あの日から、ルルーシュはこっそりと政庁のホストに潜り込んでデーターを集めるようになった。もちろん、ロイド達の協力があってのことだ。一人でも出来るのだが、後々のことを考えれば、そちらから手を回した方が確実だろう。そう考えたのだ。 「とりあえず、無難なことだけだな、今のところは」 本当に正義の味方をしているんだ、と別の意味で感心したくなる。 「でも、予想以上に腐敗してたんだね」 スザクがこう言ってきた。 「そうだな」 どちらが、とは言わない。しかし、片方だけではない事も事実だろう。 「まぁ、この程度ぐらいならまだ大人しい方だな」 コーネリアも対処が楽だろう、とルルーシュは呟く。もちろん、自分たちも、だ。 「だね」 藤堂達も気が楽なのではないか。スザクはこう付け加えた。 「法律を守らない人をおしおきするのは、好きそうだし」 藤堂の愛読書が勧善懲悪の時代物だと言うことを覚えているから、と彼は笑いながら口にする。 「……あれか? 昔テレビでやっていた『お主も悪よのぉ』『いえいえ、お代官様こそ』と悪人が囁きあっているところに、スパンとふすまを開けて入ってくるというワンパターンのドラマ……」 もっとも、あれはあれで面白かったが……とルルーシュはスザクへと視線を移した。 「それだけじゃないけどね。あれはお約束だからこそ、様式美が成立するんだって……そう言っていたのは誰だったかな」 とりあえず、そう聞いた……と彼は言い返してくる。 「……そう言えば、あの手のドラマは、母さんも好きだったな……」 リアルタイムで見られないときは録画してまで見ていたし、とそんなことも思い出してしまった。 「まさか、それで《正義の味方》といいだしたわけじゃないだろうな」 ふっと嫌な考えが心の中をよぎる。 「まさか」 そんなことはないだろう、と言いかけたのだろう。しかし、彼は直ぐに言葉を飲み込む。どうやら、あり得ない話ではないと思ったのかもしれない。 「ルルーシュ様、お時間ですよ」 その時だ。ドアの外から咲世子が呼びかけてくる。 「……集合時間まで、まだ少しあると思うが?」 反射的に時計を確認しながらこう言い返す。 「それが……ミレイ様が時間を間違えられたとかで……」 先ほど電話があったのだ。そう咲世子は言葉を返してきた。 「まったく、あの人は……」 でも、、ミレイだしな……とルルーシュはため息をつく。 「そう言うことだ、スザク」 「うん。気をつけてね。本当なら、僕も同行したかったんだけど……」 「仕事では仕方がないだろう」 そう言い返しながら、ルルーシュは鞄を持ち上げた。一泊二日の荷物は、小さな鞄一つで収まっている。 「代わりに、帰ってきたら、ナナリーの相手をしてやってくれ」 この言葉に、スザクはしっかりと首を縦に振って見せた。 しかし、こんな状況に巻き込まれるとは思っても見なかった。 「……ルルちゃん……」 不安そうにミレイが呼びかけてくる。 「大丈夫だ」 それよりも、と口にしながら、さりげなくニーナへと視線を向けた。既に、彼女の顔色は青いを通り越して真っ白くなりつつある。 彼女の日本人嫌いは度を超しているような気がしていたが、それも個人の問題だ。そう考えて放置していたのだが、この場ではまずい。このままでは、何かパニックを引き起こしかねない。 「大丈夫だからね、ニーナ……」 言葉とともにシャーリーが彼女を抱きしめている。 目と耳を塞いでやれば、少しは落ち着いてくれるのではないか。そう思ってのことだろう。 それがどれだけ保つかはわからない。だが、今しばらく時間を稼げるのではないかと思う。 「他にも、何人かやばそうな人間がいるな」 さりげなく周囲を見回しながらルルーシュはそう呟く。 「何とかならないの?」 そっとミレイが話しかけてきた。 「……せめて、後一人、見張りが減ってくれれば方法がないわけではないのですが……」 スザクがいれば話は別だったのだが、とため息とともに付け加える。 「まぁ、そのうち、スザクが助けに来るとは思いますけど」 というよりも、来てくれないと困る……と心の中で呟く。そうでなければ、あの人が何をしでかすかわからない。 彼等が動けば、間違いなく事態は収拾するだろう。 しかし、別の問題が持ち上がるのは目に見えている。 「……ミレイちゃん、どうしよう……」 そんなことを考えていたときだ。不意にニーナが口を開く。 「どうしたの?」 即座にミレイが聞き返す。 「どうしよう……お腹、痛いの……」 トイレに行きたい、と泣きそうな声で彼女は付け加えた。 「ひょっとして、顔色が悪いのは日本人がこわいからじゃなくて……」 「そんなの、気にしている余裕、ない」 それよりもトイレに行きたい、と彼女はまた口にする。 「困ったわね……どうすればいいのかしら」 そんなことを言っても、彼等が聞き入れてくれるかどうか。それがわからない。 「そうよね。頼んでも『ダメだ』と言われかねないよ」 あの人達、そんなことを考慮してくれるとは思えない……とミレイがため息混じりに言葉を綴る。 それが見張りの一人の耳に届いてしまったらしい。 「今、なんて言った!」 この言葉とともに銃口を向けてくる。その言動だからこそ、そう言われるのだ……とわかっていないのだろうか。しかも、銃を持っているから自分は偉いのだ、とそう考えているというのがわかってしまう。 ある意味、この男も緊張状態に耐えかねているのではないか。 「すみません。彼女がお腹が痛いと言いだして……でも、面識のない男性には言いにくいと……」 言外に、女性特有の症状かもしれないと匂わせる。 「……あ……あぁ、そうか」 幸いなことに、それが伝わらない朴念仁ではなかったようだ。 「それは……困ったな」 だが、自分だけの判断ではどうにも出来ないらしい。 「監視が付いていっても構いません。彼女をトイレに行かせてやってくれませんか?」 その位の度量は見せて欲しい、とルルーシュは付け加えた。 「日本人の軍人は、婦女子には優しい、と聞いておりますし」 さりげなく付け加えた言葉に、相手の心が揺らいだのがわかる。 「……ちょっと待ってろ」 そのまま、この場の責任者らしいものの所へ歩み寄っていく。 「うまく説得してくれればいいが……」 ついでに、他の者達もトイレに行かせてくれればいい。それだけでも人質達の気持ちが落ち着くだろう。 もっとも、連中の顔を見ていればそれも怪しいのではないか。 「……まったく……男なら、その位の包容力は見せろ」 でなければ、後々とんでもないことになるぞ……とルルーシュは付け加える。 「……ルルちゃん、まさかとは思うんだけど……」 生徒会のメンバーの中で唯一、ルルーシュ達の事情――ついでに、マリアンヌ本人も――を知っているから、だろう。ミレイが頬を引きつらせながら声をかけてくる。 「来ると思いますよ?」 あの人が、とため息混じりに言い返す。 「それでなくても、コーネリア総督が既に動いていらっしゃるでしょうし……」 自分がいると知れば、間違いなく本気で状況を打開しようとするに決まっている。 「なら、どうして……」 何の動きもないのか、と声を潜めながらミレイは問いかけてきた。 「……とても嫌な仮定なのですが……」 自分以上にコーネリアの行動を疎外する人間がこの場にいるのではないか。そして、彼女ならばそれをやりかねない。 「犯人、命あると思う?」 明日の朝まで、とミレイは不安に呟く。 「大丈夫だ、と思いますけどね」 ものすごい恥をかくことにはなるだろうが、とルルーシュは言い返す。 「それよりも、最低限、ニーナがトイレに行くことを許可してくれればいいのですが」 見ている方が辛い、とさらに言葉を重ねる。 「そうね。ニーナもだけど……もっと小さな子もいるしね」 彼等も、トイレに行きたいと思っているのではないか。ミレイもそう言って頷く。 「他にも、女性陣は、ね」 そう呟いたときだ。 「トイレに行きたいものはどれだけいる!」 リーダーがいきなりこういった。それにニーナの代わりにシャーリーが即座に手を挙げた。それに促されたのだろうか。他にもいくつか手が挙げられる。 「……予想以上に多いな。わかった。何回かに分けるぞ」 ついでに、トイレのドアの内側まで監視のものは同行する。もちろん、個室までは確認しないが、窓から逃げられては困るからな。それでもよければ、トイレに行かせてやる、という言葉に、安堵のため息があちらこちらから聞こえる。 しかし、ルルーシュはそういうわけにはいかなかった。 見覚えのあるピンクが人々の間から確認できたのだ。 「……最悪のパターンだな」 なんとか、彼女と話が出来る位置に移動しないと。そう呟く。 同時に、外ではいったいどのような騒動になっているのだろうか。コーネリアの胃が無事であればいいのだが……とルルーシュは本気で異母姉のことを心配してしまった。 そして、その心配が無駄ではなかった、と後日知ることになる。 終
|