買い物を終え、ルルーシュが家路を急いでいたときだった。 「ルルーシュ君!」 何故か、泣きそうな表情で朝比奈が抱きついてくる。その衝撃に倒れそうになるが、彼の腕が抱きしめてくれているおかげで辛うじて間逃れることが出来た。 だからといって、その状況が面白いはずがない。 「放せ!」 言葉とともにルルーシュはスザクから教えて貰ったとおり、ひじ鉄を相手の腹に打ち込む。 「……ぐっ」 見事にみぞおちをえぐったらしい。朝比奈の腕の力がゆるむ。その隙を逃さずに彼の束縛から逃れた。 だが、それだけで気を緩めることはない。 マリアンヌから言われたとおり、倒れた朝比奈の頭を思い切り踏みしめる。 「……いい加減にしろよ」 そのまま、相手を見下ろしながらこう言う。 「その表情、マリアンヌさんにそっくりだ」 しかし、彼のこの言葉は、想像していなかった。 「もう少し攻撃の鋭さが増せば、そっくりだ!」 さらに、あっさりとルルーシュの足のしたから抜け出してくれる。 体格差のせいだと言ってしまえばそれだけかもしれない。しかし、面白くないというのは事実だ。 「うるさい!」 こうなったら、ラクシャータから手ほどきを受けた最後の手段を使うべきか。しかし、あれは同性として実践に移すのは忍びない。 だが、状況によっては……とルルーシュは朝比奈をにらみつける。 「……そう言わないでくれるかな」 こっちは切実なんだから、と彼は飄々とした口調で言い返してきた。 「それに、これが嘘ならマリアンヌさんが否定しないと」 大変なことになる。その言葉に、ルルーシュも少しだけ警戒を緩めた。 「何ですか。その噂って」 さっさと教えろ、と言外に問いかける。 「……マリアンヌさんが浮気しているって」 「はぁ?」 何だよ、それ……と本気でルルーシュは目を丸くした。 「母さんと父上は、ラブラブというのも恥ずかしい位なのに」 そう。 自分たちが家出してからと言うもの、シャルルは執務に手が着かなかったらしい。ビスマルク経由でその話を聞いたマリアンヌは『しかたがないわね』と言って、同じようにビスマルク経由で連絡を入れたらしい。 それだけで機嫌を直すシャルルは本当に《皇帝》なのだろうか。そう思わずにはいられない。だが、それだけ自分たちのことを大切に思ってくれているからだろう、とルルーシュは自分に言い聞かせていた。 そして、何だかんだと言っても、シャルルと話をした後のマリアンヌは機嫌がいい。 そんな彼女が浮気なんかするはずがないだろう。 「誰だよ、そんな馬鹿な話を言い出したのは」 見つけ次第締め上げないと。そして、直ぐにでも否定させなければ、後が怖い。 「僕にそんな話を聞かせたと言うことは、当然、犯人もご存じなんですよね?」 知っているならさっさと吐け、と言外に付け加える。 「……残念だけど、そこまでは……」 知らない、と朝比奈は言い返してきた。 「……使えない奴……」 思わず本音を口にしてしまう。せっかく、ここでは『いいこ』で通していたのに、だ。 「ごめんって!」 だが、朝比奈はルルーシュのその態度を別の意味で受け止めたようだ。 「でも、千葉さんが調べているから」 だから、少し時間をくれないか……と彼は続ける。 「わかりました。こちらでも対処取らせて頂きます」 でないと、本当に厄介なことになるから。ルルーシュは心の中でそう呟いていた。 ルルーシュの様子がおかしい。と言うよりも、機嫌が悪い。それはどうしてなのか、とスザクは思う。 「……ルルーシュ様、どうしたのでしょうか」 言外に『スザクが何かしただろう』と告げながら、神楽耶はスザクをにらみつけてきた。 あの日から、何故か彼女はルルーシュに懐いてしまったのだ――あるいは、ルルーシュの手料理にかもしれないが――ルルーシュの方も、妹と同年代のせいか、神楽耶には優しい。 こんなのに優しくしなくていいのに、とことあるごとに彼に言っているのだが、ルルーシュは聞き入れてくれない。その事実がもスザクは面白くなかった。 「残念だけど、お前を連れてくること以外に、ルルーシュの機嫌を損ねるようなことはしてない!」 第一、いつだって勝手に付いてくる癖に、とスザクは言い返す。 「それなら、ルルーシュ様の機嫌が悪くなるはずがありませんわね」 さらり、と神楽耶はそれを受け流した。それ以上に、その妙な自信は何なのか。そう言いたくもなってくる。でも、神楽耶相手では、それを問いかけても無駄だと言うことも、スザクは知っていた。 「なら、本当にどうされたのでしょうか」 こう言いながら、神楽耶は首をかしげる。 「いっそ、ご本人に確認してみましょうか」 自分の思い通りにならないことはない。そう考えているからだろう。神楽耶はこの言葉とともに立ち上がった。 「お、おい!」 そのまま真っ直ぐにルルーシュの方に歩み寄っていく。本当に、止める間もあればこそ、だ。 もちろん、スザクだって黙って見送っていたわけではない。 だが、そんな彼の行動を読み切っている神楽耶の方が一枚も二枚も上手だっただけだ。 「ルルーシュ様!」 そのまま、キッチンで三人分のお茶を用意していた彼の元へたどり着いてしまう。そして、すかさず口を開いた。 「何かお困りのことがおありでしたら、私に相談してくださいませんか?」 必要があれば、どんな手段をとってでもその要因を排除して見せましょう。 きっぱりとした口調で彼女は宣言をした。 「神楽耶……」 「もちろん、スザクも協力させて頂きますわ」 だから相談して欲しい。 「このあたりで皇と枢木の名が通用しない場所はありませんもの」 ねぇ、と彼女はスザクへと同意を求める。同時に向けられたルルーシュの瞳が、まるですがるようだ。それはどうしてなのか。 「あぁ。だから、相談しろよ」 しかし、そんな視線を向けられたら協力しないわけにはいかないだろう。だから、スザクはしっかりと頷いて見せた。 ルルーシュから聞かされた話は、スザクでも信じられない内容だった。 「一体どこのバカだよ」 こう言いながら、手元にあったクッションを殴りつける。 「まったく。余計なことを……」 これで、ルルーシュ達がここに居づらくなったらどうするんだ。スザクはさらに言葉を重ねる。もちろん、クッションの被害も同様だ。 「何をしている?」 そんな彼の耳に、ここ数ヶ月聞いていなかった 「ちょうど良かった」 父さんなら知っているよね? といいながらスザクは彼を振り仰いだ。 「何だ?」 「モウゲンのルフ、だっけ? それともフウヒョウのルフ? それって、噂を流した人間が見つかったら罪に問えるわけ?」 そのせいで、相手の家庭が崩壊するとかしたら……とスザクは付け加える。 「何故、そんな話を?」 「友達が困っているからさ」 それだけならばいい。問題は、その話を聞いて神楽耶が本気で怒っている、と言うことだ。 「……内容次第だが……」 ともかく、話してみろ……といいながらゲンブがその場に座る。きっと《神楽耶》の名前に反応したのだろう、と思いながらスザクは口を開いた。 「友達のお母さんが浮気しているって噂があるんだってさ。そんなことないのに、って本人達が怒っている」 最悪、あの一家、引っ越すかもしれない……と付け加える。 「そうなったら、また、あの病院、最低ランクの常連になるよな」 自分はせっかく出来た友人を失うことになるだろうし、神楽耶は怒り狂うだろう。 しかし、それだけではすまないはず。 政治のことはよくわからないが、病院の経営が破綻をすれば、大変なことになるはずだ。 何よりも、とスザクは付け加える。 「マリアンヌさんのおかげで、あの病院、ブリタニアの技術をかなり手に入れられているって言う話しだし」 そのおかげで、救命率も上がっているそうだ。その病院がなくなったら、本当にどうなるんだろう。 「でも、マリアンヌさんは離婚されたら、本気で全部投げ出しそうだしな」 そうならないためにはどうしたらいいのか。 「父さんは偉いんだから、わかるだろう?」 言葉とともにスザクは改めてゲンブの顔を見つめた。そうすれば、彼の表情が強ばっている。 「まさか、父さん……」 犯人は貴様か! とスザクは叫んでしまった。 しかも、たちの悪いことにゲンブは自分の流した噂を否定しようとはしない。もちろん、ランペルージ家に謝りに行く気も無さそうだ。 「ひょっとしたら、お前の母さんになってくれるかもしれないぞ?」 こんな世迷い言まで言ってくれる始末。 「……神楽耶に言ってやる……」 ついでに、桐原のじいさんも呼び出してやる! とスザクは立ち上がる。 「スザク!」 慌てたようにゲンブが彼の名を呼んだ。 「父さんが悪いんだろう、このボケ!」 分からず屋!! と叫ぶと同時にスザクはそのまま部屋を飛び出した。 しかし、これが大いなる危機の原因になるとは、スザクも想像していなかった。 |