政庁に戻れば、ジノが完璧に沈没していた。 「土産だ」 はずなのに、帰り道、アヴァロンのキッチンを占拠して作っていた料理をルルーシュが差し出した瞬間、復活したのは、流石だと言っていいのだろうか。 「ルルーシュの手料理!」 涙をこぼしながら手を伸ばす彼は、やはり、ちょっと壊れているのかもしれない。 「心配するな。誰も取らないから、ゆっくりと食べろ」 ため息とともにルルーシュがそう言う。 「……これが、いなかった間の報告書?」 食事に夢中になっているジノの脇から書類を取り上げながらスザクは問いかけた。そうすれば、彼は首を縦に振ってみせる。どうやら返事をする時間も惜しいらしい。 まぁ、気持ちはわかる。多少冷めているし、弁当箱に適当――見た目はそう見えないが、ルルーシュ作のお重を何度も見ていればこれが手抜きだとわかる――に詰められたものとはいえ、味は絶品なのだ。 ルルーシュ達と一緒に食べているときならばともかく、一人ならば一心不乱に口に運ぶしかない。確かに、自分は十分満腹をしている。しかし、そうでない人間もここにはいるし、いつ乱入してくるかわからないのだ。 そんなことを考えながら、書類の束をルルーシュへと手渡す。 「……お茶淹れる?」 小さな声でスザクは問いかける。 「……いや、いい。それよりも、お前も目を通しておけよ」 何かあったとき、知らなかったではすまされないぞ……とルルーシュは言い返してきた。 「わかったよ」 文字を読むのは苦手なんだけど、と思いつつルルーシュの隣に腰を下ろす。 その瞬間、彼の手に書類が一枚手渡された。 「……もう読んだの?」 一分も経っていないのに、とスザクはため息を吐く。だが、相手はルルーシュだ。このくらいは朝飯前なのだろう。 「もう少しゆっくり読んでくれてもいいのに」 しかし、自分は違う。そして、ジノの字は綺麗だがある意味無駄に華麗すぎるのだ。その文字を読むのにさらに時間がかかってしまう。 「大丈夫だ。今回はちゃんとパソコンを使って書いたらしい」 そう言われて視線を落とせば、確かにきちんとならんだ文字が見えた。それでも、他人の報告書など読みたくないと思ってしまうのも事実だ。 しかし、読まないとルルーシュのフォローが出来ないかもしれない。 その隙に、ジノにその役目を取られてしまったら困る。 このポジションは自分だけのものだ。 だから、と渋々と文字を追い始める。 だが、今度は別の意味で読みたくなってしまった。 「……ルルーシュ……」 ため息とともにスザクは彼に呼びかける。 「何だ?」 「やっぱり、さくっと暗殺して来ちゃダメ?」 暗殺がダメならば、事故にでも遭って貰って、とりあえず国におかえり頂きたいんだけど……と続けた。 「賛成」 即座にジノが声を上げる。 「あれの存在はナナリー殿下に悪影響しか与えないと思うよ」 彼女の目が見えないのは不幸中の幸いではないか、と言いたくなってしまうほどだ。もちろん、それが良いことではないとわかっているけど……と彼は続けた。 「アーニャだと、さくっとやりそうだよな」 さらにこんなことまで口にしてくれる。 「……お前達……」 複雑な声音で、ルルーシュが言葉を口にしようとした。しかし、何と言っていいのか、流石の彼にもわからないようだ。それはきっと、ナナリーのことが関わっているからだろう。 「だって、本当のことでしょう?」 あれがナナリーにとって害悪にしかならないと言うことは……とスザクは真顔で告げる。 「あいつはルルーシュとナナリーの関係なんて知らないんだよ?」 そんな彼女の前でジノに言っているようなセリフをあれが口にしたらどうなるか。 「最悪、皇帝陛下がぶち切れるだろうね」 そうしたら、戦争になりかねない。 「……それは避けないと……」 そうなった場合、最前線となるのはこのエリア11だ。 その時、どれだけの被害が出るかわからない……とルルーシュは顔をしかめながら口にする。 「だが、あれに関しては母さんに任せたんだぞ?」 彼女の邪魔をしていいものかどうか。そう言うルルーシュの気持ちもわかる。 「でも、ジノの報告書を見せたら、納得してくれないかな?」 マリアンヌさんも、とスザクは首をかしげた。 「……どうだろうな」 どちらにしても、シャルルには見せられないと思うだろうが……とルルーシュは言い返してくる。 「まぁ、いい。連絡だけは取ってみよう」 いい加減、ジノも正式に紹介しないとまずいだろうし……と彼はため息とともに口にした。 「紹介して頂けるのですか?」 フォークを握りしめながらジノが問いかけてくる。 「紹介しないわけにはいかないだろう。ナナリーが来たら来たで、お前に連絡を取って貰わなければならない可能性もあるからな」 その瞬間、彼は嬉しそうに微笑んだ。 これが彼にとって不幸の始まりにならなければいいけれど、とスザクは心の中で呟く。よきにつけ悪しきにつけ、マリアンヌ以上に強烈な印象を与えてくれる女性をスザクは知らないのだ。 「いっそのこと、カレンさんも呼んだら?」 そうすれば、アッシュフォード学園経由で連絡が取れるだろうし……と言ったのは、少しでもジノのショックを和らげようと思ってのことだ。 「そうだな。確かにカレンであれば連絡がつけやすいか」 では、そう言っておこう、とルルーシュは頷く。 これが、ジノにとって新たな厄介ごとだとは誰も考えていなかった――少なくともこの時は。 いくら何でもテロリストを政庁に入れるのはまずい。それが家出中の后妃とはいえ、だ。 そう言うことで会談の場所はかつてルルーシュ達が暮らしていたアッシュフォード学園高等部のクラブハウスとなった。それはかまわないと思うのだが、とスザクは苦笑を浮かべる。 「やっぱり、手料理をねだられたんだ」 そのままこういう。 「いつものことだ」 嫌いではないしな、と言いながらも彼の手は止まる様子はない。 「とりあえず、テーブルは拭いておいたけど……後、何をすればいい?」 自分はやらなくても、咲世子がきちんと掃除をしてくれてはいる。それでも、やはり、その位はしておかないと……と思うのだ。 「そうだな……すまないが、米をといでおいてくれ」 四合も炊けば間に合うだろうか、とルルーシュは呟く。 「……カレンがいるからね」 さらに自分とジノがいる。 「余ったら、おにぎりにしてくれればキャメロットに持っていくし……そうでなければ騎士団の方に持って帰ってもらってもいいんじゃない?」 あちらでもルルーシュの手料理に飢えている人がいるだろうから、とスザクは付け加えた。 「そうだな。なら、五合にしておくか」 それ以上は炊飯器が対応していない、とルルーシュは言う。 「わかった」 言葉とともに、スザクは行動を開始する。このあたりのことは子供の頃にしっかりとルルーシュにたたき込まれている。だから、彼も安心して任せてくれるのだろう。 実際、そのおかげでどれだけ助かったことか。 そんなことを考えながらスザクは手早く米をとぎ炊飯器にセットする。その間にも、ルルーシュは一品、完成させたようだ。相変わらず手際が良いな、と思いつつ、スイッチを入れた。 「こっちは大丈夫だと思うよ」 「そうか。なら、すまないが力仕事を頼む」 ピザ生地の続きをしてくれ、といいながら彼はボウルを指さした。 「……と言うことは、来るんだ」 彼女も、とスザクは呟くように言う。 「もっと早く連絡を寄越せば、こんなに焦らずにすむものを」 生地の発酵が間に合うかどうか。そう言いながらも、彼は別の料理へと手をつけ始めた。 「……待たせておいてもいいんじゃないかな?」 そう言いながらも、スザクは生地をこね始める。最低でも十五分ぐらいこねて、その後一時間半は放置しないとおいしくないらしい。しかも、結構力がいる。と言うことで、この作業も再会してからスザクに任されることが多くなった。 「発酵させなくてもいいレシピも入手したからな。とりあえずそれを預けておく」 どのみち、一枚で足りるはずがないのだ。そう言う彼にスザクは苦笑を浮かべるしかできない。 「まぁ、C.C.だもんね」 「あぁ。C.C.だからな」 異口同音に二人はそう口にする。同時に思い切りため息を吐いた。 「そう言えば、ジノは?」 ふっと思い出したようにルルーシュが問いかけてくる。 「ミレイさんが来ていたからお願いしてきた」 何をされているかまでは知らない、とスザクは正直に告げた。 「ミレイなら心配はいらないな」 ルルーシュはそう言って笑う。 「と言うことで、さっさと作ってしまうぞ」 こき使うからな、と言われて、スザクは笑い返した。 一時間後、ピザ以外の料理が完成した。 まるでそれを待っていたかのように、どこか疲れ切った表情のジノがキッチンへと顔を出す。 「お着きになったと、アスブルンド伯からの連絡が入りました」 よっぽど、ミレイに遊ばれたんだろうな……とスザクはその様子から判断をする。 「わかった。と言うことで、これを運ばないとな」 淡々とした口調でこう言えるルルーシュは流石なのかもしれない。改めてそう認識をしたスザクだった。 まぁ、たんになれているだけとも言えるかもしれないが。 終
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