予想通りと言うべきか。学園祭当日、ユーフェミアが押しかけてきた。 「……とりあえず、ナナリーと一緒にいてくれ」 手が空いたら案内をするから、とルルーシュがため息混じりに口にする。 「わたくしは一人でも大丈夫ですけど……」 即座にユーフェミアがこう言い返してきた。 「……君は自分の立場を自覚していないのか?」 頼むからいい加減にしてくれ、と心の中で呟きながらルルーシュは問いかける。 「ですが」 しかし、ユーフェミアは納得できないという表情を作った。そのまま口を開こうとするよりも先にルルーシュは言葉を口にする。 「そして、何かあったとき、この学園の生徒、全員を巻き込むつもりか?」 副総督に何かあれば、傍にいた者達全員が罰せられる。それがブリタニアだろう、と言外に付け加えた。 「それなら、あなた方も同じではありませんか?」 身分を隠しているとはいえ、ルルーシュもナナリーも皇族ではないか。ユーフェミアは即座にこう反論をしてくる。 「俺たちは顔を知られていないからな」 何よりも、とルルーシュは笑う。 「俺もナナリーも、あまり出歩かない。そう考えれば、危険が及びようがないだろう?」 第一、ケガをしてもマリアンヌがあきれて終わりだ。そう続けた。 「お父様はそれではすませないと思いますわ」 「だが、母さんの一言で終わるだろう」 ユーフェミアの場合、母はもちろん、コーネリアがどう出るか。それがわからないではないか。 「……そうかもしれませんが……」 それでも、自分は久々の学校を楽しみたいのだ。ユーフェミアはそう言ってくる。 「そう考えていること自体、自分の立場をわきまえていない、と言うことだ、ユフィ」 しかも、とルルーシュは付け加えた。 「事前に正式なルートで話がきていれば、こちらも警備について考える余地はあった。だが、君はそれをしなかった」 だから、こちらも動きようがない。ただ、混乱をきたしているだけだ、とさらに言葉を重ねる。 「でも、知っていたのでしょう?」 「……俺が知っていたのは、ナナリーが君に今日の日程について教えたと言うことだけだからな」 こうなったら、あのカードを切るしかないか。ルルーシュは異母妹の物わかりの悪さに頭痛すら覚えながら口を開く。 「そして、騎士が来るまで君を応接間に閉じ込めておけというのはコゥ姉上のご命令だ」 「あぁ、それで先ほど、コーネリアお姉様がお兄さまに電話を寄越されたのですね」 ルルーシュの言葉を裏付けるかのようにナナリーも頷く。 「……お姉様から?」 まさか、そこまで手を回されているとは思わなかったのだろう。ユーフェミアは目を丸くしている。 「本気で怒っておられたからな」 諦めるんだな、とルルーシュは言う。 「君が騎士が来るまで大人しくしていてくれるなら、口添えはするが?」 どうする? とさらに問いかけた。 「……大人しくしているわよ」 でも、覚えていなさい……と彼女は付け加える。 「……ナナリー。すまないが、ユフィを頼むよ」 いったい彼女が何をしでかそうとしているのかはわからない。だが、今はそれよりも学園祭の進行が滞っていないかどうかの方は重要なのだ。 「わかりました。お兄さま」 それが伝わったのだろう。ナナリーは微笑みながら「任せてください」と続ける。それを確認して、ルルーシュはきびすを返した。 ミレイのあれやこれやを阻止した上に、予定外の行動を取ろうとする弱小クラブの者達の相手をするのは、流石のルルーシュでも辛いものがあった。 だから、というのはいいわけにならないことはわかっている。それでも、ユーフェミアの存在を忘れていたのは否定できな事実だ。 しかし、ナナリーが傍にいれば大丈夫だと、信じていたことも否定できない。だからこそ、忘れていられたのだろう。 だが、その思いはあっさりと裏切られた。 慌てたようなナナリーからの連絡に外を見れば、そこには人波にもまれているユーフェミアの姿がある。 「……まったく……」 予想通り、混乱が起きてしまったではないか。 いったい、この混乱をどうやって収拾しよう。いくつもの対策を考えては捨てていく。 「ルルちゃん、あれって……」 そんな彼の傍に、ミレイが駆け寄ってきた。 「言わないでください……まさか、ナナリーの制止を振り切って出歩くとは思ってもいなかったんですから」 ため息とともにルルーシュはそう言い返す。 「まぁ、あの方だし」 仕方がないわね、とミレイもため息を吐く。 「だからといって、見なかったことにも出来ないわ」 そんなことをすれば、アッシュフォード学園がどうなるか。そう彼女は続けた。 「わかっています。とりあえず、人混みから連れ出すことが先決でしょうが」 だが、と呟いたときだ。ルルーシュの脳裏にある可能性が浮かび上がる。 そのまま、とっさにロイドからせしめてきた端末を引っ張り出す。 「スザク!」 スイッチを入れると同時に、ルルーシュは彼の名を叫んだ。 『見えているよ。どうすればいい?』 即座にこう言い返される。 「今、どこにいる?」 それには直接言葉を返さずに、ルルーシュは問いかけた。 『ガニメデだっけ? そのコクピット』 さすがはスザク、と心の中で呟く。想定通りの行動を取ってくれていると、別の意味で安心する。 「ならば、構わない。そのままガニメデであのバカ妹をつまみ上げろ」 それが一番手っ取り早い、と彼は続けた。 『ルルーシュ?』 「ルルちゃん?」 いったい何を、と二人は言外に問いかけてくる。 「構わない。責任は俺が取る」 だから、やれ! とルルーシュは命じた。 『Yes.Your Highness』 冗談めかすような口調でスザクはそう言う。そして、そのまま格納庫代わりに使っていた場所からガニメデを出した。その大きさであれば、人混みの外から十分にユーフェミアの体をつまみ上げられる。 「……ネコみたい……」 その様子を見たミレイが、こう呟く。 「確かに」 だらーんと伸ばされた手足がそんな雰囲気を醸し出している。 だが、その姿は直ぐに見られなくなってしまう。スザクが彼女の体をマニピュレーターの上へと移動させたのだ。 「あら、残念」 そう言う問題ではないだろう。そう言いたいが、今のミレイに迂闊な声をかけるのはまずい。今までの経験からそれは身にしみている。 「……ともかく、マスコミを追い出さないと……」 このままでは、自分たちの存在までばれてしまう。そうなれば、ルーベンやミレイにも迷惑がかかってしまうのではないか。 「そうね。このままだと混乱も収まらないわ」 そのせいで、生徒達に怪我人が出ては……とミレイも頷いて見せたときだ。 「みなさん!」 ガニメデの掌に立ち上がりながら、ユーフェミアが口を開く。 さすがは、副総督。 人目をひいている。 しかし、彼女が何を言い出すのか、気ガキではないと言うことも事実。 「何をする気だ、あいつは」 その行動にいやなものを覚えたのは自分だけではないだろう。ルルーシュは心の中でこう呟く。 「わたくし、ユーフェミア・リ・ブリタニアは、このアッシュフォード学園で、騎士にふさわしい方を見つけました。近いうちに、同意を求める予定ですわ」 そして、彼を騎士にする。そう言って微笑んだ。 「誰のことを一定るんだ、あいつは」 まさか、スザクのことではないだろうな……とルルーシュは頬を引きつらせる。 「大丈夫よ、ルルちゃん。スザク君があなたの側を離れるはずがないし、総督閣下も却下してくださるわ」 何よりも、マリアンヌが彼にルルーシュ以外の主を持つことを許さないだろう。妥協してナナリーではないか。そう彼女は続ける。 「だが、他に誰がいる?」 可能性があるとすればカレンだが、彼女はユーフェミアの前に出たことはない。 「……とりあえず、明日から、マスコミ対策を何とかしないとね」 それは最優先事項だ、とルルーシュも思う。 「その前に、あのバカ皇女を無事に政庁に送り返さないと」 それはそれで頭が痛いことだ。 しかし、それはこれから起こる騒動に比べればまだまだ増しなものだと、ルルーシュが認識するのは今しばらく先のことであった。 「……ピザ……」 そんな彼を遠目に見ながらこう呟いていたのが誰なのか。あえて言う必要はないだろう。 彼女が無事にピザにありつけたかどうか。それもまた別の話だった。 終
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