「今、何と言ったぁ」 シャルルは己を見つめている息子に向かってこう問いかける。 「母さんが出て行きました」 それに対し、まだ幼いとしか言いようがない彼の息子は平然と言葉を返してきた。 「自分はともかく、己の身を守る術のない子供すら守れない父上には愛想がつきた。こうなったら、自分の手でブリタニアを変えてみせます。そのための力を探しに行くと言っていました」 その言葉を耳にした瞬間、謁見の間にいた者達の口から驚愕の声が上がる。その周囲の動揺など気に止める様子もないのは流石だというべきなのだろうか。 「そういうことですので、僕とナナリーもここをでていきます」 マリアンヌがそうしろと言ったのだ。ルルーシュはそうも付け加える。 「なっ」 それを耳にした瞬間、間違いなくシャルルはフリーズした。そんな父には構わずにルルーシュはさらに言葉をかさねる。 「と、いうわけで失礼します。あぁ、連れ戻そうとなんてしないで下さいね」 そんな事をしようとしたら、マリアンヌが何をしでかすかわからないぞ、と付け加えたのは脅しでもなんでもない。彼女なら一人でもブリタニアを混乱に陥れるぐらい簡単にできるだろう。 しかも、ルルーシュもそれを手伝うつもり満々なのだ。 そうなれば、シュナイゼルとコーネリア、それにラウンズが総掛かりにならなければ止められないのではないか。 その状況を想像したのだろう。誰もが完全に言葉を失っている。 しかし、それは自分が気にすることではない。そう心の中で呟くと、ルルーシュはそのまま踵を返す。そして、歩き出した。 「る、ルルーシュ」 シャルルが慌てて引き止めようと声をかけてくる。 「あぁ……余計なことはなさらないでくださいね。僕が予定通り国を出なかったら、ブリタニアの国内のネットワークはとんでもないことになりますから」 下手をしたら、復旧できなくなるかもしれませんね。にこやかな口調でルルーシュはこう言い切る。 「ルルーシュ!」 流石にこれは予想していなかったのか。オデュッセウスが驚いたように声をかけてきた。 「父上や皆様が何もなさらなければ、何の問題もありませんよ」 さらに笑みを深めながらルルーシュは言い返す。 「ナナリーをあんな目に遭わせたバカを未だに捕まえられない無能な軍や警察にも、何もしていないでしょう?」 まだ、と付け加えれば、視界の隅で表情を強ばらせている人物が確認できた。 誰だっただろうか。そう思って記憶の中を探せば、それがナナリーの事件の担当者とそれに関わっている者達だとわかる。 「まぁ、それも母さんが出て行く理由の一つになったわけですが」 それ以上に、シャルルの態度がはっきりとしていなかったのが悪い。言外にそう付け加える。 「ルルーシュ! 今すぐ、ナナリーの元に……」 行くから、マリアンヌを説得してくれ。シャルルはそう言おうとしたのではないか。 「もう遅いですよ」 この言葉を昨日聞いていれば、状況は変わっただろう。しかし、今はもう、全ての段取りが出来ている。そして、今更止めることは出来ないのだ。 「母さんは、とっくにブリタニアをでているはずですから」 自分はそれを確認してから、この謁見の間に来た。つまり、全ては後手に回っていると言うことだ、とルルーシュは苦笑と共に告げる。 「マリアンヌが……」 その瞬間、シャルルは絶句した。 「……追いかけても構わないですが……ヴァルトシュタイン卿以外の人間では返り討ちに会うのがオチですよ?」 ビスマルクにしても、互角には戦えても止められるかどうかはわからない。ルルーシュの予想では六割強、マリアンヌの勝ちだろう。 「ルルーシュ」 流石に見ていられなくなったのか。今度はシュナイゼルが口を開く。 「国を出て行ったとして……生活費はどうするつもりなのかな?」 お金がなければ、何も出来ないよ……と彼は心配をしているような口調で問いかけてくる。 「大丈夫です。慎ましやかにしていれば、五年ぐらいは楽に暮らせるだけの資本は既に手に入れていますから」 心配してくださってありがとうございます、とルルーシュは付け加えた。 「五年分……どうやって」 それに、別の声が届く。あまり聞いたことはないが、記憶の中に残っているこれは、確か一番上の姉のものではなかったか。 「株と、それから特許ですが?」 ルーベンがどちらも手配をしてくれたから……とルルーシュは言い返す。 「ですから、手を抜かなければこれからも生活費ぐらいなら稼げます」 邪魔をしようとしても、偽名を使っているから無理ですよ……とさらに釘を刺しておく。 「そういうつもりではなかったのだがね」 シュナイゼルは苦笑と共に言い返してくる。 「困ったことがあったなら、いつでも連絡をしてくれればいい。そういおうと思ったのだが……」 少なくとも、金銭面で困ることはなさそうだね。彼はそうも続けた。 その背後で、シャルルが完全に色を失っている。生活費が足りなくなって早々に帰ってくるという可能性が消えたからだろうか。 「僕たちがいなくなった方が嬉しい方々が多いようですし」 苦しめばいいと思っている人間も多いだろう。そう付け加えながらさりげなく周囲を見回す。 「いやだね、ルルーシュ。そんなことを言うはずがないだろう?」 優しい声音でオデュッセウスがこう言い返してきた。 「ところで、ナナリーは?」 さらに彼はこう問いかけてくる。 「そろそろ出発しているはずですが?」 取り押さえるのは難しいのではないか。ルルーシュはこう言い返す。 「そういうことですから、今度こそ、本気で失礼させて頂きます」 でないと、自分がマリアンヌに怒られる。 「流石に、それは避けたいです」 では、と頭を下げると、今度こそ謁見の間から出て行く。 「ルルーシュ。困ったことがあったらいつでも連絡を寄越しなさい。陛下に内緒というのであれば、内緒にしておいてあげるからね」 「そうだよ、ルルーシュ。私たちは、とりあえずこの件に関しては中立を保っていて上げよう」 そんな彼の背中を兄たちの声が追いかけてくる。あるいは、本当に心配してくれているのかもしれない。だからといって、連絡をする日が来るだろうか……とルルーシュは首をかしげた。 そのまま真っ直ぐにエントランスへ向かおうとした彼の前に、大きな影が現れた。 「止めても無駄だぞ、ビスマルク」 先ほどの言葉は嘘ではない。ルルーシュは足を止めることなくこう告げた。 「わかっております」 特に、マリアンヌの性格は……と彼はため息とともに続ける。 「……あの方のあの性格には、さんざん振り回されましたから」 そして、もう一人の方にも……と言う彼に、少しだけど同情の念を抱いてしまったのは、自分も同じような目に遭っているからだろうか。 「そうか……その上、父上のワガママにも付き合わされているとは……何と言っていいのかわからないな」 彼がマリアンヌよりも年長だとしても、やはり大変なのだろう。そう思ってルルーシュは言葉を口にする。 「……殿下にはおわかりいただけると、思っておりました」 ビスマルクはほっとしたように言った。 「ですから、心よりお願いしたいことが」 「何だ?」 彼がここまで言うというのはどのようなことなのだろうか。 「あの方が暴走しそうになられましたら……直ぐにでも私に連絡をしてはいただけないでしょうか」 そうすれば、自分がフォローのために動ける。 彼の言葉に、ルルーシュはどうするべきかと少し悩む。 「……迎えに来ても、母さんのことだ。納得しないうちは帰らないぞ?」 シャルルが土下座をして謝って、なおかつ事件の犯人を差し出してこなければ納得しないのではないか。いや、それでようやく話を聞く気になると言った方が正しいのか。 「わかっております。ただ、本国であればもみ消せることも、他国に行かれてはそうもいかない……と言うことですよ」 何よりも、彼女のことだ。面白いからと言って、その国の反ブリタニア勢力を煽って、こちらに嫌がらせをするかもしれない。それは流石にまずいのではないか。 「……そこまでしないと言いたいところだが……母さんならやるな」 実の息子でもそれに関しては否定できない。ルルーシュはため息とともに口にする。 「わかった。そういうことなら、とりあえず覚えておいてやる」 状況次第だが、と付け加えた。自分もぶち切れるような状況であれば、逆に母を煽るかもしれない。 「それで十分です」 それでもビスマルクはほっとしたような表情を作る。 「では、行くぞ」 遅れれば厄介なことになるから。そう付け加えれば、彼は頷いて見せた。 「お手間をおかけしました」 ビスマルクが言葉とともに頭を下げる。そんな彼を後に残して、ルルーシュはその場を後にした。 「すまない、待たせたか?」 こう言いながら、ルルーシュは足早に愛しい妹とその同行人の傍に歩み寄る。 「いいえ」 ナナリーは小さく微笑みながら首を横に振って見せた。 「大丈夫。約束の時間まではまだあるからぁ」 でも、と感心したように彼女はルルーシュの姿を頭のてっぺんからつま先まで何度も眺める。 「本当にあの方そっくりだわぁ」 似合っている、と言われて、ルルーシュは少し顔をしかめた。 「あまり嬉しくないな」 こういう状況でなければ、誰がやりたいと思うものか。そう彼は告げる。 「だが、本当にいいのか、ラクシャータ」 今ならば、何の問題もなく研究室に戻れるが? と問いかけた。 「研究を続けるよりも、あの方やあなた方と一緒にいることのほうが重要ですわ」 ですから、お供させてください。口調を改めると彼女はこう言ってくる。 「医師免許を持っている私が一緒であれば、入院中はもちろん、退院してからもナナリー様のことは心配いりません」 何があっても対処できる。そう続ける彼女に、ルルーシュは満足そうな笑みを向けた。 「では、頼む」 そして、こう告げる。 「Yes.Your Highness」 条件反射なのだろうか。ラクシャータはこう言い返してきた。宮殿であれば、それは正しい。だが、とルルーシュは微笑みに苦いものを含ませる。 「ラクシャータ」 そして、一言彼女の名を呼んだ。 「あぁ、そうだった。ごめんなさい」 これからは普通の知り合いと言うことになるのでした、と彼女は苦笑と共に告げる。 「お願いしますね、ラクシャータさん」 子供らしい口調でルルーシュは言い返す。 「それにそろそろ飛行機の時間です」 さらにこう続ければ、ラクシャータは微苦笑と共に頷いてみせる。 「じゃ、行こうか」 そのまま彼女はナナリーの車いすを押しながら歩き出す。その後を、ルルーシュもまたついていった。 |