ナナリーが帰ってきている。そう教えれば、即座に神楽耶も押しかけてきた。
「そう言うことですから、ピクニックに行きませんか?」
 それだけならばまだしも、彼女はいきなりこんなセリフを口にしてくれる。
「神楽耶?」
「枢木のお兄さまはご存じでしょう? ひまわりの迷路を」
 今、丁度満開ですのよ? と神楽耶は微笑む。
「でも、ナナリーには見えないだろう?」
 スザクがそう言い返した。見えないのに付き合わせても楽しいだろうか、と彼は続ける。
「でも、お花に触れますわ」
 それで、形だけはわかるのではないか。それに、と神楽耶は言葉を重ねた。
「みんなできちんと説明をすればよろしいではないですか」
 そうでしょう、と彼女は視線をルルーシュに向ける。
「散歩をするだけでも楽しいかもしれないな」
 どうする? と彼は妹に問いかけた。
「お兄さまが作ってくださったお弁当を持って、みなさんと一緒にお散歩するのは楽しそうです」
 だから行きたい、とナナリーは言い返す。
「ブリタニアでは見られないようなお花もあるのでしょう?」
 だとするなら、触れてみたい……と彼女は続けた。
「たくさんありますわ。名前なら、私が知っています」
 教えて差し上げますね、と神楽耶が言えば、ナナリーは嬉しそうに頷いてみせる。
「決まりだな、これで」
 二人の様子を見つめながら、ルルーシュは目を細めた。
「おかずのリクエストがあるなら、早めに言えよ?」
 買い物やら何かと言った準備期間が必要だから、とスザクの方へ視線を向けながら、彼は口にする。
「リクエストしていいのか?」
 それに思わずこう聞き返す。てっきり、ナナリーの好きなメニューで作るのだとばかり思っていたのだ。
「もちろんだろう? それとも、ないのか?」
 ないなら、勝手に作るが……とルルーシュは首をかしげる。その様子にどうして彼が《女の子》でないのか、と本気で悩みたくなってしまった。神楽耶などより、よっぽど良妻賢母になってくれそうなのに、と。
「あるって!」
 それでも、こんなことを口にしてせっかくのリクエスト権を剥奪されてはたまらない。そう思って、スザクはこう告げる。
「でも……ありすぎて絞れない」
 ルルーシュが作ってくれる料理は、どれもおいしいから……と付け加えた。
「……三種類に絞れ!」
 それ以上は無理だ、と彼は妥協するように口にする。
「三つ……」
 それも難しいような気がするが、だが一つよりはましだ。
「明日まででいいか?」
 一晩考えれば、きっと三つぐらいに絞れるから……とスザクは問いかけた。
「あぁ。神楽耶も、リクエストがあるなら聞きますよ」
 ルルーシュのこの言葉に彼女の目を輝かせる。
「デザートでもよろしいのでしょうか」
 そしてこう聞き返した。
「それがご希望でしたら」
 でも、デザートなら一種類にしてくださいね……とルルーシュは口にする。ナナリーのリクエストの分も作らなければいけないから、と。
「わかりました」
 それでは、やはり明日、お返事をさせて頂きます……と神楽耶は微笑む。
「もちろん、それで十分だよ」
 ルルーシュはそんな彼女にやわらかな笑みを返した。

 その後、買い出しだの何だのと細々とした雑用――と言っても、それはそれで楽しかった。特に、神楽耶は初めての経験だったらしいから余計にだろうか――を終え、当日を迎えた。
 ここが皇の所有地だから、だろうか。その広大なひまわりの迷路は、今日は四人だけのかしきりだった。もちろん、見えないところに警護の者はいるかもしれない。それでも、スザクにはその気配を感じ取ることが出来ないから、かなり離れた場所にいるのだろう。
「本当にたくさんのひまわりがあるのですね」
 見えないはずのナナリーがこう告げる。
「わかりますの?」
「はい。影がありますし……香りがしますもの」
 この言葉に、スザクは思わず首をひねった。
 確かに緑が多いから青臭い匂いはしている。しかし、それがひまわりの香りなのかどうかはわからないのだ。
「ナナリーは目が見えなくなってから、音と匂いに敏感になったんだよ」
 そんな彼に、ルルーシュがそっと教えてくれる。
「そうなんだ」
 確かに、言われてみればそうかもしれない。
 でも、それを憐れんではいけないのだ。それこそ、ナナリーに失礼になる。その程度のことはスザクにだってわかっていた。
「凄いな」
 代わりというわけではない。ただ、純粋に感心したからこう告げた。
「そう言って頂けて、嬉しいです」
 スザクのその気持ちを声音から感じ取ったのか。ナナリーは微笑みながら言葉を返してくる。
「でも、本当に凄いですわ。これなら、組香もお出来になるかもしれません」
 今度、一緒にやってみませんか? と神楽耶が口にした。
「自分一人だとつまらないから、ナナリーにも付き合わせようって?」
「いいでしょう? それに、ナナリーさんなら直ぐに上達しますわ」
 せっかく日本にいるのだ。そう言うことを覚えてもいいだろう。神楽耶はむっとした表情でそう言い返してくる。
 まぁ、確かにそうかもしれないけど……と思いつつも、スザクは次に何と言ってやろうかと悩んでいた。
「香道?」
 そんな彼の耳に意味がわからないと言うようにルルーシュが呟いているのが聞こえる。
「どのようなことをするのでしょうか」
 興味津々と言った口調でナナリーも兄に言葉を返した。
「香木って言う、火をつけるといい匂いがする木を何種類か合わせて、何という種類なのか当てるんだよ」
 香木の組み合わせに、それぞれ名前が付いているんじゃなかったっけ……とスザクはうろ覚えの知識を口にする。
「まぁ、間違っていませんわね」
 本当は色々と作法があるのだが、と神楽耶が口を挟んできた。
「種類を当てる遊びにしても、季節の組み合わせや源氏香などがありますの。でも、最初は難しいことを考えずに香りを楽しめばいいと思いますわ」
 これなら、ナナリーでも絶対に楽しめるはずだ。神楽耶はそう言いきる。
「面白そうです。今度、教えてください」
 ナナリーもそう言い返す。
「と言うところで、そろそろお昼にしたいんだが……どこがいいんだ?」
 ルルーシュが話題を変えるかのように問いかけてくる。
「この先に東屋があるから、そこでいいんじゃないかな」
 スザクも即座にこう言い返す。
「こっち!」
 そして、先に立って歩き始めた。

 ルルーシュの料理はやっぱり絶品だ。そう思いながら、鶏の唐揚げ――もちろん、スザクのリクエストだ――に手を伸ばそうとしたときだ。誰かの気配を感じて、その手を止める。
「スザク?」
 どうかしたのか、とルルーシュが問いかけてきた。
「誰か、そこにいる」
 しかし、ここに入れるものなんていないはずなのに。そう思いながら、スザクは直ぐに身構えた。その隣で、神楽耶は直ぐに誰かを呼べるようにと警報装置を引っ張り出している。
「せっかく楽しんでいるところ、ごめんね。ルルーシュとナナリーに用事があるんだ」
 自分たちとそう変わらない子供の声が耳に届く。マリアンヌが寄越したから、護衛の者達も彼を中に入れたのだろうか。
「どうかしたのですか?」
 やはり顔見知りなのか。ルルーシュが彼に声をかけている。
「ちょっと厄介ごとが起きそうなんだよね」
 言葉とともに、ひまわりの間から姿を現したのは、自分たちとそう変わらない年齢に思える少年だった。神楽耶よりも長い髪がナナリーのそれによく似ている。
「厄介ごと?」
 そのまま少年は真っ直ぐに首をかしげているルルーシュの傍に歩み寄ってきた。
「V.V.さん、お久しぶりです」
 その気配を感じたのだろう。ナナリーが微笑みながらこう告げる。と言うことは、彼女とも知り合いなのだろう。
「元気そうだね、と言っていいのかな?」
 ナナリーといいながらV.V.はそっと手を持ち上げる。そして、彼を捜して彷徨っていたナナリーの手に触れた。
「はい、元気です、私は」
 だから心配しないでください、と彼女は笑みを深める。
「よろしければ、ご一緒しませんか?」
 さりげなく彼の分の取り皿を用意しながらルルーシュは言葉を口にした。
「そうして頂ければ、ナナリーが喜びます」
 この言葉に、V.V.は考えるように首をかしげる。
「そうだね、厄介だけど、止められないわけじゃない」
 それに、焦ってもしかたはない……と言いながら彼はふわりとルルーシュとナナリーの間に腰を下ろした。
「友達が出来たようだね、ルルーシュ」
 お皿の上に料理を取り分けてくれる彼に向かって、V.V.は微笑んでいる。
「君達の家出に手助けをした甲斐があったかな?」
「はい」
 おかげで、スザクと知り合えた……と言ってもらえたのは嬉しい。でも、その前に引っかかる言葉を聞いたような気がするのは錯覚だろうか。
「それに、料理の腕が上がったね」
 おいしいよ、とV.V.は口にした。
「ありがとうございます」
「これなら、いつでもお嫁に行けるね」
 その言葉に、スザクは思わずV.V.の顔を見つめてしまう。本気で言っているのか、と思ったのだ。
「……僕は男ですが?」
 ルルーシュがあきれたように言葉を口にする。
「わかっているよ。そんなことになったら、今まで以上にシャルルがキれる」
 さりげなくV.V.がこう口にした。
「お父様は、キれていらっしゃるのですか?」
 ナナリーが首をかしげながら聞き返す。
 確かに、彼の言葉を聞けばそう言うことになるだろう。
「とうとう、あの噂が耳に届いてしまったらしくてね」
 あの噂、と言うのは、やはりあれなのか。スザクはとっさに思い浮かんだバカ――と書いて父と読む――の顔を思い出しながら心の中で呟いた。
「……母さんが父上以外の人間とどうこうなるはずがないのに」
 そんなことをしようとしてきた人間の命がなくなる可能性の方が高い、とルルーシュはため息混じりに口にする。
「そうですわよね。お母様なら、絶対に相手を半殺しにします」
 それだけで止まらずにあの世にまで送るかもしれないが、とナナリーまでもはさらりと怖いセリフを口にした。
「そうだよね。もちろんそれはシャルルもわかっていると思うよ」
 でも、そんな噂を流すバカが気に入らないらしいね……とV.V.は言い返す。
「犯人が見つかったら、それこそ全力で叩きつぶそうとするだろうね」
 とりあえず、周囲の者があれこれ言っていると思うけど……とため息とともに彼はさらに言葉を重ねた。
「悪いけど、君もあちらに連絡を取ってくれるかな?」
 何があっても対処が取れるように、と言われて、ルルーシュは表情を強ばらせる。
「わかりました。ビスマルクにでも声をかけてみます」
 ところで、と彼は逆に聞き返す。
「母さんにこの事は……」
「C.C.が行っているよ」
 今頃は説明が終わっているんじゃないかな? とV.V.は可愛らしく首をかしげて見せた。
「そうですか」
 なら、とんでもない話になっている可能性もあるのか、とルルーシュはため息をついてみせる。
「大丈夫じゃないかな。そのために、僕が君達に話しに来たんだし」
「だといいですけど」
 でも、C.C.だから、とルルーシュはまたため息をつく。
「ともかく、僕は一旦戻るから」
 何かあったら、また、来るね。そう言いながら、V.V.は立ち上がった。
「ごちそうさま。今度はベリー・パイを用意しておいてくれると嬉しいな」
「そう言えば、お好きでしたね。事前にご連絡頂ければ対処します」
 流石に、材料を常備しているわけではないから……とルルーシュは言い返す。
「うん。でなかったら、泊まってもいいよね」
 その時に考えるよ。そう言うと、来たときのように彼はひまわりの中へと歩いていく。
 その姿が消えたところで、スザクは立ち上がる。そして、彼が歩いていったひまわりの所へと駆け寄っていく。
「スザク?」
 どうかしたのか、とルルーシュが問いかけの言葉を投げかけてきた。
「……いない……」
 何で、とスザクは呟く。
「V.V.さんは、不思議な方ですから」
「ブリタニアの七不思議の一つだ、あの人の存在は」
 あまり深く考えない方がいい、とルルーシュとナナリーの二人が口々に言ってくる。
「……なるほど。まるであの方は精霊か神様のようですわね」
 ブリタニアにもそのような方がいるのですか、と神楽耶が感心したように呟いた。そういうものなのだろうか、と首をひねりながらも、スザクは彼等の元に戻る。でもそれを追及しようとしてもこれ以上の答えはもらえないだろう。
「それよりも……問題なのは父上のことだな」
 何をしでかしてくれるつもりなのか、とルルーシュは頭を抱えている。確かに、そちらの方が重要だ。
「お兄さま」
「その前に母さんが動くと思うし……ビスマルク達が止めてくれるよ、きっと」
 不安そうに言葉を口にするナナリーに、ルルーシュは直ぐに明るい口調を作りながらこういった。
「……そうですわね」
 だといいのですが、とナナリーも頷いている。
「でも、そんなに厄介な人なのか?」
 全ては家のバカ親父が悪いんだけど、と呟きながらスザクが問いかけた。
「……軍にそれなりの影響力がある」
 それに、日本にあるサクラダイトを欲しがっている連中が協力しようとしたらどうなるか、とルルーシュは言い返す。
「ともかく、早々にその噂を否定させなければいけないわけですね」
 そして、マリアンヌの前で土下座でもさせるべきか。いっそ、頭を丸めさせるのもいいかもしれない。神楽耶はこう呟く。
「もちろん、協力してくださいますわよね?」  お兄さま、と言いながら彼女はスザクへと視線を向けてきた。
「当たり前だろう」
 ルルーシュの家族の絆を壊そうとするゲンブが悪い。だから、反省させないと……とスザクも頷き返す。
「ともかく、それは帰ってからにしてくれ」
 まだ料理が残っているぞ、とルルーシュが明るい口調で告げる。
「そうだな。残したらもったいない」
 スザクのこのセリフを耳にした瞬間、その場にいた者達は笑いを漏らした。

 しかし、そんな彼等の知らないところでとんでもない事態が進行していたのは事実だった。




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09.06.22 up