけではないが、あの華奢な体に無理を強いてしまったことは否定できない。
 そんなことを考えていたせいか。夕べの彼の狂態が脳裏にしっかりと映し出されてしまった。その瞬間、下半身に熱が集まり始める。同時に、ナナリーの目が見えていなくてよかった、と心の中で呟く。
「そうなんだ」
 なら、起こしに行かないと……とスザクは集まりかけた熱を必死にちらしながらスザクは言葉を返した。
「……と言うことは、まだ起きていらっしゃらないのですね?」
 本当にどうしたのだろう。ナナリーは不安そうにこう呟いた。
 しかし次の瞬間、何かに気が付いたのだろう。不意に、彼女は顔の向きを変える。
 それがどうしてなのか。スザクにもすぐにわかった。
「シュナイゼル殿下……」
 昨晩遅く、ここにやってきた人物の名を口にする。もちろん、ルルーシュが起きられない理由はそれだ。
「シュナイゼルお兄さま?」
 しかし、その時にはもう、彼女は眠っていた。だから、彼の訪問にも気付いていなかったのだろう。
「おはよう、ナナリー。夕べ遅くについてね」
 こう言いながら、シュナイゼルはそっと異母妹の前で膝を着いた。そして、そっとその手に触れる。
「ちょうどルルーシュと会ってね。そのまま、朝まで付き合わせてしまったのだよ」
 何を、とも言わない。
 自分たちも一緒だったとも伝えない。
 だが、それでも彼の言葉は嘘ではないのだ。そのあたりは流石だと言うべきなのだろうか、とスザクは悩む。この家の主であるロイドならばともかく、自分では絶対に真似できないな、とも心の中で付け加えた。
「まぁ……」
 経験の差、と言うべきか――それとも信頼の差か――シュナイゼルの言葉をナナリーはあっさりと受け入れる。
「また、お二人でチェスをなさいましたの?」
 きっと、ルルーシュが負けても引き下がらなかったのではないか。彼女はそうも付け加える。
「いや、夕べは私のせいかな? 久々に楽しくできたからね」
 ブリタニアでは、それなりに相手をしてくれるものはいるが、楽しいとは言い難いからね……と彼は微笑んだ。
「あの子には打算がないからね。純粋に楽しめる」
 ナナリーになんて言うことを言うのか。スザクは一瞬怒りに似た感情を抱く。しかし、彼女の方はそれで納得したようだ。
「私たちは、シュナイゼルお兄さまがいらっしゃるからこうしていられると、お兄さまがおっしゃっておられました。それに……シュナイゼルお兄さまは、昔から、お兄さまに優しかったです」
 自分に優しいのは、ルルーシュのついでだろう……とナナリーはさりげなく付け加える。
「おやおや。何を言い出すのかな?」
 小さな笑いと共にシュナイゼルがそんな彼女に聞き返す。
「ごまかされなくても、わかっています。昔から、シュナイゼルお兄さまの特別はお兄さまでしたもの」
 でも、とナナリーは微笑む。
「それでも、私は今、幸せですから。ここにはお兄さまもスザクさんもいてくださいます。お二人が私のために傷つくこともありません」
 それで十分だ。そういいきれる彼女は、本当は自分よりも強いのではないだろうか。
「どうして、そんな哀しいことを言うのかな、ナナリーは」
 しかし、シュナイゼルだけはそれに納得できないでいるらしい。
「確かに、ルルーシュは私にとって特別な存在だよ。生まれたときから見守ってきた《弟》はあの子だけだしね。でも、それは君も同じだよ?」
 ルルーシュと一緒に成長を見守ってきた存在だ。だから、ナナリーも特別だよ……とシュナイゼルは口にする。
「ルルーシュの方をひいきしていると見えるなら、いずれあの子には私の片腕になって欲しいから、かな? クルルギ君には、そんなルルーシュを守る盾になって欲しいのと同じようにね」
 しかし、君には別の幸せをあげたいと思っているよ……と彼はさらに言葉を重ねた。
「シュナイゼル、お兄さま……」
 ナナリーはそんな彼に何と言い返せばいいのかわからない、と言う表情を作っている。
「ともかく、ここで話をするのは君の体によくないね。私も、ゆっくりと出来ないし」
 朝食がまだなら、付き合ってくれないか? と彼は微笑みながら問いかけの言葉を口にした。
「……私でいいのでしたら……」
 まだためらいが残る声音で、ナナリーは言葉を返す。
「もちろんだよ。あぁ、そうだ。クルルギ君にルルーシュを起こしてきて貰おう」
 そうすれば、四人で朝食を食べられるね。そういってシュナイゼルはさらに笑みを深めた。
「……ロイドさんは?」
 シュナイゼルの口から彼の名前が出なかったことを疑問に思ったのか。ナナリーは首をかしげながらこう問いかけてくる。
「あの男はね。朝は放っておいた方がいいよ」*
 気にしなくていい。シュナイゼルはそういって苦笑を浮かべた。
「そういえば、夕食は一緒に撮っているらしいね。あの男にしては珍しいことだ」
 それとも、それだけ君達のことを気にかけてくれているのかな? と彼は付け加える。
「あの……」
「どちらにしても、あの男にとってもよいことだろうね」
 もちろん、彼の下で働いている者達にとっても、とシュナイゼルはナナリーの言葉を征するように続けた。
「でなければロイドのことだ。延々とテストを繰り返すだろうね」
 そうなると、他の者達は帰れないことになるよ……と口にしながら、シュナイゼルは立ち上がった。そして、ナナリーの背後に回ると、車いすのハンドルを握る。
「クルルギ君。私たちは先にリビングに行っているからね」
「はい。ルルーシュを起こしたら、すぐに行きます」
 すっと背を伸ばすとスザクは彼に向かって言葉を返す。それに満足そうに頷くと、シュナイゼルはナナリーをつれて歩き出した。
 その背中を見送ってから、スザクは体の向きを変える。
「……起きてくれればいいけど……」
 起きても、ベッドから起きられるだろうか。
 あの狭い場所に、どれだけ《男》を受け入れさせられたのか。自分の分だけならば思い出せるが、他の二人の分まではわからない。
 最後の方には、声を出すことも出来なくなっていた。それでも、快感におぼれていた彼の表情はとても綺麗だったと思う。
「……やばっ……」
 何とか収まりかけていたそれがまた熱を帯び始める。このまま、ルルーシュの元へ行けばどうなろうだろうか。
 だからといって、処理をしていたらナナリー達を待たせてしまうことになる。
「……しかたがない……」
 とりあえず、ルルーシュの所へ行こう。その後のことはその後で考えればいいか。
「夕べ、あれだけしたのに」
 それとも、夕べ、したからか。
 そんなことを考えながらもスザクは歩き出す。
「……こう言うときにどうすればいいのか……ロイドさんなら、教えてくれるかな……」
 それともからかわれるだけか。それはわからないが、相談できるとすれば彼だけだろうな。そうスザクは心の中で呟いていた。

「ルルーシュ、入るよ」
 言葉とともにドアを開ける。そうすれば、廊下の明るさとは無縁の闇がそこには存在していた。
「そろそろ起きないと」
 とりあえず、こう言いながら、スザクはカーテンを開けていく。そうすれば、既に高くなっていた太陽がその輝きで室内を照らす。
「……まぶしい……」
 どうやら、起きてはいたらしい。ルルーシュのどこか不機嫌そうな声が耳に届いた。それでも、スザクは直接彼の姿を見ることが出来ない。
「うん、わかっているけどね……ナナリーが心配していたから」
 約束していたんだろう? と付け加えながら、最後のカーテンを開ける。
「ナナリー……あぁ、そうだった!」
 忘れていた、と付け加えながらルルーシュは体を起こそうとしたらしい。しかし、急に動いたせいか、彼のそこが痛みを訴えたのか。
「……っ……」
 うめき声と共に何かが床に落ちる音がスザクの耳に届いた。
「ルルーシュ?」
 どうしたの? と口にしながら、振り向く。そうすれば、ベッドの上でうずくまっている彼の姿が確認できた。同時に、枕が床に落ちているのも見える。どうやら、さっきの音はそれだったようだ。
「急に動くから、だよ」
 こう言いながら歩み寄れば、ルルーシュは恨めしそうな視線を向けてくる。
「……僕にも責任もあるけど、でも、僕だけの責任じゃないでしょ?」
 おそらく喉が痛くて文句も言えないのだろう。そう判断をして、スザクはこう口にした。
 その瞬間、ルルーシュの瞳に怒りの色が浮かぶ。
「シュナイゼル殿下に、僕たちが逆らえるはずがないし……」
 ルルーシュだって楽しんでいたじゃないか、という言葉をスザクは慌てて飲み込む。もっとも、彼にはしっかりと伝わっていたようだが。
「とりあえず、水を飲む?」
 そうすれば、声を出せるようになるかもしれないよ、と問いかけてみる。そうすれば、ルルーシュはしっかりと頷いて見せた。
 その瞬間、髪の毛に隠されていたうなじが顕わになる。そこにくっきりと記された情欲の痕を目にすると同時に、スザクは己の中心が形を変え始めてしまったことを自覚した。
「じゃ、今、持ってくるから……それまでに、服を着ていてくれる?」
 それらが見えなくなれば、何とか我慢できるかもしれない。そうしている間に、この熱もひいてくれるだろう。
 でなければ、諦めてトイレに駆け込むか、だ。
 それなのに、どうして彼はそれを邪魔するような行動をとってくれるのだろう。自分を手招きするルルーシュに、スザクは仕方がなく近づいていく。
「何?」
 どうしたの? と問いかけながら、スザクは彼の方に身を乗り出した。次の瞬間、ルルーシュが彼の腕をひく。予想していなかったその行為に、スザクはそのまま彼の上にのしかかるようにして倒れ込む。
「ルルーシュ?」
 何を、といいながら、体を起こそうとする。その瞬間、ルルーシュの股間に太ももが触れた。
「んっ……」
 それだけで、ルルーシュは甘い声を漏らす。
「……ひょっとして……」
 そういいながら、そっとそこに手を添える。それだけでルルーシュが何を望んでいるのかわかってしまった。
「……して欲しいの?」
 それでも確認しないうちは行動に移すわけにはいかない。それは、許されないルールなのだ。
 だから、と思ってそっと問いかける。
 そうすれば、彼は小さく頷いて見せた。
「わかった。してあげる」
 でも、自分のも一緒にだよ? と付け加えればルルーシュはまた頷いてみせる。
 その事実にほっとすると、スザクは彼のそれと自分のそれを一緒に掌に包み込んだ。

「お兄さま、遅いです!」
 いくらなんでもお寝坊です、とナナリーが口にする。
「ごめん、ナナリー」
 しかし、ルルーシュの声からしゃがれた声が出た瞬間、彼女の顔が不安に彩られた。
「お兄さま……具合がお悪いのですか?」
 その表情のまま、こう問いかけてくる。
「大丈夫だよ、ナナリー。少なくとも、熱はなかったから」
 それでも、念のために後で薬を飲んでもらう予定だけど……と言葉を返したのはスザクだ。
「スザク」
「ナナリーも手伝ってくれるよね? ルルーシュってば、薬を飲みたくないってだだをこねてくれたんだ」
 にこやかな口調でこう告げれば、ナナリーは「わかりました」と頷いてみせる。
「……スザク……後で覚えていろよ?」
 気に入らないというようにルルーシュがこう言ってきた。
「はいはい」
 だだをこねないで……とスザクは笑い返す。ナナリーが納得してくれたんだから、あまり、あれこれ言ってボロを出さないで欲しい。そう思うのだ。
「クルルギ君にあまりワガママを言わないようにね」
 さらに、シュナイゼルもこう言ってくる。
「嫉妬したくなるだろう?」
 しかし、彼がさりげなく続けた言葉に、スザクは思わず凍り付いてしまう。ルルーシュの駄々はまだなだめることが出来るしかし、彼の言葉一つで自分はここにいられなくなる可能性があるのだ。
「……兄上が心配なさるようなことは、ありません」
 それに気が付いたのか。ルルーシュも即座にこう言ってくる。
「わかっているよ。でも、後で見せてもらおうかな?」
 くすりと笑いを漏らしながらシュナイゼルはこう口にした。それが、命令であることは言うまでもない。
「楽しみにしているよ」
 今夜もまた、饗宴が行われることは決定された。





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