ルルーシュの朝はそれなりに早い。 咲世子にはナナリーの準備に専念して貰うために、朝食を作るのは彼の役目になっているのだ。ついでに、三人分の弁当も用意をする。 だが、時によっては四人分の食事を用意しなければいけないこともある。 「……いつ、来た?」 リビングに足を踏み入れた瞬間、ルルーシュは思わずこう口にしてしまった。そこには、当然のような表情をしたC.C.が座っている。 「夕べ、だ」 いや、日付が変わっていたから今朝と言うべきか? と彼女は首をかしげた。 「そのまま、お前のベッドを借りようと思ったのだが……おまけがいたのでやめた」 仕方がないから、そこでねていた……と彼女はソファーを指さす。一体どこから持ち出したのかわからない毛布が、床に放り出されていた。 「夕べは、あれこれ話しているうちに二人で落ちたのか」 だから、スザクと一緒に眠ってしまったのだ。それを彼女は見たのだろう。それはわかる。だが、とルルーシュはため息をつく。 「客間は掃除してあったはずだぞ」 何故、そちらに向かわない……とその表情のまま問いかける。 「決まっているだろう。ベッドが冷たいからだ」 丁度いい抱き枕があるのに、何故、冷たいベッドに入らなければいけない。真顔で彼女は聞き返してきた。 「……抱き枕とは、俺のことか?」 確認したくはないが、確認しておかないと後々厄介なことになりそうな気がする。そう思って、ルルーシュは口を開いた。 「他に誰がいる?」 言っておくが、あの童顔坊やは好みではないからな……と彼女は言い返す。 「マリアンヌ公認の抱き枕だろう、お前は」 「……いったい、いつの話だ!」 確か、それは五歳頃の話だったはず。それから何年経ったと思っているのか、と言いたい。 「まぁ、いい。それよりもピザを作れ」 今朝はガッツりと食べたい気分だ……と彼女は勝手なことを口にする。 「ピザ、だと?」 何を言い出すんだ……と思いながらルルーシュは聞き返す。 「そう、ピザだ。チーズたっぷりでな」 後はサラミとトマトがあれば妥協してやる。そう言って彼女は笑った。 「冷凍のピザ生地があっただろう?」 あれでいい。そうも付け加える。 「……朝から余計な手間を……」 こう呟きながらルルーシュは時計へと視線を向けた。 「まぁ、いい。用意してやる」 だから、そこから動くな。そう言い残すとキッチンへと向かう。 「本当に、小うるさい奴だ」 くつくつと笑いながらも、C.C.はソファーへとまた体を横たえたようだ。 「まったく……あの魔女は」 それでも嫌いになれない。それはきっと、昔から彼女が変わらないからだろう。そして、そんな彼女を母が気に入っているからだ。 「他のメンバーは和食でいいか」 塩鮭とだし巻き卵、それにおひたしか。当然、みそ汁ははずせない。きんぴらはこの前作ったものがあるし……と脳内で冷蔵庫の中身を思い出しながらレシピを組み立てていく。 多少、違和感があるかもしれないが、それにトマトもつければ、野菜は十分だろうか。 そう結論を出すと同時に、ルルーシュはまずは材料を調理台の上にそろえ始めた。 朝食を終えれば、スザクは特派へと出勤していく。それを見送ってから、ルルーシュはナナリーと共に校舎へと向かった。 彼女を中等部の校舎まで連れて行けば、後は友人達が引き受けてくれる。それを確認してから高等部へと向かうのがいつものコースになっていた。 「おはよう、ルルーシュ君」 そんな彼に声をかけてきたのは、自称《病弱な令嬢》のカレン・シュタットフェルトだ。 「おはよう、カレンさん。最近は調子がいいようだね」 にっこりとほほえみと共にこう言い返したのは、イヤミでも何でもない。一種の暗号のようなものだ。 「えぇ」 最近は調子がいいの、と彼女は言葉を返してくる。それにルルーシュはほっとする。どうやら、マリアンヌも藤堂達も元気らしい。 「それはよかった」 言葉とともに微笑みを浮かべる。その瞬間、カレンが微妙な表情を作った。 「教室までご一緒しても構わないかな?」 それには気付かないふりをしてルルーシュはこう言い返す。同時に、さりげなく指先で合図を送った。 「そうね。同じクラスだもの。そうさせてくださいね」 しっかりとそれに気が付いたのだろう。カレンは微笑みを浮かべると頷いてみせる。 「では、決まりだね」 微笑みながらルルーシュは口にした。 と言っても、人目があるところではそれ以上の情報交換は出来ない。と言うことで、詳しいことは昼休みに持ち越しと言うことにした。 カレンに負けない体力バカのスザクは、昼休みにはルルーシュ達と合流することが多い。出来ないときは、特派が遠征に出ているときだけだ。 「と言うことで、詳しいデーターはこれに入れてある。あの方に渡しておいてくれ」 昼食のお重の包みの中に入れておいたデーターカードを手渡しながら、ルルーシュは告げる。 「わかったわ……しかし、今日も凄いわね」 お重の中身、とカレンは感嘆したように告げた。 「夜のうちに咲世子さんに手伝って貰って用意して置いたものもあるし……よく食べてくれる人間もいるからな」 笑いながら視線をスザクへと向ける。 「僕は普通だよ。ルルーシュが食べなさすぎなだけじゃない」 即座にスザクが言い返してきた。 「そうか?」 別に、これで不便を感じていない。そう言い返しながら、ルルーシュは取り皿に料理を取り分ける。 「ナナリー」 そのまま、そっと彼女のひざにそれを置いた。 「ありがとうございます、お兄さま」 今日のメニューは何ですの? と彼女は首をかしげながら問いかけてくる。 「ちらし寿司とお煮染めだよ」 デザートは他にあるから、と続けた。 「まぁ。それはおいしそうですわ」 嬉しそうにそう言ってくれる彼女に、ルルーシュの口元には自然と微笑みが浮かぶ。 「お兄さまの食が細いのは、昔からですから……その分、プリンで補っていらっしゃったようですけど」 他の人間であれば文句だけではすませられない。だが、相手がナナリーであれば『仕方がない』で終わってしまう。 「ナナリーも好きだろう?」 それに、スザクも神楽耶も食べに来ていたではないか……と苦笑と共に告げることは忘れないが。 「だって……ルルーシュの作るプリンは、絶品なんだよ?」 他の料理やおやつも最高だけど、とスザクは口にする。 「……あんたって、何者よ……」 信じられないと、カレンが呟く。 「洋食だけならばまだしも、和食まで完璧。その上、お菓子まで……って」 そう言いながら、彼女はお煮染めをちらちら見つめている。その事実に苦笑を浮かべながらも、ルルーシュは取り皿にそれを取り分けた。 「まぁ……昔からゼロやラクシャータはもちろん、朝比奈達にも食べさせていたからな」 舌だけは肥えている面々を満足させるために努力しただけだ。そう言いながら皿を差し出す。それに一瞬驚いたような表情を作るが、カレンは直ぐに「ありがとう」と言って受け取った。 「ルルちゃんは凝り性だものね」 もう少し手を抜いてもいいのではないか。そう言って来たのはミレイだ。 「手を抜くと、書類の山がたまりますが?」 「それは困るわ」 ルルーシュの言葉を聞いた瞬間、彼女はそう言い返してくる。その瞬間、周囲に笑いが満ちあふれた。 生徒会の仕事を終えると自分たちの生活スペースへと戻る。着替えを終えてリビングへと向かえば、珍しいことにV.V.が顔を見せていた。 「どうかなさいましたか?」 本国で厄介な動きでもあったのだろうか。眉を寄せながらこう問いかける。 「久々に君達の顔が見たくなっただけだよ」 そうすれば、苦笑と共に彼はこう言い返してきた。 「ナナリーが折り紙を教えてくれると言っていたし」 時間が出来たからよったのだ。その言葉をどこまで信用していいものか、とルルーシュは悩む。しかし、父よりも彼の方が親しみやすいと言うことも事実。何よりも、ナナリーが喜んでいる。だから構わないか、と直ぐに結論を出した。 「では、お茶を用意しましょう。お茶菓子はこのエリアのお菓子とオレンジのタルトと、どちらがよろしいですか?」 そして、こう問いかける。 「このエリアのお菓子というと、あの綺麗な?」 「えぇ。もっとも、俺が作ったものですけどね」 「それでいいよ。ルルーシュの手作りをごちそうになったら、シャルルに自慢できる」 最近、ちょーっと腹に据えかねることをしてくれたから。そう言って彼は笑う。と言うことは、母の家出には、彼も一枚噛んでいると言うことか。 「そうですか。では、少しお待ちください」 泊まっていかれますか? とさらに付け加える。 「ルルーシュが『いい』って言ってくれるならね」 「ダメというわけがありません」 あの魔女が居座っているのに、と言外に告げた。 「なら、御邪魔するよ。ゆっくりと話しもしたいし」 何よりも、ルルーシュの手料理が食べたい。V.V.はそう続ける。 「いいですよ。ただし、隣でピザを食っている魔女がいても我慢してください」 「その位、我慢するよ」 ルルーシュの言葉に、彼は笑い声を立てた。 そんな彼に微笑み返しながら、お茶の用意をするためにキッチンへと向かう。その時に時刻を確認すれば、スザクが帰ってくるまで後一時間ほどだとわかった。もちろん、何事もなければ、だが。しかし、ロイドからの連絡がないから、八割方大丈夫だろう。 そんなことを考えながら、キッチンへと足を踏み入れる。 数分も経たないうちに、キッチンからリビングへと紅茶の香りが漂った。 今日はある意味、穏やかな一日だったといえるだろう。 終
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