カレンのとんでもない誤解が功を奏したのか。黒の騎士団内でのルルーシュの立場は悪くならなかった。しかし、真実を知っているマリアンヌ達の爆笑を誘ったのは言うまでもない事実である。 「……それで?」 シャルルの愛人になるつもりなの? と彼女は問いかけてきた。 「本気で言っているんですか、母さん」 目をすがめながら、ルルーシュは母をにらみつける。 「シャルルならやりかねない、と思っているだけよ」 ルルーシュは本当に自分によく似ているから……と彼女は言葉を綴った。シャルルの遺伝子なんて、外見に関して言えばその瞳の色以外にでていないし……と付け加える。 「それに、今のルルーシュはシャルルにプロポーズされた頃のマリアンヌと同じ年代だしね」 苦笑と共にV.V.が口を挟んでくる。 「マリアンヌが傍にいないからな。ついつい混同しかねないぞ」 お前は今でも十分、女の子で通用するからな……とC.C.が笑う。 「俺にだって、選ぶ権利はある!」 誰が五十近くも離れたロールケーキ――しかも、実の父親――を恋愛対象に選ぶか、とルルーシュは叫ぶ。 「その位なら、まだ、スザクの方がマシだ!」 しかし、何故こう付け加えたのか。それに関しては自分でも理由がわからない。いや、口にしたことすら、自覚していなかった。 「……ルルーシュ」 ため息混じりにスザクが呼びかけてくる。 「なんだ?」 まだ、あの父の愛人候補、と呼ばれた衝撃が抜けきれていないからか。返す言葉に刺があふれまくっていた。しかし、そのことを気にするようなスザクではなかったらしい。 「……何で、僕の名前……」 こう言うときは、普通、女性の名前を言うものではないか。彼はそう言い返してくる。 「女性の名前を言う方がまずいだろうが」 下手な相手に聞かれたら無条件で婚約させられかねない。ルルーシュはそう反論をする。 「なら、他の男の人だって……」 「藤堂はその手の趣味がないだろうが! 仙波と卜部も同様。朝比奈は、そっちの意味では藤堂一筋だと聞いている」 きょうだいは無条件で却下だ! と付け加えた。 「……何か、ものすごくさりげなく爆弾投下してない?」 スザクはあきれたように言葉を口にする。 「きっと、それは、お兄さまがスザクさんに甘えているからですわ」 満面の笑みと共にナナリーがこういう。 「……ナナリー?」 「何を……」 彼女の言葉の意味が直ぐに飲み込めず、ルルーシュとスザクは彼女の顔を見つめてしまった。 「あら、何でそう思うの?」 そんな二人に一瞬だけ視線を送ると、マリアンヌは問いかけの言葉を口にする。 「だって、こう言うときにお兄さまが名前を出されるのは、決まってスザクさんなんです」 自分やユーフェミアは《妹》だから、最初に除外されているとしても、父でも兄たちでもない。必ずスザクだ、とナナリーは嬉しそうに告げる。 「だから、お兄さまにとってスザクさんは特別なんだなって思うんです」 スザクにとってもルルーシュは特別な存在だろう、と彼女は続けた。 「……ナ、ナナリー」 確かに否定できないかもしれないが、とルルーシュは心の中で呟く。しかし、あまりの衝撃に、何と言い返せばいいのかがわからない。 「いっそのこと、結婚されてしまえばいいのではありませんか?」 さらに彼女はこう言ってくれる。その瞬間、ルルーシュの思考は完全に停止した。 「ナナリー……僕もルルーシュも男だから」 同性同士では結婚できないから、とスザクが妙に焦った様子で口にする。 「あら。私は別に気にしないわよ」 くすくすと笑いながらマリアンヌが口にした。 「と言うよりも、その方が安全かもしれないわね」 いったい、何をおっしゃいますか、お母様……とルルーシュは脳内だけで呟く。 「そうすれば、変な狼さんに狙われないわよ」 どこかの第二皇子とか、変態貴族とか……マリアンヌはさらに付け加えている。 「……シュナイゼルは……まぁ、ルルーシュが本気で嫌がれば諦めると思うけどね」 でも、貴族達はどうだろうか。ルルーシュさえ取り込んでしまえばいいと考えているものは多いだろう。 「いくらシャルルやマリアンヌが怒っても、ルルーシュ自身が認めていれば、と言いそうだしね」 それでもいいの? とV.V.は何故かスザクに問いかけている。 「いいわけないでしょう!」 即座に彼はこういう。 彼ならばそう言ってくれると思っていた。 「人が何のために我慢していると思っているんですか!」 しかし、その後に続けられたセリフは何なのか。マリアンヌやナナリーの言葉以上の衝撃がルルーシュを襲う。 「……スザク、お前……」 自分をそんな目で見ていたのか、とルルーシュは何とか言葉を絞り出す。 「しまった」 だが、本人は無意識だったのか。ルルーシュの指摘に頬を引きつらせる。 「せっかく、頑張って隠していたのに」 そして、呟くようにこういった。つまり、それが本心なのだろう。そう言えば、一時期、かなり自分に対する言動がおかしかった。結局、そのころからスザクは悩んでいたと言うことか。 それなのに、自分はまったく気が付かなかった。 いったい、これからスザクにどんな態度で接すればいいのだろうか。 「……ルルーシュ?」 それを思いつけなくて、ルルーシュはこの場から逃げ出すという選択を取ることにした。もちろん、それでは何の解決にならないこともわかっている。しかし、今はそうするしかできない。 冷静さを取り戻せば、きっと、いい対処法が見つかるはず。 「すまん、スザク」 この言葉を残してルルーシュはその場を後にした。 「ルルーシュ!」 かけ出していった彼の背中に向かってスザクは反射的に手を伸ばす。 「あの子ったら……絶対、途中でこけるわね」 そんな彼の耳に、冷静なのかどうか判断しかねるマリアンヌの声が届いた。 「お兄さまなら、もう既に、二回転んでいますわ、お母様」 さらにナナリーが微笑みながら言葉を綴る。 「僕、追いかけます」 流石に、階段から落ちられては大変だ。あるいは、そのままベランダに出て、と言う可能性も否定できない。 「そのまま、しっかりと告白してきなさいね」 何なら、キセイジジツを作ってくれてもいいわよ……とマリアンヌが笑う。 「マリアンヌ。それは、ちょっと……一応、ルルーシュにも考える余裕を与えないと」 かわいそうだろう、とV.V.がたしなめてくれる。 「何を言っている。あいつは時間を与えると余計なことを考えて終わりだ。今のうちに最後まで行った方がいいに決まっている」 しかし、それをC.C.が否定した。 そうなのだろうか、とスザクが考えたときだ。 「C.C.……それは、君が楽しいだけだろう?」 「悪いか? ここまで長生きをすると、娯楽が必要なんだよ」 「他の人間ならばともかく、お気に入りの甥っ子姪っ子で遊ばれるのは不本意だね」 「気にするな。母親公認だぞ」 こんな会話が耳に届く。その瞬間、先ほどの考えは脇に追いやられた。捨てきれないのは、自分の感情のせいだろう。 「スザク君」 と言いつつ、やはり混乱していたのか。藤堂が近くまで歩み寄ってきていたことに気が付かなかったという事実に、スザクは衝撃を受ける。 「あまり、無体を強いてはダメだぞ」 あの様子では、ひょっとしたらナナリーよりもその手の知識がない可能性がある。そう彼は囁いてくる。 「否定できません」 ともかく、自分の気持ちを受け入れて貰うところで妥協しておこう。スザクはそう判断をした。 問題は、そこで自分が止まれるかどうか、だが……あのルルーシュの様子を見ていると、かわいそうで先に進めないような気がする。 「ですから、せめて朝比奈さん達を抑えておいてください」 あれこれ、余計なことをルルーシュに吹き込まないように……とスザクは口にした。 「わかっている」 流石に、と藤堂も頷いてくれる。それを確認してから、スザクはルルーシュを追いかけて部屋を出た。そうすれば、二階の廊下をふらふらと歩いている姿が確認できる。それも、手すりの間際を、だ。吹き抜けになっているから、ちょっとバランスを崩せば落ちかねない。 「……危ない!」 などと考えていれば、予想通りの行動を取ってくれる。反射的に、スザクは彼の落下地点を推測した。そして、全速で駆け寄る。 差し出した腕に衝撃が感じられた。だが、そこにはしっかりとルルーシュの体が存在している。 「よかった」 こう呟く。そして、そのまま、ルルーシュを抱きしめた状態で座り込む。 「スザク?」 まだ思考が停止したままなのか。ルルーシュが彼の名を呼んだ。 「僕を嫌いなら嫌いでもいいから、ケガをするようなことはしないで……」 勝手に自分がルルーシュのことを守るから、とスザクは続ける。 「何故?」 「僕が、君を好きだから、だよ」 自分が好きだから、傍にいたい。そして、守りたいと思う……とスザクは彼の顔をのぞき込みながら告げた。 「受け入れて欲しいとは言わないけど……拒絶しないで」 この言葉の後、彼がどのような表情をするのか見たくない。だから、とスザクは彼の肩に額を押し当てた。 「……お前を嫌いになれるはずがないだろう……」 スザクの耳に、ルルーシュのこんなセリフが届く。 「うん……」 とりあえず、それだけでもいいか。これ以上追いつめて爆発されると困るし。スザクは心の中でそう呟いていた。 終
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