ルルーシュから預かったデーターを見た瞬間、ゼロが身に纏っている空気が変化した。
「彼は、これについて何と?」
 厳しい声音でこう問いかけられる。
「……ブリタニア側の情報は引き続き集める、と」
 言外に、日本側の情報はこちらで……と言いたいのではないか。カレンはそう感じていた。
「そうか。藤堂」
「承知」
 即座に彼は行動を開始する。
「あの……ゼロ?」
 どうかしたのですか? とカレンは問いかけた。
「バカが出ただけだよ。気付いてしまった以上、そんなバカは退治しないとね」
 ブリタニア側は直ぐには動けないだろう。ならば、自分たちが動くしかない。
「我々は、正義の味方、だからね」
 日本人だけではなくブリタニア人にとっても不利益になるような存在は見過ごせない。何よりも、あそこには日本解放戦線の本拠地がある。
「……ナリタで、何かが起きているのですね」
 それをルルーシュが教えてくれた。そう言うことなのか。
「彼は、情報収集と整理、そして、作戦の立案と指揮に優れた才能を持っているからね」
 藤堂も一目をおいている。これで、身体能力が人並み以上であれば自分以上のことが出来るのではないか。そうゼロは続ける。
「もっとも、今、彼の隣には枢木スザクがいる。その点については解消されたかな?」
 彼等がどう動くか。それが楽しみだ。そう付け加える。
 確かに、最初の先入観を捨てれば、あの二人は日本人だろうとブリタニア人だろうと気にすることなく付き合っている。スザクは普段軍にいるからわからないが、ルルーシュがバカにするのは、人間性が最悪な連中だけだ。
 はっきり言って、二人とも好ましい人間だと思える。しかし、ゼロの口から彼等をほめる言葉が出るのは少し面白くない。
「こちらには藤堂達と君がいる。それを考えれば、私の方が恵まれているかもしれないね」
 期待している、と一言言われただけでそんな気持ちが消えてしまうのは、我ながら現金かもしれない、とカレンは内心で苦笑を浮かべる。
「まぁ、いい。彼がまた何か、新しい情報を掴むかもしれない。引き続き、連絡を取ってくれ」
 カレンにしか頼めないことだ。その言葉に、カレンはしっかりと首を縦に振る。。
「わかりました、ゼロ。お任せください!」
 そして、こう告げた。

 パソコンのモニターを見つめながら、ルルーシュは眉間にしわを寄せている。
「そんな表情をしていると、跡が付くよ?」
 そう言いながら、細い指がしわが出来ている部分をつついた。
「シャルルはともかく、マリアンヌやナナリーを悲しませるのはどうかな?」
 他にも、スザクも悲しみそうだね……と続けたのは、もちろんV.V.だ。
「僕も、できればルルーシュにはそんなものがない方がいいと思うし」
「そう言って頂けるのは嬉しいのですが……」
 これを見ていると、どうしても眉間にしわが寄ってしまうのだ。ルルーシュはそう言い返す。
「何?」
 そう言いながら、彼はモニターをのぞき込もうとする。しかし、身長のせいか、どうしても難しいらしい。
 だから、彼の実年齢を考えれば失礼かもしれないと思いつつ、ルルーシュはその体を抱き上げた。そして、自分のひざへと座らせる。
「ありがとう、ルルーシュ」
 だが、彼はどこか嬉しそうな表情でこう言い返してきた。
「シャルルには見せられないけどね。でも、これでモニターがよく見える」
 そう言う彼に、ルルーシュは曖昧な笑みを返す。どう言葉を返せばいいのか、わからなかったのだ。
 もっとも、V.V.も何の反応も期待していなかったらしい。さっさと視線をモニターへと向けた。
 次の瞬間、彼の眉間にも深いしわが刻まれる。
「何で、こんなバカが存在できているわけ?」
 その表情のまま、こう吐き捨てた。
「この地の中枢に近いものにパイプがあるからでしょう」
 クロヴィスが、もう少し真面目に統治に取り組んでいれば、もっと早く見つかったのではないか。
「あの子も、悪い子じゃないんだけどね」
 ただ、とV.V.はため息を吐く。
「政治にはまったく向いてない」
 根本的に、人がよすぎる……と彼は続けた。
「なのに、傍にいたのが君達だからね。高望みをしていると思っていないあたりが、問題かな」
 彼にしてみれば、シュナイゼルやルルーシュレベルは無理でも、オデュッセウスと同じくらいのことはできると思っているのだろう。そう締めくくる。
追わねばならぬ  それは間違っていないのだろうが、手厳しいセリフだな……と思う。
 しかし、そのせいで今自分たちが苦労していると考えれば、クロヴィスに対する同情心はわいてこない。
「だから、自分の目の前で大人しくしている奴が裏で何をしているか、気付かないんだ」
 そのあたりのことは、シュナイゼルに伝えておこう。V.V.はそう呟いている。
「それで、どうするの?」
 これについては、と彼はルルーシュの顔を振り仰ぐ。
「母さんが既に動いているはずです。まぁ、一応、コゥ姉上にも伝えてありますが」
 もっとも、彼女が動いたとしても、相手に丸め込まれるだけかもしれない。よきに付け悪しきに付け、彼女の思考は軍人のものなのだ。同じような経歴――と言っていいのだろうか――を持っているにもかかわらず、母とは真逆だと言っていい。
 それはきっと、皇族に生まれたものとただの一市民として生まれたものの差なのかもしれないが。
「俺たちが片づける方が被害が少ないでしょうね」
 色々な意味で、と付け加える。
「こうなると、コゥ姉上が特派を放り出してくれたのはよかったかな」
 そして、シュナイゼルが自分にも指揮権をくれたことが……とルルーシュは呟いた。
「何なら、家の子達も使う?」
 彼等はそれなりに使えるよ? と首をかしげながらV.V.が問いかけてくる。
「あの子達も、君に懐いているようだしね」
 もちろん、マリアンヌにも……と彼は続けた。
「いいえ。母さんが望むなら別ですが……とりあえず、現存の兵力で十分です」
 お気持ちは嬉しいのですが、とルルーシュは言い返す。
 スザクも藤堂達もいる。そして、カレンもスザクに負けないくらい人外らしい。ならば、少しでも実戦経験を積ませてさらに実力をつけてやらなければいけないのではないか。
 とりあえず、普通の相手であれば、自分でも十分にあしらえるし。そう付け加える。
「もし、俺たちの手に負えないような状況になったときには、無条件でSOSを出させて頂きますが」
「……その時には、シャルルが出てきそうだけどね」
 と言うよりも、これ幸いとラウンズを動かすだろう。V.V.は苦笑と共に告げた。そのまま、ルルーシュのひざから降りる。
「とりあえず、君の希望を優先するよ」
 だから、と彼は子供みたいな無邪気な笑みを浮かべた。
「明日の朝は、パンケーキにしてね。できれば生クリームたっぷりで」
「それは構いませんが……」
 どこぞの魔女のピザに比べれば、パンケーキの方が手間はかからない。
「どうして、みんな、俺に料理をねだるのでしょうか」
 ため息とともにルルーシュはこういった。
「君の手料理がおいしいからに決まっているでしょう」
 即座にV.V.が言い返してくる。
「後は……シャルルに対する嫌がらせ、かな?」
 自分は彼の兄だが、それでだからこそ許せないことがあるのだ。首をかしげながら、こういった。
「今度は、何をしでかしたんですか、あの男は」
 また母を怒らせるような何かをしたのだろうか。そう心の中で呟く。
 しかし、V.V.には彼が何を考えているのかわかってしまったらしい。
「大丈夫。今度は君やマリアンヌには関係ないよ」
 怒っているのはシュナイゼルだ。V.V.は口元に笑みを浮かべながらそう言った。しかし、その瞳は笑っていない。
「むしろ、その方が怖いと思いますが?」
 彼が怒っていると言うことは、国政に関わることではないか。あの優秀な異母兄のことだから、国に混乱が起きる前に阻止したのだろう。ひょっとして、ここしばらく連絡が来ないのはそのせいだろうか。
「……とりあえず、兄上には何か焼き菓子でも送っておくか……」
「もちろん、君の手作りだよね?」
 即座にV.V.が問いかけてきた。
「その予定ですが?」
「なら、僕が持っていって上げるよ」
 満面の笑みを浮かべながら彼はそう言う。
 間違いなく、それを使ってシャルルに嫌がらせをするつもりなのだろう。しかし、それを止める理由は、自分にはない。むしろ、率先して手助けをしたいとすら思ってしまう。
「わかりました。では、ついでに貴方の分も用意しましょう」
 いっそ、ビスマルクにも渡すべきだろうか。そんなことまで考えてしまう。
「それは嬉しいけど……手間じゃない?」
「クッキー程度でしたら、二十人分だろうと同じ事ですから」
 いっそ、あちらに残っている親しくしていたきょうだいたちの分も用意してしまった方がいいかもしれない。ルルーシュはそう考える。
「クッキーであれば、ナナリーも手伝ってくれると思いますから」
 待てよ、とあることを考える。
「いっそ、唐辛子入りのクッキーでも作りましょうか。父上用に」
 砂糖と塩を間違える程度では納得してくれない人もいるだろうから。そう言えば、V.V.は声を出して笑った。
「いいね、それ。シャルルにさんざん自慢した後でそれを差し出せば、絶対に一息に食べようとするはずだから」
 その後が楽しみだな、と彼は続ける。
「しっかりと、お小言を言わせてもらおう」
 彼にはきちんとした皇帝になってもらわないといけないし。そう言うV.V.の表情はまさしく兄のものだ。
「お願いします」
 自分たちやマリアンヌでは、彼を喜ばせるだけだから。ルルーシュは苦笑と共に付け加える。
「任せておいて」
 どうせなら、C.C.も巻き込もうかな……とV.V.は呟いている。彼女まで加わっては、シャルルに勝ち目があるはずがない。それどころか、地の底までたたき落とされるのではないか。
 そう考えた瞬間、微かに憐憫の情らしきものがわき上がってくる。
 しかし、これからしなければならないあれこれを考えた瞬間、それはあっさりと消え去った。
「と言うわけで、これからお菓子を作りますが……何かリクエストがありましたら、一緒に作りますよ?」
 ついでにマリアンヌ達にも持っていって貰おう。そう考えながら、ルルーシュは立ち上がった。
「そうだね……なら、この前食べた日本のお菓子を作ってよ」
「と言うと、草餅ですか?」
 確か、材料はまだあったはず。だから大丈夫だろう。
「そう、それ」
 V.V.の言葉に微笑みを向ける。そして、そのままキッチンへと向かった。

 シャルルがどうなったかは、また別の話であろう。少なくとも、ルルーシュ達には直接関係のないことだった。




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09.12.21 up