「狭いな」 ランスロットのコクピットのすきまに体を押し込みながら、ルルーシュはこう呟く。 「ごめん。でも、我慢して」 即座にスザクが謝ってくる。 「お前のせいじゃないだろう?」 悪いのは、設計をした人間だ。そう付け加えたときだ。 『酷いです、ルルーシュ様!』 回線越しにロイドのそんなセリフが聞こえてくる。 『そもそもナイトメアフレームというものは……』 「講義は必要ない。それについては既に知っている」 自分の母が何者か忘れたのか? とルルーシュは静かに付け加えた。 『あぁ、そうでしたぁ!』 ロイドの声音が微妙に色を変える。そして『閃光のマリアンヌ様』とどこか陶酔したような口調で彼は彼女の名を口にした。 「本当に、どいつもこいつも、母さんのこととなると……」 初恋の相手を目の前にした子供のような言動を取るのか。もっとも、それは父であるシャルルも同じなのだから、咎めることは出来ないのかもしれないが。 ため息とともにルルーシュは言葉をはき出す。 「藤堂さんはともかく、朝比奈さん達もそうだしね」 何かを思い出したのか。スザクは少し嫌そうに顔をしかめた。 「まぁ……あれらはいわば《犬》だからな」 マリアンヌの言葉を素直に聞き入れるだけではなく、その命令を尻尾を振りながら待っているところが、とルルーシュは低い笑いととも告げる。 「ルルーシュ、それって」 酷くない? とスザクは即座に言い返してきた。 「そう言うことにしておけ。でなければ、あいつらはとっくに暗殺されているぞ」 シャルルがそうしなくても、軍部の誰かがそうするのか目に見えている。もっとも、マリアンヌがそれを許すかどうかは別問題だが。 「ペット扱いだから、傍にいても許されるってこと?」 「……まぁ、言葉は悪いが、そう言うことだ」 下僕志願はそれこそ、掃いて捨てるほどいるからな……と口にしながら、ルルーシュは過去のあれこれを思い出してしまう。その瞬間、うんざりとしてしまったことも否定できない。 「それよりも、ロイド」 いつまでもこんな話をしていては意味がない。そう判断をしてルルーシュはまだ明後日の方向へ行ってしまっている相手に呼びかけた。しかし、どうやら彼はまだ、現実に戻ってきていないらしい。 「……セシル?」 ならば、と思って彼の側にいるであろう彼の副官へと声をかける。 『申し訳ありません、ルルーシュ様。今、締めますから』 即座に、彼女からこんなセリフが返ってきた。 「それは後回しにしていい。それよりも、コゥ姉上の動きを報告してくれ」 彼女の動き次第で介入の仕方が変わってくる。最悪、作戦を一から組み立て直さなければいけないのだ。 『少しお待ちください』 直ぐに調べて報告をする、とセシルはそう言い返してくる。 「有能だな、彼女は」 だから、ロイドがあれでもなんとか特派は回っているのだろうか。ルルーシュはそう物やいた。 「そうだね……これで料理が完璧なら、無条件で最高なのに」 ため息とともにスザクが言葉をはき出す。 「ルルーシュがお昼に誘ってくれるからいいけど……でないと、とんでもないことになる」 特派には様々な胃薬が常備されているんだよね、と付け加えられたのは笑うべき所なのだろうか。 「……そうか……」 だから、ロイドはああなのか……と言いかけて、ルルーシュは直ぐに思い直す。彼は、最初からそうだった。だから、これだけは彼女の料理のせいではない。 「まぁ、人には得手不得手があるからな」 そう言うことにしておけ、とルルーシュがため息を吐いたときだ。 『ルルーシュ様!』 焦ったようなセシルの声がコクピット内に響いた。 「何があった?」 『土石流が押し寄せてきて、総督と本隊が分断されてしまったそうです』 そして、そちらに敵の主力が残っている。そう彼女は続けた。その瞬間、スザクが表情を強ばらせたのがわかる。 「黒の騎士団の動きは?」 冷静な口調と共にルルーシュは聞き返した。 「それと、外の様子が知りたい。こちらに転送できるか?」 さらに言葉を重ねる。 『少しお待ちください』 と言うことは可能なのか。その事実にほっとする。 「……土石流って……」 「母さんだろうな。おそらく、カレンが使っているナイトメアフレームだ」 そして、ここは火山帯だから、うまく場所とタイミングを合わせれば不可能ではない。 「……そう言えば、ここの地質を調べさせられたな」 ついでに、になに水蒸気爆発の理論について質問をさせられた……とルルーシュは思い出す。 『とりあえず、民間人の居住区への被害はないそうです』 二人の会話を聞いていたのだろう。セシルが報告の言葉を口にした。 『もっとも、バカの研究所に関しては、現在調査中だそうですが……』 ユーフェミアが、と彼女はさらに言葉を重ねる。 「ユフィが?」 彼女で大丈夫だろうか。そうは思うが、自分がしゃしゃり出るわけにはいかない。それに、指示を出したのは彼女でも、きっと現場はコーネリアの親衛隊が取り仕切っているに決まっている。だから、大丈夫なのではないか。ルルーシュは半ば強引にそう結論づける。 「と言うことは、やはり姉上の方だな」 おそらく、黒の騎士団も彼女の救援に人手を割けないだろう。だから、とルルーシュは決断する。 「スザク。ランスロットを出せ」 「ルルーシュ?」 「心配するな。責任は俺が取る」 このセリフに一番喜んだのは、もちろん、ロイドだ。 『データー、忘れないでとってきてくださいねぇ!』 しっかりと復活したかと思えば、こんなセリフを口にしてくれる。 『ロイドさん!』 即座にセシルが彼を締めているようだ。 「スザク」 「了解! ランスロット、発進します!!」 ロイドの悲鳴をBGMに、二人はそのまま発進をした。 はっきり言ってヤバイ。 こうなることは予想していなかった、とルルーシュは内心、パニックを起こしていた。 衝撃に倒れそうになった彼をスザクが自分のひざに座らせた。そのことは当然といえるだろう。しかし、密着をしているせいか、スザクの筋肉の動きがはっきりとわかってしまう。 それだけならばまだ我慢できただろう。 股間に、彼の太ももが当たっているのだ。そして、微妙な振動を与えてくれている。それだけならば、まだいい。問題なのは、体が勝手にその振動を別な意味にすり替えてくれたことかもしれない。 それをごまかそうと、ルルーシュは脳裏に難解なチェスの基盤を思い描いた。それをどう打開するか、それを考えることで熱が下がるかと思ったのだ。 同時に、スザクにこの状況を気付かれなければいい。そうも考える。 「……見つけた……」 その時だ。スザクのこんな呟きが耳に届いた。 「姉上?」 反射的に顔を上げる。 「多分、そうだと思う」 あのグロースターは、とスザクが言い返してきた。 「……マニピュレーターだけではなくスタビライザーも損傷しているのかな?」 出なければ、あの程度の敵にコーネリアが後れを取るはずがない。彼はそう付け加える。 「スザク」 「僕は大丈夫だけど……君は?」 ひょっとして気付かれていたのか。だとするなら、何と言い返せばいいのだろう。そう思いながらルルーシュは彼の顔を見つめる。 「戦闘となると、今まで以上に派手な動きになるから……かなり揺れるよ?」 そうしたら、もっと具合が悪くなるのではないか。ある意味、予想外のセリフをスザクは口にした。 どうやら、ルルーシュの反応を別の意味に取ってくれていたらしい。 「今、コゥ姉上にいなくなられる方が問題だ」 その事実にほっとしながもこういった。 「わかった。しっかり掴まっていてね」 この言葉とともにスザクは表情を引き締める。そして、ランスロットを真っ直ぐにコーネリアの元へと進めていった。 「……礼は言わぬぞ」 コーネリアがため息とともに言葉をはき出す。 「お姉様ったら」 それに、ユーフェミアがあきれたようにため息を吐いた。 「構わないさ。姉上は今回は完全に巻き込まれただけだ」 もっとも、そのおかげで堂々と相手を処分できるだろうし、ついでに、繋がっていた者達も切り捨てられる。 「それに関しては、姉上にお任せすることになりますが?」 「かまわん。むしろ、今まで気付かなかったこちらに非がある」 本国での仕事は、全てクロヴィスに押しつけるよう、シュナイゼルには頼んでおく……と彼女は笑った。 「それはよかった。ブリタニア人もそうですが、日本人達が不当な扱いをされるのは不本意ですからね」 元はと言えば、あのロールケーキがとんでもない誤解をしてくれたのが原因だし、とため息混じりにルルーシュは呟く。 「今回のことのお詫びになるかどうかはわかりませんが、後で何か甘いものでも届けさせて頂きます。もっとも、俺の手作りでよければ、ですが」 「それは楽しみだな」 コーネリアはようやく微笑みを向けた。 「後のことは、任しておけ」 ただ、と彼女はその表情のまま続ける。 「あの方に、今少し大人しくしていてくださるよう、お伝えしてくれ」 毎回これでは、自分の胃が保たない。そう続ける。 「とりあえず、伝えるだけは伝えさせて頂きますが……」 聞き入れてもらえるかどうかは責任もたない、と言外に告げた。 「……それはわかっているが……まだ、お前達の言葉にはあの方も耳を傾けてくれるだろう」 存在を無視されている誰かよりはマシではないか。そう彼女は続ける。 「……そうですね」 疲れたようにルルーシュは笑う。それに、彼女たちも同じような笑みを返してきたのはどうしてか。あえて確認したくないと思ってしまうルルーシュだった。 しかし、スザクは本当に気付かなかったのだろうか。 そして、いくらあんな状況でも自分はどうしてあんな状態になってしまったのか。 同じような状況であれば、他の誰でもああなるのか。 いくら考えても答えは出ない。 「……とりあえず、スザクの顔を見たときにどんな反応をすればいいのか……」 後始末のおかげで、当分、帰ってこられないと連絡があったのは幸いなのかもしれない。だが、いつまでも逃げていられないだろう。 「誰か、相談できる人間がいればいいのだが」 ルルーシュは深いため息とともにそう呟くしかできなかった。 終
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