最近は、学校から帰ってくると直ぐにルルーシュの家へと向かうことが多くなった。 そのことを大人達がどう思っているのかなんて知らない。自分にとって《ルルーシュ》と言う存在が特別なのだから、とスザクは考えていた。 「それに……ルルーシュは宿題を手伝ってくれるし……マリアンヌさんはあれこれ教えてくれるからな」 家族はもちろん、枢木家にいる者達は誰も自分にそんなことはしてくれなかった。いや、周囲の者達もだ。 クラスメート達だって、自分が《枢木》だからという理由で、勝手に壁を作ってくれている。 「藤堂先生だって、俺が父さんの息子じゃなきゃ、あそこまで親身になってくれたかどうか、わからないし」 そんなことを考えてしまうのは、自分の今の状況に不満を持っているからだろうか。 そうしている間にも、スザクはしっかりとランペルージ家の門の前にたどり着いていた。 「ルルーシュ! 俺」 そこでインターフォンに向かってこう叫ぶ。そうすれば、直ぐに門のロックが外された。 迷うことなく、中へと足を進めていく。もちろん、また門をロックすることも忘れない。そのあたりの一連の行動は、無意識に出来るようになっている。そんな自分が嫌ではないことにもスザクは気付いていた。 そのまま真っ直ぐに玄関家と駆け寄っていく。 「ルルーシュ!」 それでもいきなりドアノブに手をかけるようなことはしない。きちんと相手が開けてくれるまで待つようになったのも、ここを訪れるようになってからだ。 「いらっしゃい、スザク。ちゃんと宿題は持ってきたんだろうな」 玄関のドアを開けながらルルーシュは問いかけてくる。 「もちろんだって」 ほら、と持ってきた鞄を差し出して見せた。 「ならいい」 どうぞ、といいながらルルーシュはスザクを招き入れてくれる。 「御邪魔します」 嬉しげに――そして、どこか誇らしげにスザクはこういう。そして、そのまま玄関の中へと吸い込まれていった――そんな彼の姿を見つめているものがいるとは気付かずに。 道場に足を向けるのは、本当に久しぶりだ。そんなことを考えながら、スザクは扉を開ける。 「……今度、ルルーシュも誘ってみよう」 体力はないが、運動神経はそれなりにあるルルーシュには、合気道が似合いそうだ。自分が教えてもいいが、それよりも正しい指導を受けた方がいいだろう。 問題は、それを許してもらえるかどうかかもしれない。 「久しぶりだな、スザク君」 きちんと脱いだ靴をそろえていれば、頭の上から落ち着いた声が響いてくる。 「お久しぶりです、藤堂先生」 そんな彼に向かって、スザクはいつものように挨拶をしたつもりだった。しかし、藤堂は驚いたように少し目を見開いている。 「稽古の前に、少し話をしたいのだが……いいか?」 だが、直ぐに表情を引き締めるとこう言ってきた。 「何でしょうか」 おそらく、あのことだろう。思いあたるものは一つだけある。 「まずはあがりなさい。ここで話すようなことではない」 だから、落ち着いてから話をしよう……と藤堂は言葉を重ねた。 「わかりました」 確かに、この体勢では言いたいことも言えない。そう思って、スザクは頷き返した。 「そう。今日はこれないの」 残念だわ、といいながらマリアンヌはクッキーをつまむ。そのまま、無造作に唇の中に放り込んだ。 「うん。おいしい」 そして、こう言って微笑む。 「腕を上げたわね。これなら、ナナリーも喜ぶわ」 「なら、嬉しいです」 今度持っていこう、とルルーシュは微笑み返す。 「でも、母さんがそんなにスザクを気にいるとは思いませんでした」 「だって、あの子、鍛えがいがあるんだもの」 鍛えがいのある子は好きよ、と彼女は続けた。 「……すみません」 自分の身体能力を的確認識しているルルーシュとしては、こう言い返すしかできない。 「何言っているの。あなたは別よ。私の可愛い息子じゃない」 それに、とマリアンヌはさらに笑みを深める。 「あなたは私じゃなくてシャルルに似ただけでしょう?」 シャルルの鈍くさいところも大好きなの、と彼女はその表情のまま付け加える。その言葉をどう判断すればいいのだろうか。ルルーシュは少し悩んでしまった。 スザクは思わず本気で藤堂をにらみつけてしまった。 「ルルーシュもマリアンヌさんも、そんなことを考えてはいません!」 確かに、二人とルルーシュの父親は離れて暮らしている。だが、それでも二人はその人物を大切に思っている。 「第一、マリアンヌさんが父さんに『会いたい』なんて行ったことは、一回もないですよ?」 ルルーシュにしても、自分の家に行きたいといったこともない。はっきり言って、自分の父の存在なんてどうでもいいと思っているらしい。 「なら、どうして君を?」 藤堂が不思議そうにこう問いかけてきた。 「俺がルルーシュと同じ年で……真っ直ぐにぶつかってきたところが気に入ったから、と言われました」 マリアンヌには、だ。 「ルルーシュは、どうなんだろう……少なくとも嫌われてはいないだろうし、追い返されるようなこともないけど」 と言うか、歓迎してもらえているような気がする。そういいながらスザクは首をひねった。 「君は、どう思っているのかな?」 そんな彼等を、と藤堂はさらに問いかけの言葉を口にする。 「あそこん家、凄く居心地がいいし……ルルーシュは可愛いし頭がいいし宿題教えてくれるし、マリアンヌさんは強いし、色々教えてくれるし……行くなと言われても行くと思う」 滅多に帰ってこない父や義務感が見え隠れしている使用人達よりも、二人の傍の方が心地よいから。スザクはきっぱりとした口調でそう告げた。 「なるほど……」 そこまで気に入っているのか、と藤堂はため息をつく。 「さて、どうしたものかな」 自分は、と彼は呟いた。 「……先生……」 今ならば、あのアイディアを口にしても大丈夫だろうか。そう考えながら、おずおずとスザクは口を開く。 「ルルーシュをここに連れてきてもいいですか? もちろん、みんながいないときに、ですけど」 ルルーシュがいじめられたらかわいそうだ。だから、とスザクは心の中で付け加える。 「……その前に、私の方から会いに行くべきだろうな」 ひょっとして、藤堂は最初からそのつもりだったのだろうか。こう言われて、スザクはどうするべきかと悩んでしまった。 マリアンヌに話せば、あっさりと頷いてもらえた。 「藤堂鏡志朗の噂は、聞いたことがあるもの」 しかし、さらりと付け加えられたセリフは何なのか。 「母さんは、結婚するまで軍にいたんだ」 これでも、とため息とともにルルーシュが口を挟んでくる。 「その後も、軍人達と交流があったし……それなりの実力者なら、話を聞いていたとしてもおかしくはないぞ」 マリアンヌはそういった人間の話を聞くのが大好きだし、とため息とともに付け加えた。 「悪いの?」 「そのせいで、父上の機嫌が悪くなります」 機嫌が悪くなるだけならばいいが、そのせいで周囲の人間が苦労をすることになる。ルルーシュはマリアンヌに向かってこう告げた。 「だって、その時の彼が可愛いんですもの」 そんなルルーシュに向かってマリアンヌが言い返した言葉に、スザクは思わず目を丸くする。 「母さん……スザクが驚いています」 のろけは自分たちの前だけにしてくれ。その言葉に、マリアンヌが苦笑を返してくる。 「気をつけるわ」 でも、すねているときのシャルルは本当に可愛いのよ……と彼女はうっとりとしたような表情を作った。 「こんなにラブラブなのに、どうして別々に暮らしているんだ?」 てっきり、ナナリーのことか何かでケンカをしたのだと思っていたのに……とスザクはルルーシュに問いかけてしまう。 「……ナナリーのケガの遠因が父上にあるから、おしおきだそうだ」 まぁ、それ以上に父上を困らせて楽しんでいるんだろうけど……とルルーシュはため息をつく。 「まぁ……ケンカしてないんだから、いいんじゃね?」 仲がよくてよかったじゃん、とスザクは言い返す。 「振り回される方はとんでもないけどな」 まぁ、それでも自分たちの両親だ……とルルーシュは口にする。それがうらやましいと、スザクは思ってしまった。 約束の日、スザクは藤堂をランペルージ家へと案内していた。 しかし、何故か藤堂の表情がさえない。 「先生?」 どうかしたのか、とスザクは問いかける。 「あぁ。何でもない」 スザクがあまりに『美人だ、美人だ』と言うから、緊張をしているのかもしれない。そう彼は言い返してきた。 「ならいいんだけど」 でも、きっとそれだけではないのだろう。スザクはそう感じていた。しかし、それ以上のことを問いかけるのも失礼なのではないか。そんなことも考えてしまう。 だが、ルルーシュならもっとしっかりと話が出来るのではないか。そんな風にも考えてしまうのだ。 「スザク!」 こんなことを考えていたからではないだろう。しかし、何故かルルーシュが駆け寄ってくる。 「ルルーシュ?」 どうかしたのか、とスザクは慌てて問いかけた。 「何か……軍人だとか言う人間が来て……母さんが本気になる前に止めたいんだけど……お前、誰か軍の人に知り合いがいないか?」 その人の言葉なら、相手もやめてくれるかもしれない。そうしないとまずいことになる、とルルーシュは方を大きく上下させながら口にした。 「この前と違って、相手は正式な訓練を受けているはずだから……母さんがどこまで自制できるか」 さらに付け加えられた言葉に、藤堂がため息をつく。 「藤堂先生」 「まったく、あいつらは」 その言葉とともに、彼はルルーシュの体を抱え上げた。 「スザク君、急ぐぞ」 そして、そのまま駆け出す。その足取りに迷いがない、と言うことは、彼は既にランペルージ家の場所を知っているのだろう。もっとも、彼の立場であれば、それは当然なのか。そんなことを考えながら、スザクも駆け出す。 結構近くまで来ていたからか。直ぐにランペルージ家の前にたどり着く。 開きっぱなしになったままの門から中をのぞき込めば、そこには見覚えのある人間が二人倒れている。しかも、だ。この前の時とは違って明らかに手加減をされていない。それでも死んでないとわかるのは、二人がうめき声を上げていたからだ。 「……遅かった……」 ルルーシュが小さな声で呟く。 「千葉、朝比奈。何故そこにいる!」 その体をおろしながら、藤堂が地面に倒れている二人を怒鳴りつけた。しかし、直ぐに姿勢を正す。 「部下がご迷惑をおかけした。申し訳ない」 そして、きっちりと九十度に体を折り曲げながらマリアンヌに謝罪の言葉を口にした。 「気にしなくていいわ。ただ……未熟ね、この二人。腕には自信がありそうだったけど」 相手の実力を計れないようなバカはきっちりとしつけて上げないと。そういって微笑むマリアンヌが壮絶に美しい。 「……母さん……たんに自分が本気を出したかっただけでしょう」 そんな彼女に向かって、ルルーシュがため息混じりに言葉を口にする。 「あら。そんなことはないわよ」 でも、スザクでもわかる理屈を理解できないおバカさんにはおしおきが必要でしょう? と彼女は言い返す。 「何よりも、こういう、自分の技量に自信を持っている未熟者は、最初に叩きつぶしておくのが重要なの」 でなければ、いつまで経っても自分が未熟だと自覚しないでしょう? と言うマリアンヌに藤堂も頷いている。 「ともかく、これをここに放置しておくわけにはいかないわね。骨は折らないようにしたつもりだけど」 さて、どうしようか。そういいながら首をかしげる彼女から、藤堂は視線を放せないようだ。確かに、マリアンヌは美人だけど、自分はルルーシュの方がいい。そんなことを考えてしまうスザクだった。 しかし、これはマリアンヌも予想外だったのではないだろうか。 「まさか、ここまで懐かれるなんて」 軍人なんて、厄介なだけなのに……と彼女は口にする。 「あんな啖呵を切った母さんが悪いんです」 諦めてください、とルルーシュは言い返す。 「それよりも、新作を作ってみたんですけど」 味見をしてください。そう続ける。 「あら。今度はタルトね」 料理上手の息子を持って嬉しいわ……と彼女は微笑む。 「でも、ちょっとウエスト回りが気になるわね。明日から走る距離を増やそうかしら」 「ご自由に」 でも、少しぐらい太ってもマリアンヌなら気にならないのではないか。でも、本人が認められないのだろう。 「でも、明日は一緒にナナリーの所に行く約束ですよ? それだけは忘れないでくださいね」 「もちろんよ」 そういって微笑んでくれる彼女に、ルルーシュもまた微笑み返す。同時に、この事をビスマルクに連絡するかどうか、悩んでいた。 |