「いいか? 絶対に民間人に危害を加えるな。それだけは徹底させろ」 モニターに映っている壮年の男性に向かって、ルルーシュがこう命じている。 「でないと……母さんが日本軍の指揮権を奪って何をしでかすかわからないぞ」 さらに続けられた言葉に、相手の頬が引きつっているのがわかった。 『ルルーシュ殿下……』 「母さんがその気になれば、この程度の戦力差、ないに等しいからな」 それどころか、自分の存在を誇示して、こちらにブリタニアの騎士達を引き込むことぐらいはするぞ。そうも言い切る。 『それが現実にならない、とは言い切れませんからな』 モニターの向こうで、相手はため息とともに言葉を口にした。 「……それと」 実に言いにくそうな口調でルルーシュは言葉を重ねる。 『殿下?』 「今回のことを強引に推し進めたバカとその息がかかった連中に関しては、厳島に回せ、と母さんからの伝言だ」 そこに、最近シンパ――と書いて下僕と読むのではないか、と言っていたのは目の前の皇子様だ――に加えた連中と向かったから、と彼は言い切った。その瞬間、モニターに映し出されている隻眼の男の頬が思い切り引きつっている。 『……エニアグラムは……』 その表情のまま、彼はおそるおそると言った様子で問いかけてきた。 「母さんと一緒だ」 そもそも、彼女にマリアンヌが止められると思っていたのか? とルルーシュは相手に逆に聞き返す。 『人選を間違えましたか……』 深いため息とともに言葉が返された。 「まぁ、この際だ。諦めて膿を出し切ってしまえ」 ただし、とルルーシュは少しだけ目を細める。 「絶対に民間人へ危害を加えるな。それと、たとえ公人の家族であろうとも、その者達は民間人であると言うことも忘れるな」 いいな? と彼は続けた。 「言うことを聞かないバカには、その結果、僕が後でしっかりと仕置きをするとでも言っておけ」 貴族と軍の上層部にいる者達の弱みの一つや二つ、握っているからな……とさらに彼は付け加える。 『Yes.Your Highness』 いいのかそれで。そう言いたくなる内容なのに、誰もそれに関してつっこみを入れようとはしない。あるいは、それに関してつっこみを入れて、その結果とばっちりが自分に来ると困ると思っているのだろうか。 きっとそうだろうな、とスザクは心の中で呟く。 「素敵ですわ、ルルーシュ様」 そんな彼の隣で、神楽耶が感心したように目を輝かせている。 「必要なときに必要なカードを切れる。それは大切なことですのね」 物事を有利に進めるためには……と彼女は続けた。 「なら、どうして枢木のおじさまにはお使いにならなかったのでしょうか」 首をかしげれば、彼女の艶やかな髪は微かな音を立てる。 「それを調べている暇がなかったのだそうですわ」 必要ないとも思っていたそうです、とナナリーが答えを教えてくれた。 「身分さえ知られなければ、そんな危険な状況にならないだろうと、お母様とお兄さまが判断されたそうです」 確かに、その判断は間違っていなかったはずだ。 「ったく……全部あのバカ親父が悪い」 マリアンヌにしっかりとおしおきをされたゲンブは、現在再起不能に近い状況で入院している。おそらく、戦争が終わってもこのままではないだろうか。 「……でも、これで君のお父さんの命は守れるよ」 何があっても、とルルーシュが口を挟んできた。 「V.V.様に頼んであるから……たとえ、日本が負けたとしても、だ」 もっとも、と彼はため息をつく。 「今回のことを幸いに、あれこれやってくれた官僚までは責任が持てない」 自分が守れるのは、ゲンブの命。そして、スザクや神楽耶をはじめとする民間人の命だけだ。 「お気に入りの軍人に関しては、母さんが何とかするだろけど……」 でも、覚悟だけはしておいてくれ。その言葉に、スザクは頷くしかできなかった。 開戦から一ヶ月も経たないうちに日本はブリタニアに降伏をした。 それからのことは、本当に一瞬だった。 敗戦の責任を取って、ゲンブは絶対に政治とは関われないところへ幽閉。その他の官僚達も戦犯として収容所に収容されていった。 だが、ルルーシュの脅しがきいたのか。その家族に関しては何のおとがめもない。日本を影から操っていたと言われているキョウト六家の人間達も、だ。 「……とりあえず、今のところはこれで我慢してくれ」 今の自分では、それ以上のことは出来ない。ルルーシュは悔しげにそう言った。 「お兄さまが脅しをかけられても、お父様が頷いてくださいませんでしたの」 だから、今、お母様がシメに行っていらっしゃいます……とにこやかな口調でナナリーが補足してくれる。 しかし、微笑みながら言うセリフなのだろうか。 「シメに……」 自分の頬が引きつるのがスザクにもわかった。 「深く考えるな」 そう言いながら、ルルーシュは視線を彷徨わせている。どうやら、あまり思い出したくないことをしていたようだ。 「……流石ですわ」 神楽耶が小さな声で呟いている。 「それよりも、ルルーシュ達はこれからどうするんだ?」 少し強引かもしれないが、スザクは話題を変えた。 「このまま、このエリアにいる予定だ。適当にどこかに隠れているさ」 そうすれば、総督が誰になるかわからないが迂闊な行動は取れないだろう。そう行ってルルーシュは笑う。 「そうですね。何かしでかしたら、お母様が手を出されるそうですし……」 「その前に僕が手を出すさ」 マリアンヌが事を起こしたら、今度のこと以上の混乱が起こるに決まっている。その言葉には頷かざるを得ない。 「一番怖いのは……母さんが未だに藤堂さん達と連絡を取っているってことだ」 そして、彼等を組ませるとブリタニア軍でもただではすまないと実証されてしまった。 「……まぁ、あちらが何もしなければいいんだ、何も」 日本人達を迫害するとか、とルルーシュはため息をつく。 「そうだよな」 でも、どうだろうか……と思う。 「どうして、ご一緒して頂けませんの?」 この国に残られるなら、と神楽耶が問いかけの言葉を口にした。 それはスザクも同じ気持ちだ。 「僕たちと一緒だと、君達に不自由を強いることになる」 それに対し、ルルーシュは静かな声音でこう言い返してくる。 「しばらくは隠れることになる。安全に隠れていられる場所がいても、表だって動けないだろうな」 当面は、と彼は付け加えた。 「だったら……」 「それに、君達には監視が着けられることになると思う。僕たちを隠しているとばれれば、絶対、とばっちりが行く」 ブリタニア人であれば『しかたがない』と言われることでも、日本人である二人では無理だ。だから、今は離れていた方がいい。そうも彼は続ける。 「でも、せっかく仲良くなれましたのに……」 別れてしまったら、二度と会えないのではないか。神楽耶が不安そうな口調でそう言った。 「大丈夫ですわ。V.V.さんとC.C.さんがどこにいても探してくださると約束してくださりました」 いざとなれば、ルルーシュがブリタニアのホストにハッキングをしかけてでも探し出すと行っていた。ナナリーはそう言って微笑む。 「でも、これを持っていてくれると確実に探し出せると思う」 言葉とともにルルーシュがポケットからペンダントのようなものを取り出した。ルルーシュの瞳の色によく似た宝石の上に、銀色の金属で紋章が描かれている。 「ルルーシュ、これは……」 「ヴィ家の……僕たち家族の紋章だ。母さんが二人に渡してくれって」 これを持っていれば、ブリタニア人――特に軍人――が何か難癖をつけてきても、それ以上のことはされない。そんなことをすれば、自分のみにどんな事態が降りかかるか、わかったものではないからだ。 「……盗んだとは思われないのか?」 「大丈夫だ。裏に君達の名前と僕のサインを彫り込んである」 だから、何があっても手放せないぞ。そうも彼は付け加えた。 「手放すわけないだろう!」 「そうですわ。絶対に、手元に置いておきます!」 スザクだけではなく、神楽耶もこういう。 「だから、必ず連絡をしてくださいませね?」 彼女にしては珍しく本心を隠さずに言葉を重ねた。 「このまま、さよならってことはないよな?」 負けじとスザクもこう問いかける。 「もちろんだよ」 必ず、会えるから……とルルーシュも言い返してくれた。 「だから、そのためにも今は『さよなら』だ」 哀しいけれど、と彼は視線を落とす。 「……でも、絶対にまた、お会いできますわ」 代わりにナナリーが明るい口調を作って、こう言ってくれる。 「また、絶対に……」 こう言いながら、スザクはそっと手を差し出す。その意図がわかったのだろう。ルルーシュは直ぐに小指をからめてくれた。 周囲に二人の指切りの声が響く。 次にいつ、こうやって会えるだろうか。それでも、約束をしてくれたのだから、大丈夫だ。スザクはそう心の中で呟いていた。 二人が再会できたのは、七年後の話だった。 終
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