おそらく、ブリタニアでもあの仮面の人物の正体が誰なのか、気づいたものはいたのだろう。次の総督としてコーネリアが赴任して来るという知らせがあった。 だが、それよりもルルーシュには優先しなければいけないことがある。 「……ともかく、お前が無事でよかったが」 戻ってきたスザクに抱きつきながら、ルルーシュはこういう。 「僕も、戻ってこれて嬉しいよ」 そんな彼の体をしっかりと抱き留めながら、スザクもこう言い返してきた。 「まったく……心臓に悪いぞ」 あんなことになるなんて、と付け加えれば、自然と腕に力がこもる。 「本気で政庁に乗り込んでやろうかと思ったほどだ」 そんなことになったら、おそらく自分は連れ戻されることになっただろう。もっとも、そうなったらそうなったで、またさっさと抜け出すに決まっている。自力では無理なら、マリアンヌが手伝ってくれるだろう。 その時にどんな騒動が起きるか。そんなことは知ったことではない。 「……ごめん……」 その状況も怖いから、次からは気をつける……とスザクは謝ってくる。 「そうしてくれ」 次はきっと、誰に何と言われようとも黙っていられない。その結果、ブリタニアが世界から消えることはなくても、その屋台骨が揺らぐ程度のことはするかもしれないぞ……と口にしてからルルーシュは彼から離れた。 「……まぁ、そうなればそうなったで、喜ぶ人はいるかもしれないけど……お願いだから、やめてね?」 一応、自分はブリタニアの軍人なんだけど……とスザクは苦笑と共に付け加える。 「わかっている。お前が馬鹿なことに巻き込まれなければ、何もしないさ」 今まで通り、ここで大人しくしているから、とルルーシュは笑う。 「ならいいけど」 あからさまにほっとしたような表情を作る彼に、いったい自分が何をすると思っているのか、と聞き返したい。 「それよりも……ずいぶんと時間がかかったな」 ナナリーは待ちくたびれて眠ってしまったぞ、と代わりに口にする。 「……えっと……」 言わなきゃダメ? とスザクは言い返してきた。その頬が引きつっているような気がするのは錯覚ではないだろう。 「できれば、な」 内容までは聞きたいとは言わないから、と付け加えた。それはきっと、マリアンヌが関わっているに決まっている、という予想からだ。 「……マリアンヌさんと藤堂先生に、お小言を言われていた……」 「……そうか……」 ということは、やはりあの黒衣の人物はマリアンヌだったのか……とルルーシュはため息をつく。 「ついでに、藤堂達も一緒、ということは……次の総督は苦労するな」 とりあえず、オデュッセウスかシュナイゼルあたりにそれとなくほめのかしておこう。 「それでね、ルルーシュ」 マリアンヌからの伝言があるのだ、とスザクは今度ははっきりと頬を引きつらせながら告げてくる。 「……聞かない、という選択肢は、俺にはないのだろうな」 そんなことを言えばどうなるか。わかっているが聞きたくない。そう言っても誰も自分を責めないのではないか。そう思わずにはいられないルルーシュだった。 数日後、エリア11の新しい総督に、第二皇女コーネリア・リ・ブリタニアが就任すると伝えられた。 「……おそらく、姉上なら母さんを怒らせないと思われたんだろうな……」 声を潜めながら、ルルーシュはそう告げる。 「そうなの?」 だとするなら、コーネリアという人物はかなり使える人物なのではないか。スザクはそう判断をした。 「問題は、別の意味で煽らないかと言うことだ」 そう言いながら、ルルーシュは周囲を見渡す。それはきっと、誰かに聞き耳を立てられてはいないかと警戒しているのだろう。 なら、クラブハウスにいるときに話せばいいのに。だが、彼は彼なりに緊張しているのかもしれない。なぜなら、自分たちが向かっているのは、その話題の人物の元なのだ。 スザクが預かった伝言。 それは、ルルーシュに『会いに来なさい』という命令だった。いや、本人はその前に『時間があるなら』と付け加えてはいたが、受け取る方にしてみれば命令に等しい。 というわけで、指定された場所へ向かっていた。二人だけなのは、流石にナナリーを連れ出すのは危険だと判断したからだ。それに関しては、マリアンヌも何も言わないはず、と言う確証がある。 「煽るって?」 何を、とスザクは聞き返す。 「……母さんの趣味は、お前も知っているだろう?」 苦笑と共にルルーシュは逆に問いかけてきた。 「趣味って……あれ?」 優秀な相手をさらに鍛え上げること、と付け加えれば彼は頷いてみせる。 「コゥ姉上は、俺のきょうだいたちの中で唯一、母さんが鍛え上げた人だ」 だからこそ、彼女はあれだけ強い。でも、もっと強くなるだろう。そうマリアンヌが言っていた……とルルーシュは続ける。 「ということは、あの方を鍛えるために……」 事件を起こしたりするのか、と付け加えようとした言葉を、スザクは辛うじて飲み込む。 「母さんだから」 やりかねない。しかも、ブリタニアの日本人に対する言動には怒りを覚えていたようだし。もっとも、コーネリアが相手であれば、それはかなり手心を加えられるだろうが……とそう彼が付け加えたときだ。 「そこにいる方! どいてください!!」 頭の上の方からそんな声が響いてきた。反射的に視線を向ければ、少女が窓から飛び降りたらしいのがわかる。しかも、このままではルルーシュを下敷きにしかねない。 「ルルーシュ、避けて!」 反射的に、全身で彼の体を押す。そして場所を入れ替えたところで腕を伸ばして少女の体を受け止めた。 「……流石、だな」 一瞬のその動きに感心したのだろう。ルルーシュがこう言ってくる。 「だって、ルルーシュにケガをさせるわけにはいかないし……女の子も同様でしょう?」 そうスザクが言葉を返したときだ。 「ルルーシュ、ですか?」 腕の中の少女が不意にこう言う。 その言葉に、驚いたようにルルーシュは彼女の顔をのぞき込んだ。 「……ユフィ?」 次の瞬間、呟くようにこう告げる。 「知り合い?」 彼女の体をおろしながらスザクは問いかけた。 「直ぐ下の ルルーシュがこう教えてくれる。その時だ。上の方から何やら騒ぎが伝わってきたのは。 「あらあら……もうばれてしまいましたの」 このままでは捕まってしまいますわ、とどこかのんびりとした口調で彼女は告げる。 「とりあえず、移動するぞ」 「そうだね。このままだとルルーシュが連れ戻されるか」 ということでごめん、と付け加えると、スザクはルルーシュの体を抱き上げた。 「ほわぁ!」 相変わらず突発事項に弱いな。そう思いながら視線をユーフェミアへと向ける。 「こちらです」 付いてきてください、と付け加えればユーフェミアはしっかりと頷いて見せた。 「……あの場合、抱き上げるならユフィの方だろうが」 公園のベンチにふんぞり返りながらルルーシュが言葉を綴る。 「だって……ユーフェミア殿下は連れ戻されてもいいけど、ルルーシュはそういうわけにいかないでしょ?」 だから、とスザクは言い返す。 「ナナリーのことも考えないと……」 この言葉に、彼は渋々ながら、怒りの矛先を収めたようだ。 「……そう、だな……」 確かに、ナナリーに心配をかけるわけにはいかない。何よりも、母さんが怖い……と呟く彼をスザクは笑えない。そんなことになったら、確かにマリアンヌが何をしでかすかわからないのだ。 「だから、僕がルルーシュを優先するのは当然のことなんだって」 ルルーシュに何かあって、そのせいでマリアンヌにおしおきをされるのはごめんだ。そう付け加える。 「……そう言うことにしておいてやる」 こう言いながらもルルーシュはふわっと微笑んだ。 それを見てほっとしたのはスザクだけではなかったらしい。 「ルルーシュ」 それでもまだ遠慮があるのか。おずおずとした口調でユーフェミアが呼びかけた。 「何だ?」 とりあえず、妹と名の付く存在には優しいのか。ルルーシュは微笑みのまま視線を向ける。 「どうして、帰ってきてくださいませんの?」 まだ、怒っているのか? と彼女はさらに問いかけてきた。 「帰ってきてくだされば、一緒にお茶や何かも出来ますのに」 そうしたらきっと楽しいだろうに、とさらに言葉を重ねる。 「……母さんが、まだ、怒っているからな」 あの一件とは別のことも含めて、とルルーシュはため息とともに言い返す。 「何をしたのか、聞いてもいい?」 先日のことを思い出して、スザクはこう問いかけた。 それに、ルルーシュは小さく頷いてみせる。 「二年ぐらい前かな? そろそろ許してやって欲しいとV.V.様に言われて、母さんが本国に戻ったんだ」 しかも、こっそりと。しかし、それが悪かったらしい。 「そうしたら、父上のひざの上に見知らぬ女性が座っていたらしい」 これが他の后妃や姉妹達であれば気にしなかったのだろう。むしろ、当然だと考えたのではないか。 だが、どう見てもその女性が身に纏っていたのは一般兵の軍服だったらしい。 「ビスマルクがその時の母さんの顔を見て腰を抜かしかけたそうだしな」 つまり、そろそろ許してやろうと思って帰れば、別の女性に手を出しかけていたシーンに遭遇してしまったと言うことか。 「……それって、ひょっとして金髪の女性、ですか?」 何かを知っているのか。ユーフェミアがこう問いかけてくる。 「そこまでは聞いていないが……何か知っているのか?」 「その位の時期に、ギネヴィアお姉様がそんな女性がいるといって怒っていらっしゃいましたの」 もっとも、直ぐに姿を見なくなって安心していたのだが……と彼女は付け加えた。 「……ビスマルクかな?」 「陛下、という可能性も否定できないよ?」 少なくとも、マリアンヌではないだろう。三人はその点では同意を見た。 「ということで、V.V.様もC.C.も、後数年は許さなくてもいいとおっしゃっているからな」 自分が高等部を卒業するか、ナナリーが「帰りたい」と言うまではいる予定だ。そうルルーシュは付け加える。 「まぁ、ここにいるのは公然の秘密だろうから……適当に会いに来ればいい」 スザクが特派にいる。そちらから連絡を回して貰えば都合はつけるから、とルルーシュは付け加えた。 「そうですか。お姉様も喜ばれますわ」 ユーフェミアがこう言って微笑む。 「それと……そうだな。とりあえず、クロヴィス兄さんが総督をしていたときに気付いたことをメールで送っていたから、それに目を通しておけば、当面の問題点はわかると思うぞ」 皇族用のフォルダに入っているから、クロヴィスが消していなければまだ残っているだろう。残っていなかったときには、やはりスザク経由で連絡をくれればまた再送する。 そこまでルルーシュが協力をするということは、彼女もコーネリアも、彼にとっては大切な存在だと言うことになるのか。スザクはそう判断をした。 「ただし、母さんを止めろというのは無理だからな?」 コーネリアにもそう伝えておいてくれ、とルルーシュは釘を刺しておく。 「そうなのですか?」 「残念ながら、な。とりあえず、こちらの言い分に理があるようなら耳を貸してはもらえるだろうが……」 マリアンヌの場合、どう考えてもそう言う行動は取らないから……とルルーシュは付け加える。 「なら、どうしてクロヴィスお兄さまを……」 「……それは、兄さんの親衛隊が俺を殺そうとしたから、かな?」 スザクだけではなくアーニャもその場にいたから、確認してみればいい。そうルルーシュは口にする。 「あぁ。だから、純血派の連中がお前を処分しようとしたのかもしれないな」 それが逆にマリアンヌの怒りを煽ったようだが……と言われて、その可能性もあるとスザクも気が付いた。 「……スザクもマリアンヌ様とルルーシュのお気に入りなのですね」 覚えておきます。そう言って彼女は頷いた。 その時だ。こちらに近づいてくる気配がある。 「あらあら。見つかってしまったようですわ」 では、自分は大人しく帰る……といいながら、ユーフェミアは立ち上がった。 「あなたと会ったことをお姉様にお話ししても構わない?」 「もちろんだよ、ユフィ」 でも、抜け出したことはきちんと怒られるんだね、とルルーシュは笑う。 「意地悪」 この一言を残して、ユーフェミアはきびすを返す。そして、そのまま駆け出していった。 「……凄いね」 何と言っていいのかわからないまま、スザクはそう告げる。 「ユフィは、箱入り天然娘だからな」 そう言うところが可愛いのだが、とルルーシュは苦笑を返す。 「まぁ、ユフィのお守りぐらいなら、増えても苦痛じゃないさ」 それよりもマリアンヌだ。そう言ってルルーシュも立ち上がる。 「そうだね」 行く? とスザクが視線を向ければ、彼は頷いて見せた。 「……じゃ、こっち」 そう言うと、スザクは手を差し出す。その手をルルーシュは苦笑と共に握りかえしてくれた。 終
|