「お兄さま……」 不安そうにナナリーが呼びかけてくる。 それも無理はないだろう。ここにいるのは、他にはユーフェミアだけだコーネリア達とは引き離されてしまったし、スザクはとっさに別行動を取るように指示をした。 「大丈夫だ。おそらく、母さんが動く」 そして、スザクも、とルルーシュは付け加える。 「姉上にはビスマルク達が着いている。だから、心配はない」 何も心配はいらない、とユーフェミアへと声をかけた。 「わかっていますわ、ルルーシュ」 彼等にしても、コーネリアに直接の危害を加えるはずがない。そして、自分たちにも、だ。 「そんなことをすれば、お父様はもちろん、マリアンヌ様がどのような行動を取られるか」 考えたくもない、と彼女は体を震わせる。 「だからといって、このままここで大人しくしているわけにもいかないと思います」 ナナリーのこの言葉も間違ってはいない。 「わかっている。だからこそ、まだしばらく、大人しくしていなければ、な」 自分たちだけでは逆に皆の足手まといになるだけだ。しかし、とルルーシュは声を潜める。 「スザクか誰かと合流できれば、話は別だ」 ここから避難路まで移動できるだろう。 自分たちさえ連中の手の届かないところに行ければ、マリアンヌやコーネリア達が無条件で動くはずだ。 「私のせいですか?」 自分が自由に動けないから、行動が制限されているのか。ナナリーが不安そうに問いかけてくる。 「いや、そういうわけじゃない。ナナリーがいなくても、下手に動くことは出来ないからね」 自分の体力では、とルルーシュが苦笑を浮かべた瞬間だ。 「それが正しいな」 言葉とともにC.C.が姿を現す。 「C.C.さん?」 「とりあえず、ナナリーのフォローはしてやろう」 だから、早々に逃げ出せ……と彼女は続ける。 「でないと、マリアンヌを止め切れん」 今のところはV.V.と藤堂達総出でなだめているおかげで、冷静さを保っているが……とため息混じりに付け加えた。 「いつ爆発するか……」 その言葉に、ルルーシュの頬もひきつる。 「それならば、ナナリーはわたくしが背負っていきますわ」 その方が、何があっても対処できるだろう。ユーフェミアはそう言う。しかし、それは男としてどうなのだろうか……とルルーシュは思う。 「懸命な判断だ」 だが、C.C.は真顔で頷いてみせる。 「と言うことで、ルルーシュ。最短で脱出できるルートを割り出せ」 さっさと逃げ出すぞ、とC.C.は宣言をした。 「……どうせ、俺は体力面では役立たずだよ……」 ぶつぶつとルルーシュは呟くように口にする。それでも、脳裏ではこの政庁の見取り図を思い描いていた。そして、コーネリアに教えられたものだけではなく、自分で調べ上げた脱走ルートをその上に重ねる。 「とりあえず、仙波のような体形の人間がいないから、大丈夫だろう」 一番近いルートは、自分たちの体形であれば使えるはずだ。 「スザクがいてくれれば、もっと確実なんだけどな」 彼であれば、そこ逃げ込む間、自分たちを守りきることなど簡単だろう。 だが、彼には別の役目がある。それを与えたのは自分だ。だから、とルルーシュは思い直す。 「まぁ、いざとなれば、C.C.を盾にすればいいか」 殺しても死なないんだし、と呟く。 「お前な!」 一応、自分は女だぞ! と彼女は噛みついてくる。 「わかっている。だが、今優先すべきなのはナナリーとユフィだろう?」 「確かに」 もっとも、とC.C.は笑う。 「既に手は打ってあるがな」 その言葉は何なのか。そう問いかけるよりも先に、ドアのすきまからふわふわとしたピンクが現れたが。 「……で?」 まだ、連絡は来ないのか。マリアンヌは藤堂にそう問いかける。 「まだです」 その瞬間、彼女は忌々しそうに顔をしかめた。もっとも、それは仮面に隠されて他のものには見えなかったはずだ。しかし、付き合いが長い彼には気配だけでわかったらしい。 「焦らなくても、彼女たちが向かったのです。おそらく、直ぐに来るでしょう」 その実力は、マリアンヌもよく知っているのではないか。静かな声で彼がこう言ってくる。 「……そもそも、ビスマルクもビスマルクよ。自分が呼び出したのだから、責任持って守りなさいな」 それも出来ないのにナイト・オブ・ワンを名乗るなんて、おこがましい……と彼女は吐き捨てた。 自分で行った方がよかったかしら、と彼女はさらに付け加える。 「ゼロ。それはやめてください」 いったい、誰が指揮を執るというのか。言外に彼はそう告げた。 「あなたがいるでしょ?」 藤堂であれば任せても心配はいらない。その方が、色々な意味でよいのではないか。そうも続ける。 「無理ですな」 指揮を執るのが《ゼロ》だからこそ、皆が従うのであって、自分では一部のものしか扱えない。そう彼は言い返してくる。 「奇跡の藤堂が何を言っているのか」 「その奇跡も、ある方々のバックアップがあったからでしょう」 マリアンヌの言葉に、藤堂はさらりと口にした。 「まったく、あなたは……」 まぁ、いいけど……とマリアンヌが視線を政庁へと戻す。 「配置はどうなっているの?」 「既に、それぞれ付いています」 スザクも含めて、と彼は続けた。 「大丈夫だよ、マリアンヌ。C.C.はまだ生きているし、緊急事態も伝えてこないから」 だから、彼等は無事だ……とV.V.が口を挟んでくる。 「それよりも、君が冷静さを失う方が怖いよ」 何と言っても、今日、マリアンヌが使う予定の機体はガウェインだ。ハドロン砲の操作に失敗したらどうするのか。 「ルルーシュ達は無事でも、他に被害を出したら困るでしょ?」 前例があるだろう、と付け加えられて、マリアンヌが言葉に詰まった。 その事実が気に入らないのか。一瞬、忌々しそうに彼をにらみつける。もっとも、殺されても死なない人間にはその程度はどうと言うことはないのか。平然と微笑んでいるだけだ。 「ったく……貴方といいC.C.といい」 困ったものね、とマリアンヌが呟く。その時だ。空に信号弾がともされたのは。 「……どうやら、下には逃げられなかったようね」 それも予想はしていた。だから、問題と言うほどではない。 「仕方がないわ。迎えに行かないと」 コーネリアとビスマルクには自力で何とかして貰いましょう。言葉とともにマリアンヌは仮面の下で微笑んだ。 同じ信号弾をスザクも目にしていた。 「ロイドさん!」 そのまま、傍にいた相手に呼びかける。 「わかってるよぉ……でも、テストが不十分なんだけど……」 恐らく、問題はないと思うんだけどね……と彼は続けた。 「大丈夫です」 それよりもルルーシュ達に何かある方が怖い。そう言いながら、スザクはランスロットへ乗り込んだ。 「確かに、そうだよねぇ」 色々な意味で、とロイドも頷く。 「厄介ごとは無視していいよぉ。あの腹黒殿下がぜ〜んぶまとめて引き受けてくれるってさぁ」 「わかりました。ルルーシュにはそう伝えておきます」 彼にさえ話が通っていれば、後は何とでも出来るだろう。だから、といいながら、スザクはランスロットを起動させた。 「スザク君。もし、調子が悪くなったら、遠慮なく切り離すのよ!」 「わかってます、セシルさん」 政庁の屋上まで移動できればいいのだから、と心の中で呟きながら、スザクは頷き返す。 「気をつけてね」 この言葉を合図に、ランスロットを発進させる。 「ルルーシュ! 無事でいてね」 もちろん、ナナリーも……とスザクは呟く。 そんな彼の前に、いきなりサザーランドが姿を現した。 「邪魔!」 言葉とともに、それをたたき落とす。 「ったく……まだ、あれやこれや、したいことがたくさんあるんだからなぁ!」 そのためにも、ルルーシュは無事に助け出さないと。思わず、本音が出ているとは気付かないスザクだった。 終
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