それは、ある意味想定されていたことではあった。 しかし、現実となってしまえば厄介の一言ではすまされない。そんなことを考えながら、ルルーシュはテレビをにらみつける。 「……このままでは、最悪、戦争になるな」 全面的なものではなかったとしても、少なくとも連中に占拠されたフクオカは戦場になるだろう。 「それに、あそこには澤崎がいる」 マリアンヌがぶち切れるのは目に見えている、とルルーシュは付け加えた。 「ぶち殺したい気持ちはわかるが……やはり、正式な裁判で裁かないと、私怨とみなされるからな」 それでは今後のあれこれに支障が出るのではないか。 「ここは、姉上に頑張って頂くしかないのか」 それでも、手助けできるなら手助けをした方がいいのかもしれない。この場合、声をかけるのはロイドだろうか。 「……ユフィの方が確実に伝わるんだろうが……」 彼女の場合、大切なことを伝え損なう可能性も否定できない。だが、ロイドではコーネリアに連絡を取るのに時間がかかることも事実。 「……不本意だが、ユフィに連絡を取るか。書類で渡せば、肝心なところを忘れられる可能性は少ないだろうし」 「何の話ですの、お兄さま」 あれこれ考え込んでいる間に来ていたのだろう。ナナリーがこう問いかけてくる。 「……あぁ。コゥ姉上への伝言を誰に頼もうかと考えていただけだよ、ナナリー」 マリアンヌが暴走する前にある程度片づけておかないと厄介だろう。ルルーシュはそう言い返す。 「お母様が暴走されるのですか」 「その可能性があると言うことだよ」 彼女が毛嫌いしていたバカがあれこれ悪さしているらしい。今のところ、周囲の者達の説得が効いているが……とため息を吐く。 「母さんの傍には、C.C.がいるからな」 彼女の悪いところは、なんでも無責任に煽ることだ。そう付け加えると、ルルーシュはまたため息をはき出した。 「それがなくても、スザクに手柄を立てさせてやりたいしな」 階級はともかく、足場だけは固めてやりたい……と思う。 「そうですわね。でも、大丈夫ですの?」 「方法はある。後は、コゥ姉上が許可を出してくださるかどうか、だ」 もっとも、マリアンヌの希望だと言えば大丈夫ではないかとルルーシュは考えていた。その上で、手柄を全てスザクや同行しているブリタニア軍に渡すと言えば、文句はないだろう。 「必要なのは、母さんの暴走を止めることだし」 最悪、ナナリーにも手伝ってもらわなければいけないが……と視線を向けながら続けた。 「もちろん、お手伝いをさせてください」 本当に嬉しそうな笑顔で彼女はそう言う。おそらく、自分だけ何も出来ないのを気に病んでいたのだろう。 「なら、ユフィを呼び出してくれるか?」 その間に、自分は機嫌を取るためにお菓子でも作っておくから。ルルーシュのこの言葉に、ナナリーはしっかりと頷いて見せた。 しかし、呼び出したはずのユーフェミアだけではなくコーネリアまでが来るとは思わなかった。もっとも、本人達だけではなくナナリーも喜んでいるからいいのだろうか。 何よりも、余計な尾ひれが付かなくてすむ。ルルーシュは即座に考えを切り替える。 「……姉上……少しよろしいでしょうか」 お茶のお代わりを差し出しながら、そっと耳元で囁く。 「どうかしたのか?」 同じように彼女もまた囁き返してきた。この声の大きさであればナナリーならばともかく、ユーフェミアには聞こえていないだろう。 「ご相談したいことが……母さんのことで」 最後のセリフを聞いた瞬間、彼女の頬が引きつる。 「わかった」 それでも頷いて見せたのは彼女なりに危機を感じたからだろうか。 「お茶をお飲みになってからで構いませんよ」 とりあえず、とルルーシュは微笑む。 「それと……ダールトン将軍も甘いものがお好きだったと記憶していますが、ギルフォード卿はいかがでしたでしょうか」 嫌いでなければ、外にいる彼らに手渡してこようかと思うが……とその表情のまま付け加える。 「嫌いではないはずだぞ」 ダールトンほど好んではいないが、ルルーシュの手作りと知れば喜んで食べるはずだ……とコーネリアは続けた。 「そうですか。では、彼等の所にも差し入れてきましょう」 言葉とともにルルーシュはきびすを返す。 「ルルーシュったら」 そんな彼の言動に異議を申し立てたのはユーフェミアだった。 「せっかく会えたんだから、少しは相手をしてくれてもいいじゃない」 こう言って彼女は頬をふくらませる。 「そう言うな、ユフィ」 それをコーネリアが苦笑と共に制止した。 「ルルーシュがそう言う性格なのは昔からだろう?」 離れている間にそれがグレードアップしているようだが……と彼女は苦笑と共に付け加える。 「それは……私のせいだと……」 小さな声でナナリーがそう告げた。 「そう言うつもりじゃなかったの!」 慌ててユーフェミアが彼女に謝罪し始める。それを横目に見ながら、ルルーシュはキッチンへと向かう。後で頃合いを見てコーネリアもやってくるだろう。そこで、彼女の騎士達を交えて話をすればいい。 そう考えながら、とりあえず彼等のためのお茶を準備し始めた。 ルルーシュの説明を耳にした瞬間、コーネリア達は思い切り眉間にしわを寄せた。 「それが事実なら……絶対に陛下に知られるわけにはいかぬぞ」 もし彼に知られれば、無条件で中華連邦との戦争になる。その場合、このエリアは最前線になることは目に見えていた。 「そうなったらそうなったで、母さんがぶち切れますね」 ため息とともにルルーシュはそう告げる。 「敵味方関係なく、撃破しかねない」 彼女が通った後は、それこそ瓦礫しか残らなくなるのではないだろうか。 「……想像出来ますな、その光景を」 マリアンヌと共に戦場に出たことがあるからだろうか。ダールトンは恐怖すら滲ませる声音でそう告げた。 「とりあえず、スザクを貸してください」 彼と黒の騎士団を使ってフクオカを奪還する。その後、澤崎をはじめとする者達をコーネリアの配下のものに引き渡すことで、とりあえず妥協をしてくれる、とマリアンヌは確約してくれた。 「……クルルギか……」 複雑な表情でコーネリアはスザクの名を口にする。 「あれがお前の《親友》だと言うことは知っているが……何故、マリアンヌ様がそこまで気にかけるのか」 その理由がわからない、とコーネリアは口にした。 「スザクは、母さんが鍛えていたからでしょう」 それも非常に楽しみながら、とルルーシュは説明をする。 「本気になった母さんについて行ける体力バカですから」 彼のこのセリフを聞いた瞬間、三人は信じられないというように目を見開いた。 「……本当なのか、それは」 ルルーシュの言葉を疑いたくはないが。コーネリアの言葉の裏にこんな気持ちがにじみ出ている。 「えぇ。それも、七年前にですから……今だと、体力だけなら母さん以上でしょうね、あいつは」 その上、あの性格だ。マリアンヌのドツボ――と言っても、恋愛対象ではない――にはまったのだろう。 「俺がこうですから……あいつが傍にいてくれると色々と楽ですしね」 もっとも、最近は少し複雑なものがあるのだが……と心の中だけで付け加えた。 「あるいは……あいつが俺の傍にいられるような立場になれば、俺とナナリーだけでも本国に帰ることになるかもしれません」 マリアンヌはどうするかはシャルル次第だろう。 「……なるほど。皇室で初めて名誉ブリタニア人の騎士を持つことになるかもしれないわけだ、お前は」 マリアンヌの許可がある以上、自分には反対することも出来ない……とコーネリアはため息を吐く。 「そもそも、それ自体が間違っているのですけどね」 日本を征服したのは、シャルルの誤解のせいではないか。ルルーシュはそう言い返す。 「お願いですから、母さんの前でそのセリフだけは言わないでくださいね」 シャルルほど酷い目に遭わないかもしれないが、おしおきされるに決まっている。そう続ける彼に、コネリアの頬が引きつった。 「……覚えておこう……」 それはいやだ、と彼女の顔に書いてある。 「ともかく、お前の話はわかった。早急に協議をして答えを出そう」 出なければ、マリアンヌがさっさと動いてしまう。その結果、シャルルに暴走されるのは困る……とコーネリアはため息を吐いた。 「こう言っては何だが、マリアンヌ様の暴走であれば、まだきちんと話し合うことで止められるような気がするが……陛下のそれは……」 「止められませんね」 シャルルが下手なことをすれば、周囲が別の意味で暴走しかねない。そうなった場合、シュナイゼルでも止めるのに苦労するのではないか。 最悪、全世界を巻き込みかねない。 「……だから、事前に話を通してくださるのであれば、妥協するしかなかろう」 それに、犯人はこちらに引き渡してくれるのであれば、問題はない。彼女はそう続ける。 「後はシュナイゼル兄上がよいようにしてくださるだろうからな」 殺すなり、利用するなりとと言うセリフに、ルルーシュも頷き返す。 「後、希望があるなら聞いておくが?」 うまいお茶の礼だ、とコーネリアは少し視線をそらしながら付け加える。 「そうですね……」 小さな笑いと共にルルーシュは口を開いた。 「できれば、フォロー役の部隊にはグラストンナイツを何名か派遣してくださいませんか?」 「ルルーシュ様!」 彼の言葉に一番驚いたのはダールトンだったようだ。 「他のものでは、こちらの指示に従ってくれそうにないからな」 彼等であれば信用できる。そして、地方の遠征に出ても誰も文句を言わないだろう。ルルーシュのこの言葉にコーネリアは「その通りだ」というように頷いて見せた。 「そう言うことなら、何も問題はない」 任せておけ。そう言うコーネリアにルルーシュは軽く頭を下げる。 「そうそう、姉上」 話は変わりますが、とルルーシュは微笑む。 「クッキーをお持ちになりますか? 少し多めに焼いたのですが」 一瞬、コーネリアは目を丸くした。だが、直ぐに事情を察したらしい。 「そうだな。執務の間の気分転換に貰っていこう」 こう言って彼女が微笑んだときだ。 「ずるいわ!」 言葉とともにルルーシュの背中に衝撃が襲いかかる。 「ほわぁっ!」 予想もしていなかったその衝撃に、ルルーシュは本気でバランスを崩しそうになった。そんな彼の体をコーネリアが片手で支える。 「ユフィ……ルルーシュはお前の分も用意してくれているはずだぞ」 だから我慢しろと付け加える彼女に感謝すべきなのかどうか、悩んでしまいたくなるルルーシュだった。 「そういうわけだから、覚悟しておけよ」 帰ってきた瞬間、ルルーシュにそんなことを言われてしまった。 「……澤崎さんね」 当然、関わらせてもらうよ……とスザクは笑う。 「手柄も何も関係ない。本気でね」 それよりも、と彼はルルーシュを見つめる。 「僕の分のおやつは?」 みんな食べちゃったの? と付け加えた。 「……すまん、忘れてた……」 コーネリア達に全て渡してしまった、と彼は視線を彷徨わせながら口にする。 「そんな……」 「明日、お前の好きなものを作ってやるから」 だから、それで我慢してくれ、とルルーシュは慌てたように続けた。 「約束だよ?」 でなかったら、キスするからね……とスザクは無意識のうちに付け加えてしまう。その事実に彼が気が付いたのは、ルルーシュが「キス?」と呟いたときだった。 沈黙が二人の上に降り積もってくる。 それでも何故か視線をそらすことが出来ない彼等だった。 終
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