低い声と共に手の中に熱いものがはきだされる。
 次の瞬間、手を伸ばすとティッシュを数枚取りだした。そして、それで手早く後始末をする。
「……まずいよ、な」
 もう何回目だろう、とスザクは小さなため息とともに言葉をはき出す。
「でも……」
 と口にしながら身を起こした。
「あの時のルルーシュは、とても可愛かった……」
 必死に自分の状態を知られまいとしていたのに、うっすらと染まった目元や潤んだ瞳がその気持ちを裏切っていた。何よりも、自分自身の存在を主張していた彼の欲望が、だ。
 あれだけ密着していて気付かれないと思っているあたりも可愛い。
「でも、ルルーシュだしなぁ」
 そう言いながら、彼の部屋がある方の壁へと視線を向ける。
「誰も教えなかったんだろうな」
 きっと、傍にいた人たちは……と続けた。
 自分か藤堂達が傍にいればそれなりに知識を与えたのかもしれないが、彼の傍にいたのはどうやら女性の方がおおいらしい。唯一の男性である《彼》もその手のことから縁遠いのではないか。
「学校の友人達は……難しいか」
 猥談をしないわけではないだろう。しかし、ルルーシュの前でそれが出来るかと言えばまた別問題ではないか。
 と言うよりも、ルルーシュの耳にそんなことを入れるのははばかられる……と言った方が正しいのかもしれない。
 自分だって、かなり悩むと思う。
 今だって、そう言うことの対象として彼を見ていると言う事実が後ろめたくてたまらないのだ。
「本当、どうしよう……」
 それなのに、どうしてか妄想は止まってくれない。逆に、日を追うごとにものすごいことになっていくような気がする。
 今のルルーシュがどんな風に成長しているかはわからない。だが、子供の頃はよく一緒に風呂に放り込まれていた。その時のイメージはしっかりと脳裏に焼き付いている。それが妄想に拍車をかけていることは否定できない。
「……そこいらの女の子よりも肌が綺麗なんだもんな」
 それは今も変わらないのではないか。
「ルルーシュはインドア派だから」
 日焼けとは縁のない生活をしていたのだろう。だから、あのころのまま綺麗ななのではないか。
「……やばっ……」
 そんなことを考えていたからかもしれない。また股間に熱が集まり始めてしまった。
「もう何回目だよ」
 今日だけで、とスザクは呟く。
「……ともかく、なんとかしないと……」
 でないと、いつか本物のルルーシュを押し倒してしまいかねない。
「流石にそれは……」
 合意の上であれば、誰も何も言わないだろう。しかし、それを取り付ける可能性なんてないに決まっている。
「本当、どうしよう」
 ともかく、今はこれを静めないと。そう呟くと、スザクはまた毛布の中に潜り込んだ。

 そのころルルーシュはルルーシュで悩んでいた。
 最近、スザクに避けられているような気がする。以前は、鬱陶しいくらいにまとわりついてきたのに。
 あまりにあからさまなそれに、ナナリーも心配しているほどだ。
「……どうして……」
 自分が無意識に何か気に障るようなことをしてしまっただろうか。
 しかし、それは何なのかわからない。わからないからこそ、厄介なのだが……とため息を吐く。
「誰かに相談できればいいんだが」
 それが出来そうな相手と言えば、直ぐには思い浮かばない。
 いや、いないわけではない。だが、その人物に相談をすると言う行為自体が、かなり難しいのだ。
「スザクに知られるわけにはいかないし」
 一人であそこに行くのは危険だ、とみなに言われている。
「手詰まりだな」
 こう言ってため息を吐いたときだ。
「どうしたの、ルルーシュ君」
 相変わらず見事な猫かぶりぶりでカレンが問いかけてくる。
「具合でも悪いの?」
 さらに続けられた言葉に、シャーリーやリヴァル達が心配そうな視線を向けてきた。
「そうではなくて……」
 さて、何と言ってごまかそうか。そう心の中で呟いた瞬間、ある考えが脳裏でひらめく。
「そろそろ会長の退屈の虫が疼く頃かな、とそう思っただけだ」
 前の祭りからの日数を数えていただけだ、と付け加えれば誰もがぎょっとしたような表情を作る。
「そう言えば、そんなになる?」
 ぼそっとシャーリーが呟く。
「……二週間近くになる、と思う」
 指折り数えていたニーナが頬を引きつらせながら言葉を返している。
「まずいよ、それは……」
 テストが近いというのに、と頭を抱えているのはリヴァルだ。
「……そんなに凄いの?」
 こわごわとカレンが問いかけてくる。
「書類その他がな。いつもの通常業務の他に処理しなければならないし……放っておくと会長はさらにとんでもない案件を持ち出してくれる」
 それを止めるのも生徒会役員の仕事だ……とルルーシュはため息を吐く。それが一番難しいのだ、とも付け加えた。
「まったく……そろそろ予算も厳しいのに」
 どこからか、予算を確保してこなければいけない。だが、黒の騎士団の活動費のこともあるし、と心の中だけで呟く。
「とりあえず、注意をする以外に出来ることはないんだがな」
 ミレイを止めることなんて出来ない。そう言ったときだ。
「頑張ってね、ルルーシュ君」
 そう言いながら、カレンがさりげなくメモを差し出してくる。それをルルーシュは素速く受け取った。
「あいつが動けないんでしょう? あたしが迎えに行くから」
 どうやら、もう一人の厄介な人物が呼び出しをかけてくれたらしい。それはそれで厄介だな、とルルーシュはまたため息を吐いた。

 しかし、こういう用事だとは思わなかった。そう思いながらも、手早く料理を仕上げていく。
「すまなかったな、ルルーシュ君」
 そんな彼に、藤堂が苦笑と共に声をかけてきた。
「いや、構わない。むしろ都合がよかったかもしれないし」
 相談したいことがあったのだ、とルルーシュは言い返す。
「相談したいこと? マリアンヌ殿にか?」
「いや。お前にだ」
 お玉で汁をすくうそして小皿に移して藤堂へと差し出しながらこういった。
「……自分に?」
 こう言いながら、藤堂はそれを受け取る。そして、一口、口に含んで「うまい」と呟いた。
「流石に、女性に聞くのははばかられる内容でな。だからといって、スザクには問いかけられないし……」
 それに満足そうな表情を浮かべながらもルルーシュはこういった。
「と言うことは、スザク君がらみかな?」
 それとも性的なことか、と藤堂はきまじめな表情で問いかけてくる。
「前者だ」
 スザクの様子がおかしい。しかし、それを問いかけていいものかどうかわからない……とルルーシュはため息を吐きながらそう言った。
「なるほど。そう言うことならば、食事の後でじっくりと話を聞かせてもらおう」
 この言葉に、ルルーシュはほっと安堵のため息をつく。
「そろそろ出来る。すまないが運ぶ手伝いを頼む」
 そのまま、彼はこう告げた。

 珍しくも藤堂から呼び出された。ブリタニア軍に入った自分に、いったい何のようなのだろうか。
 そう思いながら、スザクは気むずかしい表情を崩さない彼を見つめる。
「……スザク君……」
 やがて、彼はため息とともに言葉を口にした。
「ルルーシュ君の場合、待っていては先に進めないぞ」
「……何の話ですか?」
 ルルーシュは何でも率先してやっているではないか。言外にそう付け加えながら聞き返す。
「とりあえず、俺とマリアンヌ殿からだ」
 だが、彼は直接答えを返してはくれない。代わりに数冊の本を手渡されてしまった。
 文字を読むのは苦手なのだが。心の中でそう呟きながら本のタイトルを確かめる。その瞬間、スザクは思いきり凍り付いた。
「その前に、君は自分の気持ちに素直にならないとな」
 もっとも、なりすぎても困るだろうが……と彼はため息を吐く。
「ならないならならないで、ルルーシュ君を心配させるようなことはしないように」
 こちらの言葉には、確かに思いあたる節がある。しかし……とスザクは頬を引きつらせた。
「……ばれて、ました?」
「ルルーシュ君は気付いていないようだが」
 まぁ、誰もが通る道だ……と言うのは慰められているのだろうか。だが、それよりも全力で穴を掘って潜りたい。そう思ってしまうスザクだった。





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