「どうするつもりだ、ゼロ」 あの放送を見たのだろう。即座に黒の騎士団の本拠地に駆けつけてきた桐原がこう問いかけてくる。 「お従兄さまはともかく、ルルーシュ様までとは……それほど、せっぱ詰まっておられますの?」 さらに、神楽耶がどこかあきれたような声音で続けた。 「せっまつまっているとすれば、ルルーシュ不足かしら」 シャルルの、とマリアンヌは言い返す。 「……貴方不足だと思いますが?」 それに、さりげなく藤堂が指摘の言葉を挟んでくる。もちろん、マリアンヌがそれを綺麗に無視したのは言うまでもない。 「あの子達がいれば、私が無茶をしないと思っているんでしょ」 甘いわ、とそのまま唇の端を持ち上げる。 「あの子達が私とシャルルのどちらを優先するかなんて、わかりきっているじゃない」 それがわかっていても連れ帰りたいのは、バカをやったからでしょう……とその表情のまま付け加えた。 「でも、日本にとってはプラスになるかもしれないわね」 この言葉にその場にいた者達は驚きを隠せない。 「それは、どういう意味ですの?」 おそるおそるというように、神楽耶が問いかけてきた。 「ナナリーは皇族に復帰させて……あの子を総督に、その補佐にルルーシュを据えさせれば、これ以上にない好条件ではなくて?」 おそらくその時にはスザクも付いてくるだろう。 あの三人であれば、今まで以上に日本人に対し寛大な政策をとってくれるに決まっている。その相談役に桐原達が選ばれるのは言うまでもないことではないか。 「……そうかもしれぬが……」 「ですが、騎士団内にかなり不協和音が出ていることも事実ですよ」 朝比奈がそう言ってくる。 「……そうね。ナナリーのことを教えるしかないかしら」 皇族内部の争いで幼い頃に足の自由を奪われた皇女。そして、その存在を守るために日本へ逃げてきた兄と、幼い頃であった親友。 「あの三人の話なら、納得しない?」 彼等も、と周囲の者にマリアンヌは問いかけた。 「確かに、日本人が好きそうな話ではありますな」 「でも、ルルーシュ様のことは何と?」 ナナリーの兄であれば、彼も皇族だと言うことになる。それなのに、何故、ラウンズに……と言う疑問が出てくるのではないか。 「皇帝に文句を言ったあげく、皇位を返上した……とでも言えばいいわ」 半分は嘘ではないから……と彼女は微笑んだ。 「シャルルに暴言を吐いたことは事実だもの」 自分が許可を出したわけだが、と付け加えれば、周囲の者達は微妙な表情をする。 「マリアンヌ様は、どうしてシャルル陛下に嫁されようと思われましたの?」 興味津々と言った様子で、神楽耶が問いかけてきた。それは個人的な興味なのだろうか。 「好きだからよ。それ以外の理由なんてないわ」 即座にこう言い返す。 「ですが……」 今までの言動は、と神楽耶はおそるおそる口にした。 「シャルルの困っている表情って可愛いのよね」 この言葉に、その場にいた者達は複雑そうな表情を作る。 「だから、お前の趣味は変わっていると言っただろうが」 どこに、二十以上も年上の男の困った表情を『可愛い』と言ってはばからない女がいるんだ? とC.C.がからかうように口を挟んできた。 「だって、可愛いんですもの。そう思わない? V.V.」 くすくすと笑いながら、視線を移動させる。 「……否定はしないよ」 確かに、シャルルは可愛い……といいながら小さな人影が姿を見せた。今までその存在に気付かないものばかりだったのだろう。何か複雑そうな表情を作っている。しかし、マリアンヌにしてみれば、彼のそんな行動はいつものことだから気にならないと言っていい。 「まぁ、何とかなりそうだね、君の方は」 そう言いながら、彼はゆっくりを歩み寄ってくる。 「と言うとことは、やはり問題はルルーシュ達のほうか」 フォローするけど、いいよね? と彼は問いかけてきた。 「それは構わないけど……でも、シャルルが撤回するとは思えないんだけど?」 これ幸いと連れ戻しにくるに決まっているわ、とマリアンヌがため息とともに告げる。 「当分は大丈夫だと思うよ。シュナイゼルとコーネリアが必死に制止しているから」 ついでに、ビスマルクが何だかんだ理由をつけて軍の派遣を認めていない。だから、今しばらくは大丈夫だろう。 「僕も、あの子達を迎えに来るのはヴァルトシュタインか……でなければ、エニアグラム以外はやめておいた方がいいと言っておいたしね」 でないと、ルルーシュ達に逃げられるよ。そう言っておいた……と告げる彼にマリアンヌは苦笑を向ける。 「シャルルよりもあなたの方があの子達のことをよく知っているのね」 「僕の方があの子達と一緒にいる時間が長いからね」 おかげで、父親気分を味わえるからいいけれど……と彼は笑う。 「……父親?」 どう見てもナナリーよりも幼いとしか思えないのに、と言う神楽耶の言葉は他の者達の気持ちを代弁しているのだろうか。 「世の中には常識では考えられないこともあるんだよ、お嬢ちゃん」 C.C.がこう言って笑う。 「間違いなく、それはシャルルの兄だ」 見た目よりも中身の方が重要だろう、と彼女は言葉を重ねる。 「……ともかく、あの子達と話をしないとね」 それが先決だろう。マリアンヌはそう言って立ち上がった。 「ちょっと、ルルーシュ……」 いい? とカレンが口にする。 「あのことだろう」 まったくはた迷惑なことをしてくれる。そう言いながらルルーシュは立ち上がった。 「とりあえず、お茶を用意する。それまで座っていてくれ」 気分を落ち着かせないと、自分も話をする気になれないから。そう口にすれば彼女は頷いて見せた。あるいは、しっかりと怒りが声音にでていたのかもしれない。だとするならば、気をつけないと……と心の中で付け加えた。 「……はいはい」 今更、急かさないわよ……とどこか棘を含んだ声が投げつけられる。 本当に彼女は《ブリタニアの貴族》が嫌いなのだな、と思う。そんな彼女をどうすれば納得させられるのだろうか。かなり難しいような気がする。それでも、つけ込む隙がないわけではない。それは、彼女の性格だ。 ナナリーが何故ああなったのか。それを説明すれば、自分たちの気持ちを理解してくれるかもしれない。 「諸刃の剣、だがな」 それでも、可能性があるなら試してみるべきだろう。どのみち、自分たちにはここから逃げ出すか、あちらに連れ戻されるかしか残っていないのだ。失敗したところで問題は小さいだろう。 そんなことを考えている間にも、ルルーシュはきっちりとお茶の支度を終えていた。 茶器をお盆にのせてカレンの元へもどる。 そうすれば、何故か人影が一つ増えていた。 「……C.C.? 来ていたのか」 まったく、くるなら事前に連絡をしろ……とため息を吐く。これでは、お茶が一人分足りないではないか、とそうも続けた。 「気にするな。私はコーヒーが飲みたい気分だからな」 さっさと用意をしろ、と彼女は胸を張る。 「お前、な」 「ちょっと図々しくない?」 思わず、カレンと異口同音のセリフを言ってしまう。その事実に二人揃って複雑な表情を作ってしまった。 「ずいぶん、仲がいいな。てっきりお前が好きなのはクルルギの方だと思っていたが」 C.C.のそのつっこみは何なのか。 「何が言いたい?」 お前は、とにらみつける。もちろん、そんなことで彼女が引き下がるはずがないことはわかっていた。 「だから、さっさとコーヒーを淹れてこい」 案の定のセリフを返される。この調子では、彼女の前にコーヒーを淹れたカップを奥まで同じようなセリフを口にしてくれるだろう。そう判断をして、きびすを返す。 「カレン。すまないが、砂時計の砂が落ちたら、自分でカップに注いでくれ」 ドアをくぐる前にこう告げた。 「わかったわ。彼女がいては仕方がないわよね」 こんなセリフが返ってくるとは、いったい、騎士団でどんな態度をしているのか。そう考えるが、直ぐにここと変わらないだろうという結論に達してしまう。 「本当に、どうしてこんなのと友達なんだか」 母さんは、と口の中だけで付け加える。それでも、彼女のことを嫌いになれない自分がいることも自覚していた。 だから、こうして滅多に飲まないものの常備している豆をひいているのだろうが。 しかし、何か釈然としない。 しないが、相手がC.C.である限りどうしようもない。 何と言っても、相手は何年生きているのかわからない魔女だし、とそう考えながらも、コーヒーを用意する。それを持ってもどろうとした瞬間、隣から音が響いてきた。 「何をしたんだ!」 頼むから、ものを壊していないでくれよ。そう思いながらルルーシュは駆け戻る。そうすれば、何故かカレンがC.C.を押し倒している場面に遭遇してしまった。 「……カレン……」 趣味が悪いぞ、と思わず呟いてしまう。 「違うわよ! こいつが無理矢理!」 「この体勢でそう言うか?」 「何よ! あんたが人の胸がどうのこうのっていうのが悪いんでしょ!」 女性が三人揃えば姦しい、と言うが、二人でも十分ではないか。ルルーシュはため息とともにそう呟いた。だが、このまま放っておくわけにはいかない。 「C.C.。コーヒーが入ったぞ」 カレンは話をしなくていいのか? と声をかける。 「そうだったわ」 「ぬるくなると、イマイチだからな」 こう言いながら、今までのことを忘れたという表情で座り直す彼女たちに、ルルーシュはあきれればいいのか、それとも感心すればいいのかわからない。だが、これで話が進められると思ったことも事実だ。 「それで?」 いいわけがあるなら、さっさといいなさいよ……とカレンは言ってくる。 「俺たちがブリタニアをでたのは、ナナリーが殺されかけたからだ」 不本意だが、皇帝とは面識があった。しかし、そのせいで彼女はあんな体になってしまった。だから、安全だろうと思っていた日本にやってきたのだ……と彼は告げる。 「困ったことに、こいつらの母親は皇帝に思いを寄せられていてな。しかも、こいつにそっくりだ」 さらに、C.C.が口を開く。 「そいつも殺されかけたのは、一度や二度ではないぞ」 さらに付け加えられた言葉に、カレンの顔に同情の色が浮かんできた。 「ルルーシュ! 今すぐ逃げなさい。男のくせに、皇帝の愛人になんてなりたくないでしょう?」 しかし、思い切り斜め上の方向に思考が向かっているような気がする。 「うるさい! 俺にだって、選ぶ権利はある!!」 この言葉が室内にむなしく響いていた。 終
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