テレビから流れてきたニュースキャスターの言葉を理解すると同時に、スザクの顔からざっと音を立てて血の気が引いた。 「どうしたの、スザク君」 それに気が付いたのだろう。セシルが問いかけてくる。 「あのホテル……」 説明をしようとするのだが、何故か舌が強ばっていて、うまく言葉をつづれない。 「って、ニュースの?」 セシルの問いかけに頷くことで同意を示す。 「大丈夫よ。総督がご自分で出撃されたから……多少の被害は出るかもしれないけど」 でも、きっと犯人に鉄槌を下してくれるだろう。彼女はそう言って微笑んだ。 「ダメです!」 それじゃ、とスザクは半ば叫ぶようにして口にする。 「あそこに、ルルーシュがいるんです!」 いや、彼だけではない。ミレイも、だ。 そう付け加えた瞬間、セシルだけではなくその場にいた者達の動きが止まった。 「スザク、くん……」 ただ一人、ロイドだけはいつもの笑顔――だが、それが引きつっているような気がするのは錯覚ではないだろう――で声をかけてくる。 「今、誰がいるって、言ったかな?」 僕の聞き間違いだよね、と彼は祈るように付け加えた。 「ルルーシュが、学校の友達と一緒にあのホテルにいます。不幸中の幸いなのは、ナナリーは留守番だったこと、でしょうか」 そうでなければ、とっくに怖い状況がモニターに映し出されていたに決まっている。 しかし、このままでも時間の問題なのではないだろうか。 「そのことを、総督閣下は……」 「ご存じないと思いますよ。ルルーシュが教えるわけないですから」 スザクの言葉を直ぐには理解できなかったのだろう。ぶつぶつとロイドは彼の言葉を繰り返している。 だが、一分と経たないうちに彼の顔から血の気が完全に引いた。 「す、す、直ぐに、いかないと! 許可は、腹黒殿下から貰えばいいから! ともかく、あの方が現場に行く前に自分たちも到着していないとまずい!」 でないと、どんなおしおきをされるかわからない……という言葉にようやく周囲の者達も状況を把握したようだ。そのまま、蜘蛛の子を散らしたように己の持ち場へとちっていく。 「スザク君もいいね? 出撃してもらうかもしれないけどぉ」 最悪、知己と戦闘をすることになるかもしれないが……と彼は続けた。 「大丈夫です」 自分にとっては、彼等よりもルルーシュの方が優先順位が高い。何よりも、とスザクは口を開く。 「ルルーシュを守るのは、僕の義務ですから」 きっぱりとした口調でスザクは言う。 「でないと……僕もマリアンヌ様におしおきされます……」 クロヴィスはともかく、純血派の二の舞はごめんだ。真顔でそう付け加えれば、ロイドの顔が真っ白くなった。 「みんな、死ぬ気で準備をするんだよぉ!」 でないと、とんでもないことになるからね。その言葉に反論の声は上がらない。 「……流石、マリアンヌ様……」 感心していいのかどうかはわからないまま、スザクはそんな呟きを漏らしていた。 しかし、スザク達が河口湖に到着したときにも、まだ事態は何も変わっていなかった。 「何があったんだろうねぇ」 待機を言い渡されたのが不満なのだろう。頬をふくらませながら、ロイドがこう言う。 「まさかとは思いますが……既にあの方が総督閣下に接触を取られたとか……」 だとするなら、それこそ厄介だ。そう言おうとして、スザクは別の可能性にたどり着く。 「ユーフェミア様が、あそこにいらっしゃるとか……」 ぼそっとスザクは呟くようにこう告げた。 「スザク君!」 まさか、とセシルは言い返してくる。 「……あり得る話だよぉ」 それにロイドがこう言って口を挟んできた。 「あそこって、確か、サクラダイト分配会議に使われる予定って聞いたんだよねぇ」 だから、ユーフェミアが視察に行っていてもおかしくはない。しかも、今日はパーティだったのだろう? と彼は付け加える。 「……ますます怖いことになりません? なら」 ユーフェミアとは親しくしていた。そう聞いているが、とスザクは問いかけた。 「それに……ルルーシュのことを伝えておかないと、万が一の時に厄介なことになりませんか?」 ユーフェミアだけを守ろうとして、とスザクは続ける。 「あぁ……その可能性があったぁ!」 そして、そうなったときが怖い。 「……仕方がないなぁ……諦めて、もう一回連絡をしておくよぉ」 ルルーシュも人質の中にいると。そう付け加えて、ロイドはふらふらと頼りない足取りで通信機の方へと歩いていく。 「大丈夫でしょうか……」 その後ろ姿を見送りながら、スザクはこう呟く。 「あの方々が絡んでいるから、大丈夫だと思うけど……」 ダメなら、マリアンヌにおしおきされるだけだ。それが嬉しいという趣味の人間でない限り、絶対ごめんだろう。 「ダメなら、その前にはり倒すだけだわ」 セシルならやりかねない。そう思っていれば、視線の先でロイドが床につまずいていた。 それから数分後、スザクはしっかりと通信機の前に立たされていた。 『あそこに、ルルーシュもいる、というのは事実なのだな?』 苦虫を噛み潰したような表情で、コーネリアが問いかけてくる。 「はい」 スザクはそれに即座に頷いて見せた。 『そうか……それで……』 コーネリアがその瞬間呟いたセリフに、ロイド達は声も出さずに凍り付いている。しかし、スザクは『やっぱり』と心の中で呟いていた。 「……黒の騎士団が、何か?」 そのまま、何気なくこう問いかける。 次の瞬間、モニターの中でコーネリアの表情が複雑に歪む。 『……とりあえず、事情がわかった……』 何故、出てきたのかが……とそう口にする。 「とりあえず、人質は無事だと思います」 犯人はわからないが、と告げた。 「本人が無茶をしていなければ、ですが……」 ミレイ達だけではなくユーフェミアも一緒であればどうなのか。もっとも、かなりの人数が人質に取られているから、お互いに相手の存在に気付いていない可能性はある。 「犯人が、女性陣に無体なことをしていなければ、大丈夫だと思います」 でも、と言いかけてやめた。 日本には《言霊》と言うものがある。下手に口にして、それが現実になったら困るのは自分たちだ。 『どうやら、マリアンヌ様と私の教えを、今でも忘れていないと見える』 少しだけ表情を和らげてコーネリアがこういった。 『どうやら、貴様はあの二人の信頼を得ているらしい』 ならば、と不本意そうに彼女は言葉を重ねる。 『状況によっては、出撃してもらうかもしれん。心構えだけはしておけ』 できれば、そのような機会はない方がいい。だが、と彼女はため息をつく。 『あちらが厄介なものを持ち出しているようなのでな』 それを突破できる可能性があるのは、特派のおもちゃだけらしい。そう彼女は続ける。 『しかし、どこからデーターを手に入れていらっしゃるんだ?』 「……それは、決まっているじゃないですかぁ」 『想像していたが……ここまで想像通りだと、怒る気もせんな』 第一、自分では口出しできない相手だ。忌々しそうにそう付け加える。 『せめて、一言、教えておいて頂ければ……』 ここまで引っかかりを覚えなかったものを、と彼女ははき出す。 「総督閣下にお教えすれば、きっと、会いに来られるだろうから。そうなった場合、あれこれ厄介ごとがそちらに降りかかるかもしれない。だから、がまんするのだ……とナナリーが言っていましたが……」 シュナイゼルであれば、笑ってすませることが出来るだろう。ビスマルクに特攻できる人間はいないだろうし。だから、クロヴィスにも知らせていなかったのだ……とそう聞いたとスザクは口にした。 「ですが、これからは内密に会いに行けるだろうか。そうもいっていましたが……」 その前にルルーシュを助け出さないと、と続ける。 『そうか……私のため、と考えてのことか』 「はい。クロヴィス殿下も、ルルーシュの助言を聞き入れてくださるようなら、と」 だが、コーネリアであれば助言をする必要はないだろう。だから、きっと、会いに行ってもかまわないと思っているのではないか。 スザクのその言葉に、コーネリアはようやく笑みを口元に浮かべる。 『そのためにはユーフェミアとルルーシュを解放しなければいけないわけだな』 誰の手を借りようとも、と彼女は口にした。 「はい。大切なのは、人質が無事に解放されることだと思います」 でなければ、あの人が怖い。そう心の中で呟いた声が聞こえたのだろうか。 『いつでも動けるようにしておけ。有事の時に遅れるようなら、どのような結果が待っているか、わからないからな』 はっきり言って、自分もそれは避けたい。そう言われたような気がするのは錯覚ではないはずだ。 『お前が出撃しないですめば一番いいのだがな』 この言葉とともにコーネリアの姿はモニターから消える。 「……でも、ものすご〜く、期待しているけどねぇ」 ロイドが笑いながらこういった。その次の瞬間、彼がどうなったかは、言うまでもないだろう。 そして、スザクが出撃を命じられたこともまた事実だった。 終
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