純白の騎士服の裾を翻してルルーシュはソファーへと腰を下ろした。 いや、体を投げ出した、という表現の方が正しいのか。 しかし、それが粗野に見えないどころか、優雅とすら感じられるのは、彼本来の身分ゆえか、とスザクは心の中で呟く。 もっとも、それをここで知っているのは一部だ。 あるいは、他の者達も気付いているのかもしれない。だがそれについて口にすることはない。きっと、何かを感じているのだろう。 そんなことを考えていたときだ。 「面倒だ」 今からでも逃げ出してしまおうか、と彼が呟いている。 「ルルーシュ?」 何を言っているのか、と思わずスザクは聞き返してしまった。 「最初から俺は乗り気じゃなかったんだ」 断れるものなら断っている。ルルーシュは柳眉を寄せながらさらに言葉をつづる。 「それなのにあのロールケーキは……」 あの状況で断ったらどうなるか。それを考えてやったのに……と彼は続けた。 「それなのに、ラウンズになってからの仕事と言えば、あのロールケーキとお茶をするか、腹黒宰相とチェスをするか、絵を描くしか脳のない第三皇子のモデルをするか、だけだと!」 ラウンズがそんなに暇でいいのか!! と彼は拳を振るわせる。 「でも、おかげでナナリーには心配かけなくてすんでいるじゃないか」 戦場に出ることはないから、とスザクは彼をなだめるように言った。 「それとこれとは別問題だ」 しかし、ルルーシュは怒鳴りつけるように言い返してくる。 「俺が他の者達に何と言われているか、知っているか?」 色仕掛けでシャルル達に取り入ってラウンズに取り立てて貰った恥知らず、と言う者までいるとか。その言葉を耳にして、スザクが考えたのは別のことだ。 「その人、生きているの?」 何と無謀なマネを、と心の中で呟く。 「しらん」 知りたくもない、とルルーシュは言い返してくる。 「そんなことを言うバカは処分しても怒られない」 ルルーシュの姿を携帯のカメラで撮影しまくっていたアーニャが口を挟んできた。 「……また、母さんにか?」 そろそろ良いだろう、と言外に付け加えながら、ルルーシュが彼女に問いかけている。 「そう。後は、ナナリー様」 「ナナリー?」 何で彼女に、と思いながらスザクは聞いた。 「目が見えるようになってから、まとめてみるって」 そう言われては納得しないわけにはいかない。 「ナナリーらしいな」 ルルーシュのシスコンぶりに隠れているせいで気付かれないようだが、ナナリーのブラコンも彼に負けてはいないのだ。 「スザク、ルルさまのとなり」 苦笑を浮かべているスザクの耳にアーニャの声が届く。 「良いけど、どうして?」 「マリアンヌ様が、ツーショットをおくれって」 早速返信があったのだろう。彼女はそう言い返してくる。 「……母さんも、自分で見に来ればいいだろうが」 別にシャルルに会わなくていいのだから、とルルーシュはため息をつく。それでも彼女に逆らいたくないのか。直ぐにスザクを手招く。 「無理だよ、何か、忙しいらしいし」 藤堂経由で神楽耶が聞いた話だと、とスザクは笑い返す。 「それはそれで、怖いな」 即座にスザクもアーニャも、それに同意をして見せた。 ルルーシュ作のロールケーキ――これはシャルルに対するイヤミなのだろうか――が出された瞬間、ジノとノネットが帰ってくる。 「ラッキー! ルルーシュの手作りのケーキだ」 テーブルに並べられたそれを見た瞬間、彼は嬉しそうな表情を作った。 「当然、私の分もあるよな?」 そのまま駆け寄りながらルルーシュに問いかけている。 「……大丈夫だ。今切ったばかりだから、十分にある」 ノネットさんもどうぞ、と彼は視線を移動させると口を開く。 その間にも、ジノはスザクの目の前にあるケーキを皿ごと奪おうと手を伸ばしてきた。とっさにスザクはそれを遠ざける。 「それは嬉しいね。何と言ってもランペルージ卿のケーキはおいしいから」 タイミングを逃すと口にすることが出来ない。そう言いながら、彼女は歩み寄ってくる。 「今、お茶を淹れますから。ジノ! スザクのを取るんじゃない!」 そんなことをすればお前には食わせない、と言われて、ジノは渋々空いている席に座った。 スザクもほっとしてケーキをテーブルに戻す。 「ジノ、見苦しい」 アーニャがぼそっと口にした。 「そうは言うけどな。スザクは毎回、確実に食べているじゃないか」 だからずるいだろう、と彼は言い返している。 「それは当然。スザクはルル様の護衛だから」 それは何なのか。そう言いたくなるようなセリフを彼女は口にしてくれる。 「アーニャ。それは違うって」 「違わない。陛下がそう言っていた」 彼女はそこまできっぱりと言い切るのであれば、それが事実なのだろう。彼女が嘘を言っている姿を、スザクは見たことがないのだ。 「ったく」 しかし、ルルーシュにしてみればそれは納得できないことらしい。 「だから、あの噂が消えないんだ!」 余計なことを口走ってくれる、彼は口にする。そのせいか、ジノの分のケーキが微妙に崩れていた。 「ルルーシュ……」 「何か? ヴァインベルグ卿」 しかし、それについて抗議をしようとしたジノの言葉は、ルルーシュのその迫力で押さえ込まれてしまう。 「後で、シュナイゼル殿下かコーネリア殿下にお会いして、そちらから抗議をして貰えばいいんじゃないかな?」 それでなければ、ビスマルクを巻き込めば? とスザクは苦笑と共に提案をする。 「そうだな。そちらから手を回すか……」 言葉とともに彼は少しだけ表情を和らげた。 「それよりは、直接会いに行ったらどうだ?」 きっと、ルルーシュであればシャルルは無条件で謁見を許してくれるだろう。ノネットが意味ありげな口調でそう言う。 「そうすれば、あちらの思惑通りと言うことになりませんか」 きっと、自分の顔を見たいからそんな馬鹿なことを言っているのだ、とルルーシュはため息をつく。だからこそ、迂闊に近づいてはいけないのだ、と彼は続けた。 「陛下には、本当に必要なとき以外顔を見せるな、と厳命されているしな」 誰に、と言われなくてもスザクだけではなくノネットとアーニャにもわかったのだろう。複雑な表情を浮かべている。 「……ひょっとして、陛下はルルーシュではなくその人に会いたいとか?」 そして、ルルーシュはその人によく似ているわけか……とジノが口にした。 「そう言うことだよ」 苦笑と共にスザクは頷いてみせる。 「そうか。よかった。てっきり、陛下が趣旨替えをされたのかと思っていた」 ルルーシュならそうだとしても納得できる……とジノは笑う。次の瞬間、その表情のまま彼は意識を失った。 もちろん、彼を気絶させたのはルルーシュではない。 彼の左右に座っていたアーニャとノネットだ。 「……僕の出番がなかった……」 あまりの早業にスザクはこう呟いてしまう。 「ったく……何を言い出すかと思えば……」 ルルーシュはルルーシュで気色悪さを隠さずに表情を引きつらせている。 「ともかく、お茶にしようよ。ジノは放っておいて」 ね、と彼をなだめるのが精一杯のスザクだった。 ジノを床に放置してお茶をしているうちに、ルルーシュの機嫌は復活してきたらしい。その事実にスザクがほっとしていたときのことだ。 「ランペルージはいるな」 珍しくも焦りを隠さずにビスマルクが姿を現した。 「何か?」 そんな彼にルルーシュが言葉を返す。 「直ぐにこちらに。あぁ、クルルギも、だ」 いったいどうしたというのだろう。そう思いながらスザクはルルーシュを見つめる。彼もまた同じようにスザクへと視線を向けていた。 「……行くぞ」 だが、直ぐにこう言ってくる。 「そうだね。自分の目で確認しないと」 言葉とともにスザクも立ち上がった。そして、ルルーシュの隣へと歩み寄る。 「二人ともこちらへ」 そう言いながらビスマルクは入ってきた方向とは別のドアへと向かう。その瞬間、しっかりとジノを踏みつけていたのは、きっと彼が見かけとは違い焦っているからだろう。 本当に彼らしくない。 そう思いながらも、二人は彼の後を追いかけた。 五分とかからずに、その理由はわかった。しかし、別の意味で頭を抱えたくなったのもまた事実だった。 終
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