書き上げた文章をざっと読み返す。
「大丈夫だな」
 大きなミスはない。それを確認してから、ルルーシュはそれをメールに添付する。そのまま、送信をした。それも、一カ所ではない。同じものを数カ所に、だ。
 これだけ送っておけば、握り消すことは不可能だろう。
「まったく……せっかく人がきょうだいのよしみで手助けをしてやろうと思ったのに」
 それを無視した本人の自業自得だ。でなければ、いくらマリアンヌがおしおきをしたとしても、フォローぐらいはしてやったかもしれないのに。
 もっとも、今更遅いだろうが。
「といっても、流石に継承権抹消はかわいそうだから」
 せいぜい、シュナイゼルか誰かのところで性根をたたき直されればいい。そうすれば、少しは使えるようになるのではないか。
「……問題は、母さんの方だよな」
 自分で確認したわけではない。
 だが、とルルーシュはため息をつく。
「シンジュクゲットーでの一件の時に、民間人を避難させていた者達の中に、藤堂達がいたという話もある」
 それが真実だとするなら彼等もマリアンヌと行動を共にしている可能性が高い。
「母さん一人でも危ないのに、藤堂達がセットなら、ブリタニア軍でも勝てないぞ」
 マリアンヌは――もちろん、自分たちもだが――今でも日本人びいきらしいな、とルルーシュは付け加える。
「次に総督になるのは誰かわからないが……一歩間違えると、母さんが敵になるか」
 その時に使える予算はどれだけあるだろうか。ふっと気になってしまう。
 もし、本気でマリアンヌが行動を起こすとしたなら、自分たちも巻き込まれてしまうのは自明の理だ。
 当然、予算を出すのは自分、ということになるはず。
「こちらに来てから、それなりに稼いではいたが……」
 だが、実際にテロ活動を起こすとなると足りるだろうか、と不安になるのだ。
 もっとも、まだ桐原達が存命だし、彼等がきっと手助けをしてくれるとは思うのだが。そう口の中だけで呟いたときだ。
「ルルーシュさま! おいでださい!!」
 ナナリーの世話をしてくれている咲世子が慌てたように駆け込んできた。
「ナナリーに何か?」
 よっぽどのことがなければ、彼女がそんなことをするはずがない。そして、今一番考えられることはこれだ。だから、と思いながら聞き返す。
「いいえ……ナナリー様のことではございません。スザクさんが……」
 しかし、予想もしていなかった名前を聞かされて、ルルーシュは反射的に立ち上がる。その衝撃で椅子が倒れた。しかし、それを気にする余裕もない。
「スザクがどうかしたのか?」
 何があった? と問いかける。
「純血派の方々に連れて行かれたと、連絡が……」
 いったい何なんだ、それは……と思いながら、ルルーシュは足音も荒く部屋を出た。
「ともかく……ロイドに連絡だな」
 スザクは、彼の所に行ったはず。だとするなら、彼が何かを知っているはずだ。
「知っていなかったとしても、あいつなら軍で何があったのか、調べることが可能だろう」
 マリアンヌに知られる前に何としてもスザクを連れ戻さないと、先ほどの仮定が仮定ではなくなる。
「まったく……置きみやげにしても本当に嫌がらせですね」
 こうなったら、フォローしようなんて考えるのはやめよう。そう思いながら、電話へと手を伸ばした。そして『こき使っていいよ』という一言ともにシュナイゼルから渡された番号へと書ける。
『この忙しいときに、だぁれ!』
 コール三回で取ったのは認めてやろう。しかし、このセリフは気に入らない。ただでさえ悪い性格がさらに悪化した。
「誰だ、とはずいぶんなセリフだな、ロイド」
 お前の携帯には相手の名前が出ないのか、とイヤミ混じりに付け加える。
『すみません、ルルーシュさまぁ! ちょっと、混乱していたんですぅ』
 それでも、直ぐに謝ってきたからとりあえずおしおきは脇に置いておくことにした。
「スザクのことか?」
 代わりにこう問いかける。
『すみませぇん! せっかく、ルルーシュ様が貸してくださった最高のパーツだったのにぃ』
 そのセリフは何なのだ、と思わずにはいられない。
『純血派の連中に強引に連れて行かれてしまいましたぁ』
 だが、知りたいことは真っ先に教えて貰ったのでいいことにする。
「あいつらに、スザクは俺や母さんのお気に入りだと伝えたのか?」
 証拠も渡してあっただろう? と付け加えた。
『そんな暇ありませんでしたよぉ! 連中と来たら、こっちの機材も何もひっくり返してくれましたしぃ、当然、僕の言葉なんて聞く耳持ちません』
 かといって、実力行使で彼等にかなうはずもない。何よりも、これから機材の損害を……と彼はまくし立てようとする。
「それよりも早く、あの腹黒宰相に連絡を入れて、スザクを解放させろ」
『ですがぁ!』
 それよりも、機材の方が……と相変わらず見事なマッドサイエンティストぶりを見せつけてくれた。普段なら、そんな彼をからかって遊ぶのだが、今はそんな余裕はない。
「いいのか? 間違いなく、母さんの耳にも入っているぞ」
 そうなったら、本気で何をしでかすか責任は取れないからな……とルルーシュは付け加えた。
『……あの、まさかと思いますけどぉ……』
 おそるおそるといった様子でロイドが聞き返してくる。
「クロヴィス兄さんにあんなことが出来る人間が、他にいると思うか?」
 人間の範疇かどうか悩む存在なら二人ほど知っているが、と心の中だけで付け加えた。
「それに……これは推測だが、母さんの傍には《奇跡の藤堂》とその部下がいるぞ」
 これでナイトメアフレームが連中の手にあったら、怖いものなしだな……とルルーシュはため息をつく。
『それって、日本解放戦線も絡んでません?』
 半ば泣きそうな声音でロイドが聞き返してきた。
「ついでに、ラクシャータも一緒だと思うぞ」
 次の瞬間、受話器から絶叫が響いてくる。あまりのうるささに、ルルーシュは反射的に耳からそれを遠ざけたほどだ。
 それでも十分に相手の言っていることは聞き取れてしまう。それはいいのか悪いのか。それを悩みつつ、ルルーシュは口を開く。
「その前に、出来る限りの手だてを取っておくんだな」
 そうしていたら、とりあえず援護だけはしておいてやろう。その言葉に回線の向こうから喜びなのか何なのかわからない叫びが響いてきた。

 それでも、スザクが解放されたという事実はない。
「いっそのこと、俺が乗り込むか?」
 後々厄介かもしれないが、スザクさえ取り戻せれば何とかなる。そんなことを考えていたときのことだ。
「やめておけ」
 いきなり声がかけられる。
「頼むから、部屋に入る前に一言、声をかけてくれ」
 今更、いきなり現れたからと言って驚くようなことはない。だが、見られたくないこともあるのだ。
「俺だって、男なんだぞ」
 ため息とともにこう告げる。
「何を言っているんだ、童貞坊やが」
 即座にこう言い返された。
「お前のことは、マリアンヌの腹の中にいた頃から知っているんだぞ? 今更、どんな場面を見ようとも驚かないな」
 人の前でお漏らしをしてくれたこともあったな、とC.C.はこう付け加える。いくらルルーシュでも、自分が物心つく前のことをあれこれ言われては勝てるはずがない。
「それで……何の用事だ?」
 食事をしていくというのであれば、自分よりも咲世子に言った方が確実だぞ……と付け加える。
「それなら、もう、頼んできた」
 あっさりとこう言い返すと、当然のように彼女はルルーシュのベッドへと横になった。
「……で?」
 何の用事なのか、と言外に問いかける。
「マリアンヌからの伝言だ」
 まったく、自分はメッセンジャーではないのだが……とC.C.はわざとらしいため息をつく。
「母さんから?」
 しかし、彼女の態度よりもそちらの方が気にかかる。いや、嫌な予感がするといった方が正しいのか。
「クルルギの一件は、自分がしっかりと片づける。だから、お前は動くな、だそうだ」
 動いたら、無条件でおしおきだとも言っていたぞ、と彼女は笑う。
「C.C.、それは……」
「嘘ではないぞ。本気で怒っていたからな」
 だから、巻き込まれたくなければ大人しくしていろ。そう言われても素直に頷けるだろうか。しかし、頷くしかないと言うことも経験上知っている。
「……と言うわけで、私は食事が出来るまで寝る」
 出来たら起こせ、とC.C.は笑った。

 マリアンヌからの伝言がある以上、迂闊に動くことは出来ない。だからといって、状況を確認しないわけにもいかないのだ。
 だから、とテレビを見ていたのだが、そこに映し出された光景に、流石のルルーシュも目を丸くしかできない。
「……ルルちゃん、あれって……」
 全ての事情を知りつつ付き合ってくれる彼女が、呆然と呼びかけてくる。
「言うな、ミレイ……」
 頼むから、とルルーシュは言い返す。
 画面には、拘束衣を着せられているスザクを軽々と片手で抱え上げている人物が映し出されていた。
 マントと仮面で体形は隠されている。しかし、ルルーシュはそれがマリアンヌではないかと思ってしまう。
「お兄さま」
 不意にナナリーが口を開いた。
「何だ、ナナリー」
 スザクは無事なようだぞ、ととりあえずルルーシュは付け加えた。
「わかっています」
 アナウンサーの声が聞こえたから、と彼女は微笑んだ。
「でも、お母様の声も聞こえたような気がするのですが……」
 画面に映っておられませんか? と首をかしげるしぐさは可愛い。しかし、その言葉の内容は、できれば言って欲しくなかったセリフだ。
「……ちょっとわからないわね」
 でも、ナナリーが言うなら、いるのかもしれないわね……とミレイが言ってくれて助かったと言うところだろうか。
「そうですか……久々にお会いできると思ったのに」
 そう言えるのは、やはりナナリーだからだろう。
「ともかく、スザクは帰ってくる。あいつの好きなものでも作っておいてやるか」
 その場をごまかすためにルルーシュはこういった。
「なら、私のためにピザを作れ」
 しかし、この要求は違うような気がする。しかし、逆らわない方がいいと言うことも事実だ。
「……スザクが無事に帰ってきたらな」
 ため息とともにこう言い返すのが精一杯だった。




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09.09.14 up