数日間は、平和だったと言っていい。
 もっとも、マリアンヌゼロに何か言われたらしいカレンが、ルルーシュにぴったりとくっついていたが。そのせいで、妙な噂がわき上がってしまったが。
 二人が付き合っている。
 ある意味、根も葉もないどころか、天地がひっくり返ってもあり得ない。本人達ならそう言える。
 しかし、周囲はそうではなかったらしい。特にシャーリーは、だ。
 だが、誰も直接ルルーシュに問いかけては来ない。その事実に多少苛立ちを感じていたときだ。
「ルルーシュ君」
 教室に足を踏み入れた瞬間、珍しいことにニーナに声をかけられる。
「なんだ?」
 即座に聞き返す。
「噂、本当なの?」
 まさか、彼女がそんな質問をしてくるとは思わなかった。そう思って、思わず眼鏡の下の瞳をのぞき込んでしまう。
「珍しいな。ニーナがそんなことに興味を持つなんて」
 まだ、リヴァルなら納得できるが、と素直に付け加える。
「……ミレイちゃんが聞いてこいって」
 それに彼女はある意味予想していた言葉を返してくれた。
「……会長か……」
 だったら、生徒会室で直接聞いてくれればいいものを……とため息とともに呟く。
「それで、どうなの?」
 みんなも興味津々だし、と彼女は付け加えた。
「……付き合っているわけではない」
 まったく、と思いつつルルーシュはこう言い返す。
「ナナリーのことで、ちょっと頼んでいることはあるだけだ」
 その言葉に、誰もがほっとしたような表情を作ったのは何故か。
「でも、何でカレンさん?」
 ルルーシュがナナリーを大切にしていることは知っているが、とニーナは無意識に鋭いつっこみを入れてくれる。
「彼女がそれについての知識を持っている、と聞いたからな」
 身近に日本人がいるらしい。だから、とルルーシュはもっともらしい言葉を口にする。
「咲世子さんに何か送りたいと言っていたから、本人には言えないんだよ」
 スザクは男だから、その手のことには疎いし……と言えば、とりあえず納得してくれたらしい。
「わかったわ。そう言うことだって、ミレイちゃんには言っておく」
 咲世子さんには内緒で、と言ってくれた彼女にルルーシュは微笑みを向ける。
「頼む」
 その瞬間、周囲から妙な声が上がったのはどうしてなのか。ルルーシュにはわからない。しかし、その中にほっとしたような表情のシャーリーの姿を見つけて、問いかけるのをやめた。

「ルルーシュって、ものすごく頭がいいのに、時々ものすごくバカになるよね」
 スザクのこの言葉に、ルルーシュはむっとする。もっとも、彼だからこそ、その程度ですんでいるのだ。これが他の人間であれば、間違いなく手が出ていただろう。
「と言うよりも、世間知らず?」
 そんなことを考えていれば、カレンの声が届く。
「お兄さまは、ずっと、私の傍にいてくださいましたから」
 だから、とナナリーが口にした。
「まぁ……ルルーシュのシスコンぶりは見ていればよくわかるけどね」
 そして、ナナリーの傍にいるならば、迂闊なことは言えないだろうし……とカレンは頷いてみせる。
「でも、ちょっと異常よ」
 その手の知識のなさは、と彼女はさらに言葉を重ねた。
「だから、責任もって、あんたが何とかしなさいよ」
 視線をスザクに向けるとこういう。
「何で、僕?」
 即座に彼が聞き返す。
「あんたが一番近くにいるからよ」
 他の誰かにさせるのは問題が大ありだ、と藤堂も言っていた。その言葉に、ルルーシュは意味がわからないと首をかしげる。
「何で、スザク以外ではまずいのだ?」
 リヴァルだろうと朝比奈だろうと、構わないのではないか。黒の騎士団にも、他に男性陣がいるだろう。最悪、ダールトンという人間もいるが、と彼は続ける。
「……朝比奈はダメよ」
 嘘も教えそうだから、とカレンはため息を吐く。
「騎士団の中でも……扇さん以外は無理ね。特に、玉城は最悪よ」
 さらに彼女はそう続けた。
「第一、そんなこと、授業みたいな雰囲気でするものじゃないでしょ」
 違うの? と彼女はまたスザクへと同意を求める。
「だから、何で僕……」
 ぼそっとスザクは呟く。
「一緒に暮らしているからよ!」
 彼の言葉に、カレンはきっぱりとそう言いきった。
「ゼロも、日常のフォローはあなたにさせればいいとおっしゃっていたし」
 マリアンヌらしいと言えばいいのだろうか。しかし、それを彼女にまで伝えているとは思わなかった、とルルーシュは心の中で呟く。
「校内ではあたしもフォローできるけど、クラブハウスじゃ無理だわ」
 さらに重ねられた言葉は、確かに納得できる。
「まぁ……ユーフェミア殿下のあの一言のおかげで、テストが減ったから、ルルーシュの傍にいられるけど……」
 ロイドの煮詰まり具合が怖い。スザクはそう続けた。
「……後で、プリンを作ってやるから」
 それでご機嫌を取れるだろう、とルルーシュは笑う。
「きっとね」
 スザクもそれには頷き返してくれる。
「しかし、どうして、あなたは目をつけられたわけ?」
 ふっとカレンがこう問いかけてきた。
「……昔から、ですわ、カレンさん。それもあって、私たちは本国をでたようなものですし……」
 でも、どうして今になって、とナナリーは呟く。
「リヴァルと一緒に、賭チェスに行ったのがまずかったのかもしれないな」
 気分転換と小遣い稼ぎにちょうど良かったのだが、とルルーシュは口にする。
「何? そんなことしてたの、ルルーシュ」
「あんたねぇ……もう少し危機感を持ちなさいよ」
 即座に二人が非難の言葉をぶつけてきた。
「仕方がないだろう。予想外に食費を使ってくれる奴が一人ならずいるんだから」
 どこかのピザ魔女とか、と言えば二人は一瞬で状況を飲み込んでくれたらしい。
「確かに、彼女の食費は……最近、トッピングもうるさいし」
「食べる枚数も常識外れだものね」
「騎士団の活動にも手を出しているしな。最近は株のチェックも難しいときがある」
 そうなれば、手っ取り早く稼げるのは賭チェスなんだ、とルルーシュはため息混じりに付け加えた。
「だが、一応、軍人と貴族は避けるように頼んであったんだ」
 そちらを除外すれば、ばれる確率は少なかったから……と続ける。
「しかし、あちらもそれなりに手を回していた、と言うことか」
 それならば、ウィッグかコンタクトを用意しておくべきだった。彼はそう続ける。そうすれば、きっと、ごまかせただろう。
 もっとも、今更それを言っても仕方がないことだ。
「お兄さまがチェスをお好きなのは、有名でしたから」
 小さい頃から、とても強かった……とナナリーは微笑む。そんな彼が自慢だったのだ、とも。
「……そう言えば、将棋も強かったよな、ルルーシュ」
 スザクはスザクで、こう言って頷いてみせる。
「どちらも、戦略に関係あるものね」
 子供の頃なら、強くなるのは嬉しいだろうし……とカレンは頷く。
「しかし、そんな小さな頃から目をつけるなんて……侮れないわ、ブリタニア」
 このセリフには、真実を知っているものは苦笑を浮かべるしかできない。
「……ゼロも、チェスは得意だったな」
 カレンがそれを見て追及してくる前に、とルルーシュはこういう。
「さすがは、ゼロ! そんな頃からルルーシュの才能を見抜いていらしたなんて」
 次の瞬間、うっとりとした声音で彼女は言葉を綴る。
 本当に、どうしてマリアンヌゼロの傍にいる者達はこうなってしまうのだろうか。彼女の本性を知っている身としてはちょっと不思議でならなかった。

 生徒会室で嫌々ながらシャルルの演説を聴いていたときだった。
『人は生まれつき、不平等な存在だ。だからこそ、力のあるものは取り立てられる』
 珍しくも、あの巻き舌が少ないな。おかげで、多少は聞きやすい。  しかし、いったい何を言おうとしているのか。いい加減、そのフレーズは聞き飽きたのだが……とルルーシュが心の中で呟いたときだ。
『それは、幼かろうと、名誉ブリタニア人だろうと関係ない』
 その後に続けられた言葉は、信じられないものだった。
「……はぁ?」
 いったい、何を言い出したのか。ルルーシュがそう呟いたその瞬間だ。
『故に、儂は新しい騎士を円卓へと呼ぶことにした』
 ものすごく、いやな予感がする。今すぐ、あのバカ父を止めなければいけない。しかし、これだけ離れていれば無理だ。
 こうなれば、後はシュナイゼルか誰かが止めてくれることを祈るしかない。
『エリア11におる、ルルーシュ・ランペルージとスザク・クルルギ。この二名を新たなナイト・オブ・ラウンズとする』
 しかし、それは叶えられなかった。
 モニターの中には、満足そうな笑みを浮かべているシャルルがいる。
「何を考えているんだ、あのロールケーキは!」
 それを見た瞬間、ルルーシュはこう叫んでいた。





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10.03.15 up