目の前で微笑んでいる人間が幼なじみなのだとルルーシュは直ぐに認識できなかった。 「……スザク?」 だが、その明るい翠の色の瞳は記憶の中の彼のものと同じだ。 「うん、僕だよ、ルルーシュ」 しかし、その口調は何なのか。 「ルルーシュ?」 その気持ちが表情に出てしまったのだろう。不審そうな表情でスザクが問いかけてくる。 「……気持ち悪い、その口調が……」 だから、素直に言葉を返した。 「酷いな。僕だって、あれから色々と学んだんだよ」 いいことも嬉しくないこともたくさん、と彼はため息をついてみせる。それはそうだろう、ということはわかった。いくら自分たちの知己だからといって、彼は名誉ブリタニア人だ。逆に、それを不快に思う人間がいたとしてもおかしくはない。 でも、とルルーシュは付け加える。 「俺の知っているお前は、もっと《俺様》だっただろうが」 いきなり『僕』なんて言われると気持ち悪い。そう告げればスザクは「お互い様でしょう」と言い返してきた。 「ルルーシュだって、昔はもっと上品だったじゃない」 自分が女の子と間違えたくらい、と付け加える。 「……こっちもいろいろとあったからな」 でも、ナナリーは昔のままだぞ……とルルーシュは笑った。 「じゃ、マリアンヌさんは?」 おそるおそるといった様子でスザクが疑問を投げつけてくる。 「たかだか七年程度であの人の性格が変わると思うか?」 むしろ、さらにグレードアップしたかもしれない。そう付け加えようとしたときだ。 「クルルギ上等兵!」 だが、それを遮るかのように口を挟んでくるものがいる。 「……誰だ?」 せっかくの再会に水を差すな、と心の中で呟きながら、スザクに問いかけた。 「クロヴィス殿下の親衛隊の方」 で、一応、自分の上官……と彼は言葉を返してくる。 「ふん……使える相手が無能だと、部下も無能か」 言い過ぎかもしれない。というよりも、クロヴィスの才能は政治や軍事ではない場所にあるのだ、とよく知っている。だが、今はこの場で邪魔してくれた怒りの方が彼に対する愛情よりも大きかったのだ。 「ルルーシュ……」 言い過ぎ、とスザクは即座に口にする。 「そうは言うがな。俺がわざわざ政策の穴を指摘してやっても、それを綺麗に無視してくれる人間だぞ?」 最低限、それさえやっていればもっとテロは減っていたかもしれないのに、とため息をつく。 「まぁ、昔からプライドだけは高かったがな」 チェスで自分に一度も勝てないくせに、何度も再戦を挑んできたほどだ。 「母さんにたたきのめされて喜んでいたのは、あいつだけじゃないがな」 さらにこう付け加えた。 「……クルルギ……」 何かを察したのか。隊長がおそるおそる声をかけてくる。 「それは《誰》だ?」 その声音に畏怖が滲んでいるような気がするのは、ルルーシュの錯覚ではないだろう。 「……ひょっとして、その目は飾り物でいらっしゃいますか?」 あきれたようにスザクが口を開いた。そのまま、ルルーシュの腕を取ると、自分の方へと引き寄せる。そうすれば、必然的に明るい場所へと出ることになってしまった。 「この顔、どう見てもマリアンヌさんそっくりとしか言いようがないでしょう?」 そんな人間、自分が知っている限り一人しかいない。しかも、自分のことを知っているのだから偽物であるはずがないだろう。そうスザクは続ける。 「第一、この見事なロイヤルパープルが皇族以外に現れると思いますか?」 どうやら、それなりにブリタニアのことを学習したらしい。そのあたりの努力は認めてやろう、とルルーシュは心の中で付け加えた。 「それともなんだ?」 だが、目の前の相手は違う。 「お前達の顔をしっかりと覚えて、シュナイゼル兄上あたりから処罰の話を持っていって貰わないと納得できないのか?」 この顔と瞳を見て自分とわからないようであれば、お前達はクロヴィス以上の無能だということになるな。ルルーシュは吐き捨てるように付け加えた。 「その前に、ないことないこと捏造して軍のデーターベースに流すのもいいな」 ブリタニア軍のマザーは、今でも自分の支配下にある。そう言ってルルーシュは笑った。 「まだそんなことをしているの?」 「文句は、家出中の人間にあれこれ押しつけてくれる某腹黒皇子に言え」 今回だって、あれこれ押しつけられたおかげでここまで出てくる羽目になったのだ。ルルーシュはそうも付け加える。 「それもこれもお前の立場を守ってくれるからだと言っていたのに、実際にはこれか」 こき使われて、しかも銃口を向けられているだと……とルルーシュは目の前の軍人達をにらみつけた。 「それとも、お前達が殺したいのは俺か?」 まぁ、クロヴィスの母親には恨まれているようだったが……と首をかしげる。 「そうなの?」 嘘だろう、とスザクが問いかけてきた。 「本当だよ。もっとも、恨まれているのは俺じゃなくて母さんだけどな」 シャルルと未だにラブラブなのが気に入らないらしい。しかし、それで自分を恨まれても困るのだが、とルルーシュはため息をついた。 「しかし、こんなことをすれば間違いなく母さんにばれるぞ」 そうなったら、目の前の連中の命はもちろん、クロヴィスの皇位継承権すら危なくなるのに……と付け加える。 「その前に僕がたたきのめすに決まっているじゃん」 にこやかな口調でスザクがこういった。 「その後のフォローはよろしく」 さらに彼はこう付け加える。 「もちろんだ」 いざとなったら今いる場所に転がり込んでくればいい。ナナリーも喜ぶから、とルルーシュは笑う。 「もっとも、そんなことをする度胸がこいつらにあるかどうか」 本人達だけに被害が収まればいいが、シャルルの耳に入れば一族郎党、全て犯罪者扱いになるだろうな。そう言ってルルーシュは相手の顔を見つめる。 「ちなみに、既にばれているからな」 ごまかそうとしても無駄だぞ、という言葉を合図に、ルルーシュの前に小さな人影が舞い降りてきた。 「全部記録した」 ピンク色の髪をゆらしながら、その人影は立ち上がる。 「ルル様に危害を加える奴は、私が許さない」 シャルルにも報告をする、と付け加えた少女の服装は、思い切り改造されているもののラウンズのそれだ。 「ナイト・オブ・シックス……」 親衛隊の一人が顔を引きつらせながらこう呟く。 「来るな、といったんだが……」 「……ルル様は、鈍くさいから」 だから、マリアンヌも心配して自分に声をかけたのだ。彼女はそう言ってくれる。 「……アーニャ……」 確かにそれは否定は出来ないが、しかし、面と向かって言われるとちょっとショックが大きい。 「ドンマイ、ルルーシュ」 さらに、スザクがこう言って突き落としてくれる。 「ルルーシュは頭がいいんだから、体力勝負は僕たちに任せておけばいいんだよ」 こう言われても嬉しくない。 「……とりあえず、あいつらをなんとかしてくれ」 その後のことはそれから考えよう。ルルーシュは頭痛を覚えながらもそう口にした。 「具体的には?」 処分するの? とスザクは即座に聞いてくる。 「殺す必要はない。拘束して適当に転がしておけ」 その後のことは、シャルルなりシュナイゼルなりが適当に判断してくれるだろう。 「Yes.Your Highness」 その言葉に、二人は即座に行動を開始した。 しかし、とルルーシュはカップを持つ手を止める。 「あれはやりすぎじゃないか?」 画面に映る 「どのようなことになっていらっしゃいますの?」 どこかわくわくとした口調でナナリーが問いかけてくる。 「おでこに何か書かれて、椅子に縛り上げられている」 それに真っ先に言葉を返したのはアーニャだ。 「あれは漢字だね。ここからだとはっきりとは見えないけど……無能、かな?」 書かれてある文字は、とスザクが付け加える。 「おそらく、あれは母さんの字だな」 とどめとばかりにルルーシュはこう締めくくった。 「……大丈夫なのですか?」 それに、ナナリーは顔をしかめてみせる。本当にこの妹は可愛い。 「大丈夫だろう。母さんだから」 「クロヴィス殿下も心配はいらない。本国に戻られるだけ」 ルルーシュの言葉にアーニャも頷いてみせる。 「……スザクさんは?」 クロヴィスはどうでもいいが、と付け加えられた言葉は、あえて聞かなかったことにしておく。 「心配いらない。ちゃんと手は打ってある」 だから、このままここにいて貰おう。そう言えば、彼女はほっとしたような表情を作った。 「ルルーシュ?」 「もちろん、このまま軍の仕事はして貰うことになるだろうがな」 だが、今までのようなことはないはずだ。もっとも、別の意味で厄介かもしれないが。そう付け加えられた言葉は彼の耳には届かなかったらしい。 「うん! 僕、頑張るから」 まぁ、そう言うのであればせいぜい頑張って貰おうか。そう考えて、ルルーシュは微笑んだ。 終
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