今日もまた、スザクはランペルージ家へと押しかけてきていた。しかし、今日はいつもと違う。
「ルルーシュ! お祭りに行こうぜ」
 そういう彼の服装は、道場で身につけているような胴着とは異なる和服だ。確か、浴衣とか言っただろうか。
「お祭り?」
 それよりも気になったのは、彼の言ったこの言葉だ。
「そう、お祭り。お前、見たことないだろう?」
 凄いんだぞ、とスザクは興奮に頬を染めながら口にする。
「本当は子供だけで言っちゃダメなんだけど、藤堂先生が付き合ってくれるって」
 だから、行こう……と言われても直ぐに頷くわけにはいかない。勝手に出歩いてまずい人間に見つかったら、それこそ厄介なことになる。
 もちろん、スザクや藤堂が信じられないというわけではない。
 それ以上に、こちらの事情が厄介なだけだ。
「だが……」
 どうしたものか、とルルーシュは悩む。
「母さんの夕食も準備しないといけないし……」
 だから無理だ、と続けようとした。しかし、だ。
「その位なら、自分で出来るわよ」
 奥から言葉とともにマリアンヌが姿を現す。
「せっかく、スザク君が誘いに来てくれたんだから、行ってきなさい」
 それに、と彼女は微笑んだ。
「あなたが見てきたものをナナリーに話して上げなくていいの?」
 話を聞けば、ナナリーは喜ぶだろう。そういわれては、反論なんて出来るはずがない。でも、マリアンヌにキッチンを使わせるのも怖いのだ。
「なら……とりあえず下ごしらえだけを……」
 暖めるだけにしてでかければ、とルルーシュは呟く。
「あらあら。そんなに母さんが信用できない?」
 これに関しては、と言いたい。しかし、それを言った後の反応が怖いとも考えてしまう。
「まぁ、この前ちょっと失敗しちゃったことは否定しないけどね」
 ちょっとではないくせに……と思わずため息をつきたくなった。あの後始末に、いったいどれだけの時間がかかったことか。
「だから、今日は大人しく病院でラクシャータとご飯を食べるわ」
 それなら安心でしょう? と彼女は笑う。
「わかりました」
 ひょっとしたら、他にも理由があるのかも知れない。なら、これ以上、自分がだだをこねない方がいいのではないか。
「それなら、ラクシャータにこの前かして貰った論文のことで聞きたいことがあるから、と伝えてください」
 ついでに、何か話し合っていたとすれば、その時に教えて貰えるだろう。そんな思惑もある。
「わかったわ。楽しんでいらっしゃい」
 後で話を聞かせてね、とマリアンヌは微笑みながら口にした。
「それと、あまり無茶はしないのよ?」
 藤堂が一緒なら大丈夫だろうけど……と言う彼の言葉にルルーシュは頷いてみせる。
「じゃ、行こうぜ!」
 即座にスザクの手がルルーシュの腕を掴んだ。
「ついでに、浴衣も用意してあるからさ。着替えろよ」
「……流石に、僕は自分で着られないぞ?」
「大丈夫。珍しくも千葉さんが張り切っているから」
 ちゃんと着せてくれるよ、とスザクは笑う。しかし、それはそれで不安を感じてしまうような気がするのは錯覚なのか。
「……浴衣はいい」
 それでもいいなら付き合ってやる、とルルーシュはスザクに告げた。
「え〜! いいじゃん。みんなおそろいで行こうぜ」
 その方が楽しい、といいながらスザクはそのままルルーシュを引っ張り出す。
「靴ぐらい履かせろ!」
 ルルーシュの叫びが周囲に響いた。

 結局、ルルーシュは浴衣を着る羽目になってしまった。
「……やっぱり、赤い浴衣は女の子が着るものじゃないか!」
 周囲の様子を見ながら、ルルーシュは恨めしげにこう告げる。赤やピンクと言ったあでやかな浴衣を着ている同年代の者達は女の子ばかりだ。逆に、寒色系の色の浴衣を着ているのは男の子の方が多い。
 つまり、自分は騙されたと言うことなのか。
「いいじゃん。似合っているんだから」
 しかし、スザクはこの一言で全てを切って捨ててくれる。
「確かに。違和感がないな」
 こう言ってくれたのは千葉だ。
「マリアンヌ様も、お小さい頃はこうだったのだろうな」
 しかし、彼女は別の意味で怖い。いったい、マリアンヌにどんな夢を抱いているというのか。だが、考えてみれば彼女の態度は本国の軍人達のそれと同じだと言っていい。だから、心配はいらないかも知れない、とルルーシュは結論づけた。
 と、なると、やはり問題はスザクか。
「僕は男だぞ?」
 似合っているいないは関係ないだろう、とルルーシュはスザクをにらみつける。
「何で?」
 何がいけないんだ、と彼は真顔で言い返してきた。
「似合ってるなら、問題ないだろ?」
 男が女装していけないのは、周囲に『気持ち悪い』と思わせるからじゃないのか……と彼はさらに付け加える。
「……すまないな、ルルーシュ君」
 その後に藤堂がこう言ってきた。と言うことは、スザクにこんなへりくつを教え込んだのは朝比奈あたりだ、と言うことになるのか。
「ともかく、今日だけは我慢してくれ」
 今、着替えに戻ると、ルルーシュに一番見せたいと思っているものに間に合わなくなる。だから、と彼は疲れ切った表情で付け加えた。
「……わかった」
 おそらく、彼はこの状況を反対してくれたのだろう。しかし、それでもスザクと千葉の暴走を止めることが出来なかったのか。
「朝比奈がいないだけ、ましだな」
 彼がいれば、さらに酷いことになっていたような気がする。そう考えた瞬間、ルルーシュの唇からため息がこぼれ落ちた。
「朝比奈は……しばらく来られないだろうな」
「あれは、流石の私でもフォローできません」
 ぼそぼそっと大人二人が何やら呟いている。
「いったい、何をやらかしたんだ?」
 それに、思わず首をかしげてしまう。
「俺も気になっているんだけどさ。教えてくれないんだよ」
 残念、とスザクは呟く。でも、後で絶対に調べてやる……と彼は続けた。
「弱みは握っておくに限るよな」
 それはそうかもしれないが、と納得してしまう。しかし、スザクはそれを何に使うのだろうか。
「わかったら教えてくれ」
 とりあえず、一人でも押しかけてくる人間を減らしたい。その思いのままルルーシュは言葉を口にした。

 一通りの屋台を見終わった時には両手にそれなりの量の料理があった。普段なら絶対に食べないであろうそれらも、この場では構わないのではないか。そんなことを考えながら、ルルーシュはそれらを口に運ぶ。
「うまいだろう?」
 普通の時に食べるとそうでもないんだけどな、とスザクは笑う。
「ここだから、うまいんだ」
 そういうものなのだろうか。
 でも、確かに周囲の状況によって料理の味が変わることはあると思う。
「……まぁ、こう言うときでなきゃ喰えないものもあるけどな」
 絶対に家では作ってもらえない。確かに、こんなものはなかなか作れないだろう。でも、味だけは覚えておこう……とルルーシュは心の中で呟く。ナナリーが食べたいと言い出しかねないのだ。
「二人とも」
 そんな彼等の耳に、藤堂の声が届く。
「そろそろ行かないと間に合わないぞ?」
 いったい何に間に合わないというのだろうか。ルルーシュにはわからない。だが、スザクにはわかっているらしい。
「……別に見なくてもいいような気はするけど……行かないと文句を言われるか」
 本当、あいつは厄介だよな……とスザクはため息をつく。
「スザク?」
 いったいどうしたのか、と問いかけた。
「……行けばわかる」
 それに、スザクはこの一言だけを返してくる。
「大丈夫だよ、ルルーシュ君。危険なことはないから」
 そんなスザクのフォローなのか。千葉が微笑みながら言葉を口にした。
「何よりも、今日だけしか見られないものが見られるよ」
 そういえば、ここに来るときもそう言われた記憶がある。
「何なんですか、それは」
 こう言いながら、ルルーシュは藤堂へと視線を向けた。
「巫女舞だ。この日だけ、特別に皇の神楽耶様が踊られるんだよ」
 その舞を見ると願い事が叶うとまで言われている。もちろん、一種の迷信だろうが……と彼は教えてくれる。
「性格は最低だけど、とりあえず舞だけはうまいから」
 ナナリーに教えてやるにはいいと思うぞ、とスザクも口にした。
「と言うことで、行こう」
 それ持っていって食いながらでいいから。そういわれても、本当にいいのだろうか。よくわからないが、とルルーシュは首をかしげる。
 しかし、スザクはまったく気にしていないようだ。
 そのあたりは流石だ、と思わずにはいられなかった。

 舞は確かに見事だった。
 しかし、周囲から向けられている視線は何だったのだろうか。
 そんなことを考えながら、スザク達と共にその場を後にしようとする。
「挨拶をしなくていいのか?」
 皇の姫君に、とルルーシュは問いかけた。
「いいんだよ! あいつにあったら、どんな目に遭わされるかわかったもんじゃない!」
 可愛いのは顔だけだ! とスザクは言い返してくる。
 でも、自分の一番上の異母姉や五番目の異母妹よりはましではないか。直ぐ下の異母妹だって、可愛いのだが性格には少々難があるような気がするし、とルルーシュは心の中で呟く。しかし、その存在をスザクに告げるわけにはいかない。
「……そうなのか?」
 だから、この程度でお茶を濁しておく。
「それは酷いですわね、枢木のお兄さま」
 その時だ。言葉とともに空を切る何かが襲いかかってきた。反射的に、ルルーシュはその場にしゃがみ込む。
「危ないだろうが、神楽耶!」
 逆にスザクは、それを受け止めたようだ。
「ルルーシュに当たったらどうするつもりなんだよ!」
「あなたの浮気相手など、どうなろうと知ったことではありません!」
 私という婚約者がおりながら、と神楽耶が言い返す。つまり、彼女も自分が《女》だと思っているのか、とルルーシュは判断をする。
「僕は男だ!」
 次の瞬間、彼は思わずこう叫んでいた。

 しかし、そのせいで神楽耶に懐かれるとは思ってもいなかったルルーシュだった。




BACK




09.06.01 up