「確かに、その可能性はあるわね」
 ルルーシュ達の話を聞き終わったマリアンヌはそう言って頷いてみせる。
「ナナリーはルルーシュ大好きだし」
 それも当然なのだけれど、と彼女は笑った。
「確かに。ナナリーの面倒はほとんどルルーシュが見ていたようなものだしな」
 ルルーシュが母親だと言っても過言ではないだろう、とC.C.も頷く。
「酷いわね、それは」
 そう言う自分はどうなのか、とマリアンヌは言い返す。。
「まぁ、いいわ。私が結構勝手に生きていることは事実だし」
 だが、直ぐに苦笑と共にこう付け加えた。
「私のワガママに巻き込んだという自覚はあるものね」
 全部、シャルルが悪いんだけどね……と付け加える彼女に、ジノが目を白黒している。
「……スザク……」
 そのままマリアンヌから視線をそらさずに彼はスザクの服の裾を握りしめて来た。
「マリアンヌさんは、昔からああだよ」
 囁くようにそう言い返す。
「ルルーシュを見ていれば想像が付かない?」
 そう付け加えれば、ジノは一瞬考え込むような表情を作った。
「確かに、ルルーシュの陛下への態度はマリアンヌ様にそっくりか」
 皇帝を皇帝とも思わない態度は、と彼は続ける。しかも、顔もよく似ているから余計に……と彼は続ける。
「だから、陛下はルルーシュを呼び出されるのだな」
 そう言う問題じゃないと思うけれど、とスザクは思う。
「スザク君」
 だが、ジノのセリフがマリアンヌの意識を惹きつけたらしい。視線を向けると呼びかけてくる。
「その子がジノ君?」
 唇には綺麗な笑みが浮かんでいる。しかし、目は厳しい光をたたえていた。それがどのような意味を持っているかなど、聞かなくてもわかってしまう。
「はい。彼がナイト・オブ・スリーのジノ・ヴァインベルグです」
 まずいな、と思ったのは自分だけではなかったらしい。ルルーシュやマリアンヌと共に来たカレンが頬をひきつらせているのがスザクにもわかった。
「お初にお目にかかります、マリアンヌ様」
 だが、ジノだけは喜々として挨拶をしようとしている。
「ナイト・オブ・スリーの座を与えられております、ジノ……ほわぁ!」
 だが、最後まで言うことは出来ない。それどころか、まるでルルーシュのような悲鳴を上げて飛んできたクッション――ものすごいスピードだったことは、ジノのために追記しておこう――を避けた。
「三十点ね」
 しかし、マリアンヌはこう言ってため息を吐く。
「母さん?」
「ゼロ?」
「マリアンヌさん?」
 同じ年の三人がそれぞれに説明を求めるかのように彼女へと呼びかけた。
「これがナイフや銃弾なら、今のジノ君の反応性で正解。でも、クッションでしょ? ビスマルクならきっと抱き留めるわね」
 そのとっさの判断が出来ないようでは、まだまだよ……と彼女は付け加える。
「スザク君なら、止められるでしょ?」
「……ナナリーちゃんのお気に入りのクッションでしたから」
 彼女の問いかけに、スザクはそう言い返す。だから、汚してはかわいそうだ……と思う。
「理由は脇に置いておいて……カレン、あなたも抱き留めるわよね?」
 クッションなら、とマリアンヌは視線を移動させながら問いかけた。
「もちろんです、ゼロ」
 危険物ではありませんから、とカレンは頷き返す。
「ルルーシュはともかく、避けたのはあなただけよ」
 その言葉に、ルルーシュが少しだけむっとしたような表情を作る。だが、彼にしてもマリアンヌが本気で投げたクッションを避けるのが精一杯とわかっているのだろう。口を開くことはない。
「このくらいの距離で、何を投げつけられたのか判断できないなんて、まだまだね」
 だから、三十点……と彼女は笑った。
「そんなこと、ですか?」
 流石に納得できなかったのだろう。ジノは反論を返す。
「そんなことと言うけれど、大切なことよ?」
 戦場では、その差が生死を分けるかもしれない。
「それとも、なぁに? ナイトメアフレームの操縦しか取り柄がなかったりするのかしら」
 だとするならば、どうしてそのような未熟者をナイト・オブ・ラウンズに取り立てたりしたのだろうか、とマリアンヌは首をかしげる。
「アーニャはまだわかるのだけれどね」
 彼女はナナリーを守れるだけの実力があれば、今はいい。これからいくらでもしごける機会はあるし……とマリアンヌは微笑む。
「スザク君はしっかりと実力を身につけて貰ったものね」
 それと同じ程度に動けるのかしら? と彼女は首をかしげた。そうすると、とても十八の子供がいるようには見えない。
「……ご自分で確かめてくださるのが一番だと思いますが?」
 売り言葉に買い言葉ではないだろうに、ジノはこんな台詞を口にする。
「……バカが……」
 ぼそっとルルーシュが呟く。
「そうね。確かに無謀だわ」
 カレンもそれに同意のようだ。
「否定できないけど……ジノもそれなりの実力は持っているよ?」
 マリアンヌに比べればまだまだかもしれないが……とスザクは言い返す。
「母さんだってわかっているさ。用は暇つぶしの相手に選ばれたってことだろう」
 スザクもカレンも、彼女にとって見れば自ら鍛え上げた存在だ。だから、その成長を楽しめても暇つぶしと称して遊ぶのははばかられる。
 だが、ジノは今日初めて顔を合わせた相手だ。
「鍛えるにしても何にしても、一度はたたきのめされるだろうな、あいつ」
 哀れな、とルルーシュは付け加える。
「まぁ、良い経験になるんじゃないの?」
 ヴァインベルグと言えばブリタニアでも指折りの名家だから、たたきのめされるなんて経験を早々していないだろうし、とカレンは言う。
「ヴァルトシュタイン卿に稽古をつけて頂ければ、話は別だけどね」
 マリアンヌと並ぶくらい強いと思えたのは彼だけだ。スザクはそう言い返す。
「ビスマルクならそうだろうな」
 彼はマリアンヌと剣を交えても、一撃で勝負が付かない数少ない人間だ、とルルーシュは頷く。
「それにしても……哀れな奴」
 明日からしばらく、食事を出来ないだろうな……と彼は付け加える。
「……あぁ、それは否定できないかも」
 自分はともかく、ノネット達がそんなことを言っていた……とスザクも頷く。
「まぁ、自業自得でしょ」
 くすり、と笑いながらマリアンヌが言い切った。
「私に向かってあそこまで言い切るんだもの。それなりの覚悟がなくちゃね」
 当然、手は抜かないから……と彼女は微笑みながら付け加える。
「……とりあえず、執務が出来るようにだけはしてください」
 動けないなら、きっちりと書類の書き方をたたき込んでやろう……とルルーシュはマリアンヌによく似た笑みで告げた。
「それはいいことね」
 マリアンヌはそう言って頷く。
「任せておきなさい」
 手加減はしないが、その程度の配慮はしてあげる。そう言う彼女は本当に楽しそうだ。
 それを見た瞬間、スザクはジノの未来が決まったな、と心の中で呟いた。

 その翌日――つまり今日だ。ジノは痛みをこらえるように眉間にしわを寄せながら、デスクに向かっている。
 しかし、その顔にはかすり傷一つ付いていない。いや、体中のどこを見ても打ち身の痕もないだろう。
「……本当に、あの方はルルーシュの母君なのか?」
 ジノがため息混じりにぼやく。
「何で、そんなことを言うわけ?」
 はっきり言って、シャルルの遺伝子は瞳の色と運動神経だけではないか。そう思えるくらい、外見がそっくりな母子なのに、とスザクは聞き返す。
「私が一撃も返せなかったんだぞ」
 悔しげに彼はこういう。
「何を言っているわけ? むしろ、一撃でも入れられたら奇跡だよ?」
 出来るはずがないだろう、と言外に付け加えながらスザクは彼の前に持ってきた書類を置いた。
「それよりも、これを片づけないと、今度はルルーシュの口撃にさらされるよ」
 精神的には、マリアンヌの攻撃よりも効くのではないか。スザクはそう考えている。
「ついでに、しばらく、手料理はお預けだろうね」
 まぁ、しばらくはろくに食事は出来ないだろうが、と心の中で付け加える。
「……そんなに私をいじめて楽しいか?」
 アーニャから『自業自得のバカ』と言うメールを貰った、と彼は告げてきた。
「マリアンヌさんにケンカを売った以上、自業自得と言われても仕方がないよね」
 にっこりと笑いながら、そう言い返す。
「お前までそんなことを言うなんて……」
 ショックを隠せないというようにジノは口にする。
「だって、僕はルルーシュの親友でマリアンヌさんの弟子、みたいなものだし」
 彼女にかなわないことはよく知っているから、と付け加えた。
「それよりも、書類、頑張ってね」
 こう言い残すと、スザクはきびすを返す。
「スザク!」
 ジノが慌てて呼び止めようとする。
「スザク! すまないが手を貸してくれ」
 しかし、彼よりもルルーシュの方が大切なのは言うまでもないことだ。
「今、行くよ!」
 この言葉とともにかけだしていった。

 



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10.09.13 up