ジノの分はタッパーに入れて政庁に戻ってきたのは、夕食の時間を少し過ぎた頃だ。
「……ルルーシュ……スザク……」
 お帰り、と言って出迎えてくれた彼の表情が暗い。それだけではなく、妙にやつれているように見えるのは錯覚だろうか。
「どうかしたの、ジノ」
 何か厄介ごとでもあった? とスザクが問いかける。
「いや……とりあえず、ルルーシュが行かなくて正解だった、と言うことだよ」
 大使の出迎えに……と彼は力無い笑いと共に言い返してきた。
「詳しい報告を聞こう」
 その前に、料理を温めてきてやる、とルルーシュが言う。
「……料理?」
 その瞬間、まるで大型犬が餌の気配を察したかのように彼は顔を上げた。
「あぁ。久々に、あちらで作らされたからな。お前の分もついでに用意してきただけだ」
 自分たちは向こうで食べてきたが、とルルーシュは付け加える。
「ずるい」
 自分だけ、といいながらジノがスザクをにらみつけた。
「私なんて、私なんて……あの変態の相手をしてきたんだぞ!」
 それなのに、スザクだけおいしい思いをして……と言いながら彼が詰め寄ってくる。
「……落ち着いて、ジノ……」
 そんなことを言われても困る、と思いながらスザクは彼をなだめようとした。
「そうだな。スザクはスザクでこき使われたぞ」
 ジノにジャガイモの皮を剥いたりタマネギのみじん切りが出来たのであれば、交代させてもよかったが……とルルーシュが口を挟んでくる。
「そんな高度なことが出来るのか?」
 だが、それを耳にしたジノの反応はスザクが予想していないものだった。
「普通、出来るでしょ、その位は」
 あの料理が苦手なシャーリーですら、皮を剥いたり刻んだりは出来るのだ。リヴァルにしても、自分と同レベルで出来るし、とスザクは首をひねる。
「……言っておくが、ラウンズの女性陣にそのセリフを言うなよ?」
 彼女たちが出来ると聞いたことはない、とジノは言い返してきた。
「……アーニャは出来るよね、ルルーシュ」
「俺が教えたからな」
 手伝いをしたいと言われたから、とルルーシュは頷いてみせる。
「……いつの間に……」
「と言うわけで、お前があいつと同レベルで家事が出来るというのなら、考えてやらなくもないが……そちらも無理だろう?」
 この言葉に、ジノは力無く頷いてみせる。
「だから、大人しく座っていろ。でなければ、これは食わせん!」
 その瞬間、きちんと居住まいを正したのは、間違いなくルルーシュの手料理を食べたいからだろう。
「あぁ。待っている間に、報告書を少しでも書いておけ」
 ルルーシュはそう言ってキッチンへと向かおうとする。
「手伝わなくていい?」
 スザクはそう問いかけた。
「構わない。それよりも、ジノを見張っていろ」
 さぼって逃げ出さないように、と彼は続ける。
「私は、そこまで信用がないのですか……」
 肩を落としながらジノは呟く。
「まぁ、仕方がないんじゃない」
 苦笑と共にスザクは口を開いた。
「今までに何回、報告書関係でルルーシュに迷惑をかけたのか。それを考えれば、ね」
「……いやなことを思い出させないでくれ」
 あれは悪夢だった、とジノが呟く。
「なら、頑張ってさっさと手をつけないと。目の前に料理を並べられたままお預けはいやだろう?」
 ルルーシュなら、平気でやるよ……とスザクは続けた。
「それは、いやだ」
 あんなにおいしそうな料理を目の前にお預けされるなんて、とジノは拳を握りしめて主張する。そのまま、彼はペンを取り上げるとがりがりと音を立てて報告書を書き始めた。

「……三十点、だな」
 ジノの書いた報告書にざっと目を通したルルーシュがこういう。
「何で……」
 どこがいけなかったのか、とジノが聞き返している。それでもナイフがメインディッシュを切る動きは止めていないが。
「お前の個人的な感想が多すぎる。まずは時系列に沿ってあったことをかけ。感想は最後に一言二言でいいんだ」
 任務で感じたことは書いてあっても構わないが、とルルーシュは言う。
「何よりも、スペルミスが多い。スザクでもここまで酷くないぞ」
 本当に、ブリタニアで教育を受けてきたのか? とあきれたように彼は付け加える。
「まぁ、見直してないし」
 ぼそっとジノがこう呟く。その瞬間、ルルーシュの手が翻ったかと思えば彼の顔めがけて報告書がたたきつけられた。
「お前はそれでもラウンズか! 自分の言動に、もっと責任を持て」
 だから、ベアトリスに怒られるんだろうが……と彼は続ける。
「……すみません……」
 ルルーシュのあの綺麗な顔で怒鳴られると迫力が違う。それにはジノも謝る以外のことが出来ないようだ。
「しかし、まぁ、よっぽど気持ち悪い相手だったらしいな」
 それだけはよく伝わってきたが、とルルーシュは表情を和らげると口にする。
「……確かに……あれは、死ぬほど気持ち悪かった」
 女言葉を使うというだけであれば、ブリタニアにもカノン・マルディーニがいる。しかし、彼は変人だとは思っても気持ち悪いとは思えない。
 だが、あれは次元が違った……とジノは口にする。
「なんて言うか……人間の姿をした化け物、という感じか?」
 そう言えば、顔も白塗りで気持ち悪かったな……と彼は続けた。
「しかも……なんていうか、美しいものは皆で愛でなければいけないのだそうだ」
 ルルーシュの噂を聞きつけているのか、しきりにそんなことを言っていた……と付け加えられた瞬間、スザクは手にしていたグラスにひびを入れてしまう。
「スザク?」
 どうかしたのか、とルルーシュが問いかけてくる。
「今すぐ、それを暗殺してきてもいいかな?」
 にっこりと微笑みながらスザクは聞き返す。
「……そう言うことは、母さんに相談してからにしてくれ」
 独断でそんなことをすれば、彼女に恨まれるぞ……とルルーシュが言う。
「そうだよね。マリアンヌさんに相談しないと」
 きっと、彼女であればものすごくえげつない復讐方法を考えてくれるような気がする。スザクはそう付け加えるとグラスを置いた。
「……いいのか、それで」
 ジノが問いかけてくる。
「その位、当然だろう?」
 何がおかしいのか、とスザクは逆に聞き返す。
「きっと、陛下に知られたら即座に開戦だよ?」
 それよりはまだ大人しいと思うけど、と付け加えた。
「第一、ルルーシュを守るのが僕の義務だもん」
 危険な相手は早々に排除するに限るよね、と笑った。
「まぁ……そう言うことにしておくか」
 これ以上追及しない方がいいようだし、とジノが呟く。
「どういう意味かな、それは」
 教えてくれる? と柔らかく問いかけたつもりが、何故かジノは手にしていたフォークを落としてしまう。
「ジノ……替えは自分で持ってこい」
 スザクもあまりジノをいじめるな、とルルーシュが口を挟んでくる。
「いじめてないよ、別に」
 八つ当たりはしているかもしれないけど、とスザクは言い返した。
「だって、好きな人をそんな風に見られてよろこぶ人間は、普通いないだろう?」
 さらりと付け加えれば、ルルーシュは何かを考え込むような表情を作る。
「そう言うことか」
 そして、小さく微笑んだ。
「悪かった。お前にはちゃんと怒る権利があったな」
 確かに、と彼は呟くように口にする。
「やっぱり、僕の告白を忘れていたんだ……」
 そうじゃないかとは思っていたけど、とスザクはわざとらしいくらい大きなため息をつく。
「忘れていたわけではない。思い出す必要がなかっただけだ」
 一体どこが違うのか、と思う。
「……頼むから、私の前で痴話げんかをしないでくれないか?」
 忘れられる形になっていたジノが口を挟んでくる。
「むしろ、その方が陛下に知られるとまずくはないのか?」
 ルルーシュに対する言動を考えれば、と彼は続けた。
「心配するな。この感情も母さんの許可範囲内だ」
 自分の感情を無視して暴走しない限りは誰にも何も言わせない、とルルーシュは笑う。
「そうですか……」
 ごちそうさまです、とジノは視線を彷徨わせている。
「ともかく、それも明日、母さんと相談……と言うことでいいな?」
 ルルーシュが確認をするように視線を向けてきた。
「もちろんだよ」
 しかし、自分の告白を忘れているなんて……とスザクはため息をつく。
「……後でナナリーちゃんに愚痴ろうかな……」
 そのまま、こう呟いた。
「スザク!」
 ルルーシュが焦ったように彼の名を呼ぶ。
「だって、こういうことで愚痴を聞いてくれそうなのは、彼女だけなんだよ?」
 流石にV.V.にこんなことは言えないだろう、と言い返す。
「……やめてくれ、頼むから……」
「だって、忘れていたのはルルーシュでしょ」
「だから、謝るから」
 そう言うルルーシュに、ジノが目を丸くしている。
「やっぱり、痴話げんかか」
 そして、こう呟いた。





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10.07.26 up