その日は、とても暑い日だった。 それでも、ルルーシュはとても嬉しそうに家事をしていた。 「どうかしたのか?」 この前は、ものすごく機嫌が悪かったのに。そう思いながらスザクが問いかける。 「ナナリーが帰ってくるんだ」 それに、弾んだ声音でルルーシュが言葉を返してきた。 「退院ってわけじゃないけど……ラクシャータさんが『たまには気分転換も必要だ』って言ってくれたし」 やっぱり、病院だとわがままを言えないようだから……と告げながら手早く料理を作り上げていく。今までに見てきた和食ではなくもっとこってりとしたそれらは、きっと、ブリタニアの料理なのではないか。 「それ、ナナリーちゃんの好物?」 なら、そうなのかな? と思って問いかける。 「あぁ」 予想通り、彼はこう言って頷いて見せた。たんにそれを確認できればよかったのだ。 「それがどうかしたのか?」 しかし、ルルーシュは手を止めると視線を向けながら問いかけてくる。 「うまそうだな、って思っただけだって」 何と言えばいいのか、と考えるよりも先に、するりと唇からこんなセリフがこぼれ落ちた。 「……ナナリーが来たら、一緒に食べればいいだろう?」 どうせ、夕食はここで取っていくんだろう? とルルーシュは笑う。 「いいの?」 邪魔だろう、とスザクは聞き返す。せっかくの家族団らんなのに、とも。 「構わない。ナナリーも君の話を聞くのを楽しみにしている」 マリアンヌも、既にスザクは家族として認識しているから。そう言ってルルーシュは笑った。 「ルルーシュは?」 「僕が、何?」 「ルルーシュは、俺のことをどう思ってるんだ?」 マリアンヌとナナリーが自分をどう思っていたのか聞いたけど、ルルーシュがどう思っているのか知りたい。 「大切な友人で家族同様の人間だ、と思っている」 でなければ、ここに入れるはずがないだろう? とルルーシュは言い返してくる。 「そっか……そう思ってくれてたんだ」 よかった、とスザクは胸をなで下ろす。 「スザク?」 「拾った犬猫に餌をやるのは義務だ、と言われたらどうしようかと思っていた」 神楽耶が、ルルーシュが自分に構ってくれるのはそう言うことだから、と言っていたのだ。だから、と苦笑を浮かべながら告げる。 「……それは、母さんの傍にいる馬鹿に言ったセリフだな」 拾ったわけじゃないが、それなりに面倒を見ないとまずいだろうな……とルルーシュはため息をついてみせた。 「でも、君は違う。だから、安心してくれていい」 少なくとも自分はスザクを対等に思っている。そう言って微笑む。 「他の誰かの言葉に惑わされるな」 そんなもの、無視しろ。そう言いきるルルーシュはものすごく高飛車だ。だが、その言葉の内容はとても嬉しい。 「わかった!」 だから、スザクは直ぐに頷いて見せた。 午後になれば、マリアンヌに連れられてナナリーが帰ってきた。 「お帰り、ナナリー」 満面の笑みと共にルルーシュは彼女の体を抱きしめる。 「ただいまです、お兄さま」 そんな彼に向かって、ナナリーは微笑み返す。そして、細い腕をそっと彼の背中に回した。 「何か、母さん、御邪魔みたいね」 その光景をナナリーの車いすの背後で見つめていたマリアンヌが微笑みと共に言葉を口にする。 「そう思わない、スザク君?」 そのまま、彼女は視線をルルーシュの後ろにいた彼に向けた。 「でも、久々ですし……ナナリーちゃんがここに来たのは初めてでしょう?」 ルルーシュのシスコンぶりはよく知っていますから、と苦笑と共にスザクは言い返す。 「そぉ?」 ならいいけど、とマリアンヌは微笑みに苦いものを付け加えた。 「だけど、どうせなら色々と頑張ってくれると嬉しいわ」 色々と、と意味ありげに付け加える。その言葉に、スザクは何故かどきり、としてしまう。 「と言っても、スザク君にはまだ早いかしら」 しかし、その理由がわからないと首をひねる。 「わからなくていいのよ、まだ」 子供だものね、と彼女は笑みを柔らかなものに変えた。 「でも、母さんはつまらないんだけど」 だから、混ぜなさい! と彼女は続ける。そして、腕を広げるとまだ抱き合っている二人の体を遠慮なく抱きしめた。 いいな、と純粋に思う。 自分にはあんな風に抱きしめてくれる相手はいない。いるのは、政治家のくせに、あの頭に花が咲いた父だけだ。 本当に、あいつはどうしてくれよう。 神楽耶と二人がかりで責め立てても、未だにあの噂を撤回するために動こうとはしないのだ。おかげで、別の手段を考えなければいけない。もっとも、それは神楽耶あたりに任せておくのが一番だろう。 だけど、早急に何とかしないと、目の前の光景が見られなくなるかもしれない。 中に入れなくても、傍で見ていたいよな……とそう心の中で呟く。 「あら、スザク君。仲間はずれは寂しいの?」 やっぱり、とマリアンヌが声をかけてくる。 「と言うことで、スザク君も一緒!」 そのまま、彼女は手を伸ばすとスザクの体を引き寄せた。はっきり言って、その気配すら感じ取れなかったのに、だ。 自分は、同年代の子供に比べて鍛えている方だと思っていた。 それなのに、あっさりと彼女に拘束されてしまう。 マリアンヌの実力が、自分とは比べものにならないこともわかっていた。しかし、実際にそれを目の当たりにすると畏怖すら覚える。 これが、朝比奈や千葉が彼女にまとわりついている理由なのだろうか。 「本当、お父様もこのくらい素直になってくれればいいのにね」 そうしたら、帰ってやらないこともないのに。そう告げるマリアンヌは、やはり最強なのかもしれない。 「無理ですよ、母さん。父上が素直になる日なんて、天地がひっくり返ってもあり得ません」 「意地っ張りなのがお父様です」 そして、子供達にまでこんな風に言われる父親とはどんな人間なのだろうか。スザクは少しだけ興味をかき立てられてしまった。 「よい香りがします。何の香りでしょうか」 リビングに入った瞬間、ナナリーがこう問いかけてきた。 「匂い、きつくないか?」 そんな彼女に向かって、スザクはこう聞き返す。 「いえ。私は好きです……ひょっとして、スザクさんが用意してくださったのですか?」 「ならいいけど。丁度裏庭に咲いていたから。泰山木って言うんだ」 花は見えなくても、香りなら楽しめるだろう? と彼は続ける。 「はい。ありがとうございます」 でも、どんなお花なのか、説明して頂けますか? とナナリーは首をかしげた。 「花の大きさが掌ぐらいかな。色は白くて、花びらも大きいぞ」 ほら、といいながら、スザクは花瓶ごとナナリーの方に花を差し出す。 「ここだよ、ナナリー」 すかさずルルーシュが彼女の手を花のある場所へと導いていく。 ナナリーの細い指が、そっと花びらを撫でている。 「本当に大きなお花ですのね。どんなところに咲いているのでしょうか」 そのまま、顔をスザクの方へ向けてきた。真っ直ぐに向けられていると言うことは、声から相手の位置を認識できていると言うことなのだろうか。 「どんな所って……木の枝、かな?」 本当のことを行ったら、絶対に驚かせる。だから、内緒にしておいた方がいいのではないか。そう思ってスザクは適当に言葉を濁す。 「母さん、その花、見たことがあるんだけど。ブリタニアで」 そんな彼の気持ちに気付いているのかいないのか。マリアンヌがのんびりとした口調で言葉を綴り出す。 「ガニメデのコクピットから見上げたのよね」 しかし、彼女が口にした単語が何を指しているものかわからない。だが、ルルーシュ達の表情から戦車よりも大きなものなのだ、と想像が出来た。 「スザク!」 「危なくなかったのですか?」 即座に二人がこう問いかけてくる。 「大丈夫だよ、その位」 いつものことだし、とスザクは笑うしかない。 「スザク君なら、確かに大丈夫だと思うわ」 自分が稽古をつけても付いてこられる人間だから、とマリアンヌも頷いてみせる。 「でも、あまり危険なことはなさらないでくださいね?」 ナナリーがこう言って来た。 「うん、ちゃんと気をつけるから」 これだけはしっかりと約束をしてやろう。そう思ってスザクは手にしていた花瓶を元あった場所に戻す。 「だから、指切りしていい?」 ナナリーの所に戻るとこういった。 「指切り?」 「ルルーシュも知らないのか? 日本では、絶対に嘘を付かない約束の時に使うおまじないみたいなもんだよ」 大人同士なら書類を作るんだろうけど、子供ならそれで十分じゃないかな? とスザクは言葉を返す。 「どんなものなのですか?」 教えてください、とナナリーが微笑みながら口にする。 「簡単だよ。小指と小指をからめてこう言うんだ」 指切りげんまん、嘘付いたら針千本のます、指切った。 どこかのんびりとした旋律をスザクは二人の前で披露した。 この時はまだ、この後に何が待っているかなんて、誰も知らなかった。 |