「……宣戦布告?」 藤堂から聞いた言葉の意味を、スザクは直ぐに理解できない。 「正確には、まだだ。あちらは提案してきた条件をのんでくれれば引き下がってくれるそうだが……」 問題なのは、その条件だ……と藤堂は続ける。 「マリアンヌ殿とルルーシュ君達に、確認しなければ」 それから対策を、と言われてスザクは先日のことを思い出す。 「そう言えば、ルルーシュの所にブリタニアの七不思議の人が来てたっけ」 あの時に忠告されたから、神楽耶と二人でゲンブを突き上げたのだ。それなのに、あのバカ父は耳を貸してくれなかった。 「桐原のじいさんにも協力して貰おうって思ってたのに、向こうの方が早かったのか?」 ルルーシュ達の父親という人は、本当に軍部に影響力を持っているんだな……とスザクは呟く。 「スザク君……」 知っていたのであれば、もう少し早く……と藤堂は少し恨めしげな口調で告げてくる。 「だって、こんなに早いと思わなかったんです」 ルルーシュも対策を取ってくれると言っていたし、とスザクはため息をつく。 「って言うか、父さんがもっと素直にあの噂を否定してくれればよかったんだ」 変なことを考えるから状況が悪化したんだろう、とそのまま吐き捨てるように口にする。 「何が、ルルーシュやナナリーと兄妹になれたら嬉しいだろう、だよ!」 そんなことになったら、かわいそうだと思わないのか! と口にしながら思い切り床をたたきつけた。 「……ともかく、桐原公にご連絡を取ってご同行頂くのが良さそうだな」 今の話で、だいたい状況は飲み込めたが……それでも、どうしてブリタニアがここまで強硬な手段にでているのかがわからない。だから、ルルーシュ達にそれを確認すべきなのだろう、と藤堂は呟くように付け加える。 「なら、先生だけでいいじゃん」 何故、桐原を呼び出さないといけないのか。スザクはそう問いかけた。 「あの方がいてくださった方が、事態の収拾が早くなる」 桐原であればゲンブをしかりとばせるだろう。そうでなくても、彼の影響力は絶大なのだ。 「神楽耶には内緒でいいわけ?」 それはそれでまずいような気がするが、とスザクはこっそりと心の中で呟く。しかし、本人が押しかけてきたら、別の意味でまずいような気がするのは錯覚ではないはずだ。 「……桐原公のご判断に任せよう……」 それは責任転嫁とは言わないだろうか。 だが、確かに桐原に押しつけておくのが一番無難な選択ではある。スザクにも、その程度の判断は出来るのだ。 「わかりました。じゃ、ルルーシュの都合を聞いておきます」 自分一人が押しかけるだけならばいつでもいいのではないか。でも、藤堂をはじめとする者達まで一緒なのであれば、やはり事前に一言言っておいた方がいいような気がする。 「頼もう」 自分は桐原の都合を確認する、と藤堂も頷いてみせる。 「じゃ、電話かけてきます」 この言葉とともにスザクは駆け出した。 ルルーシュの返事は『いつでもどうぞ』だった。彼の方もあれこれ確認したいことがあるらしい。 『ただ、母さんに用なら、今日中に来てもらった方がいいと思う』 でないと、とんでもないことをやりそうだ……と疲れたような口調で彼は続ける。 『ついでに、藤堂さんに回収していって欲しい連中もいるし』 と言うことは、噂を聞きつけた千葉と朝比奈が既に押しかけていると言うことなのか。 「藤堂先生に言っておく……」 まったく、と思ってしまうのは、この前のピクニックのことを聞きつけた二人にあれこれ文句を言われたからかもしれない。文句だけならばまだしも、ルルーシュの所へ行こうとしたことを邪魔されたということももちろん関係している。 『頼む。でなければ、現状認識のために、連絡を取ることも出来ない』 それでは、対策が立てられないだろう……と彼は続けた。 「わかった。直ぐに行くから」 少なくとも、自分と藤堂は。スザクはそう告げる。 『待っているよ』 言葉とともにルルーシュは電話を切った。おそらく、悠長にしている余裕がないのだろう。 それは、自分たちも同じだと言っていい。 「藤堂先生! ルルーシュは今でもいいって」 言葉とともにスザクは彼の方へと駆け出す。 「それと、千葉さんと朝比奈を引き取ってくれって」 そう付け加えたとき、彼が携帯をしまうのが見えた。 「……あいつらは……」 あきれたようにこう呟く。しかし、それ以上のことは何も言わない。おそらく、彼もその時間が惜しいのだろう。 「桐原公とはランペルージ家で落ち合うことにした。神楽耶様が場所をご存じだと言われたのでな」 先に話を進めていてもいいそう言われた、と彼は続ける。 「なら、急いでいこうよ」 すこしでも早く何とかしないと、とスザクは口にした。 「そうだな」 藤堂が頷いてくれたことを確認して、スザクは道場から飛び出す。そのまま、真っ直ぐにランペルージ家へと走っていこうとした。門を出て百メートルも走れば彼の家なのだから、そんなにたいした距離ではない。スザクはそう認識していた。 「……待ちなさい。車を……」 それなのに、藤堂はこう言ってくる。 「走っていった方が早いです」 反射的にこう言い返す。そうしている間に、彼はスザクに追いついていた。 「だが、それでは馬鹿を二人、引きずってこられないだろう?」 しかし、こう言われては頷かないわけにはいかない。 「そうですよね」 確かに、あの二人を藤堂一人で引きずっていくのは難しいだろう。だからといって、神楽耶たちと同乗させられるわけがない。そうなれば、自分たちが車で行くしかないのではないか。 「後はロープでも持っていくか」 縛り上げて転がしておくのが一番無難だろう。言葉とともに周囲を見回す。 「別にロープじゃなくてもいいんじゃないですか? 前にマリアンヌさんが変態を布テープでグルグル巻きにして捕まえたって言っていたし」 それなら、車にあるんじゃないのか……とスザクは付け加える。 「……確かに、それで十分かもしれないな……」 確認してから移動をするか。藤堂はそう口にすると今度は先に歩き出した。 しかし、ランペルージ家へ着いたときにはもう、二人はしっかりと縛り上げられていた。 「……ルルーシュ?」 マリアンヌだろうか。そう思いながらスザクが問いかける。 「母さんの知り合いが、ウザイからって……」 マリアンヌと二人がかりで縛り上げてしまった、とルルーシュはため息とともに付け加えた。 「……そうなんだ」 彼女の知り合いがどんな人間なのかはわからない。だが、軍人二人をあっさりと縛り上げられるとは、マリアンヌ並とは言わないまでもそれなりの身体能力を持っているのだろうか。 「ともかく、中に」 ものすごくまずい状況かもしれない、とルルーシュはまたため息をつく。 「このまま母さんがヒートアップしたら、間違いなくお前の父さんの命は風前の灯火だ」 それでなかったとしても、日本という国がなくなりかねない。そうも彼は続ける。 「……でも、神楽耶も来るんだよ」 もう一人、ゲンブが逆らえないんじゃないかと思う相手も……とスザクは付け加えた。 「そうか」 だが、早くしないと本気でまずいぞ……とルルーシュは言い返してきた。 「サクラダイトの利権を手に入れたい連中は、ブリタニアにはごろごろしているからな」 そして、軍の上層部にはそう言う連中となれ合っているバカも多い。 「母さんの崇拝者も多いから、万が一の時でも何とかなるかもしれないが……」 それでも、戦端が開いてしまったらアウトだ。日本という国はこの世界から消える。ルルーシュはそうも付け加える。 まるでそのタイミングを待っていたかのように、黒塗りの車が彼等の傍に停止した。 「ルルーシュ様!」 転がり落ちるように神楽耶が姿を現す。そして、もう一人、深いしわが刻まれた姿でありながら、しっかりと背筋を伸ばしている老人がその後を追いかけて車から降りてきた。 「桐原泰三……」 ルルーシュが小さな声で彼の名を呟く。 「ほぉ、この爺をご存じでしたか」 「……主な要人に関しては、顔と経歴を調べたことがありますから」 もっとも、公的な場に出たことはないスザクや神楽耶の顔までは知らなかったが……とルルーシュは何でもないことのように付け加える。 「どうやら、この爺が神楽耶達から聞いていたのとは違う姿をお持ちのようだ」 ルルーシュはもちろん、マリアンヌやナナリーも……と桐原は鋭い視線を向けた。反射的にスザクが肩をすくめてしまったのは、その後に雷をおとされた経験を山ほど持っているからだろう。神楽耶も頬を引きつらせているのはきっと同じ理由からだ。 しかし、ルルーシュは端然と彼を見つめ返している。 「詳しいことを説明させて頂きます。とりあえず、中に」 ここでは誰に聞かれるかわからないから、とルルーシュは続けた。 「僕たちは構いませんが、あなた方はお困りになるのではありませんか?」 さらに付け加えられた言葉に桐原と藤堂が顔を見合わせている。一瞬だが、ルルーシュを値踏みするような表情が見られたことも自分の気のせいではないだろう。スザクはそう思う。 「お言葉に甘えよう」 だが、直ぐにいつもの何を考えているのか読み取れない表情へと戻ってしまった。 いったい、桐原はルルーシュをどう思うことにしたのか。 「では、どうぞ」 ただし、かなり騒がしいですよ……とルルーシュは付け加える。 「騒がしいって?」 「……母さんがキレかけているだけだ」 どうやら、ゲンブがいつまで経っても行動を起こそうとしないことに、と彼は続けた。 「枢木のおじさま、にですか?」 「……戦争になったら、民間人まで巻き込んでしまうだろう?」 そうなる前に謝るのも国のトップをしては必要なのではないか。まして、今回は個人的なことなのだし、と付け加えるルルーシュの言葉にスザクは首をかしげる。 「だけど、それにつけ込まれたら困るんじゃないのか?」 確かに個人的なことかもしれないけど、と聞き返す。 「だったら、その前に噂を否定すればよかっただけだ」 ゲンブがそれをしなかった以上、責任は彼にある。ルルーシュはそう言って切って捨てた。 「僕としても、母さんに暴走されては困ると思ったし……スザク達が何とかしてくれると言っていたから手を出さなかったんだけどな」 こうなるとわかっていたら、思い切り手を出しておけばよかった。そう彼は付け加えた。 「ごめん」 自分たちが説得できていればよかったんだよな、とスザクは素直に謝罪の言葉を口にする。 「申し訳ありません。わたくしもあれだけ確約いたしましたのに」 神楽耶もまたこう言った。その瞬間、桐原が本気で驚いたような表情を作る。それも無理はないだろう、とスザクは心の中で呟いた。彼の知っている《神楽耶》はあの傍若無人とも言える言動の少女なのだ。 「あまり気になさらないでください。あなたもスザクも努力をしてくださったことはわかっています」 それ以上にゲンブが頑固でバカだっただけではないのか。ルルーシュの言葉に周囲の者は苦笑を浮かべるしかできない。 そうしている間に、リビングまでたどり着いた。 「母さん」 スザク達が来た、といいながらルルーシュがドアを開ける。 「……まさか……」 日本側の一同はその瞬間凍り付く。だが、ある意味ルルーシュはそれを予測していたのか。 「母さん。その服装は目立つと申し上げましたでしょう? どうして止めてくれなかったんだ、ラクシャータ、ノネット」 一対一では無理でも、二人対一人なら何とかなったのではないか。言外に彼は付け加える。 「いいでしょう? この方がブリタニアには好印象だわ」 うまくいけば、それで戦争が回避されるかもしれない。違うの? とマリアンヌは言い返してくる。 「スザク君には申し訳ないことになるかもしれないけど……まぁ、もう弟妹はいらないでしょう?」 にっこりと微笑みながらマリアンヌが告げた言葉の意味を、スザクは直ぐには飲み込めない。しかし、大人組は違ったようだ。 「マリアンヌ殿……」 複雑な表情で藤堂が呼びかける。 「おいたが出来なくなれば、馬鹿なことはもう二度と言わないでしょうし」 大丈夫、殺さないから……とマリアンヌはさらに笑みを深めた。 「ルルーシュ……」 そこでようやくスザクにも彼女が何をしようとしているのか飲み込める。 「……あきらめろ。ブリタニアにいた頃に、既に何人か、同じような目に遭っている……」 しかも、彼等は父の怒りまで買いまくって、今は生きているのかどうかもわからない……と彼は続けた。 「どうせなら、一族郎党、国外退去にしてくれればよかったのに」 そうすれば、ナナリーはケガをしなくてすんだはずだ。彼はそうも続ける。 「まったく……顔も名前も知らない后妃の縁者だからって、情けをかけてやらなくてもよかったのに」 そのせいで、逆恨みをした人間が父を暗殺しそうとした。しかし、その標的になった車に乗っていたのは父ではなくナナリーだったのだ、とルルーシュは唇を噛む。 「だから、シャルルにはしっかりとおしおきをしているでしょう?」 自分たちが家出をしたこと以上に彼に衝撃を与えることなどないのだから、とマリアンヌは笑いを漏らす。 「そのおかげで、ブリタニア本国は大混乱が続いているそうですよ」 ノネットと呼ばれた女性がため息とともに口を開く。 「おかげで、コーネリア殿下までもが呼び戻されました」 本当に、と彼女は続ける。 「あら。ビスマルクだけじゃ足りなかったのかしら?」 他にもオデュッセウスやシュナイゼルには『くれぐれもよろしく』と頼んできたのに、とマリアンヌが言い返している。 「……まさか、とは思ったが……どうやらご本人のようだの」 桐原が納得できたというように呟く。 「ブリタニアがここまで強硬な態度を崩さなかったのか、ようやくわかった」 さらに言葉を重ねながら、ゆっくりと彼は歩み出る。 「マリアンヌ・ヴィ・ブリタニア后妃殿下、でいらっしゃいますな?」 彼の言葉にスザク達は目を丸くした。 「后妃って……」 本当に、と彼はルルーシュに視線を向ける。 「ばれちゃったわね」 「母さんのその恰好だけで、ばれる要因大です」 ルルーシュがため息をつく。 「まぁ、いいわ。どんな手段を使ってもいいから、宣戦布告を止めさせなさい」 少なくとも、自分が帰ってくるまで……と彼女は口にする。 「行くわよ、ノネット!」 そのまま、颯爽と出て行く彼女を、誰も止めることが出来なかった。 「……ゲンブ一人の被害で収まるのなら、妥協するしかあるまい」 彼女の姿が見えなくなったところで、桐原がため息をつく。 「手遅れでなければいいのですが……」 しかし、ルルーシュだけは何か引っかかることがあるのか、こう告げる。 「ルルーシュ?」 「ともかく、異母兄上達に連絡を取るか」 でなければビスマルクか、と彼は続けた。 「ラクシャータ。ナナリーを頼む」 「わかりましたわぁ」 ついでに、そこの人たちにもっと詳しい説明をしておく。そう告げた彼女に、ルルーシュは頷いて見せた。 しかし、彼等の動きは既に後手に回っていたことは否定できない事実だった。 |