どうやら、内通者がいるらしい。だから、お前達も気をつけろ。 コーネリアからの伝言を胸に、スザクはクラブハウスへの帰路を歩いていた。その足取りが重かったのは、今日も一日、ハードだったからだろうか。 だが、はっきり言って、テストだけならばこれだけ疲れない。だから、半分以上、原因は総督府に呼び出されたことにあるのだろう。 そんなことを考えながらアッシュフォード学園の敷地内へと足を踏み入れる。 「……何かあるのかな?」 普段はもっと落ち着いた感じなのに、最近の学園内は妙に騒がしい。それはどうしてだろうか。 「ルルーシュかナナリーに聞けばわかるかな」 彼等は普通に学校に通っている。だから、と思いながら歩く速度を上げた。 その間にも、さりげなく周囲の様子を確認していく。少しでもおかしいと思えるようなところがあれば確かめないといけない。二人を守るのが自分の義務だから、と心の中で呟く。 「でも、先に総督からの伝言を伝えないとダメだよね」 とりあえず、今のところ異常はない。そう考えながら呟く。 「……でも、内通者って、どこから……」 ブリタニア軍ならば、まだいい。あそこは色々と複雑な利権関係が絡み合っているのだ。 しかし、もし日本側からだったらどうしようか。 「でも、ルルーシュなら『可能性は否定できない』って言うんだろうな」 彼はどのような場合でも楽天的な判断はしない。だからこそ、的確な対処が出来るのだろう。 しかし、日本の恥は日本側で処理をしたいような気がする。 「でも、黙ってたら、絶対に怒るよな、ルルーシュ」 どうしようか、と心の中で呟いた。 「何を黙っているつもりだ?」 何か、ルルーシュの声が聞こえる。でも、気配なんて感じなかったし……と首をかしげる。 あるいは、自分が勝手に彼のイメージと会話をしているのだろうか。その可能性はあるかもしれない。 「内通者が、日本関係者にいるかもしれないから……君に内緒で調べようかなと……」 思ったんだ、と言いかけたときだ。いきなり冷たい指がスザクの頬をつねる。 「まったく……くだらないことで悩んでいるんじゃない!」 その痛みで、ようやくルルーシュの声は、彼本人の口から出たものだとわかった。 「……何で、ルルーシュがここにいるわけ?」 気配を感じなかったのに、とスザクは口にする。 「何で、と言われても、俺もここに住んでいるからな」 それに、スザクがぼーっと突っ立っていたから気になったに決まっているだろう。彼はそう言い返してきた。 「……全然覚えてない」 スザクは呆然としたままこう呟く。 「疲れているんだろう、お前は。だから、思考が止まっていたんじゃないのか」 でなければ、腹が減っているのではないか。彼はそう続ける。 「そう、かな?」 「そうだろう」 だから、まずは中に入れ……と彼はスザクの手首を握った。 「そうしたら、とりあえずなんか甘いものでも出してやるから」 その瞬間、スザクの脳裏に忘れていた悪夢がよみがえる。 「スザク?」 「……セシルさんのおやつを思い出しただけ」 今日も凄いものだった、とため息とともに付け加えた。 「……そうか……」 彼もそれを口にしたことがあるからか。遠い目をしながらこう呟く。 「まぁ、誰にでも得手不得手はあるさ」 彼女の場合、それが料理なんだろう……と自分を納得させるように付け加える。 「もっとも、お前が俺の手作りを食べたくないというのであれば、別のものを考えるが?」 「そんなこと、言わない!」 ルルーシュが作るものなら、何でも食べる! とスザクは叫ぶ。 「……わかった」 だから、叫ぶな……と彼はあきれたように口にする。しかし、その表情がどこか嬉しげだったのは言うまでもないことだろう。 夕食前だから、と言うことでルルーシュが用意してくれたのは練りきりのお菓子が二つだった。何でも、試作品らしいが、スザクからすればそうは思えない見た目と味である。 「……内通者、か」 あり得ない話ではないな、とルルーシュは頷く。 「だとするなら、やっぱり、日本側?」 それならば、何のためにマリアンヌが黒の騎士団を作ったのだろうか。そう思わずにはいられない。 「いや。ブリタニア側の可能性の方が大きいかもしれない」 しかし、ルルーシュはあっさりとした口調でこう告げる。 「何で?」 エリア11が大人しくしたがっている分――と言っても、マリアンヌとルルーシュがいる以上、馬鹿なことをすれば直ぐに反逆されるだろうが――にはブリタニアにとってプラスだろうと思う。 「コゥ姉上の足を引っ張りたいと思っている人間がいると言うことだ」 それ以上に、自分たちを疎ましいと思っている人間はいるだろう……とルルーシュは口にする。 「この地を中華連邦に売ることで利益を得る人間もいるかもしれない」 それも皇族の中に、と彼は声を潜めて付け加えた。 「……何で?」 そんなことをするのか、とスザクは呟く。皇族と言うだけで、かなりの特権を保証してもらえるだろう。それなのに、きょうだいの足を引っ張る必要なんてあるのだろうか。 「皇帝になれるどころか、誰が次の皇帝になっても重要な地位につけないと自覚しているからだろう」 母親の家柄以外に自慢できるものがない連中だ。ルルーシュは平然と毒をはく。 「……そうなの?」 確か、皇子としてはルルーシュがもっとも年少――と言っても、認められていない誰かがいる可能性は否定できないとV.V.が言っていたが――だったはず。と言うことは皇子だけで十一人だろうか。 同じようにナナリーが皇女の中では最年少だから皇女は六人。 だから、皇帝の子女は全部で十七人だよな……とスザクは指を折りながら数える。 「とりあえず、次代の皇帝に一番近いと言われているのはシュナイゼル兄上だ。そうでなければ、オデュッセウス兄上か。どちらにしても、国の実務はシュナイゼル兄上が取ることになるだろうな。そうなれば、シュナイゼル兄上に認められていないものは遠ざけられるだろう」 軍部に関してはコーネリアが掌握しているようなものだし、とルルーシュは付け加えた。そうなれば、軍部から反乱の声は上がらないのではないか。あがったとしても即座に叩きつぶされることは目に見えている。 「と言うわけで、焦っているバカがいるとコゥ姉上は判断されたのだろう」 まぁ、そのあたりは自分も調べておく、と彼は締めくくった。 「日本側のことは、母さん経由で藤堂か桐原に頼んでおけば確実ではないのか?」 そうでなければ、神楽耶だろうか……とルルーシュは首をひねる。 「何で、神楽耶!」 幼い頃の彼女を覚えている身としては信じられない、とスザクは言い放つ。 「それは、彼女が為政者としての才能を見せ始めているからだろうな」 マリアンヌが『将来が楽しみ』と言っていたから、とルルーシュが言葉を返してきた。 「まぁ、そのあたりは周りの連中がたたき込んだか……あるいは、母さんと一緒に行動をしていて身につけたかだろうな」 どちらにしても、今後のことを考えればいいことではないか。 「……神楽耶の奴、いつの間に……」 何か、気に入らない……と思ってしまう。 「僕なんて、七年もルルーシュ達はもちろん、マリアンヌさんにも会えなかったのに」 神楽耶はその間、マリアンヌ達と一緒にいたのだろうか。 「ずるい」 思わずこんなセリフがこぼれ落ちてしまう。 「スザク」 そんな彼をたしなめるかのようにルルーシュが名前を呼んだ。 「わかっているけどさ。でも、ずるい」 自分なんて、軍であれこれヤバイ状況に追い込まれていたというのに……と思わず付け加えてしまう。 「ヤバイ状況?」 何なんだ、それは……とルルーシュが問いかけてくる。 「……なんて言うのか……とりあえず、押し倒されそうになったことかな?」 まぁ、めいっぱい抵抗させて貰ったおかげで未遂ですんでいるけど……ととりあえず付け加えた。でなければ、ルルーシュが何をしでかしてくれるかがわからない。そう思ったのだ。 「……お前を押し倒して、どうするんだ?」 しかし、こう言い返されるとは思わなかった。 本気で言っているのかと思って彼の顔を確認すれば、どう見ても真顔で言っているとしか思えない表情だ。 でも、どこまでいっていいものか。 「……軍は女性がいないから……」 それに、名誉ブリタニア人を人間だと思っていない連中もいるし……と悩みながら言葉を口にする。 「……はぁ?」 意味がわからなかったのか。ルルーシュは本気で考え込んでしまう。 「プロレスや寝技、と言うわけではないよな。他に押し倒すことと言えば……」 そう呟いた瞬間、彼の頬が赤くなっていく。どうやら、知識だけは入手していたらしい。 「……スザク……」 「だから、未遂だって。好きな相手ならともかく、嫌いな奴にさせるわけないだろう」 悪いとは思ったが、V.V.の名前も使わせて貰ったし……とスザクは苦笑と共に言い返す。 「もっとも、恋愛感情があるなら、相手が男だろうと女だろうと気にしないけどさ」 ぼそっとこう付け加えたのは、ほとんど無意識だった。 「なら、スザクさんはどのような方が好みでいらっしゃいますの?」 「……美人で頭がよくて、料理が上手で……守らせてくれて、でも、守ってくれるような人、かな?」 背後からかけられた声にこう答えたのも、もちろん無意識に、である。 「なら、お兄さまですわね」 しかし、その後に続けられた言葉で我に返った。 「な、ナナリー!」 まさか、ルルーシュに続いてナナリーの気配まで感じ取れなかったなんて……とスザクは慌てる。 「よかったですわ」 ねぇ、咲世子さん……と言いながら、彼女は自分の車いすを押してくれた相手を振り向いた。 「そうですわね、ナナリー様」 まさか、彼女までここにいたとは。 「……二人とも! 何を言っているんだ!!」 慌てたようにルルーシュが叫ぶ。 「何って、お兄さま。スザクさんの好みの方がお兄さまだ、と言うことですわ」 お母様が喜ばれます、と言われて、ルルーシュの表情が強ばっている。それ以上に、スザクのそれも強ばっていただろう。 「ナナリー! 母さんには言うなよ? もちろん、C.C.にもだ」 ルルーシュの叫びのような注意が周囲に響く。 しかし、それをナナリーが聞き入れてくれたかどうか。それはスザクにはわからなかった。 終
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