今日も朝から、うるさい軍人二人が押しかけてきた。 「母さんは仕事で出かけています」 だから、さっさと帰れ! とルルーシュは言外に付け加える。 「本当に?」 しかし、二人ともその言葉を信じていないようだ。不審そうにこう聞き返してきた。 「嘘を言ってどうする。夕べから帰ってきていない」 夕べは妹の病室に泊まっている、とそう続ける。 「……妹、さん?」 朝比奈が確認をするようにこう告げた。 「そうだ。事故の後遺症で足が動かないし、今は視力も戻ってない。だから、夜には誰か親しい者が傍にいるようにしているだけだ」 母と妹の主治医、そして母の知り合いが紹介してくれた女性の三人が交代で付いている。もちろん、時には自分も泊まり込んでいるが……とルルーシュはさらに言葉を重ねた。 「目が見えないから、どこまでが現実でどこからが夢なのか、わからなくなる。そういっているんだ」 それでも、親しい者が手を握ってやったり声をかけてやれば、現実だとわかって安心をする。そういうことだ、と告げた。 「……で、その病院って、どこ?」 「朝比奈!」 流石にそれはまずいだろう、と千葉が同僚を諫めている。と言うことは、こういうことに関しては彼女の方が常識があると言っていいのだろうか。 「だって、行けばマリアンヌ様に会えるんじゃん。それに、ルルちゃんの妹さんならきっと美人さんだろうし」 男としては気になります、と彼はへらりと笑う。 「スザクにもまだ会わせてないのに、お前らに会わせられるか!」 第一、誰が『ルルちゃん』だ! とルルーシュは主に朝比奈に向かって怒鳴りつけた。 「……スザク君も?」 予想外だったのか。千葉がこう問いかけてくる。 「あいつは騒ぐから……」 病院で騒ぐと他の人たちの迷惑になるだろうが、と言い返す。 「そういうことだから、さっさと帰れ! 母さんは夕方まで戻ってこないぞ」 言葉とともにドアを閉めようとした。 しかし、それよりも早く朝比奈がつま先をねじ込んでくる。 「いいでしょ! 病室までは教えてって言わないから、病院だけ」 外で待っているだけならばいいだろう、と彼は続けた。 「それが迷惑になるんだ!」 軍人――朝比奈はそうは見えないほど優男ではあるが――が玄関の前で座り込んでいたら、外来の患者が嫌がるに決まっているだろう。ルルーシュはそう反論をする。 「どぉしたのぉ?」 その時だ。奥から気怠げな声が響いてきた。 「ラクシャータ、すまない。起こしたか?」 せっかくの休みなのに、とルルーシュは視線を声がした方へと向ける。そうすれば、ワイシャツの三番目のボタンだけを留めた彼女の姿が確認できた。 「別に、構わないわよぉ。それよりも、ルルーシュ君に危害が加えられる方が心配だわぁ」 マリアンヌがいない以上、自分がルルーシュを守る義務がある。そういいながら、彼女は玄関まで歩み寄ってきた。 「何、その変な女!」 ルルーシュに似合わない! と朝比奈が叫ぶ。 「何って、失礼ね。お医者様よ!」 「ナナリーの主治医だ」 ラクシャータの言葉にルルーシュがさらに補足を入れる。 「……医者? これが?」 信じられない、と千葉が呟いているのが聞こえた。 「ラクシャータは優秀だぞ」 何よりも、とルルーシュは付け加える。 「朝早くから他人の家に押しかけて、馬鹿なことを言うような軍人の方が僕には信じられないな」 「そうよねぇ」 次の瞬間、下着が見えるのも構わずにラクシャータは朝比奈に蹴りを入れた。予想もしていなかったのか。彼はバランスを崩す。そのおかげで、差し込まれていたつま先が玄関から消えた。 「ルルーシュ君。悪いけど、朝ご飯作ってぇ」 それを確認して、ラクシャータは思い切りドアを閉める。だけではなく、ロックとチェーンをかけるところまでしたのは流石なのだろうか。 「……和食なら、直ぐに用意できますよ?」 みそ汁を温めれば、他の料理は出来ている。そうルルーシュは告げた。 「じゃ、おねがぁい。予想以上に、健康にいいのよねぇ、和食って」 おかげで、ダイエットにも成功したかも……とラクシャータは笑う。それにルルーシュも頷き返した。 「そんなことがあったんだ」 後で、藤堂に言わないと……とスザクは心の中で付け加える。 「流石に、毎朝これでは、仕事に支障が出る」 自分にだって、しなければいけないことはあるのだ……とルルーシュはため息をついた。 「仕事って、ご飯の支度とか?」 それとも、掃除だろうか。スザクの常識で考えつくのはこの程度だ。 「株取引」 しかし、ルルーシュの口から出たのは予想もしていなかったセリフだった。 「株取引って……マジ?」 普通、それは大人がやるものではないのか。それも、金持ちの……とスザクは思う。 「ルールさえきちんと飲み込めれば難しくはないぞ」 それに危険な取引はしていない。そういってルルーシュは笑う。と言うことは、失敗したことがないのではないか。 「……凄いな」 スザクは素直に感心する。 「情報さえしっかりと集めれば、きっと君でも出来る……かな?」 いや、スザクの性格では難しいかも……とルルーシュは呟く。 「否定できないかも」 そんな面倒くさいことはやりたくないから、とスザクは頷いて見せた。 「で、どこに行くんだ?」 そんな大荷物を持って、と改めて問いかける。 「それも知らずに付いてきたのか?」 あきれたようにルルーシュが聞き返してきた。 「変な奴に絡まれたら困るだろう?」 ルルーシュは可愛いから、とスザクは真顔で口にする。そうなったら、逃げ切れない可能性だってあるだろう? とも付け加えた。 「……大丈夫だ」 多分、とルルーシュは言い返してくる。 「ここからなら、病院が近いから……そこまでたどり着ける」 そこまで行けば、どうとでもなるはずだ……と言い返してくるのはルルーシュなりの負け惜しみなのだろうか。そういうところも可愛いけど、と思いながらスザクは口を開く。 「だから、一緒に行こうって言っているんじゃないか」 自分が守ってやるから、と続ける。 「だが……」 「友達だろう、俺たちは」 だから、遠慮はするな。スザクは笑いながらそういった。 「勉強を教えて貰っているし、飯も食わせてもらっている。だから、せめてその位はさせてくれよ」 さらにこう付け加えれば、ルルーシュはどうしようかというように考え込む。 「……そうだな。君の迷惑にならないなら、構わないか」 しばらくして、笑顔と共にこう言ってくれた。その事実が嬉しい。 「絶対だぞ」 それでも、こう言ったのは念を押しておかないと忘れかねられないと思ったからだ。 「わかっている」 本当に君は……ルルーシュが口にするとほぼ同時に、病院の門の前にたどり着いた。そこでゴミ拾いをしているのは、この前、マリアンヌにたたきのめされた者達ではないだろうか。 染められていたはずの髪の毛はそれぞれさっぱりとしたものになっている。 「……馬鹿なことをする体力があるなら、人のためになることをしろ……と母さんが言ったらしい」 何していいのかわからないなら、病院の周囲の清掃でもしろ! と言ったら、真面目にやっているのだとか。この調子で一月続くようなら、それなりのバイト代も出してやろう、とマリアンヌは考えているらしい。 「だから、少し株でお金を増やしておきたいのに」 あの二人が、ルルーシュはまたぼやく。 「……藤堂先生に釘を刺しておいてもらうよ」 彼等のせいで自分までとばっちりが来たら困る。そう考えて、スザクは言い切った。 「俺だって、朝から押しかけてないんだし」 「何なら、今度泊まりに来るか?」 ずるい、と心の中で呟いたのがわかったのか。ルルーシュは笑いながらこう言ってくる。 「いいのか?」 「もちろん。君なら母さんも『ダメだ』って言わないはずだし」 そんな風に、友達が泊まりに来てくれたことはないから……と少し寂しげに付け加えた。 「わかった! 絶対に行くから!!」 スザクは言葉とともにルルーシュの手を握りしめる。 「だから、うまいみそ汁を作ってくれよな!」 ある意味、これは一世一代の告白だった。 しかし、である。 この後直ぐに、とんでもない現実を突きつけられることになってしまった。 スザクが連れて行かれた病室には一人の少女がいた。 ふわふわの髪の毛の柔らかいイメージの子だ。しかし、彼女の瞳はしっかりと閉じられている。 「ナナリー。スザクを連れてきたよ」 いつもよりも優しい声音で、ルルーシュが声をかけた。 「本当ですか、お兄さま」 鈴を鳴らすような可憐な声がそれに言葉を返している。しかし、スザクにはそれを認識する余裕がなかった。と言うよりも、その中の一言にショックを受けていた……と言った方がいいのか。 「お兄さまって……ルルーシュのこと?」 呆然とした口調で、スザクは隣にいるルルーシュに問いかける。 「他に誰がいる?」 何故、スザクがそんなことを言っているのか理解できなかったのか。ルルーシュが目を丸くしながらこう言い返してきた。 「お前って、男だったのかよ!」 そんなに可愛い顔をしてる上に、あんなに料理がうまいのに! とスザクは思わず叫ぶ。 「僕は男だ!」 それ以上に大きなルルーシュの叫び声が病院内にこだました。 |