マリアンヌ達が動いたのは、アーニャが戻る前日だった。 「……さて、どうなるか」 その報告を耳にしたルルーシュが、どこか楽しげに告げる。 「マリアンヌさん達のことだから失敗はしないと思うけど……」 問題は、大使館からの連絡をどうするのか……と言うことかな? とスザクは言い返す。 「そうだな。一応、エリア内だ。協力を求められれば無視は出来ないが……」 しかし、準備に手間取るのはよくあることだ……とルルーシュは笑う。 「第一、あのプライドの高そうな奴のことだ。そう簡単に助けを求めてくるとは思えない」 逆に、黒の騎士団を捕縛して、こちらに恩を売ろうと考えるのではないか。彼はそう付け加えた。 「無謀」 玉城達だけで行動しているならあり得るだろうが、マリアンヌや藤堂達が適時フォローを入れるに決まっている。それに、C.C.だって……と考えたところで不安がよぎる。 「……って、楽しいからって、C.C.はみんなの足を引っ張らないよね?」 ちょっと怖いんだけど、と口にした。 「大丈夫、だろう、多分……」 ルルーシュの言葉が尻すぼみになったのは、彼も一抹の不安を感じたからだろうか。 「母さんが許さないだろうしな」 それでも、直ぐに彼はこう言い切った。 「あいつにしても、母さんを怒らせる怖さは知っているはずだ」 死ぬことはないだろうが、しばらくは動けなくなるだろう。何度か経験しているから、わかっているはずだが、と言う言葉には苦笑しか浮かんでこない。 「さすがはマリアンヌさん」 あの傲慢な魔女ですら勝てないのか。ならば、自分たちが勝てなくても当然だろう……とスザクは認識を新たにする。 「本当、この世界で母さんに勝てる人間はいないのかもしれないな」 ブリタニア皇帝ですら、彼女を強引に連れ戻すことは出来ない。だから、とルルーシュはため息を吐く。 「母さんが権力志向じゃなくてよかったよ」 少なくとも、自分たちにとっては常識的で優しい母だ。誰かさんのような無理強いをせずに自分たちの意思を尊重してくれるし……と彼は続ける。 「そうだね。実の子供じゃない僕のことも可愛がってくれているし……そう言う点も尊敬できるよね、マリアンヌさんって」 後、家事が出来れば無敵ではないだろうか。もっとも、そこまで完璧だと逆に怖いような気もする。 「……母さんの場合、可愛がる人間とその他とのギャップが大きいがな」 そう言いながら、彼はさりげなく部屋の隅へと視線を向ける。 「あ〜〜……そうだね」 そこでは、まだ先日の衝撃から抜け出せないでいるジノがいた。 「でも、これからでしょ」 ジノの場合、自分たちより年下だから……とスザクは言い返す。 「そうだな」 これからの言動次第で変わってくるだろう、とルルーシュも頷く。 「それにしても、いったいどんな手段を使うつもりなのか」 母さんは、と彼は不安そうな表情を作る。 「一番あり得そうなのは……中からあれを連れ出して、とんでもないところにつり下げるとか……ばれたらやばいことを公表するとか、かな?」 どちらにしても、黒の騎士団は大使館内に侵入するのだろう。その手段がどうなるか、それが怖いな……とスザクは呟く。 「穏便に済まないだろうな、やはり」 それこそ、ぺんぺん草も生えなくなるような状況はやめて欲しい……とルルーシュも口にする。 「後始末が面倒だからな」 しかし、理由はこれらしい。 「大丈夫だろう」 聞き覚えがあるものの、今聞くとは思っていなかった声が二人の会話に割って入ってきた。 「C.C.?」 いつの間に、と思う。 「あれからの伝言だ。外部との通信は遮断した、と」 自分たちのそれも含めて、と彼女は続ける。 「まったく、手間を取らせる」 いや、きっと彼女を遠ざけるためにそんなことをしたのではないか。そう考えたのは自分だけではないらしい。 「そう言うな。お前には別に頼みたいことがあるから、丁度いい」 とっさに、だろうか。ルルーシュはこう言いながら笑う。 「何だ? 言ってみろ」 あくまでも偉そうに彼女は聞き返してくる。 「V.V.様に連絡を取って欲しい。枢木ゲンブがどこにいるかを知りたいんだ」 「父さん?」 彼の言葉にスザクは思わずこういった。 「そうだ。中華連邦側が彼の身柄を盾に馬鹿なことをしでかさないか。それを確認しておきたい」 そんなことになれば、混乱は必至だからな。そう言われれば、確かにそうだろう。本当に、あの父親のせいでどれだけの厄介ごとに巻き込まれているのか。今の状況だって、元はと言えば彼が耳を貸さなかったことが悪い。 だからといって、死んで欲しいとまでは思えないのは、きっと、親子だからだろう。 「……なるほど。もっと面倒なことになるな」 彼の言葉でC.C.も状況を把握したのか。しっかりと頷いて見せた。 「しかし、お前らはそろいも揃って男親のせいで苦労しているな」 それは事実だ。しかし、何故か彼女に言われると無性に腹立たしい。それはどうしてなのだろうか。 「それ以上の苦労を押しつけてくる奴が何を言うんだ?」 どの口で、とルルーシュが言った瞬間、スザクにはその理由がわかった。 「誰が、だ?」 しかし、本人はまったく自覚していないらしい。もっとも、だから彼女はC.C.なのだろうが。 「……言って欲しいのか?」 ルルーシュが低い声で問いかける。 これは本気で怒っているな、とスザクは心の中で呟く。部屋の反対側から興味津々で彼等の会話に耳をそばだてていたジノですら、反射的に身を縮めているほどだ。 「……とりあえず、あのバカの居場所だったな。確認するから、少し待て」 旗色が悪くなったと感じたのか。C.C.は慌てたようにこう告げる。おそらく、本気でルルーシュを怒らせたら、これからの食生活が貧しくなると言うことだけは理解できているらしい。あくまでも自分本位な理由で動くことも彼女らしい、と思う。 どちらにしろ、することさえきちんとしてくれればいいか、とも思う。 「ルル様」 そっと歩み寄ってきていたアーニャが呼びかけてきた。どうやら、声をかけるタイミングを探していたらしい。 「どうした、アーニャ?」 ルルーシュもそれに気が付いたのだろう。申し訳なさそうな響きを声音に含ませながら聞き返す。 本当に、彼は年下の少女――と言うよりは、妹とそれに近しい存在――には優しい。 それと同じ程度には特別扱いして貰っているから、文句を言うつもりはない。だが、もう少し別の関係になりたいのにな、とスザクは小さなため息を吐く。 「行かなくていい?」 手伝いに、と彼女はさらに問いかけている。 「あぁ。迂闊に近寄れば、母さんの邪魔になる。連絡が来てからでいいだろう」 それまでは大人しくしていろ……とルルーシュは付け加えた。 「なら、お茶にしない?」 スザクはこう提案をする。 「何もしていないから気になるんじゃないかな?」 お茶を飲んでいれば、その間だけはそちらに集中できるだろう。そう言って笑った。 「なかなかいいことを言うな、お前」 C.C.が笑いながら頷く。 「とりあえず、V.V.には伝えておいたからな。後は連絡待ちだ」 本人が来るかもしれないが、と彼女は付け加える。 「……そうだな。その方が良さそうだ」 小さなため息とともにルルーシュは頷いて見せた。 「手伝え。お茶請けは……あぁ、先日焼いたオレンジケーキがそろそろ食べ頃だろう」 あれを切ろう、と彼は視線を向けてくる。 「うん。わかった」 自分が言いだした以上、それは当然だ。 「五人分?」 「……そうだな」 一瞬のためらいは、きっと、ジノの存在を忘れていたからではないか。 まぁ、確かに忘れられても仕方がないような気がする。そう思いながら視線を向ければ、彼が床に指先で何かを書いているのが見えた。 「ジノ! 食べたいなら手伝え!」 そんな彼にルルーシュがこういう。次の瞬間、彼が嬉しそうに顔をあげたのをスザクは見逃さなかった。 数時間後、中華連邦の大使館から連絡が入った。しかし、その内容に、スザクは思わず首をひねてしまう。いや、彼だけではなくジノやアーニャもだ。 しかし、ルルーシュだけは意味ありげな笑みを浮かべている。 「なるほど。では、大使さえ見つかればよろしいのですね?」 では、許可を出しましょう……と彼は頷く。 「ただし、このエリアの人間に危害を加えないよう。それだけはお願いしてきます」 その言葉に、モニターの向こうの相手は頷いてみせる。そのまま、通信が切られた。 「……ルルーシュ?」 「よほどあれを蹴落としたい人間がいるようだな」 そう言いながら、彼は携帯を取り出す。 「なら、見つかる前に玉城か誰かに現状をシャメするように頼んでおこう」 それをネットでばらまけばどうなるか。楽しみだな……と付け加える彼の表情はまさしく悪役だった。 「……なら、私がやりたい」 アーニャがぼそっと口にする。 「それはやめておいた方がいいかな」 きっと、女の子が見るものじゃないから……とスザクは心の中で付け加える。 「それよりも、確かルルーシュがナナリーへのおみやげ用にお菓子を焼いていたから、そっちを撮影した方がみんながよろこぶと思うよ」 さりげなく彼女の意識をそらす。 「確かに、そっちの方が楽しそう」 アーニャが頷く。 「構わないよね、ルルーシュ」 「あぁ。だが、お前とジノはいつでも出撃できるようにしておけ」 建前でもしないわけにはいかないだろう。そう口にするルルーシュにスザクは頷く。 「出撃したら、マリアンヌさんの指示に従えばいいんだよね?」 「そう言うことだ。その間に、俺は……夕食の準備でもしておく」 きっと、何だかんだと言って押しかけてくるに決まっている。ルルーシュはため息混じりに付け加えた。 その予想が現実になるまで、二時間とかからないだろう……とスザクは推測する。そして、それは正しかった。 終
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