久々に顔を合わせた瞬間、まさか食事を作らされるとは思っても見なかった。 「……そんなことなら、こっちに来てくださればよかったのに」 とりあえず、あり合わせの材料で作った料理をテーブルの上に並べながらルルーシュはぼやく。 「そうすれば、道具も材料もきちんと揃っていたのに」 最後のお椀をテーブルの上に起きながら付け加える。 「確かに。雪平鍋一つしかなかったもんね」 慌てて買いに走る羽目になったけど、とスザクもため息混じりに付け加えて見せた。 「だって、料理なんてしている暇がなかったのよ」 作るのは好きだけど、後かたづけは面倒だし……とマリアンヌは平然と言い返してくる。 「……そうですか」 彼女らしいと言えば彼女らしいが、とルルーシュは心の中で呟く。 しかし、自分たちが離れている間、いったい、どんな食生活を送ってきたのか。 「やっぱり、ルル君のご飯はおいしいねぇ」 そんなことを考えていれば、朝比奈の嬉しそうな声が響いてくる。 「このメンバーでまともに料理が出来るのがマリアンヌさんと卜部だけだからな」 女性はもう一人いるのにねぇ、と付け加えながら彼は視線を千葉へと向けた。 「何が言いたい?」 箸を握りしめたまま、千葉がこう言い返す。 一触即発とも言えるその空気に、ルルーシュがなんとかした方がいいのだろうかと悩んだときだ。 「二人とも」 箸を止めることなく藤堂が口を開く。 「食事の時に下らぬことで争うな」 この一言で二人は――どこか渋々ながらも――食事に戻る。そのあたりは流石だと言うべきなのだろうか。 「ルルーシュも、スザク君も、座って食べましょう?」 ご飯はみんなで食べる方が楽しい。そう言ってマリアンヌは微笑む。 「はい」 それに即座に言葉を返したのはスザクの方だ。その表情は、餌を前にお預けを食らっていた犬が、ようやく許可をもらえたときのそれに重なる。もちろん、それは自分の錯覚だと言うこともルルーシュにはわかっていた。 「母さんがそう言うなら」 しかし、それを指摘することはやめておこう。 そう考えて、マリアンヌとスザクの間に腰を下ろす。 「遅かったようだけど、何かあったの?」 そう言えば、とマリアンヌが問いかけてきた。 「途中で脱走してきたユフィと会いました」 黙っていても意味はない。第一、彼女のことはマリアンヌも可愛がっていたから。そう思って素直に口を開く。 「目を離すより付き合って適当な場所を見せた方が安全だと判断をして、しばらく付き合っていました」 この言葉に、マリアンヌは「そう」と微笑む。 「あの子も変わっていないようね。もっとも、コーネリアが何があっても守るのでしょうけど」 そのために『強くなりたい』といっていた子だから……と彼女は続ける。ブリタニアの魔女も、子の母にしてみれば《あの子》扱いなのか、とルルーシュは意味もなく感心してしまう。 「でも、どのくらい強くなったのかしら」 マリアンヌは、ふっとこんな呟きを漏らす。 「母さん?」 何やら不穏なセリフが聞こえたような気がするが、とルルーシュは聞き返した。 「単なる好奇心よ。とりあえず、あの子が馬鹿なことをしなければ、手を出さないわ」 他にしなければいけないことがたくさんあるし、と彼女は笑う。 「……何ですか、それは」 別の意味で怖いのだが、とルルーシュは呟く。 「聞かない方が身のためかもよ?」 スザクが即座に言葉を返してくる。 「……お前まで怖くなるようなことを言うな」 まったく、あれこれ余計なことまで考えてしまうだろう……と言い返すルルーシュの脳裏の中ではマリアンヌが取りそうな行動が何パターンも思い浮かんでいる。 もちろん、彼女のことだ。どれも失敗するはずがない。 問題があるとすれば、その尻拭いを押しつけられるのではないか、という一点だ。 「……ただでさえ、ロイドだけでも手を焼いているのに……」 まぁ、彼の場合、スザクのことであれこれ便宜を図って貰っているから妥協するしかないのだが。 「ごめん……」 自分のせいだ、とスザクが直ぐに謝罪してくる。 「気にするな。たいがいは目の前にプリンをつり下げれば、解決するしな」 それに、あちらにはセシルがいる。そう付け加えたときだ。 「あらぁ……相変わらずなのね、プリン伯爵はぁ」 セシルが傍にいないと何も出来ないのね、と懐かしい声が耳に届く。 「ラクシャータ!」 反射的に振り向くと、その名前を呼ぶ。そうすれば、相変わらず見事なプロポーションを見せつけるように着崩した彼女の姿が確認できた。 「元気そうで何よりだ」 「それはこっちのセリフよ、ルルーシュ様」 当然、ナナリーも元気なんでしょうね……と彼女は付け加える。 「当たり前だろう」 ナナリーの安全が確保できないのに、自分が彼女の側を離れるなんてあり得ない。ルルーシュはそう言い返す。 「アッシュフォードが見つけてきてくれたメイドがものすごく有能なんだ。だから、心配はいらない」 でも、と微笑んだ。 「ラクシャータが久々に診察してくれれば、ナナリーも喜ぶと思うぞ」 もちろん、診察は定期的にして貰っている。だから、これは口実だ。だが、顔見知りの彼女が久々に訪ねてきてくれれば、きっと彼女は喜ぶだろう。 「そぉねぇ……マリアンヌ様の許可がいただけるなら、久々に様子を見てきてもいいかもしれないわ」 ついでにナナリーの今の主治医と話が出来ればなおいいのだが。ラクシャータはそう言い返してくる。 「そうしてちょうだい。それなら、私も安心だわ」 マリアンヌが笑みを深めながら口を挟んできた。 「その前にご飯よね。彼女の分もあるのでしょう?」 ルルーシュ、と視線を息子へと向けてくる。 「えぇ。今、用意してきます」 何か、うまくはぐらかされたような気がしないわけでもない。だが、今は言いたくないという母の意思表示なのだと言うこともわかっている。 だから、今は何も聞かないことにした。 ゲットーぎりぎりまで朝比奈と千葉が送ってくれるという。 「その必要はないのに、すまないな」 ルルーシュは朝比奈に向かってそう声をかけた。 「気にしなくていいよ。とりあえず落ち着いているとはいえ、何があるのかわからないし」 スザクが下手に相手を傷つけても、後々厄介だ。そう言って彼は笑い返してきた。 「私たちの顔は日本人なら知っているものが多いだろうしな」 さらに千葉がいつもの口調で続ける。 「って、そう言う意味ならスザク君の顔もよく知られいていると思うけど?」 何たって、全国放送されたから……と朝比奈が続けた瞬間、スザクが思いきり嫌そうな表情を作った。あるいは、その後にあったことを思い出したからかもしれない。 「朝比奈」 それに気付いたのだろうか。千葉が低い声で彼の名を呼ぶ。 「だって、本当のことでしょ?」 しかし、しれっとした口調で朝比奈は言い返してくる。 「スザク、放っておけ」 これ以上落ちこまれては、後々厄介だ。何よりも、ナナリーが不安に思う。だから、とルルーシュは口を開く。 「相手の気持ちを考えられない人間には、それなりの報復をするだけだ」 まぁ、相手が本気で使い物にならないようなことはしないが……ととりあえず付け加える。 「何を、する気なの?」 それに、スザクがこう問いかけてきた。 「そうだな……次回、料理を作るときは一人分、減らすくらい、かな?」 ご飯とみそ汁ぐらいは出してやろう。だが、おかずがあるとは思うな。そう言って笑う。 「なるほど。それはいいかもしれないな」 千葉がそれに笑いながら頷いてみる。 「その分、マリアンヌ様と藤堂さんに一品増やしてくれ」 そうすれば、他の二人も文句は言わないだろう。しかも、これ以上ない報復だ……と彼女は笑った。 「ルルーシュの手料理が目の前にあるのに食べられないなんて……想像もしたくないな」 スザクが真顔でこういう。 「僕の時は、スクワット一万回だろうと何だろうといいけど、ご飯抜きだけは勘弁して」 さらにこう訴えてくる。 「おしおきされるようなことをしなければいいだけのことだろう」 もっとも、スザクの場合、彼がするよりも先にロイドがするような気がするが……とルルーシュが首をかしげた。 その時だ。 「ルルーシュ君、ごめん!」 言葉とともにいきなり朝比奈が土下座する。 「……謝る相手が違うと思いますけど?」 日本人にとってそれがどれだけ屈辱的な行動なのかはわかっている。しかし、とルルーシュは言い返す。 「そうだな。謝る相手が違う」 千葉もまた、こう言って頷いてみせる。 「いい加減にしないと、藤堂さんに言うぞ」 そして、追い打ちをかけるようにこう言った。 「……スザク君、ごめん……」 ここまで言われてはいくら朝比奈でも状況を飲み込めたのだろう。スザクに向かって頭を下げる。 「謝ってくれたから、いいです」 それよりも、周囲からあれこれ言われる前に立ってください……と彼は言い返した。しかし、それに違和感を感じたことも否定しない。 「スザクなら、ここで朝比奈の頭を踏みつけるぐらいするかと思ったのに」 ぼそっと呟けば、 「大人になった……と言うことか?」 と千葉も口にする。 「酷いな、二人とも」 いろいろとあったんだよ、とスザクは唇をとがらせて見せた。 「ともかく、早く帰らないとナナリーが心配しているんじゃないかな?」 さらにこう言ってくる。 「そうだな」 さっさと立って、とルルーシュは朝比奈に向かっていった。 「許してくれるの?」 ぱっと顔を上げて彼は聞き返してくる。 「……そうですね……俺の質問に答えてくれたら、おかずナシはとりあえずやめておきます」 だから、教えてくださいね? と微笑めば、朝比奈は張り子の虎のように何度も首を縦に振って見せた。 「……セイギノミカタ……」 マリアンヌらしいと言えば、そう言えるのかもしれない。だが、とルルーシュはため息をつく。 「問題は、何をするか、だよね」 スザクもまたそう言って頷いてみせる。 「何もないことを祈ろう」 そう言うと、ルルーシュは肩を落とす。その肩を、スザクがいたわるように叩いてくれた。 終
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